11話【小さな治癒術士セレネの活躍】
ダンジョンが発生した穀倉地帯は、一面に黄色に輝く小麦が揺れていた。
その真ん中に、大きな赤黒い岩の塊があり、その周りの麦畑は全て刈り取られていた。
内部から魔物が出てこないように冒険者たちが警備したり、入口にはダンジョンで怪我をした冒険者たちを治療する簡易治療施設も設けられていた。
そんな場所に空飛ぶ絨毯で降り立つと周囲の冒険者が警戒する。
「私たちは、他のギルドからダンジョン攻略の要請を受けて来たBランク冒険者よ!」
声に僅かばかり魔力を乗せて告げれば、外見から訝しげに思いながらも私たちが取り出したカードとギルドからの推薦状を確認する。
「それじゃあ、冒険者ギルドの出張所に行ってくれ。そこで話を聞ける」
「分かったわ」
私がテトとセレネを連れて歩き出す。
そして、出張所に辿り着くとギルドマスターらしい冒険者が陣頭指揮を執っているが――
「ああ? なんでこんなところにガキがいるん――っ!?」
「誰がガキよ。少しは相手見て喋りなさい!」
魔力放出による威圧をしながら、外見で判断するやつは、初手で黙らせる。
一々、お約束な如く絡まれるのも面倒だ。
「辺境のヴィル町の冒険者ギルドよりダンジョン攻略の要請を受けて来たわ。これがギルドカードよ」
「はい、なのです!」
「あ、ああ……悪かった。って、23!?」
外見12歳で止まったが、公称23歳になったので、驚かれた。
「それと、私の娘を残して来られなかったから連れてきたわ。それとこっちがセレネのギルドからの推薦状よ」
「はぁ? 子ども連れ? と言うか、こんな場所に子どもを……って……」
ギルドからの推薦状にはセレネのことが書かれていた。
年齢はまだ10歳だが、治癒魔法の腕前は、Bランク冒険者の私が教えたためにかなり高く、以前、ヴィルの町で起きた火災の際に全身火傷を負った被災者の治療を成功させ、現在ではギルド職員見習いとして働いているが、ギルド専属治癒士と変わらぬ働きをしていることが書かれている。
そんな手紙と緊張した面持ちのセレネを見比べるギルドマスター。
「そんなに私の娘を見つめて、怯えさせないでよ」
「いや……色々と困惑しているんだが……本当か?」
「もう怪我人はいるでしょう? セレネに治療させれば、その腕が分かるはずよ。セレネ」
「大丈夫! できるよ!」
セレネに魔法を教える時、人体解剖学の本を読ませたり、倒した人型の魔物の死体を引き摺って実際に、内臓などを見せたりした。
スパルタ決めすぎた気がするが、今ではギルドの手伝いで小さな魔物を一人で解体できるくらいには、血や臓物の臭いに慣れている。
「セレネは、見習い扱いでいいけど、その分、安全な宿屋の手配と同性の冒険者を護衛に付けてね。もし問題が起こったら――」
再び、ギルドマスターに脅しも込めて、魔力を放出すると、コクコクと首振り人形のように頷く。
そして私は、セレネを連れて簡易治療施設に立ち寄り、早速怪我人を見る。
「セレネ、教えた通りにやりなさい」
「うん、お母さん」
セレネは、私が教えた通りに、一番の重傷者のもとに向かう。
全身の半分近くが火傷を負い、革の防具が溶けて、皮膚に張り付いている。
気道も焼け爛れているのか、呼吸も荒く、髪の毛も焼け焦げ、鼻も炭化してもげている。
そんな人の周りには、もう諦めて啜り泣く冒険者が数人。
「――《サーチ》《ハイヒール》!」
セレネは、手を翳し、教会の神聖魔法を唱える。
体の悪い部分を調べる無属性魔法で必要な部位を調べ上げ、回復魔法を掛けていく。
回復魔法によって新たな皮膚が生まれ、もげた鼻や斑に禿げが残りそうな髪皮が再生していく。
「凄い……あの冒険者は、もうダメかと思ったのに」
ギルドマスターの呟きに、焼け爛れた気道も治ったらしく、呼吸が安定している。
「う、ううっ……あたしは……」
「「「――姉御っ!?」」」
どうやら倒れていたのは、女性の冒険者だったらしい。
体を持ち上げた際に、溶けて皮膚に張り付いていた革鎧が古い皮膚と皮脂と共に剥がれ落ち、その綺麗な胸元を晒す。
「あわわっ! お姉さん、前、前っ!」
「えっ、ちょ、なんだよ、これ!」
「はいはい、あんまり若い子が肌晒しちゃダメよ」
私が近づいて、マジックバッグからそっと大きめのマントを背中から羽織らせる。
「セレネ。魔力量はどんな感じ?」
「うーん。だいたい、1割減ったくらい」
「なら、無茶しないでね。魔力枯渇しそうになったら、マナポーション飲むのよ」
「うん、大丈夫。ちゃんとあるから」
「それと子どもなんだから、働き過ぎちゃだめよ。ちゃんとご飯を食べて、夜には寝ること」
「お母さん、心配しすぎだよ」
「それから――『命の危険がある人優先、別状が無い人はまた後日、ね』――よくできました」
ポカン、としている周囲を無視して、セレネに話しかける。
「それじゃあ、私とテトは、ダンジョン攻略に行くから頑張ってね」
「うん、お母さんとテトお姉ちゃんも頑張ってね!」
そう応援されてしまったら、母親としては頑張らなければならない。
「それじゃあ、ギルドマスター。うちの娘を無理させない範囲でよろしくお願いします」
「よろしくなのです」
私とテトは、深々とギルドマスターにセレネのことを頼み、ダンジョンの入口の方に向かっていく。
SIDE:セレネ
「もう、お母さんは心配性なんだから」
そう言って溜息を吐く私に、お母さんがギルドマスターと呼んでいたおじさんが来る。
「ほんと、お前さんたちは、何者なんだ?」
「お母さんは立派な魔女だよ! そして私は、お母さんみたいな立派な魔女? を目指している女の子だよ」
「魔女……あーまぁ、魔法を使う女性のことだよな。なら魔法使いでもいいんじゃ」
イマイチ分かっていない顔をしているが、お母さんはいつも自分は魔女だと名乗っているので、私もお母さんみたいになるためにそう名乗っているんだ。
あと、お母さんは、魔女と言っているが、特別な意味はないそうだ。
お母さんがくれた絵本の魔女は、みんなお母さんみたいな格好をした魔法使いだから、多分あれが魔女の正装なんだろう。
「それより、ギルマスのおじさん。お母さんがお願いしてた私の護衛って誰になるの?」
「ああ、そうだな。おい、お前たち!」
そうギルマスのおじさんが声を掛けたのは、さっき私が助けた女の人とその仲間の冒険者らしい。
「この命の恩人の小さな治癒師の護衛をしてくれ! もちろん、引き受けてくれるよな」
「装備が燃えちまったあたしたちが護衛かい?」
どうやら、私が助けた人たちは、Cランクパーティーの【山河の女豹】って女冒険者の集団らしい。
「装備はこっちで貸し出す。実力がある子どもの治癒師で、余所の上位冒険者の子どもだ。それに他のギルドからの推薦状もあるんだ。だから、護衛を頼む」
「わかったよ。まぁ、こんな小さな子一人だと良くない輩も出てくるだろうし、あたしらがしっかりと守ってみせるよ!」
治療には、錯乱した冒険者が襲ってくる可能性もあるから押さえてくれる人がいるとやりやすい。
自分一人だと魔法か物理的に眠らせてからじゃないと、ちゃんと回復魔法を使えないからね。
そうして、山河の女豹さんたちに護衛してもらいながら、運び込まれた冒険者たちの治療を行なう。
他の治癒師たちも冒険者たちを治療する中、私は重傷者を中心に回る。
その中で、山河の女豹のリーダーさんの時のように怪我人を囲っている冒険者グループがあった。
その中心の重傷者の獣人の人は、耳が千切れ、魔物の爪痕で目が潰れ、斬り裂かれた腹の傷から内臓が零れて、大量に血を流している。
助かる見込みはないと思われて、治療を後回しにされた人の近くに行く。
「なんだ! なんの用だ!」
「治療に来たわ、そこを退いて」
「またそう言って! 俺たちから金を騙し取るつもりか! それとも期待させて、獣人は汚らわしいから治療をしないのか!」
そう怒鳴られ、山河の女豹さんたちが慌てる。
「この子は、そんなことしないわよ。悪いね、こいつらは隣国から移ってきたやつらなんだ」
「大丈夫です。こういうことはありますから」
私がいく町では、人間と獣人の人口は、半分らしいが、この人たちの出身地は、人間の方が多いらしい。
そして、獣人たちは魔力が多い人が少なく、治癒師が少ない。
そこに回復魔法をお願いするのは、他人種になることが多いが、そこでさっき言ったように獣人だからって差別する人がいるのだ。
この人たちは、それを体験して、だから警戒しているのだ。
「やめ、ろ……子どもに、当たる、な」
「兄貴!」
意識がまだある獣人の冒険者に近づき、しゃがみ込む。
「汚くない、獣人さんたちはみんな素敵だよ。――《ハイヒール》」
そう、血で濡れた冷えた手を握って、回復魔法を使っていく。
大きな傷を治していく。
本当は、千切れた耳や潰れちゃった目も治したいが、魔力は有限だ。
死ななければ、後で幾らでもなんとかできる。
「これで命は繋がった。それじゃあ、次の人の治療に移るね」
「えっ、ああ……」
冒険者たちが唖然とするが、私は治療を続ける。
重傷者を死なせないために治療していく。
そして、気付いたら夕方になっていた。
「セレネちゃん。そろそろ休む時間だよ」
「あっ、本当だ」
「宿とか食事はこっちで手配したから。今日は休もう」
「色々とお願いします」
気付けば、簡易治療施設で横になる冒険者は減っていた。
後は、この場に居る治癒師たちに任せて、私は休む。
今回見た人の中で、亡くなった人は居なかった。
けど、潰れた目や千切れた耳や手足、そのくらいの欠損部位は、お母さんとテトお姉ちゃんが帰ってくれば、治してあげられる。
だから、お母さん、早く帰ってきてね。
読んでいただきありがとうございます。
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