6話【ついに永遠の12歳になってしまった】
三年掛けて、虚無の荒野の中心地は、大分緑豊かになってきた。
以前は家から100メートルの範囲しか無かった林も範囲を拡大して、500メートルの範囲まで植樹を行なっていた。
一定の環境さえ整えば、魔力は更なる魔力を生み出す。
私が毎日、魔力を放出し、それを吸収して育つ植物が更に魔力を生んで結界内の魔力濃度がかなり濃くなってしまった。
濃すぎると強力な魔物やダンジョンが自然発生してしまう可能性があるし、だからと言って魔力の流出を防ぐ結界を途切れさせれば、以前の二の舞になる。
そのために、環境が激変しないように最初の100メートルの範囲の外側に結界の魔導具を設置し、二重の結界を張った。
そして、濃い魔力をそちらに少しずつ移しつつ、魔力濃度の均一化を図りつつ、植樹を行なって範囲を広げてきた。
「あー、結界の魔導具の管理が大変になったわね」
ただ、結界の範囲が広がったことで以前の結界の石柱は撤去したが、それでも魔力補充に数が約80個に増えた魔導具を一つずつ回るのは、流石に面倒臭くなった。
そんな中、1年目の冬は、植物の生育も停滞するために、テトを残して一人で虚無の荒野の探索に出かけた時、地中に埋まる古代魔法文明の遺跡を見つけた。
地表部分は、魔法実験の暴走で消し飛んでいるが、地下にはまだ残った施設があるようだ。
いつかはきっちりと調査したいが、それより重要なものを見つけた。
その施設の中から、古代魔法文明の魔導工学の資料を見つけ、魔導具による魔導具の制御・管理魔導具の存在を認識した。
それにより【創造魔法】で拠点に魔力送付と管理用の制御魔導具を創造し、設置した。
魔力の大量消滅を招いた古代魔法文明の技術が、魔力と森林再生の一翼を担っているのは、皮肉だと思う。
「よし、これで見回りの頻度を減らせるわね」
制御魔導具は、各魔導具の状況を把握し、破損や機能停止の情報もすぐに見ることができる。
今までよりも管理が楽になったが、魔力を送り込む際に減衰も発生する。
以前は80個の石柱魔導具に一個一個魔力を込めて、2万魔力ほど消費していたが、一元管理したことによって、発生する消費魔力は、約4万まで増えた。
だが、減衰によってロスした魔力は、空気中に霧散し、魔力濃度を高めるのに役立つので、結果的に、無駄にはならなかった。
「とりあえず、森の再生は、現在はここで打ち止めかしらね」
結界の魔導具に魔力を補充するだけで、当時の私の魔力の8割を消費していた。
「無理に拡張して結界に補充する魔力の収支バランスが崩れたら、また前みたいに逆戻りね」
今は、育った植物が放出する微量な魔力を結界内に満たし、私自身の魔力も増やす必要がある。
【虚無の荒野】は、2500平方キロメートルの面積がある。
私の作り上げた500メートルの範囲の森林など、全体の0.01%程度でしかない。
「もっと森林の再生を効率化させないとね」
「魔女様、時間はまだまだあるのです。のんびりとやるのです!」
「そうね、テト。それでもそろそろ新しい方法を考えないとね」
この三年間で周囲の環境は、大分整い始めた。
「ママ~、テトおねえちゃん! ちょうちょ~」
森も大分整い、少しだけ森を切り開いて家庭菜園的な小さな畑を作り、家も木と石材を組み合わせたこぢんまりとしたログハウスも少し部屋を拡張した。
そんな畑の傍で野菜の花に止まっていた蝶を両手で捕まえてこちらにペタペタと駆けてくるのは、3歳になったセレネである。
深い緑色の髪を伸ばした愛くるしい少女に成長し、森の再生よりも先に、彼女の成長の方が今は楽しみだ。
そして――
「あっ……」
子どもだからか、躓いて転んでしまう。
手に蝶を捕まえていたが、咄嗟に地面に手をつくために両手を離したために蝶がひらりひらりとセレネの頭上を飛び越えて、どこかに飛んでいく。
「セレネ、大丈夫?」
「うわぁぁぁっ、ママァァァァッ――!」
「よしよし、痛かったわね、手と膝を見せて」
転んだセレネを私が抱き上げて、宥める。
転んだ拍子に擦り剥いたようで少し土で汚れ、血が滲んでいる。
私は、そんな傷口を魔法で洗浄し、治癒魔法を使う。
「痛いの、痛いの、とんでけ~。はい、もう痛くないわよ」
「……うん。痛くない」
「セレネ、偉いのです。すぐに泣き止んだのです。セレネは、強い子なのです」
「えへへっ……テトお姉ちゃんに褒められた」
私がセレネを抱き締めて、テトが褒める。
そんな感じで私たちの日常は、セレネを中心としつつ森の再生は続いていく。
セレネは、私のことを母親だと認識し、テトの方を姉のように慕っている。
身長や外見から言えば、私の方が姉のように思うのだろうが、何故かセレネは、私を母として慕う。
『セレネの本当のお母さんは、あなたを私に託して、亡くなったわ。これがあなたのお母さんの遺髪――髪の毛よ』
ダリルの町で襲撃される前、遺体から切り取った髪の毛を見せて、そう説明するが、イマイチ分かっていない様子で、それでも自分には産みの母がおり、私は育ての母だと認識しているようだ。
「ママたちは、なにをやってたの?」
「うん? 今日はねぇ、新しい木を植えようとしてたのよ」
「新しい木? 私も手伝う!」
「それじゃあ、セレネも手伝ってもらおうかしらね」
私自身の魔力だけでは現状の森林再生は頭打ちであると感じ、ある方法を取る。
それは【創造魔法】による新種の樹木の創造だ。
以前、石鹸成分を含む都合のいい薬草の種を作り出したものの応用で、今回は、魔力生産量の多い樹木――【世界樹】と呼べるような木を植えることにした。
テトがスコップで柔らかくなった地面を掘り返し、私が事前に【創造魔法】で用意した胡桃ほどの大きさの種をセレネが植えて、ジョウロで液体肥料を溶かした水を遣る。
最後に私が発芽しやすいように、ほんの少しだけ魔力を多く地面に送り込み、森の各所に均等に植えていく。
そして、夕方になれば――
「ま、まぁ……」
「ふふっ、可愛いわね」
「魔女様も可愛いし、セレネも可愛いのです」
「いつかは、セレネの方が大きくなって、巣立っていくんでしょうね」
樹木の種を植えた後、疲れたセレネが私の背中におんぶされて眠っている。
全く身長が伸びなくなった私――と言うか、セレネを育てる3年間で【不思議な木の実】を食べ続けた結果、魔力量が5万を超え、その時にあるスキルが追加された。
――【不老】と。
恐れていた永遠の12歳になり、いつかはセレネに身長を追い抜かれるだろう。
そもそも私とテトとセレネだけの生活は、人間社会としては非常に不健全だ。
「さて、この世界樹が発芽した頃、セレネのために引っ越しを考えようかな」
世界樹が発芽し、順調に予定通りの魔力を生成し始めたのなら、結界維持の魔導具に新たな機能を追加する予定だ。
それは、魔力の吸収による稼働維持機能である。
500メートルの範囲の結界を維持するのに、私の魔力量で約4万の魔力が必要だ。
それを植物や樹木が生成する魔力で補おうとするために、魔力生産量の多い【世界樹】を無数に植えたのだ。
これで私が毎日管理する必要がなくなれば、年に一度の定期的な魔導具の点検だけで済む。
そうして、3年目には、世界樹の種が芽吹き、苗木の段階で当初の予定以上に1本につき一日に魔力量1500を増産し、植えた世界樹で結界維持に必要な魔力を賄うことができた。
また、冬でも枯れずに青々とする世界樹は、魔力を安定して生み出し続け、結界内で密度の高い魔力は、一定密度まで虚無の荒野に放出するように設定した。
虚無の荒野の中心部から離れても問題が無くなった私たちは、3年目の冬に【虚無の荒野】の中心地から、ガルド獣人国に近い南東方向の外縁部に拠点を移すのだった。
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