21話【王宮と荒野を行き来する暮らし】
一日置きにセレネは、王宮と【虚無の荒野】を行き来するような生活が始まり、私たちの生活リズムも変則的になった。
一週間の半分を互いの傍でセレネを過ごさせると言っても、一週間は7日ある。
七日目は、どちらで過ごすかで、私と国王がバチバチと視線で火花を散らす中、テトがセレネから要望を聞き出したようだ。
「魔女様。セレネ、教会に行ってお手伝いを続けたいみたいなのです」
「教会の治療院での奉仕活動……そう、それなら仕方がないわね」
「エリーゼも週に一度は通っていた。分かった、手配しよう」
ということで、週に三日は王宮での様々なレッスンなどで、週に三日は【虚無の荒野】の再生を始めたばかりの自然の中で休息を取り、最後の一日は教会での奉仕活動だ。
そうした王宮通いの生活の中、私は国王や護衛の騎士たちを信じて送り出している。
「大丈夫よ。国家の騎士だものね。セレネをちゃんと守ってくれるはずよ」
「魔女様、魔力が溢れているのです。落ち着くのです、どうどう、なのです……」
テトに落ち着くように言われたので、漏れ出る魔力を抑え込む。
「それじゃあ、私たちも行きましょうか」
そうして私たちは、新たに設置した【転移門】を潜り抜けるとそこは、イスチェア王都の一角に購入した一軒家の中である。
国王がセレネの離宮に設置した【転移門】を使ってイスチェア王国と【虚無の荒野】を行き来することを提案してきたが、流石に王族の住む離宮にセレネの養母の冒険者が出入りしているのは、まずいのではないかと思い、代わりに必要経費として一軒家を貰い、そこからイスチェア王国に移動している。
セレネが王宮や教会の治療院で活動する日は、付き合いのあるガルド獣人国の方に顔を出したり、イスチェア王国の王都でブラブラして過ごしたりする。
「あっ、このお菓子。セレネが好きそう」
王都で見つけた下町の食べ物なんかは、家に帰ってセレネが休みの時に一緒に食べてのんびりするのが最近の楽しみだ。
そして私は、王都の図書館の出入りも国王の許可を貰い、色々な本を読み漁って過ごし、テトは、冒険者ギルドの訓練所で趣味の模擬戦をしている。
『なんでも行方不明だったセレネリール王女様が王宮に戻ってきたみたいだぞ』
『10年前に行方不明って言われた聖女エリーゼ様の子か?』
『なんでも教会の関係者に守られながら育てられたみたいだぞ』
『最近、治療院でエリーゼ様に似た女の子が治療しているのを見たぞ。なんでもエリーゼ様から託された他の聖女様から魔法を学んだらしくて、かなりの腕前らしい』
『俺、その子に治してもらったんだ。俺の折れちまった腕もこの通りだ』
そんな感じで王宮主導で、セレネ帰還の話が流布されていた。
セレネを育てた人は、冒険者よりも教会関係者の方が民衆受けがしやすいし、セレネの治療院での手伝いも民衆人気を勝ち取り、セレネの地盤を整えるのに役立つ。
貴族たちのお披露目の前に、大分その存在を周知させようとしているんだなという思惑を感じながら、王都を散策する。
散歩ついでに町中の雑務依頼を受けたり、休みの日にはセレネの成長を見守りつつ、Aランク冒険者の昇格試験の日々を待つ。
そして、その直前――
「私、お母さんとテトお姉ちゃんの活躍見に行きたい」
「そうは言ってもねぇ……」
その日は、王宮に通う日だ。
スキルオーブで付与した【礼儀作法】スキルもしっかり働き、セレネ自身物覚えがいいので、少しずつ慣れている。
「一応、お父様に確認したら、お母さんたちから了解を取れればいいって」
セレネは、国王のことをお父様と呼び、亡きエリーゼ様は、お母様とも使い分けるようになった。
それと、セレネの正しい誕生日が分からなかったが、どうやら現在11歳らしい。
そして、セレネが12歳の誕生日に貴族たちにお披露目する予定らしい。
それはともかく――
「それってお忍び? うーん。ちゃんと護衛は付くの?」
「うん。一緒に付いてきてくれるって」
「セレネ、応援してくれるのですか? なら、テト頑張るのです!」
なんと言うか、冒険者同士の模擬戦と言ってもAランクを懸けた勝負だ。
それに、冒険者と言っても品行方正じゃない。
そんな人たちが戦う様子セレネに見せたいとは思わないし……
「うーん。はぁ、仕方がない。わかったわ」
「ありがとう、お母さん! それじゃあ行ってくるね!」
そう言って【転移門】に駆けていく。
「昇格試験って数日間掛けて行なわれる可能性があるんだけど、大丈夫かな?」
Bランク冒険者の勝ち抜き戦による評価だ。
一応許可は出したが、全日応援に来るのは流石に無理かも知れない。
だが、もしかしたら一日で終わるかもしれない。
「まぁ、いいか。テト、今日も行きましょう」
「はい、なのです」
そうして私とテトがイスチェア王国の王都に向かい、冒険者ギルドに出向く。
そして、ガルド獣人国でもしたように【虚無の荒野】の世界樹の周りに作った薬草の群生地から採取した薬草やそれを生成したポーションを持ち込む。
「ありがとうございます。昇格試験では怪我を負う人も少なくないので、品質のいいポーションが直前に用意できて嬉しいです」
「そう、それは良かったわ。私も作ったポーションが役に立って嬉しいわ」
以前は、通常のポーションやマナポーションだったが、王都の図書館の出入りで見つけたレシピから各種の状態異常薬や上位のハイポーションやマナ・ハイポーションなどの薬などを創れるようになった。
そうして、軽く受付で話し合っていると、私たちに大きな声を投げかけられた。
「あー! あんたたち、チセ!? それにテト!?」
誰だろう、と振り返るとそこには、見覚えのあるエルフの少女がこちらを指差していた。
「たしか、ラフィリアさん……だっけ?」
ダンジョン都市のトップパーティーの【暁の剣】の後衛であるエルフの弓使いのラフィリアだ。
もう10年も前なのに、容姿はそれほど変わらず、ただ少しだけ成長したように思う。
「あんたたち! 久しぶりね! って言うか、全然変わってないじゃん! なんでよ、人間でしょ!?」
「ラフィリアさんは、少し大人っぽくなったんじゃない?」
出会ったのが昨日のことのように思うが、雰囲気が丸くなったように感じる。
そして、テトは――
「うーん? 誰、なのですか?」
「あらら、忘れちゃってたの? それに言動が全然成長ないし……」
困ったように笑うラフィリアさんは、それでも懐かしいように目を細める。
「本当に懐かしいわねぇ。あれから色々あったのよ」
「楽しそうね。色々聞かせてちょうだい。食事は奢るから」
そう言って、私たちは、冒険者ギルドの酒場の一角を借りて、ラフィリアさんの話を聞いた。
私たちがダンジョン都市を去った後――
アルサスさんのパーティー【暁の剣】は、私が【創造魔法】で作った魔剣──というか聖剣?──を使ってダンジョンの攻略を進めていた。
元々Aランクだったアルサスさんと強力な魔剣の組み合わせで、ダンジョンコアがある最深部の30階層付近まで進んだらしい。
その後、ダンジョンに依存している町のためにダンジョンはそのまま残し、後進の育成に入っているらしい。
「それからアルサスとレナが結婚して、子どもが生まれたのよ。可愛い男の子と女の子が一人ずつ」
「そうなのね。あの二人が……」
カッコイイ剣士と妙齢の魔女の組み合わせは、冒険者としては絵になっていた。
「他には――」
斥候役の男とはパーティーを解消し、どこか別のパーティーに加入しているらしい。
魔力量は普通であり、既に身体的な全盛期が過ぎ始めたものの、長年務めた斥候としての経験と勘は、その老いを補うほどである。
もう一人の聖職者風の仲間は、元はパウロ神父が育てた孤児だったので、冒険者を辞めた後はパウロ神父の手伝いで教会に戻ったらしい。
「そう。孤児院の子どもたちはどうしているのかしらね?」
「みんな元気でやっているわよ。って言うか、10年も経っているんだから、子どもどころじゃないわよ」
こーんなに背が高くなった子もいるのよ、とエルフのラフィリアよりも頭一つ分大きくなったダン少年がいる、と楽しそうに笑う。
そんなに成長したのか、と感心する一方、成長しない我が身を寂しく思う。
「それでラフィリアさんは、どうしてここに?」
「私は、Aランクの昇格試験よ。ダンジョン都市で冒険者続けているけど、Aランクの昇格試験の資格を得たから毎年通っているのよ。これで三年目よ」
そう溜息を吐くラフィリアさん。
10年前のラフィリアさんの実力も上位冒険者としては優秀だったが、その彼女でも毎年落とされるのだから、思った以上に難しいかもしれない。
そして今年のイスチェア王国で行なわれる昇格試験は、私とテト、ラフィリアさんを含めて16名らしい。
そして、その中から昇格できるのは2、3人くらいだが、ギルドの判断によっては一人も出さない年もあるらしい。
そうして、今度は私たちの10年間をラフィリアさんに話した。
所々ボカしての説明だが、セレネとの生活と聞いて、嬉しそうに相槌を打ってくれる。
「そう、その義理の娘は、可愛いのね」
「ええ、もちろんよ。私たちの大事な娘よ」
「テトの大事な妹なのです!」
そう、力強く答える私とテトに、ラフィリアさんが困ったように笑う。
「あー、羨ましいわねぇ。里を飛び出して冒険者になったのは良いけど、同族との出会いもないし、そもそもエルフは子どもができにくいのよねぇ。子ども羨ましいなぁ~」
あと10年くらい冒険者続けたら里に帰ろうかな、などと気長なことを言っているのは、流石は長命種族と苦笑してしまう。
まぁ、不老になった私も似たようなものかもしれない。
そして、ラフィリアさんと別れて数日が経ち、ギルドの昇格試験の日がやってきた。
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