2話【未婚の母と言われました。せめて義理の姉妹と言って下さい】
宿屋の一室で休んでいた私たちは、セレネの泣き声で目を覚ます。
そして、ゆっくりとだが起き上がった私とテトは、慣れた手付きでミルクを用意したり、おしめが汚れていないか確かめるなど、ここ数日で対応に慣れてくる。
「おぎゃー!」
「結界魔法が使えて良かった。防音をしっかりしないと他のお客さんの迷惑になる」
赤ちゃんの夜泣きに合わせて部屋全体に防音結界を張っていた時は、今までで一番結界の存在を実感できたと思う。基本的に攻撃を食らわないスタンスで生きているせいだ。
そして、夜泣きの時に一番活躍してくれたのがテトだ。
幼女な体の私は、実は体が睡眠を欲しており、夜はガッツリと眠る。
そんな私の代わりに、夜はテトがセレネのお世話をしてくれている。
「何者かにセレネは狙われているから孤児院には預けられないし、なんか勢いで子どもを育てることになっちゃいそう。ごめんね。テトに負担を掛けて」
「なんで魔女様が謝るのですか? 人が増えて楽しいのです!」
楽しそうに笑うテトに私もつられて笑い、これからのことを考える必要が出てきた。
「さて【虚無の荒野】まで行きたかったけど、セレネが大きくなるまでは無理かしらね」
赤ん坊を連れて魔物退治など行く気はないし、Bランク冒険者の肩書きと蓄財で、当面の生活はできると思う。
それに、万が一セレネたちを襲った襲撃者がまた襲ってくる可能性を考えると、セレネの傍を離れたくない。
「魔女様、テトにお願いすれば一人で冒険に出かけてもいいのです。魔女様の分まで稼ぐのです」
「それは、なんだか嫌なのよねぇ。けど、逆に私一人が依頼を受けてテトにセレネを預けるのも少し不安が……」
そうこう話している私とテトは、宿屋で朝食を頂き、冒険者ギルドまでやってきていた。
ギルドの扉を潜ると私やテトのことを知っている人たちが何人か居り、更にそんな私たちが赤ん坊を抱えている姿に、二重の意味で絶句している。
「こんにちは」
「チセさん、テトさん、お久しぶりです! 帰ってきたんですか!」
「ええ、ちょっと他の町を巡ったり、ダンジョン都市でランク上げしてたわ。だからギルドへの挨拶よ」
そう言ってギルドカードを差し出せば、1年半前に町を出た時は、DランクだったのがBランクに上がっており、祝福と共に心配される。
「確かに、二人でオーガを倒していたのは知ってますけど、短期間でBに上げるほどの無茶をしたんですか? それと成長期なのにチセさん全然成長してないし、なんで赤ちゃん抱えているんですか!?」
「いや、Bランクの昇格は、お金が必要でダンジョンの魔物を狩って、ダンジョンスタンピードで前線に立っていた結果ね。身長に関しては……なんというか体質と言うしかないかもね。それと、この子は私たちの赤ちゃんじゃなくて、託された子なのよ」
簡単に、何者かに襲われて生き残った子で、私とテトが育てることを決めたことを伝えると、何度目かの驚きの表情を浮かべる。
「未婚で母になるつもりですか。凄い覚悟ですね。まだ13歳なのに」
「あの……せめて、姉とかにしてくれない?」
パワーワード過ぎて、思考が追い付かない。
そんな中、セレネはテトの腕の中でお昼寝中なので、すやすや気持ち良さそうにしている。
特に、テトの大きなおっぱいに顔を埋めているが、あれは気持ちのいいものだと認める。
そして、私の胸ではあんな感じでは落ち着けることはできないのが少し悔しい。
「って、そうじゃない……実は相談で、そんなわけでセレネを育てることになったから、この町で家を借りたいのよ。それとセレネを育児しながらでもできる仕事ってないかしら?」
都合のいいことを聞くのは分かっている。
だが、ギルドならなんとかなるはずだ。
なければ、【創造魔法】で生み出した雑貨を売る雑貨屋でも始めながらセレネを育てて、空いた時間に、私が転生させられた【虚無の荒野】の調査に出かければいいと思った。
「Bランクに上がったお二人がこの町に居続けてくれるように、こちらも全力でバックアップさせてもらいます!」
そうして、私とテトができることを伝える。
私は、攻撃魔法全般と回復魔法、家事全般、ポーションの調合。テトは、剣と土魔法が得意であることを伝える。
そして、ギルドの酒場の隅で待っていると、依頼から帰ってきたのか三人組の冒険者たちがギルドに現れ、私たちを見つけた。
「あっ、チセちゃんとテトちゃんだ!」
「あっ…………ライルさん、アンナさん、ジョンさん」
「チセちゃん。一瞬俺たちの名前、忘れてただろ?」
すぐに名前を思い出せなかったのは申し訳ないが、テトの方は、誰だっけ、といった感じで首を傾げながら、セレネをあやしている。
「昨日、なんか問題抱えて帰ってきた、みたいに聞いたけど、その赤ん坊か?」
「ええ、託された子を私たちで育てることにしたわ」
「マジかぁ、まだ小さいのに肝が据わってるなぁ……」
それは、褒め言葉だろうか、と苦笑を浮かべながら、私たちがこの町を旅立った後の話などをする。
ライルさんたちと話をしていた私とテトの所に、受付嬢のお姉さんが戻ってきた。
「今現在、お二人の要望に添ったお仕事はないですね。もうしばらく、お待ちいただけますか?」
「わかりました。しばらくは宿住まいを続けるか、どこかの家を借りてセレネを育てたいと思います」
私が頭を下げて、セレネを抱えながら、冒険者ギルドから出て宿へ帰る。
出る前に、ギルドカードから幾分かのお金は降ろしたので、これでしばらくは大丈夫だろう。
宿に帰った後は、夜になるまでセレネの面倒を見て過ごした。
食事は、部屋に運んでもらい、宿屋の娘さんにチップを幾分か弾み、セレネのことに関して目を瞑ってもらった。
そして、寝る時間になり、私はセレネをあやしながらベッドで眠る。
SIDE:???
対象の暗殺と誘拐に失敗した。
あと一歩まで追い詰めたのに仕留め切れずに、強い魔力を感じて援軍だと思って引いた。
それが偶然現れた流れの冒険者たちであり、あの女は、その冒険者に赤ん坊を託して死んだようだ。
我らの目的のために、対象の誘拐もしくは、対象の殺害とその遺体の確保が必要だった。
だが厄介なのは、件の冒険者が大容量のマジックバッグを持っていたために、あの場に残してきた死体や残留品を全て回収されたことだ。
せめて、あの女の遺体だけでも回収できれば、と思ったがダメだった。
我らの同志の遺体も含めて、全てが衛兵からこの町の領主である辺境伯の下に届いてしまったために手出しはできない。
せめて赤ん坊の誘拐を完了させなければ――
そう思って俺たちは、人が寝静まる夜中に宿に侵入し、暗殺を試みようとした。
だが――
「無理だ。どうやっても隙がない」
宿の部屋全体には常に結界が張られていた。
防音・防壁・警戒などの多重効果の結界だ。
寝ながら維持するなんて、小さな女の方は、相当な手練れに見える。
そして、なるべく室内の状況を確かめようと隣の建物から窺っていた俺たちは――
『魔女様とセレネの眠りを妨げるつもりなら、許さないのです』
どんな魔法を使ったのか、もう一人の女が起きており、屋根の瓦を振動させる魔法を使って声を届けてきたようだ。
「化け物か……!」
なにも町に着くまで、悠長にしていたわけじゃない。
気付かれないように子どもを保護した冒険者諸共暗殺する機会を窺っていたのだ。
それなのに、一人は寝ても起きても常時結界を張り続ける。
もう一人は、休んでいるように見えて、ここ数日一睡もせずに警戒し続ける。
冒険者ギルドでの会話からBランク冒険者やオーガ殺しなどであると確認したが、それ以上に底知れない恐ろしさがある。
もう事を起こしてしまい、悠長に時間を掛けていたら俺たちの組織が破滅してしまう。
だが、見ず知らずの赤ん坊を守り育てようとするお人好しな性格には、付け入る隙があるはずだ。
「覚悟を、決めるしかないか……」
男たちの呟きが、夜闇に溶けていく。
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