10話【チセ23歳、テト27歳、セレネ10歳】
気付いたら【虚無の荒野】に住み始めて、10年が経っていた。
セレネも10歳になり、外見年齢が私たちと近づいた。
知らない人が並んだ私たちを見れば、毛色の違う姉妹か友達のように見られるかもしれない。
もう少ししたらセレネの方が大きくなって私の方が妹のように見られることを今から危惧している。
「お母さん! 魔法を教えて!」
「魔法ねぇ。まぁいいけど……」
そしてセレネは、成長に伴って魔力が増えて、5歳の頃には既に3000まで増えていた。
そんなセレネに対して、あまり魔法を教えるのは気が進まなかった。
魔力量が増え、効率的に体に巡らせることで老いが遅くなるので、セレネにも私のようなロリババァになってほしくない。
なので、そのことを説明すると――
「そうなの! じゃあ、お母さんとテトお姉ちゃんと一緒に居られるね!」
やだ、うちの天使、本当に可愛い。
そうして、魔法を教えることになったのだが、私など魔法はほとんど感覚で使っていた。
魔力量によるゴリ押しだ。
そこで夢見の神託でリリエルたち神々に魔法について教えを請うた結果――
ラリエルは――『【身体強化】の上位【身体剛化】を教えてやる。簡単に言うと魔力の密度を上げた状態で体に纏うんだ』
この【身体剛化】は、身体強化でも防げない攻撃を防ぐのに役立つらしい。
以前、デスサイズ・マンティスにテトが切られたが、デスサイズ・マンティスの鎌への魔力の高まりは【身体剛化】の発動であり、それに打ち負けたらしい。
これを扱えることがBランクとAランクを分ける一つの差らしく、私とテトは習得した。
リリエルからは――『魔法の扱いが雑なのよね。もっと魔法の術式の要素を意識して』
魔法の要素とは、強化、変化、放出、操作、具現化、その他に分けられる。
例えば、水属性の《アクアバレット》は、水を『具現化』し、それの形状を『強化』して『放出』する。
更に高度な魔法だとそれに追尾性能を付与した『操作』の要素が加わる。
そんな感じで現在使っている魔法を改めて要素に分解して、再構築してみたら、魔力の消費量軽減と威力を上昇させることができた。
こういう魔法の指導を受けた魔法使いと受けていない野良の魔法使いでは、大成する可能性が大分違うというのは納得である。
そんな感じで神々からの教えをセレネにも教えた結果――
「はぁぁっ!」
「いい一撃なのです!」
【身体剛化】を使って殴り合うセレネとテト。
発動時間はそれほどではないが、それでもセレネの筋力から考えれば、オークなどの魔物程度なら一方的に殴り倒せるだろう。
そして、使用する水魔法のウォーター・カッターは、かなりの鋭さがある。
ここは【虚無の荒野】の中でも手付かずの場所であるために幾ら魔法を使っても良いし、魔法を使えば、魔力が拡散する。それに低魔力環境で戦うことで魔力吸収や魔封じなどの対策をすることができる。
そんな大暴れな二人を見て、遠くの空を見る。
(――拝啓、名も知らぬセレネの産みの母へ。ちょっと教えすぎて、お宅の娘さん、強くなりすぎました)
まぁ力を持っても粗暴な行いはしないし、させていない。あくまで自衛の範囲だ、と自分に言い聞かせている。
そして、5年の魔法教育と、私を真似して【不思議な木の実】を時折食べているセレネの魔力量は、2万まで増えた。
もう一端の宮廷魔術師レベルである。
「セレネ、テト。そろそろ止めましょう」
「「はーい(なのです)!」」
私の呼びかけで二人は、模擬戦を止める。
テトは、今でも町に行けば冒険者相手に模擬戦をしており、人間だけではなく獣人の冒険者の戦い方も学習しており、様々な戦い方をセレネに伝授していた。
(ありのままの技を受けて、それをそのまま最適化して処理し、教える。テト、恐ろしいわね)
最近は魔石を食べる機会が減ったので、テトの魔力量の上限はそれほど上がっていないが、それでも最適化された動きと【身体剛化】は、かなり強い。
「今日は、町に行くから準備しましょう」
「それじゃあ私、泉で汗流してくるね!」
「テトも一緒に行くのです!」
「着替えは忘れないようにねー」
10年掛けて再生させた【虚無の荒野】では数年前に土地の複数箇所から水が湧き出るようになり始めた。
その水場を整備して、泉と川を作り、各国の河川と合流させた。
暑い日や模擬戦で火照った体を冷ますにはちょうど良く、また河川を繋げて環境も整備した。
泉には淡水魚も放流したために、繁殖も始まっている。
【虚無の荒野】の変化を楽しみながら過ごし、戻ってきたセレネとテトと一緒に町に向かう。
以前は保育院に預けていたセレネも大きくなり、週に一度ギルドの職員見習いとして手伝いを始めている。
三人で仲良くギルドに入ると、ギルドの雰囲気がいつもと違う。
「チセさん、テトさん、セレネちゃん! いいところに来たわ」
「どうしたの? そんなに慌てて……」
5年も経てばギルドの受付嬢の顔ぶれも少しずつ変わっていく中、結婚しても変わらず受付を続ける猫獣人のお姉さんは、話してくる。
「ダンジョンが現れたのよ。隣の領地に!」
「そう、それがなにか問題?」
「問題も問題よ! ダンジョンが発生した場所は、獣人国の穀倉地帯のど真ん中なのよ。しかも炎を吐く魔物が多いから、万が一にスタンピードが発生したら穀倉地帯が焼けて、この国に大量の餓死者が出るわ!」
管理が難しく、ダンジョンを利用するよりもデメリットが大きい場合には、ダンジョンコアを確保してダンジョンを消滅させる必要がある。
「それで、ダンジョンの規模は?」
「推定B以上です。だから、お二人にお声がけしたんです。それとCランクの冒険者たちには、ダンジョンの入口から魔物が現れないか、警戒してもらっています」
そろそろ秋の収穫時期が近い。ダンジョンの早期討伐はできなくても、収穫の終える秋を乗り切れば、という考えもあるのだろう。
そういうことなら納得である。
「私も食料品が値上がりされるのは困るのよねぇ。けど、セレネは……」
「私もお母さんたちの手伝いしたい! ただ待ってるだけじゃ嫌!」
以前の小規模なスタンピードの討伐を機に、時折Bランクの依頼を頼まれるのだ。
Bランク級の依頼は月に1度か2度発生するが、大体受けられる強さの冒険者が、身体の調整や装備の修理などでタイミングが合わない時は、私とテトが引き受けていた。
そうした時は、セレネは、保育院にお泊まりしていた。
だが今回は、ダンジョン攻略が目的でありどのくらいの時間が掛かるか分からない。
「……わかったわ。ただし、セレネはダンジョン攻略じゃなくて、現地の冒険者ギルドの手伝いだけよ。セレネに対する推薦状をお願いできる?」
「わかりました! 火を吐く魔物なので結構怪我人が多いそうですし、治癒術士は大歓迎です!」
そうして私たちは、ギルドでダンジョン攻略の話を聞き、すぐさまその場所を目指した。
他の冒険者は馬車などで移動するが、私たちは空飛ぶ絨毯で馬車の数倍の速度で進んでいく。
そして、一度地上に降りて野営をして、目的地に辿り着いたのは、翌日の昼前だった。
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