22話【Aランク昇格試験・前編】
Aランク昇格試験当日、王都に借りている家から試験会場であるギルドの訓練所を目指す。
王都のギルドの訓練所は、闘技場のような円形の地面と観客席が設けられている。
ギルドのAランク昇格試験の会場の闘技場には、イスチェア王国内のBランク冒険者が集まっており、その数は16名だ。
「この16人と勝ち残り戦かぁ」
「この人たちと戦うの、楽しみなのです!」
16名中、2回以上この昇格試験を受けるのは10人だ。
残りが今年になってその試験条件を満たした冒険者となる。
またAランク昇格試験資格者は、受験者の倍と言われている。
試験を受けない半分は、Bランク冒険者で満足していたり、既に冒険者としてのピークを迎えた人たちらしい。
「受験者以外にも見に来ている人たちは、パーティーメンバーかしらね」
基本、一般公開されていないが、仲間内での応援はありなようで少ない人数が控えている。
その中には、教会のシスター服に身を包んだセレネが他のシスターや護衛の騎士たちに囲まれて見に来ており、私に小さく手を振っている。
「魔女様、セレネなのです」
「ええ、いいところ見せないとね」
そんな中、王都の冒険者ギルドのギルドマスターが現れた。
「今年も昇格試験を始めることができて嬉しく思う。長い話は俺も好きではない。また初めての受験者も多いから簡潔にルールを説明する」
冒険者ギルドの昇格試験である勝ち残り戦のルールは――
・相手冒険者を殺さない。殺したら、受験失格。(理由は貴重な上位冒険者の数を減らさないため)
・殺さなければ、どのような手段でも許可し、治療はギルドが受け持つ。
・ただ、治療しても続行不可能だと判断されれば、その時点で、参戦不可。ただし、それまでの戦闘を加味して昇格の合否が判断される
・勝ち数を競うのではなく、冒険者として必要な資質を見るためのものである。
そんな感じのルールを説明され、早速クジを引かされる。
「……私は、8番ね」
「テトは、3番なのです」
どうやら最初は1番と2番の冒険者が戦って、以降勝った冒険者が続投する。
そして、1番と2番の冒険者は、どちらも人間の戦士だ。
そして始まる勝ち残り戦。
一戦目が、粗野で粗暴なユニークスキル持ちの冒険者。とAランク昇格試験初参加のBランク冒険者。
勝負は、ユニークスキル持ちの圧倒的な膂力による攻撃で短期戦でノックアウトされた。
初参加の冒険者も腕は悪くないが、ただの身体強化では【身体剛化】の片鱗が見えるユニークスキル持ちが振るう大剣を受けとめることはできない。事実、初参加の冒険者は十数メートルは吹き飛ばされて腕が折れている。
それで勝負は決まりだ。
「それじゃあ、行ってくるのです~」
「テト。気をつけてね」
そして、続いての勝負は、3番のテトだ。
どうやらユニークスキル持ちの冒険者は、通称『肉断ちのロック』と呼ばれるBランク冒険者らしい。
振る舞いは、見た目通りに粗暴で喧嘩っ早く、また下手に力があるために不良冒険者に分類される。
去年の昇格試験では、対戦相手の冒険者に挑発されたことが原因で殺害し、試験失格になったらしい。
「よろしくお願いなのです」
「ケッ、ガキで女が相手だと、舐められたもんだなぁ。早々にぶち殺してやるよ!」
そして始まった戦いは、無骨な大剣を振り下ろし、テトが真っ正面から受け止める。
会場にガギン、という金属同士の鈍い音が広がるが、テトは正面から受け止めた。
「おー、凄いのです。結構、力強いのです」
「クソがぁぁっ、大人しく倒れろぉぉっ!」
優れた肉体と身体強化、そしてユニークスキルの相乗効果で強力な魔物を屠ってきたのだろう。
普通の冒険者なら手が痺れたり、衝撃に耐えられずに吹き飛ばされ、腕やあばら骨が折れるほどの力だが、テトはそんな太刀筋の見える大剣を軽く魔鋼の剣で受け止める。
「そりゃ、レベルが違い過ぎるわね」
ユニークスキルは、瞬間的に魔力を爆発させて身体能力を強化しているのだろう。
だが、膨大な魔力と全身を隙間無く【身体剛化】で覆っているテトの方が攻撃と防御力に優れている。
テトの防御を突破できずにユニークスキルで瞬間的に魔力を爆発させる巨漢の冒険者は、魔力切れを起こし始める。
「クソッ、どうなってやがる。俺様の攻撃が」
「軽いのですよ。攻撃は、こう、なのです!」
テトは、緩急のある動きで巨漢の冒険者の懐に入り込み、剣を振り抜く。
普通なら胴体が真っ二つになるが、身体剛化で覆った剣の切れ味をあえて落として、打撃武器のように使う。
そして、魔剣で殴られた巨漢の冒険者は、自身が殴り飛ばした冒険者と同じように地面を転がり、気絶している。
「魔女様、勝ったのです~」
こっちにブンブンと手を振って、次は観客席のセレネの方を向く。
続いてテトが続投する4番手の冒険者は、魔法使いだ。
テトとの距離を取りながら魔法で攻撃を仕掛けようと、開始位置からバックステップで後退しながら魔法を放ってくる。
対するテトは、放たれた魔法を剣で斬り捨てながら距離を詰め、相手の体を覆う結界を斬り裂き、剣先を突きつける。
「こ、降参だ……」
「また勝ったのです」
続いて、5番目の選手は、エルフのラフィリアさん。
「あの時の私と違うわ!」
精霊魔法を付与した弓矢の速射。
それも様々な角度から襲ってくる魔法を付与した矢。
テトはそれを避けるが、避けた矢は、テトに当たるまで追尾してくる。
「うー、面倒なのです!」
「さぁ! 数が増えていくわよ!」
更に放ち続ける矢の数が30を超える。
そして――テトの体に当たると圧縮された空気が爆発し、吹き飛ばされる。
それが次々とテトに着弾し、闘技場の内壁に突き刺さったテトは――
「ちょっと痛かったのです!」
「嘘、ランドドラゴンも一撃で倒す、私の必殺の一撃が……」
【身体剛化】で全身防御を固めていたために、土埃などを付けているが、無傷のテト。
「……降参します」
「わかりました。冒険者、テトの勝利!」
「あれ? もう終わりなのですか?」
きょとんとするテトは、自分がぶつかった内壁を土魔法で直しながら、次の冒険者を待つ。
そしてテト対6番目の選手は、1番目の冒険者とは違い、斥候寄りの冒険者だった。
開幕と共に無数のナイフを投げ、風魔法で後押しするように加速させる。
それをテトが打ち払うと、ナイフの柄に括られた袋が開き、中の粉末がテトの回りに広がる。
「なんですかこの煙、変な匂いもするのです!」
「吸い込んだな! 大の大人ですら手足が動かせなくなる即効性の痺れ薬だ!」
盗賊退治などの搦め手を得意とする冒険者なのだろう。
本人の魔力量は平均的で、使える魔法も弱めの風魔法だ。
だが、薬物とそれを送り込む風魔法。また、身体強化も普通だが、それを風魔法でアシストする制御力で、ここまでのし上がってきたのだろう。
「テトには、効かないのです」
「な、なに……ぐっ!」
ゴーレム娘のテトには、薬は効かない。
防毒用の魔導具を用意しているのか、まだ痺れ薬が舞っている中に、短剣を持って突っ込んでいくが、接近したところでテトが腕を取って、背負い投げで地面に転がす。
「こ、降参だ。薬物耐性もあるのかよ。どんだけ強いんだ」
ほぼ無傷。そして魔力の消費も少なく勝ち進むテトに周囲の目の色が変わる。
そして続く、7番の冒険者は、魔法使いタイプらしい。
テトの行動を封じるために四方を氷の牢獄で捕らえ、その牢獄に向かって巨大な氷を生み出し放つ。
「これで終わりだ!」
その冒険者も勝ち抜くためにテトに全力で挑んでいくが、テトは、氷の牢獄の中で、魔鋼の剣を構える。
「よっこい、しょ! なのです!」
緩い掛け声と共に振り抜き、魔剣に纏った魔力を放つ。
【身体剛化】で強度の持った魔力の斬撃が氷の牢獄を斬り裂き、氷の塊を打ち砕いていく。
パラパラと小さくなった氷が頭に掛かるので、軽く手で払ったテトは、最大の攻撃魔法を防がれて、呆然とする冒険者に近づき、剣を突き立てる。
「終わりなのです」
「こ、降参だ!」
「いよいよ、魔女様との戦いなのです! 負けないのですよ~!」
勝ち残り戦なので、テトと当たると思っていた。
正直、テトと戦うのは気乗りしないが、このままだとテト一人で全員抜き達成しそうなので、私もAランク昇格を目指して頑張ろう。
それに――
「お母さんもテトお姉ちゃんも頑張って……」
セレネが応援してくれているんだ。
テトに負けて見せ場がここで終わるのは、ちょっと寂しい。
「セレネが見ているから、不甲斐ないところ見せられないわね。結構本気で行くわよ」
「わかったのです。テトも、やるのです!」
魔剣を構えたテトは、今までセーブしていた魔力を更に一段階解放し、威圧する。
対する私は、膨大な魔力を限界まで圧縮した【魔力剛化】を体の表面に静かに流す。
「は、始め――!」
テトが速攻で駆けてくるので、私は後ろに飛ぶようにして飛翔魔法で空中に逃げる。
「私から行くわよ。――《サンダーボルト》!」
対ランドドラゴンで使った落雷の魔法だ。
あの時より改良を加えた低燃費型だが、一発で冒険者の平均的な魔力量である3000近くの魔力を消費する。
それを10発連続で闘技場に降らせていけば、会場の冒険者たちが驚愕する様子が見られる。
現在の魔力が10万を超えているために、容易にできる大魔法だが、テトは、それらの攻撃を走って避けていく。
「空に逃げるのは、ズルいのです。こうなったら――」
テトは、地面に片手を突き立てると、地面を操作して粘土のように千切って持ち上げる。
そして、持ち上げた土を圧縮して石の塊を生み出す。
「そーい、なのです!」
「それは、危なっ!?」
空中に居る私に対して石を投げてくるが、下手に避けると闘技場の外まで飛び出していきかねない勢いがある。
私は、結界で包むようにして受け止めようとするが、石自体に【身体剛化】の魔力を纏わせて投げたために威力と強度が砲弾のようだ。
「――《マルチバリア》!」
多重結界を張って受け止めるが次々と割られていく。
一枚1000の魔力を消費する多重結界が10枚も割られた。
この時点で私の残り魔力は6万ほど。
対するテトは――
「これで、最後なのです!」
投石を囮に地面を蹴って私に接近する。
十メートル以上の高さまで迫るが――
「――《グラビティー》!」
加重の魔法で地面に押し返すと、剣がギリギリで私に届かずに地面に勢いよく叩き付けられる。
「ぐぎぎっ……魔女様、もう動かないのです。降参なのです、テトの負けなのです~」
テトの負け宣言で終わったことに安心して、長い溜息と共に魔法を解く。
魔法戦は、基本はどれだけ相手の魔力リソースを減らすかが勝負だ。
攻撃のために魔力を使い、防御の結界を破壊して魔力を減らす。
勝負の肝は、相手の防御を上回る攻撃でダメージを通すか、地道に減らすように戦うかだ。
「ホント、テトと戦いたくなかったわよ。冷や冷やするわ」
「あれくらいやらないと、魔女様には全然攻撃が通らないのです」
テトの方は、【身体剛化】や土魔法で使う魔力量よりも効率良く私の魔力を減らしていたのだ。
実際、私の魔力の半分を減らしたテトが、これまでの勝ち残り戦で消費した魔力は目測1万程度だ。
加重の魔法の拘束も【身体剛化】で抵抗できるが、ここら辺が引きどころだと考えたのかもしれない。
「き、君!? 治療は?」
「魔女様」
「はいはい。――《ヒール》(それと魔力補充の《チャージ》もね)」
回復魔法を実際に使ってみせ、更にテトの減った魔力量を補充する。
これで私の残り魔力は、4万だ。
まぁ、次の勝ち残り戦前にマナポーションを飲む暇があるので、回復の足しにはできるはずだ。
そして、周囲の人は、私とテトの激しい攻防に唖然とし、まだ次の戦いが控えているのに、回復魔法を使ったことに更に驚いている。









