15話【セレネの正体】
【創造魔法】で創り、セレネに持たせた防犯魔導具のブザー音を聞き付け、町の上空に飛び出した私は、セレネの魔力を辿る。
「あっちね」
多分、友達と会いに行った帰りに誰かに絡まれたようだ。
人通りの少ない道を歩かないように言ってあるために、大通りに面した場所で野次馬が集まっているので、すぐにセレネの場所を特定できた。
「セレネ、大丈夫?」
「お母さん! 来てくれたの!?」
そんなセレネや野次馬の住人が囲む中心に降り立った私は、防犯魔導具のワイヤー入り投げ網に絡め取られて、道路に転がっている人たちを見る。
防犯魔導具には、捕縛ネットと合わせて、眠りの魔法効果が込めてあるので、投げ縄に捕まると同時に気絶している。
「セレネ、何があったの?」
「わかんない。私のことをセレネリールって呼ぶし、父親が待っているから帰ろうとか言って囲んで、怖くなって……」
そう言って、私のローブにしがみつき、セレネは男たちとの距離を取る。
すると、野次馬の人たちの中には、彼らのことを知っている人たちが居たようだ。
「今年の冬にふらりと現れた旅の商人って言ってたわよ! ただ、一冬もこのなんにも無い町に居るし、チセちゃんたちのこと調べてるみたいだから、どっかの貴族が勧誘しようとしているのかと思ったけど……」
「セレネちゃん、お母さんたちに付いていって余所の町で治療の手伝いして『小さな聖女』って呼ばれてたらしいから、それで狙われたのかもね」
「誘拐犯だったのね。今、衛兵を呼んだからすぐに人が来るわよ~」
そんな感じで、あれよあれよと事態の処理が進んでいく中、捕まった人たちを観察する。
服装は商人だが、顔立ちや雰囲気から言って、確かに少し違う。
貴族かそれに仕える人間という町の人の観察眼は、素晴らしいようだ。
だが、辺境の町は、実力主義で大らかな性質上あまり気にしないが、ガルド獣人国の中枢ほど獣人の各種族や部族が中心に取り纏めしており、人間の従者は少ない。
そんな中、野次馬を掻き分けて、一人の男性が声を掛けてきた。
「セレネ様の母親のチセ様ですね」
「うん? あなたは?」
「私は、この者たちの上司、と言ったところです。ですが、何分お二方が現れるのを待っていたために、彼らが先走ってしまい、申し訳ありません」
そう頭を下げる彼は、倒れている人と比べると顔の線が細い。
先程会った、ロールワッカと似た雰囲気を感じる。
「是非とも、我々の事情をセレネ様。そしてチセ様に聞いてはいただけないでしょうか」
そう懇願してくるので私は腕を組んで悩む。
セレネリールという名前には、託された際に渡されたユニコーンの指輪の内側に彫られていたので、彼らの話を聞く気になった。
「お母さん、あの人たちとお話しするの?」
不安そうにするセレネに、私は微笑みかける。
「そのつもりよ。大丈夫よ、お母さんは強いんだから」
そんな風に考えていると、テトが遅れてやってきて、彼らの扱いに関して、衛兵の人の同席で冒険者ギルドの方に運ぶことにした。
本当にただの誘拐犯なら、改めて牢屋にぶち込めば良い。
もしかしたら、赤ん坊の頃にセレネを狙って襲ってきた人たちのことが何か分かるかも知れない。
そしてギルドに運び、改めて拘束を解き、冒険者数人と衛兵……そして、ギルドで契約の話をしていた獣人国のギュントン王子とロールワッカも同席していた。
「ギュ、ギュントン王子殿下! それにロールワッカ秘書官殿まで……」
セレネに話し掛けた上司の人は、まさか他国の王族まで同席するとは思わず、狼狽えている。
「イスチェア王国の外交官だったか。そちらの国にも報告は行っているはずだ。そこのチセ殿がダンジョンを攻略し、そのダンジョンコアを手に入れたことを。その交渉で滞在している」
「は、はい、存じております……」
他国の王族に萎縮して全然話が進みそうにないので、相手を少しだけ魔力で威圧を掛けて、こちらを意識させる。
「それじゃあ、あなたたちの正体を教えてくれる?」
セレネに詰め寄った人たちは、拘束されたままだが、眠りの魔法を解き、事態を理解して項垂れている。
その中で、彼らの上司と名乗る男が自己紹介をする。
「我々は、イスチェア国王陛下の命で、国王陛下の行方不明の王女・セレネリール様の捜索を任されていた者たちです。今回は、セレネ様が我々の探していたその人なのか確認するために参りました」
「人違いです! 私は、チセお母さんの娘のセレネです!」
そう悲鳴のような声を上げるセレネ。
ただ、セレネには、実際に育ての母である私とは別に死の直前に託した産みの母親らしき人が居ることは教えているのだが、実感が湧かないんだろうなぁ、と思っている。
同席している冒険者や衛兵の人たちも困惑している。
小さい頃から見知った女の子が隣国の尊い身分の子どもだと言われて、こちらも実感が湧かないようだ。
その中で一つ思案するように表情を曇らせるのは、獣人国のギュントン王子とそのお付きのロールワッカである。
「殿下。彼らの言葉には……」
「匂いからして、嘘はないだろうな。だが、セレネリール王女の名が出てくるとはな…………」
「知っているんですか?」
私が、ギュントン王子に尋ねると、困ったように眉を下げながら説明してくれる。
「まぁ、王族だからな。立場上、隣国の王室の話は耳に入る。確か10年前に悪魔教団に狙われた聖女と呼ばれた側妃が暗殺され、その際に赤子のセレネリール王女が行方不明になった、とは聞いている」
聖女と呼ばれた女性の特徴を聞けば、確かに髪の色などは、セレネと同じだ。
それに手元に遺したセレネを託してくれた母親の遺髪とも同じ色だ。
また国王は、当時全力でセレネを探したが、国内では見つからず、その反動から側妃を暗殺した邪教徒の壊滅に尽力したらしい。
「知らない。私は、王女なんかじゃないです!」
「いえ、間違いありません! セレネ様のその指に付けられたミスリルとユニコーンの指輪が紛れもない証拠です!」
どうやら、国王陛下が生まれたばかりのセレネリール姫に贈られた浄化と回復の効果が込められた魔導具らしい。
また、その魔導具には、セレネ様とその母君の聖女エリーゼ様以外は、効果を発揮しないように制限も掛けられており、裏側にセレネの本名が刻まれているとのことだ。
「確かに、この指輪は私しか使えなかったし、チセお母さんは本当のお母さんじゃないって知ってたけど……」
そう戸惑うセレネを私が落ち着くように抱き締める。
その中で、声を上げるのは、知り合いの冒険者だ。
「なぁ、なんで今まで探してたのに、今になって分かったんだ?」
「それは、最初の数年ほど国内外を探しましたが、辺境のダリルの町から北に向かって逃走したのを最後に、チセ様とテト様方の行方が完全に分からなかったからなのです。その後、去年になってダンジョン攻略者の名前にお二方の名を見つけ、更に同行者に娘としてセレネ様の存在を知ったのです」
他の人たちが、なるほどと納得する中、ギュントン王子だけは目を細めて、イスチェア王国のセレネ王女捜査隊の隊長に尋ねる。
「……ダリルの町とは、リーベル辺境伯の領地のことか?」
「はい、そうです。その後一切の関所や町の入場、ギルドの利用などがなく。改めて彼女の経歴を調べたところ、7年前に突然この町に現れたのです」
「あの場所からこの町までかなりの距離があるはずだ。それに3年もの間、悪魔教団から逃れ、赤子を抱えたまま、ダリルの町やこのヴィルの町の北に広がる魔物の住まう森で過ごしていたのか?」
私とテトを信じられないような目で見る。
だが、その問い掛けに対して私たちの心臓や汗の反応が違うことを気付き、更に目を見開く。
「違うな。まさか、お前たちは……」
言葉を最後まで言い切らないが、その言葉にセレネの肩が小さく震える。
それが確信となり、ギュントン王子が深い溜息を吐き出す。
どこに出入りできるか言わないが、【虚無の荒野】に出入りすることができることは知られたようだ。
「納得した。だから、あのような契約を要求したのか……納得だ」
二度、納得と言った。それほどに彼にとって動揺した事実なのだろう。
そんなギュントン王子が落ち着いた後、後で契約の事で話があると言われる。
「とにかく、あなたがセレネリール様だと確信しました! 是非、セレネリール様の父君、我らがアルバード国王陛下の下にお戻りしましょう!」
「……お母さん」
「大丈夫よ。セレネがどんな選択をしても私は、あなたを守るわ」
「テトもセレネを守るのです」
そう言って、二人でセレネの手をぎゅっと握れば、セレネは深呼吸をして覚悟を決める。
「私、本当のお父さんに会ってみたいです。それと、本当のお母さんのお墓にも行きたいです。その後のことは、色々と考えたいです」
「わかりました。それでは、我々もセレネリール様やその養母であるチセ様、テト様方を丁重にお持てなしできるように準備いたします」
とりあえず、双方が納得したところで、セレネリール王女捜索隊の人々は解放されて、町の宿に戻っていく。
私の方の予定などを勘案して二週間後を約束した。
セレネに近づいた不審者に関してはこれで良いが、ガルド獣人国とのダンジョンコアに関する契約に関しては、まだ終わっていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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