12話【炎熱ダンジョンの攻略・前編】
「このダンジョンを攻略すれば、獣人国に恩を売れるわね」
「そして、【虚無の荒野】の土地の所有権を認めさせるのですね! 流石なのです。ところで魔女様?」
「なに、テト?」
「ダンジョンコアの扱いはどうするのですか?」
期待の籠ったような目を向けるテトに対して私は――
「ダメよ。前にあったダンジョンコアは、テトにあげたから次は私よ」
「残念なのです」
そう言って、気軽に話している私とテトが居る場所は、ダンジョンの地下10階層だ。
今回の目的は、誰よりも先にダンジョンを攻略するタイムアタックだ。
内部は、洞窟型のダンジョンに火を噴く魔物などが多くいるが、私の結界やテトの【身体剛化】を抜けてダメージを与えられる相手は居なかった。
テトの土魔法の《アースソナー》で洞窟内部の構造を調べてもらい、最短経路でドンドンと突き進んでいく。
出会った魔物の魔石は、全部テトに渡して、久々のテトは魔石をたっぷり食べて自己強化していく。
この10年間、セレネの子育てでダンジョンアタックは久しぶりだが、勘は衰えていないようだ。
それに以前よりも魔力が増えて今は10万ある。
その魔力によって、あらゆる障害をゴリ押しして進んでいる。
そうして気付けば、16階層の安全地帯と転移魔法陣を登録した。
「魔女様~、ここが他の人たちが一番進んでいるところらしいのです」
「そうね。けど、そろそろ時間だし、今日はここで休みましょう」
懐中時計で時刻を確かめると、夕方である。
そろそろ食事と寝床の準備を始めないといけない。
「一度、戻らなくていいのですか? セレネは心配じゃないですか?」
「一応、ある程度のお金は持たせてあるし、護身用の魔導具もあるわ。だから、これはセレネが独り立ちした時の予行演習ね」
女の子は、早くて12歳で仕事を持ち、14~18歳頃には結婚して家庭を持つこともある。
10歳のセレネには、まだ早いと思って過保護にするより、少し早めに独り立ちを想定しないと。
「それに、セレネを襲ってきた人たちが現れた時も対処できるように教えてあるわ。だから、大丈夫よ。大丈夫なのよ」
「魔女様、そう言いながら、魔力が垂れ流しなのです」
ふふふっ、私の天使のセレネが独り立ちだと考えると寂しさで気持ちがどうにかなりそうだ。
もしも結婚するとなったら相手がセレネを幸せにできる将来有望な相手じゃなければ、絶対に認めん、認めないぞー、と内心吠えている。
そんな私を困ったように笑うテトに後ろから抱き締めてくる。
「でも、そういうことなら、今はテトが魔女様を独り占めなのです~」
「ふふっ、そうね。こうして二人だけってのも久しぶりよね」
そうして、ダンジョン内で一夜を明かしてダンジョン攻略を再開する。
一度戻って現在の攻略状況を確かめようか、などと考えたが、その時間も惜しいと感じ、一気にダンジョンを降りていく。
そして、19階層を越えたところで――
「……魔女様? 誰か、人の気配がするのです」
「先行していた冒険者かしら。状況は?」
ダンジョンに潜っていくほど、洞窟内の気温や湿度が上がり、現在では、40度を超しているだろう。
火を使う魔物の他にもこの環境は辛いが、私は【虚無の荒野】の管理と調整で慣れた結界を自身に張って周囲の環境を一定に整えている。
「全員生きているけど、動きが鈍いのです」
「うーん。下の階層とはルートが外れるけど、見に行きましょう」
念のためそちらの方に行くと、息の荒い冒険者たちが地面にうつ伏せに倒れていた。
パーティー全員が熱中症で倒れており、持ち込んだ水も底を尽きたようだ。
「み、水を……」
「はいはい。水なら、幾らでもあるからね」
私は、魔法で周囲の温度を下げて、全員に水入りの水筒を渡す。
倒れた人たちは、水を一気飲みしていくので、汗で失ったミネラルを取り戻すために、塩飴を舐めさせる。
「助かった。けど、なんでこんなところに人が? それに子どもも……」
「私は、一応これでも二十歳超えてるのよ」
「マジか!?」
最近の定番のやり取りを経て自己紹介をする。
「俺たちは、【竜の顎】ってBランクパーティーだ。この辺り一帯のトップ冒険者をやっている」
「私は、チセ。Bランク冒険者よ。相方のテトも同じくBランクよ。穀倉地帯に炎上の可能性があるダンジョンが生まれたから、消滅させるために来たわ」
そうして、彼らが何故倒れていたのか聞く。
「確かに、俺たちも同じ目的だけど、ここはヤバイな。特に温度と湿度が」
「どんどん進もうと思って、15階層のゲートキーパーを倒して、16階層から環境の激変で付いていけず。それでもダンジョン攻略を目指してハイペースで突き進んだら、暑さにやられて死にかけたわ」
ダンジョンの早期消滅を目指すのは大事だが、慎重さに欠けるのは大丈夫だろうか、と思ってしまう。
「慎重に一度撤退して対策装備を用意した方が良かったわね」
「本当に、面目ない」
いくら上位冒険者と呼ばれて魔物を倒す力は高くても、環境に適応できなければ死ぬのだ。
「それで、どうするの?」
私が倒れていた冒険者たちに尋ねると、不思議そうに首を傾げている。
「ここから自分たちで安全地帯まで帰れる? それとも私たちがそこまで送り届ける?」
「その……護衛をお願いします。まだ本調子じゃないんで」
Bランク冒険者としての葛藤はあるだろうが、脱水症状による不調や私たちがいなくなった後のダンジョン内の気温を考えて、そう判断したようだ。
「それで、幾ら払えば良いんだ?」
「…………あっ、そうね」
今回、助けたのだから相応の謝礼を貰えることを忘れていた。
こんな暑い環境で行き倒れた彼らに貴重な水――まぁ【創造魔法】で創れるが――を提供し、護衛してくれるのだ。
死んだら倒した魔物の魔石やダンジョン探索の途中で見つけたお宝を持ち帰れずに、文字通り宝の持ち腐れになっていた。
それにできたばかりのダンジョンのためにお宝も多くあるのか、ダンジョンの下層を見つける途中で幾つもの宝箱を発見したようだ。
「そうね。それじゃあ、これまで倒した魔物の魔石の半分で手を打つわ」
「いいのか? そんなので?」
私たちより先行し、ダンジョンで多くの宝を得ていた。
彼らは見つけたお宝の半分を請求されても文句は言えないが、私はあえて実用的な魔石を貰うことで手を打つ。
「いいのよ。魔石は何かと使えるし、宝飾品は興味がないのよ」
私がそう言うと、彼らはその場でこれまで倒した魔物の魔石をマジックバッグから取り出して差し出してくる。
ダンジョンの攻略時間が長いためか、半分でも最短距離でダンジョンを進む私たちより多くの魔石を持っていた。
「それじゃあ、契約成立ね」
テトが魔石受け取り、マジックバッグに受け取り、元来た場所を戻っていく。
16階層の安全地帯に戻れば、行き倒れの冒険者たちは頻りに頭を下げてくるので――
「ちゃんと他の冒険者たちの対策装備の重要性を伝えてね。それと、近くに私の娘がいるからよろしく、って伝えてね」
そう伝えた私は、地上に戻らずに再びダンジョンの奥深くを目指していく。
洞窟型ダンジョンは20階層で終わり、21階層では開放型のフィールドに変わった。
「これは、予想外ね」
気温50度を超え、疑似太陽が激しい日射しを降らせる砂漠階層が始まった。
とりあえず、その日は安全地帯のオアシスと転移魔法陣を登録し、そこで野宿をする。
砂漠の日中と夜間の温度差は激しいが、10年前までの【虚無の荒野】の夜を思い出しながら、疑似空間の星空をテトと見上げて、ホットミルクを飲むのだった。
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