4話【不毛の荒野を再生しよう】
私とテト、そして赤ん坊のセレネとの【虚無の荒野】での生活が始まった。
「中心に近づけば、近づくほど魔力濃度が低くなるし、植物も生えていない」
辿り着いた虚無の荒野は、小国に匹敵する広さの土地があり、私たちはその中心地を目指していた。
その理由は、数日前――
…………
……
…
『お久しぶりね。チセ』
「女神・リリエル。また夢見の神託かしら?」
【虚無の荒野】に辿り着いたその日の夜、私の夢の中にあの女神が再び姿を現わしたのだ。
『まずはお帰りなさい。かしら』
「ええ、ただいま。子どもを連れて帰ってきたわ」
『ふふっ、見ていましたよ』
そう言って楽しそうに笑うリリエルは、私たちの行動を見ていたようだ。
「しばらくは、【虚無の荒野】の結界を子育てに利用させてもらうわ」
『ええ、構いません。ただ、その代わり、私からもお願いして良いですか?』
「何かしら、できる範囲で叶えるつもりよ」
『空いた時間で構いませんから、【虚無の荒野】で魔力の発散と土地の再生をお願いしたいのです』
「うぐっ……」
リリエルのお願いと共に、私の頭の中に【虚無の荒野】の全域の風景の情報が送り込まれた。
【速読】や【並列思考】のスキルにより情報処理能力の許容量は増えているが、それでも小国一つ分の土地の情報を一気に頭に植え付けられるのは苦痛を感じ、そこで目を覚ます。
「はぁはぁ……」
「魔女様、大丈夫ですか? 突然起きたのです」
テントの中で目を覚ました私にテトが小声で聞いてくる。
「少し、女神とお話ししただけよ……」
前回ほど長く話していないので魔力枯渇はしていないが、突然の知識を植え付けられた苦痛に頭が痛い。
ただ、その与えられた知識に私は、納得する。
「なるほど、これが【虚無の荒野】の全体像ね」
2000年以上前の古代魔法文明の暴走で魔力が消失した地域の一つが【虚無の荒野】だ。
空気中の魔力が瞬間的に消失し、真空状態のようになった地域に急速な魔力が流れ込み、世界中の魔力に依存した動植物が死滅し、あわや世界滅亡の危機に陥った。
なんとか、魔力の流入を止めるために神々が大結界を張り、その地域を隔離して世界滅亡を防いだ。
だが魔法実験の暴走により同時多発的に世界中の魔力が消失し、空気中の魔力濃度の減少と地脈――大地を流れる魔力の流れ――が乱れてしまった。
そして、この大陸の神々であるリリエルたち五大神は、2000年掛けて何度も地球で使われていない魔力を転生者と共に送り込み、少しずつ魔力を満たしている。
それでも大結界内外の魔力濃度の差は大きい。
【虚無の荒野】の外縁部には多少の雑草が生えているが、中心部は2000年前から続く死の大地のままだ。
女神からの依頼は、そんな【虚無の荒野】の魔力濃度の改善、自然環境の再生だった。
「神の身でも限界があるから人の身の私に頼むのね」
その具体的な改善方法も知識として教えられた。
だが、その改善策を実行するには、【虚無の荒野】の中心地に向かわねばならず、そこを当面のセレネの育児と【虚無の荒野】の再生拠点にする予定だ。
…………
……
…
女神リリエルの頼み事と与えられた【虚無の荒野】の知識を整理しつつ、テトとセレネを連れて、この荒野の中心に向かい、辿り着いた。
「テト、大地の様子はどう?」
「ダメなのです。土が硬い、水もないカラカラなのです。全然美味しくないのです」
私たちの周りには結界を張ってあるが、砂埃が舞い上がり、子育てどころか人が住むにも不向きな不毛な土地だった。
日射しを遮る木陰も、水場もない。大地は硬く締まって作物も育たない。
私とテトは仮の住処である石の住居を魔法で作り終え、その中でセレネを寝かせた。
「大結界内は、雨は通すけど、大地にはその雨を保水する力はないのね」
「テトが探せば、水脈を見つけられるのです」
「テト、それは後で良いわ。まず先に、この硬い土地の表面を覆いましょうか。――《クリエイション》腐葉土!」
私が創造したのは、ビニールに包まれた一袋20キロの腐葉土だ。
それを数トンもの量を積み上げて、創造した。
だが、それだけじゃ足りないために、テトにお願いする。
「テト。あなたが今まで貯め込んだ土を、ここに出せる?」
「沢山あるのですよ!」
そう言って、元気に答えるテトは、体の一部を土に戻し、そこから溢れる様に生み出された大量の土は、200キロを超えていた。
テトの体を構成する要素の泥土は、旅をする中、様々な土地の肥沃な土を吸収し取り込んだり、食べたものを体内の土の中で腐敗と発酵を進めて、黒々とした土ができあがっている。
それにテトの内部の土は、様々な益虫や微生物も取り込んで育てていた。
そのために、テトの蓄えた土とその中にある益虫や微生物を腐葉土で増やし、大地を生き返らせる切っ掛けとなる土を作ろうと思う。
「とりあえずはこれで十分ね。私が土を混ぜ合わせるからテトは、成分の調整の確認をお願いできる?」
「わかったのです!」
テトは、私が混ぜ合わせる土と腐葉土の成分を確かめながら腐葉土のビニールを破って、量を調整していく。
そして、それらの土を荒野の周囲に一定の厚さで敷き詰め、【創造魔法】で創った水を撒いて湿らせ、水分が蒸発しないように創造魔法で作った保温用のビニールを被せていく。
「これでどれくらい待てばいいのかしら」
「1週間ほど待てば、十分に数が増えるのです」
低魔力環境下でもちゃんと育ってくれる虫や微生物の強い生命力は、とてもありがたいと思う。
そうして腐葉土を育てる一方、また別の方法でもこの土地の再生をしようとする。
「この場所に土を撒いて――《クリエイション》木の実! 《グロウアップ》!」
私は、テトの土の一部に木の実を植えて、液体肥料などを与えてから【原初魔法】で急速に発芽させ、成長させる。
光と水の複合魔法である植物生長の魔法は、かなり多くの魔力を使う。
それも目の前の木を1年分生長させるのに、1000の魔力を消費した。
ただその分、土の栄養素は取られ、無理な成長に樹木の負担が大きく、ひょろ長くて頼りなさそうだ。
それに無理に生長させたために、本来の樹木よりも寿命が短くなっている。
そうした木々を何本も等間隔で仮の小屋の周りに生やしていく。
「とりあえずは、こんなところかな。防風林と有機質の栽培」
荒れた【虚無の荒野】は、遮る物がないために風が激しく、容易に地表の水分を飛ばしてしまう。
折角作った微生物育成の土も乾燥でダメにされては困るために用意した。
それに、防風林の木々は無理な成長で寿命が短くなって早々と倒れてしまっても、成長のために張り巡らせた木の根が硬い大地を砕く。 また、倒れた木を細かく砕いて土と混ぜれば、微生物たちが分解して新たな土に変わる。
「少しずつ、これを繰り返していけば、森ができるかしら?」
「小さな一歩なのです」
せめてセレネが物心付く頃には、目に見える範囲は、緑溢れる場所にしたい。
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