7話【子どもを連れて町に行こう】
世界樹を植えて作った自己循環型結界装置システムは、すぐに改良が行なわれた。
世界樹は、大量の魔力生産と低魔力下でも育成可能な性質を持つように【創造魔法】で作った。
そんな世界樹の苗木を作り、それを養分の含んだ土と共に荒野の各地に植樹し、石柱型の結界魔導具を設置した。
石柱型の結界魔導具には、結界展開と魔力吸収による独立稼働型として作り、狭い結界内で世界樹による魔力発生ポイントを【虚無の荒野】の各所に作った。
「必要なのは――」
また取り込んだ魔力量の増加に伴って魔力の流出を防ぐ結界の範囲が自動で広がるようにも設定した。
周辺に撒いた土に紛れ込ませた植物や樹木の種が芽吹き、広がり、少しずつ植物の生えるスポットが誕生するだろう。
そうした魔力生成スポットを各所に作り上げたことで一つ一つは小さいが、【虚無の荒野】の魔力濃度の平均が着実に増え始めていた。
「それに、一度ノウハウができると、作りやすいわね」
獣人国に近い結界内に、新たな住居と林を作り上げた。
そして、その場所での移住は、外界との交流と接触を求めてのことだ。
「セレネも私たち以外の人との交流をしないとね」
「他の人と仲良くなるのですよ」
「はーい!」
元気よく返事をするセレネ。
事前に私が調べ上げた近隣の町の場所は分かっているし、その村は、人間と獣人が同じくらいの数存在して暮らす辺境の町だった。
辺境の魔境から溢れる魔物を倒す冒険者たちの町は過ごしやすいはずだ。
「交易のポーションよし、他にも色々持った。さぁ、行きましょう。テトはお留守番お願いね」
「はい、なのです!」
私は、杖の代わりに箒を手に取り、セレネと共に跨がる。
「わぁぁっ、お空を飛んでる!」
「落ちないように気をつけてね!」
きゃっきゃと楽しそうに笑うセレネは、ずっと空飛ぶ箒に憧れていた。
私が各地で旅をした時に集めた本を子どものセレネに読ませるには、内容がまだ難しかった。
そのために、前世に地球にあった絵本をこの世界の文字で翻訳したものを【創造魔法】で創り出して読み聞かせしていた。
その絵本の中で、私と似たような黒い三角帽子に黒いローブ姿の魔女が登場する絵本があり、その魔女が箒で空を飛んでいる姿から私と魔女を結びつけたセレネがあることを聞いてきた。
『ママは、お空を飛べないの?』
「空、飛べるわよ」
そう言って、浮遊魔法を見せるが、セレネの言う空を飛ぶとは、箒による飛行だった。
それからは、箒型の飛行魔導具を開発したり、それを制御するための魔法を開発したりと色々大変だった。
ただ、便利なことに浮遊魔法よりも直線的な加速と魔力消費は少ない。
そんな気付きや変化を思い出しながら、町まで辿り着いた私とセレネは、町の外に降り立ち、城門から町中に入り、冒険者ギルドに入る。
「おいおい、嬢ちゃん。子どもを連れてギルドに来ちゃいけねぇぞ。ここは遊び場じゃないから帰りな」
そう私たちに声を掛けるのは、男性冒険者だ。
私とテト以上に、初めて来た町にいる大勢の人を見て、体格が良くて見下ろしてくる異性という存在にセレネが怯える。
一応、本の知識として男性と女性の二つの性別があることは教えているが、ここまで違うのかというショックもあるようだ。
「ママ……」
「大丈夫よ。怖がることはないわ」
私は、セレネを宥めながら、冒険者に対して毅然と対応する。
「隣国で登録して、最近は活動できなかったけど、一応冒険者よ」
「ギルドカードは本物みたいだな。けれど、子どもを一緒に連れてくるのは感心しないな」
「最近、この近くに腰を据えて住むようになったからギルドに挨拶に来ただけよ。子どもを連れて依頼をこなす気はないわ」
幾つか言葉を交わし、それでも親切心から引くつもりはない冒険者に対して、魔力を放出する。
久しぶりの魔力による威圧をする。
魔力量は増えても、体表を覆える身体強化の魔力や魔力の放出量には、限界があるようだ。
それでも久しぶりの膨大な魔力量による威圧は、加減を間違えることもなく、相手も私の力量を漠然とながら把握した。
「お、おぅ、わ、わかった。引き留めて悪かった」
「分かってくれて、ありがとう」
私は、そっと笑みを浮かべて通り過ぎる中、セレネは男性冒険者の急な態度の変化に首を傾げている。
そうして、ギルドの受付カウンターに辿り着くと猫獣人の受付嬢が出迎えてくれた。
「どのような用件でしょうか? ギルドの登録でしょうか? それとも依頼のご相談でしょうか?」
「とりあえず、このカードからお金の引き下ろし。それとこの町に子どもを預けられる場所はないかしら」
「えっ、あっ、はい。少々、お待ちください」
ギルドカードに記載されている額を見て目を剥き、Bランク冒険者であることに二重で驚き、更に――
「えっ、17歳……」
「そうよ。なにかある?」
登録時に12歳として登録して、イスチェア王国内での活動が約1年半。
その後セレネと4年間過ごしたので公的には17歳ということになっている。
ただ、年齢と外見が一致せずに困惑されるのは、少し新鮮な反応ではある。
「えっと……本当に、親子? 姉妹とかじゃなくて?」
「育ての親ってところね。本当の母親は亡くなったから」
「そう、だったんですか……」
沈黙が落ちる中、セレネが私の服を引く。
「ママ……おしっこ……」
「ごめんなさい。トイレの場所を教えてくれるかしら?」
「あっはい。あちらの方にあります……って、ママッ!?」
Bランクで大金貨数十枚単位でお金を持っており、17歳なのに12歳の容姿で更に血の繋がりのない子を持つなど、要素盛りすぎで受付のお姉さんどころか、隣のカウンターのお姉さんと冒険者、更に裏方の事務員たちも驚き、固まっている。
それらを無視して、セレネをトイレに連れていき、戻ってきた時もまだ若干放心状態だった。
「えっと、幾らカードから降ろしましょうか」
「とりあえず、小金貨1枚分を銀貨や銅貨に崩して用意してくれる?」
「わかりました。それと娘さん? を一時的に預かってくれる場所としては、子持ちの冒険者向けの保育院があります。他には、孤児院や安息日の教会、それと私塾などがあります……」
「そう……今後、この町に来た時、保育院に預けることはできる?」
私が尋ねると、受付のお姉さんは、案内の資料を見せてくれる。
「これが一回の料金です」
一日預けて、銀貨2枚と安くはないのは、利用対象が上位の冒険者だからだろう。
子どもが居るから働けない上位冒険者の問題を解消すると共に、子どもは親の急所になり得る。
もし、子どもが攫われて親の冒険者が脅迫された場合、悪事を働く可能性がある。
そんな親の冒険者が依頼で不在の時の護衛的な料金設定なのだろう。
私が内容に目を通している間、セレネも同じように文字を読もうとするが内容が難しく分からないようだ。
少し不満そうにした後、受付のお姉さんの頭……と言うか、頭頂部を見つめる。
「……にゃんにゃんのおみみ、かわいい」
子どもながらの言葉に、受付の猫獣人のお姉さんは微笑みを浮かべ、私はセレネに語り掛ける。
「そうね。素敵な耳ね」
「ピコピコして、かわいいの!」
「それに音をよく拾えて、耳がいいって言うわ」
「すごいね! おねえさん!」
屈託のない笑みを浮かべるセレネに、ほんわかした気持ちがギルドに広がる。
私は、ギルドカードから引き下ろしたお金を受け取り、そしてセレネを預ける保育院の申し込みをして、その日は町で買い物をする。
私が【創造魔法】で必要なものを揃えているが、それではセレネに、物とは自然に湧き出ると思われては困る。
なので、お金を渡して、使い方を教える。
「ママ。ワンワンのお人形さん! かわいいね!」
「ええ、そうね。すみません、それは幾らですか?」
「それは、銀貨1枚半だよ」
布の質はちょっと荒いが、茶色っぽい犬の人形をセレネは気に入ったようだ。
【創造魔法】で作れば、もっと質のいいものを生み出せるが、セレネに物に対する愛着を覚えさせるために、購入する。
「はい、それじゃあ、セレネ。自分でお金数えて、買うことできる?」
「セレネ、できる! えっと、銀貨が1枚と……大銅貨が1、2、3、4、5枚!」
ちゃんと数えることができたセレネは、雑貨屋のおじさんに渡して、人形を受け取る。
両腕でぎゅっと抱き締めたセレネは、本当に可愛い、天使のようだ。
「セレネ。汚れたらいけないし、両手が塞がったまま歩くと危ないから、一度仕舞いましょう」
「うん。ハリー、また後でね」
早速、犬の人形に名前を付けたようだ。
確か、セレネに与えた絵本に出てくる犬の名前だったか。
そんな風に町で買い物をした後、私とセレネは、午後には町の外に出て、空飛ぶ箒で【虚無の荒野】に戻っていった。
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