25話【王女・セレネリールのお披露目】
セレネのお披露目の社交界の開催当日――
私とテトにも冒険者ギルド経由での招待状が届き、国王の計らいで三日前にはお城に滞在して、王宮の書庫に入り浸らせてもらった。
またテトは、王宮の騎士たち相手に模擬戦をして、国王と一緒にいた騎士団長のローランドさんと高度な演武を繰り広げたらしい。
テトは全力じゃないが、騎士団長の顔を立てる必要があるので、そうした形になったようだ。
私の方は、王宮の書庫に入り浸る宮廷魔術師のお爺ちゃんと魔法談義をして過ごした。
私のことを孫みたいに扱って、お茶とお菓子を持ってきてくれるのは少し恥ずかしいが、魔力が多くて長命な宮廷魔術師の経験談は面白かった。
「悪魔とは、精霊と同じ魔力生命体の一種なんじゃよ」
「へぇ、そうなんだ。精霊は司る属性の力を発揮するけど、悪魔は何を司っているの?」
「それは千差万別じゃな。精霊が大自然の魔力から生まれるなら、悪魔は人の世に生まれるものが元になる」
特に、善なる人が神々に見初められた霊や願い、伝承などが神霊・英霊などと呼ばれる。
対して、悪なる人や感情が悪霊となり、更にそこから個の意志を削ぎ落として、悪意を持った魔力生命体を悪魔というらしい。
「そして、悪魔憑きとは、人間に悪魔が宿った状態のことじゃ」
「それが外法って呼ばれるのはどうして? 精霊魔法とは違うの?」
「根本から違うのぅ。悪魔が宿った人間は、本人の魔力に悪魔の魔力が上乗せされて急激に強くなれる。じゃが、その悪魔の意志――悪意によって、本人の意志が侵食されて、ねじ曲げられ、最終的には悪魔に意志を乗っ取られてしまうんじゃ」
悪魔憑きは、悪魔との同化現象であり、大抵の場合は、悪魔の方が魔力量が大きいために人間の自我が呑み込まれてしまう。
精霊魔法は、精霊に魔力を譲渡して現象を引き起こす魔法らしい。
「そうして、悪魔の魔力に侵食された人間は、最終的に変異して実体を得る。コレが世に言う魔族としての悪魔なのじゃよ」
「なるほど……勉強になります」
テトは、ゴーレムと自我を失った大地の精霊との同化で誕生した生物であるために、魔族的な定義に近い。
お爺ちゃん魔法使いの話は、実践魔法使いと言うよりも研究者としての話が多いために、面白かった。
「ワシも150歳を超えて、こうして若い子に話をすることができて嬉しいぞ。ほれ、飴ちゃんをやろう」
「ありがとうございます。それと結構長生きなんですね」
「長く生きすぎたわい。50、60くらいでコロッと逝きたかったわい」
そんな風に笑う宮廷魔術師のお爺ちゃん。
医療技術は、回復魔法やポーションに頼っているが、それでも医療技術がやや停滞気味なこの世界では、平均寿命は50前後だ。
魔力が多い人は、それより長くても60歳前後。
魔法使いや冒険者など、魔力を活性化させた人は、70歳から80歳くらいまで生きる。
そんな魔力と寿命の相関関係の研究の話も聞くことができた。
「実はの。ワシの研究では、人間には二種類の寿命の延び方の人がおるんじゃ」
「二種類?」
「そうじゃ。人間の最盛期を維持しようとする寿命の延び方と一定まで魔力を伸ばすとそこで姿が固まってしまう人間じゃ」
それは、魔力が多いほど寿命は延びるが、全然成長しない私は、後者ではないかと思い、尋ねる。
「なんでそこで姿が固まる、なんて人がいるんですか?」
「それは分からん。なにより、人間の大部分は前者だが、極一部。原初の世界で神々が生み出した人間がそうした性質を持っているといわれておる。具体的には、エルフの中のハイエルフやドワーフの中のエルダードワーフなどじゃな」
人間や獣人は? と尋ねれば、基本は闘争の歴史で幾ら寿命が無かろうとも殺せば死ぬために数が減ったか、闘争を恐れて逃げ隠れているか、だろうとお爺さんは呟く。
「老いず、ある一定の年齢を停滞した者は、賢者と呼ばれ崇められたり、時に魔女と言われて迫害されたりもした。まぁ中には悪魔憑きの人間と混同されたこともあるじゃろうな」
「そうですか……」
「魔力による長命因子は誰の中にもあるが、不老因子は原初から連綿と続き、現在ではごく稀に持っている人がいる、という説をワシは押したいの」
「素晴らしい話をありがとうございます」
「ふぉふぉふぉっ、いいんじゃよ。お嬢さん」
神々が生み出した人間――まぁ女神リリエルに生み出されたのだから、原初の人間ってやつに近い性質なんだろう。
いよいよ、永遠のロリが確定したのか、と思い、もしそうなら諦めが付きそうだ。
そんな感じで宮廷魔術師のお爺ちゃんの面白い話を聞いて過ごし、社交界の当日がやってきた。
「魔女様~、あっちにご飯があるのです! 美味しそうなのです!」
「テトは、食べてきて良いわよ」
社交界では、社交ダンスもできないので、とりあえず壁際か料理のある場所に立って始まるのを待つ。
テトは、料理を山盛りにして食べている姿に眉を顰められ、私としては苦笑を浮かべるが、警戒は怠らない。
悪魔教団が襲撃してくる可能性があるために、感覚を研ぎ澄ませるが、王城のホールに集まる人々からある傾向を見出す。
「へぇ、魔力が多い人が多いわね」
血統的なものだろうか。
武功を上げる人は、必然的に【身体強化】や魔法などに優れ、それを支える魔力も多い。
平民に比べれば、感じ取れる魔力が平均的に高く感じる。
生まれながらに魔力が多いのか、貴族の慣習的に魔力訓練を行なっているのか。
そんな感じで開始するまで待っていると、チラチラとこちらに向けられる視線がある。
(なにかしら? 私の格好は可笑しい?)
自分の姿を確かめるように見るが特におかしい点はない。
貴族御用達の服飾屋に頼んだドレスだ。
【付与魔法】で様々な効果を与えているが、当たり障りのない落ち着いたデザインのはずなのだが、注目を浴びる理由が分からない。
そうこうしていると、一人の少年が話しかけてくる。
「は、初めまして。僕は、フラメア伯爵家の次男のオランドです。君は、どこの家の子かな? 初めて見るけど、今日がデビュタントなのかな?」
そう捲し立てられて、私は困惑する。
なるほど12歳の初めて見る少女なのだから、どこかの貴族の娘が来たと思われたようだ。
よくよく観察すれば、セレネと近い年代の少年少女たちが集まっているが、セレネの将来の婚約者候補か、友人候補なのだろう。
そして、そうした子たちに間違えられたのか――
「私は、五大神教会の方から来たチセと言います。あいにく、家名というのは持ち合わせていないのです」
「教会……そうですか」
今回の社交界の出席には、どこから来たのか尋ねられた時の方便だ。
教会の方からというのは、教会に入信して家名を捨てた人が使う方便であるが、今回は使わせてもらっている。
まぁ教会に入ったシスターも必要なら、俗世に戻って家名を取り戻すこともできるらしい。
「それにしても、とても綺麗な髪と目をしていますね。まるで、黒曜石のように美しいです」
「そう? 口が上手いのね」
社交界の常套句だろうか。
普段は、三角帽子を目深に被っているために、髪や目を褒められることはないので、なんともむず痒く、微笑を浮かべてしまう。
そうして、私がお世辞なのだと思っていると少年はやや落胆したようだが、気を取り直して話し掛けてくれる。
「どうです? あちらの方でもう少しお話でも」
「申し訳ないけど、遠慮するわ。私のことは、どうぞお構いなく」
「そんなことを言わずに、壁の花になるのは勿体ないですよ」
そう言って、私を連れ出そうとするが、軽く横から魔力による威圧が放たれる。
「なにをしているのですか?」
笑顔で料理の載ったお皿を持ったテトが少年を軽く魔力で威圧している。
「す、すみませんでした!」
少年よりも年上のテトに睨まれて、離れる。
「テト、ありがとう……」
テトが戻ってきたことで、私に対する少年少女たちの視線が和らいだ気がした。
「むぅ……」
「テト、どうしたの? 食事は美味しくなかった?」
「美味しかったのです。けど、魔女様に不躾な視線を向ける人たちが多いのです」
「不躾……?」
あんまり自分の容姿には気にしていないが、結構な美少女だから、少年たちの注目が集まっていたらしい。
ただ、まぁ初心な少年に魔力の威圧をさせてしまったのは、申し訳ないと思う。
「魔女様は、自覚するのです。可愛くて、綺麗なのです」
「そう、なのかな? それは、テトの方じゃない?」
テトが近づいたことで私への少年たちの視線は和らいだ。
だが、代わりにテトの年齢に近い貴族の子息たちからの熱い視線が注がれている。
かなり熱烈な視線に健康的な小麦色の肌と童顔巨乳の美少女のテトは、色合いの物珍しさもあって人気だ。
そして、やはり自分が美少女という実感がないので、小首を傾げ、パーティーが始まるのを待つ。
『――国王陛下、セレネリール王女殿下、ご入来!』
いよいよ今日の主役であるセレネが入場してくる。
いつもは、【虚無の荒野】の自宅では私たちに甘えてくるセレネだが、王宮での教育からか背筋を伸ばして、美しいドレスを身に纏い、微笑みを浮かべて歩いている。
赤ん坊の頃から成長を見守り、今では私よりも背も大きくなったセレネに感動して涙が零れそうになる。
「今宵は、良き日になろう。行方不明だった我が娘・セレネリールが戻ってきたのだ! 痛ましい事件から逃れたセレネリールは、教会でも優秀な聖女に託され、守り育てられた! セレネリールの帰還を祝して、今日は盛大に飲み明かそうではないか!」
『『『――乾杯!』』』
国王が音頭を取り、社交界が始まる。
セレネは、挨拶回りがあるのか国王と共にパーティーの参加者たちが一人一人微笑みを浮かべて挨拶をしていく。
「本当に、どこに出しても恥ずかしくない立派な子に成長したわねぇ」
「そうなのです。でも、大変そうなのです。こんな美味しい物を食べる機会がないなんて」
お皿山盛りのパーティーの料理を食べて、苦笑を浮かべている。
そして、何人もの貴族たちの挨拶を受けていき、一通りの挨拶が終わる頃、それは起きた。
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