13話【炎熱ダンジョンの攻略・後編】
SIDE:セレネ
お母さんたちがダンジョンに潜って一週間が経った。
二日目に簡易治療施設に向かい、その日も怪我人の治療を頑張っていると、このダンジョンに挑むトップ冒険者が帰ってきたようだ。
どうやら、ダンジョン内の環境が15階層と16階層を境に激変しており、対応装備がないと長時間の探索は大変らしい。
そんな中19階層まで気力で進んだが、脱水症状で行き倒れたらしい。
そんな彼らは、チセお母さんたちが助けたために、なんとか帰還できたそうだ。
小さな不調の確認の時に、お礼を言われた。
私は、一緒に帰ってくればいいのに、と思った。
けどお母さんには、何もないところから物を取り出す不思議な魔法がある。
それがあれば、ダンジョン内で補給が必要な物も揃えられるから、帰還しないでダンジョンに挑み続けるんだろう。
そうして、お母さんたちを信頼しながら待っていると、今日も怪我人が運ばれてくる。
少しずつダンジョン内の情報が周知されたのか、みんな対策しているために大怪我を負う人は少なくなってきている。
または、ダンジョン攻略を諦めて、ダンジョンから魔物が溢れないように内部の魔物を減らすことを目的にした冒険者たちが安全に気をつけ始めたのかもしれない。
そうして、その日も過ぎていき、お母さんたちがダンジョンに潜って二週間後――ダンジョンが消滅して、お母さんたちが帰ってきた。
SIDE:魔女
正直、ダンジョンの20階層以降は面倒臭かった。
何が面倒かと言えば、ダンジョン下層に続く階段が広い砂漠のどこかにあり、更に砂に埋れていたのだ。
また、どこにあるのかテトに探ってもらおうとしても、砂の中を移動する音波を発する魔物たちに妨害され、上手く探せない。
仕方なく、一匹ずつ音波の発生源の魔物を探して除去してから探っていく。
その作業の傍ら、砂の中に埋れた宝箱なども見つけて稀少な魔導具などのお宝を手に入れたが、そんなことが10階層も続いたのだ。
その結果、一日に1階層しか進まなかった。
そして30階層のゲートキーパーの部屋だが、これまた面倒だった。
なんと砂漠の中で高速で移動する推定Aランクのロングワーム(仮名)は、攻撃を加えた箇所から分裂してくるのだ。
なので、うっかり攻撃したら分裂し、慌てて倒そうと更に攻撃すると短くなって数が増える。
短い無数のワームたちが砂から飛び掛かってくるのは鬱陶しいし、空中に逃げたら泥球を吐き出す固定砲台と化す。
そして、追えば逃げる。
なので、一度ダンジョンの階層を入り直し、今度は分裂させずにごっそりと体の端から消滅させるようにして倒していく。
そうして辿り着いた31階層では、ダンジョンの台座からダンジョンコアを回収して終わりだ。
最初に攻略したストーン・ゴーレムと一体化したようなダンジョンコアはイレギュラーらしいと改めて感じる。
ダンジョンコアの回収が終わると、浅い階層から順番に冒険者がダンジョン入口に強制転移されていき、最奥にいる私とテトはしばしの時間の後にダンジョン攻略を達成する。
そして地上に戻された私は、ちゃんとダンジョンの岩山が消えているか首を回して確かめると、私たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「お母さん! テトお姉ちゃん!」
「セレネ、ただいま」
護衛をしてくれた女冒険者たちを後ろに引き連れたセレネが私に駆け寄ってくるので、正面から抱き締める。
ダンジョン内の面倒なギミックに遅延させられて荒んだ心に、娘からのハグは癒やされる。
「ただいまなのです」
「ちょっと苦しいよぉ~」
そんな私とセレネを纏めてテトが抱き締めるので、セレネが楽しそうにテトに抗議の声を上げてくる。
二週間、こんなに長く離れたことがなかったし、セレネの意志を尊重して冒険者の治療を任せたが、一回りも大きくなったように感じる。
子どもの成長って早いわねぇ、と若干、涙目になりそうになる。
「お母さん?」
「ううん、セレネもお疲れ様。これが終わったら家に帰ってゆっくり休みましょう」
そうして家族の語らいを終えた私は、護衛してくれた女冒険者の人たちに話しかける。
「セレネの護衛、ありがとうね。それで何か問題はありましたか?」
「えっと……なんと言うか、ちょっとお耳を」
そう言って、こっそりと耳打ちされた内容は、まぁ色々だ。
・助けた冒険者がセレネの回復魔法の能力を見て、パーティーに勧誘しようとする。
・セレネに助けられたことで恋心と勘違いしたのか、求婚される。(お相手は、狼獣人27歳独身)
・セレネの治癒能力に目を付けた不良冒険者が誘拐しようとして、自力で撃退。
・セレネに助けられた人を中心に護衛団が結成される(一種ファンクラブ的な様相)。
・重傷者を優先的に治療し、絶対に死なせないの意志を貫き、小さな聖女と呼ばれているらしい。
「……そう、セレネ頑張ったのね。偉いわ」
「えへへっ、私のできることをやっただけだよ」
そう親子の触れ合いをしているが周囲は、えっ、なにこの幼女たちというような視線を向けられる。
ダンジョン攻略しちゃうわ、死にかけ冒険者全員助けちゃうわ、本当にこんな凄い人たちなんでいるの? なんで幼女なの? みたいな視線を受ける。
そして、そんな野次馬冒険者たちの間を縫って現れたのは、ギルドマスターだ。
「ダンジョン攻略したみたいだな」
「ええ、終わったわ。それとセレネのこと、ありがとうね」
「こっちこそ、まさか小さな援軍が、大金星を上げるとは思わなかった。正直、15階層以上ある話を聞いた時は、早期攻略は無理だと思ったからな」
そんな他愛のない話をして、穀倉地帯から撤収を始める冒険者たちの流れに乗って私は、ギルドに向かう。
そこで、今回のダンジョンで手に入れたアイテムの報告と各階層の情報を口頭で伝えてくる。
その中で20階層の砂漠階層の厄介さを伝えると、げんなり顔で話を聞いている。
「昼夜の寒暖差の激しさに風で流動する砂漠に埋れるダンジョンの階段探し、それに砂や上空から襲ってくる魔物たちに、魔法の探知を阻害する魔物たちって……本当に、どうやって攻略したんだ」
「それは、秘密よ」
ただギルド側も面倒な砂漠階層の砂の中に埋れた宝箱もきっちり回収してきたので文句はないだろう。
そうして――
「今回のことでチセとテトは、Aランクに昇格可能だ。昇格試験は、年に一度各国の王都で開催されるんだが、どうする?」
時期は、仕事の少なくなる冬場に各国の王都の冒険者ギルドで昇格可能なBランク冒険者が集まって、試験を受けるらしい。
「そうね。セレネがお嫁に行ったら、旅行がてら行っても試験を受けに行ってもいいかな。10年後か、20年後……」
「気が長い話だな。嬢ちゃん、エルフとかの長命種族の血が流れてるんじゃないのか?」
ちなみに、冒険者が何年間依頼を受けなかったりすると、ギルドカードが失効するとかはない。
この世界には、長命種族のエルフやドワーフ、ドラゴニュートなどがいて、全盛期が長いのだ。
うっかり失念で数年、十数年が過ぎて、有望な長命種族の上位の冒険者がまた1からランク上げでは様々な損失が多いからである。
「それじゃあ、最後の本題だが――ダンジョンコアの取り扱いについてだ」
「そうね。買い取り相手は誰かしら?」
「そりゃ、もちろん国だ。今回のダンジョン攻略と合わせて獣人王家から真銀貨(ミスリル貨)50枚で買い取るつもりらしい」
日本円に換算して約5億円は、物価が安いこの世界なら一般家庭なら三代先まで慎ましく暮らせる額だろう。
更にダンジョンで見つけたお宝などを売却すれば、更に上乗せされる。
だが――
「お金は要らないわ。私は、獣人王家からあるものが欲しいわ」
「はぁ? 獣人王家に要求だぁ? 一応聞くが、何が欲しいものだぁ?」
王家の保有する宝物かなにかか? と思っているようだが、私は答える。
「【虚無の荒野】の土地所有権が欲しいわ」
私がダンジョンコアを渡す代わりに、獣人王家に要求するのは、あくまで魔法契約だ。
・【虚無の荒野】の所有者は、私にあること。
・土地の所有者は、私であり、その内側は治外法権。
・国家には帰属しない独立地域とする。
そんな感じの話の魔法契約の要求だ。
この獣人国で開墾した土地はその人のものだが、結局税金が課けられる。
「なんだ、その意味の分からん契約は……」
「まぁ、そうでしょうね」
2000年前から何人も侵入することができない神々が張った不可侵の大結界が張られた場所だ。
例えるなら、頭上の月を指差して、アレは私の物だと認める契約を結ぶように要求しているようなものだ。
月の所有権が認められても、月で何かすることができず、何かしらの物に対する影響力が得られるわけでもない。
具体的には、そういう意味の分からない契約ということになる。
ただし、自由に出入りでき、10年も暮す私にとっては意味合いが変わってくる。
「あー、お前さんの意図は分からんが、一応話は付けておくぞ。受け入れられるか分からんが」
「そうなったら、このダンジョンコアは余所に持っていくしかないわね」
「おいおい、ちょっと待て! それは困る! わかった、そういう契約で話を持っていくよう努力する!」
頭を抱えるギルドマスターだが、中年男性の頭頂部を向けられても嬉しいものではないので、さっさと話を切り上げる。
「それじゃあ、交渉よろしくね。私たちは、セレネも居るし、セレネがやった回復魔法による治療費と提出した素材の報酬は貰って帰るわ」
「帰るって、ヴィルの町から来たんだったか?」
「ええ、正確には、ヴィルの町近くの森ね。【虚無の荒野】の近くなの。そこにある家の畑も気になるからこのまま帰らせてもらうわ」
「わかった。交渉が決まったら、ヴィルの町のギルドに言伝を頼んで、使者を向かわせる。だからそれまでダンジョンコアはどこかに売り払ったりしないでくれよ」
そう言って、ギルドマスターは、溜息を吐いて、私たちを見送る。
私たちはギルドでセレネの治療行為の報酬と魔石以外の素材やお宝の売却額を受け取った。
セレネは、一人につき銀貨1枚だったが、他の治癒師が見限った冒険者を治療し、更に魔力に余裕がある時は、再生魔法で欠損部位の治療もしたようだ。
その時は、セレネ自身の魔力量では足りないために、お守り代わりの【特大魔晶石】の魔力を使って再生したらしく、結果大金貨10枚の報酬を受け取った。
「それじゃあ、そのお金は、セレネのカードに記入しましょう」
「わかった」
身分証明書のギルドカードをセレネも持っている。
ただ、ランク外のギルド職員見習いという扱いだが、ギルドカードのお金の預貯金ができる。
大金が舞い込んでも、お金の使い方が荒くなるということがないので、きちんとした経済感覚ができているのを嬉しく思いつつ、魔法の絨毯に乗って私たちが拠点とする辺境のヴィルの町を目指した。
読んでいただきありがとうございます。
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