14話【二ヶ月の成果】
この古都のダンジョン都市に来て、早二ヶ月が経つ。
毎日【不思議な木の実】を食べて、ダンジョンの20階層でランドドラゴンに雷を降らせて倒していたので、魔力量が18000の大台を超える。
そして、倒したランドドラゴンの素材をギルドで換金する日々が続いている。
「毎日、小金貨8枚か。値下がりしないのはありがたいわね」
20階層のゲートキーパーであるランドドラゴンは、冒険者にとっては金策の獲物としては、最適とは言えない。
Dランクでは討伐はほぼ不可能で、Cランク冒険者のパーティーなら準備や対策を整えて、運が良ければ勝てる。
Bランク以上の冒険者パーティーなら、私たちと同じように狩れるだろうが、6人フルメンバーで挑むために一人当たりの利益が少なくなり、それなら強敵に挑むより21階層以降の雑魚魔物を倒した方が資金効率が良い。
また、私たちと同じように効率的に狩れるだろうAランク冒険者のアルサスさんたちのパーティーは、ダンジョン24階層の攻略を優先しているそうだ。
「チセさん、テトさん。今度試験を受けてください!」
「試験? それってなんの?」
「Bランク冒険者に上がる試験ですよ! 二人だけで毎日ランドドラゴンを狩ってくるCランク冒険者なんておかしいですよ! ギルマスも許可出していますから!」
「あー、はいはい。また余裕があったらね。今は暇がないから」
ギルドの受付嬢からいつでもBランク昇格の試験を受けていい、と言われた。
私とテトは、以前ダリルの町でオーガの集団を倒した功績で、特例でCランクまで上げてもらえる話があったが、テトのワガママでDに落ち着いた。
それでもこの町に辿り着くまでの間、色々な依頼を受けて、Cランクに上がる条件を達成した時、ダリルの町のギルドマスターが便宜を図ってくれて、自動的にCランクに上げるようにしてもらっていた。
そして今度は、冒険者として初めての試験であるBランク昇格試験を受けるように言われた。
まぁ、そんなこんなで今、忙しい私たちは――
「さぁ、今日もポーション作りの練習よ!」
「「「はい!」」」
調合を学ぶ子どもは、最初いた子の半分くらいになった。
居ない半分の孤児たちは、諦めたのではなく、魔力などを目に集中させての薬草採取に特化した能力を見せたので、テトが付いて他の子と一緒に薬草採取をしている。
「それじゃあ、行くわよ」
私は、孤児院から子どもを連れ出し、向かったのは、孤児院の隣の建物だ。
私たちは、ランドドラゴンの素材を納品して手に入れたお金で孤児院の隣の建物を買い取り、そこにポーション作りの施設を用意したのだ。
また、他にも――
「チセ姉ぇ! 木工所からオガクズや木の枝を貰ってきたよ!」
「ありがとう。それじゃあ、今日も始めましょう」
このダンジョン都市の木材は、主に11階層以降の森林エリアから伐採される木々で賄われている。
そうした潤沢な木材でも払われる枝葉やオガクズ、端材などが毎日大量に生まれ、ダンジョンに再び捨てられる。
ゴミなどはダンジョンが吸収するので、かなりエコな循環型都市となっているが、その捨てられる素材を私は、孤児院のために使うことにした。
「それじゃあ、紙作りもそっちで始めてね!」
「「「はーい!」」」
そうしたゴミとしての廃棄木材を集めて、大鍋で煮溶かして、紙の原料にしようと考えた。
地球では、薬品で煮詰めてドロドロに溶かす必要があるが、そこは異世界だ。
グリーン・スライムの核を原料とした、植物繊維だけをドロドロに溶かす魔法薬があるので、調合を覚えた子どもたちにも作らせ、その魔法薬を使って木の繊維を溶かす。
ちなみに、グリーン・スライムは、子どもたちが薬草採取に行く平原に頻繁に出現するために集めやすい。
そして解れた木の繊維を水で洗い流し、今度は小麦を水で溶いて加熱して作ったノリと混ぜて、メッシュの入った木枠に流し込んで均一になるように流し込んで、それを木の板に張って乾かす。
既に数百枚の紙ができ、それらは冒険者ギルドや領主様、教会本部の方にサンプルとして送っている。
特に製紙事業の展開によって、神父様は教会本部から本格的な支援を取り付けることができた。
今まで高価だった聖書が安価で作成できるために、信仰を広めやすくなる利点がある。
そして、子どもたちにこの紙を使って聖書を複写させることで、子どもたちの文字の習熟と聖書の増産が可能になる点がある。
また、商業ギルドから生産した紙を販売してほしい話も来ているそうだ。
それに子どもたちの調合技術の習得も順調であり、現在では町に売られている一般的なポーション程度なら作れるようになり、そちらも冒険者ギルドで一本銀貨1枚と大銅貨5枚で買い取りしてもらった。
本来は買い取り価格は、銀貨2枚のポーションだが、仲介料や何か問題があった時にギルドの方でも孤児院の子どもを守ってもらえるように、その値段で提供することになった。
それでも、自分たちが集めた薬草をただ納品して大銅貨2枚だったのが、7倍近くになったので子どもたちは大喜びである。
「チセ姉ぇ! 俺、昨日【調合】スキルがレベル2になってたぜ!」
最初に私に話しかけてきたダン少年は、真面目に調合を学び、しっかりとスキルという形で努力に現れたようで報告してくる。
「おめでとう。そろそろ私の手を離れてもいい頃ね」
「チセ姉ぇ?」
「それじゃあ、調合に関わっている子ども全員、集合!」
私がそう呼ぶと、子どもたちは集まる。
「これは、あなたたちが作った紙から私が作った本よ。まぁ不格好だけど許してね」
マジックバッグから取り出したのは、十冊の本だ。
私が編纂して、テトが複写し、穴を開けて糸を通しただけの不格好な本である。
「これは、あなたたちに教えた【調合】の基本的なこととその応用。そして一般的なレシピが書かれているわ」
「えっ、ええっ? これって……」
「自立支援の目的は、達成されたわ。あとはその本を読みながら試行錯誤すれば、大体の薬は作れるし、その本を教本にあなたたちが他の子に調合を教えれば、調合スキルを覚えられると思うわ。だから、頑張りなさい。私は冒険者稼業に戻るわ」
そう言うと、子どもたちは、もっと教わりたい、行っちゃ嫌~! と泣き出す。
ここ二ヶ月、随分と懐かれてしまった気がする。
私よりも小さい子どもや私より大きな子が私に抱き付いてくるが、身体強化を使える私はそれを受け止めて、フード下で困った表情を作る。
「こらこら、チセ様に迷惑掛けちゃダメですよ」
「「「神父様……」」」
「それにチセ様は、冒険者稼業に戻るだけでもうこの孤児院に来ないわけではありませんよね」
「ええ、次の場所に旅立つまでは、時々来るわ」
そう言って、一人一人子どもたちの頭を撫でて落ち着かせる。
まぁ、中には成長期で頭に手の届かない背が高い子も居たが、そう言う子には肩や腕を優しく撫でる。
「私とチセ様には、大事なお話があります。なので借りますね」
そう言われて神父様に連れ出され、教会の一室――以前の装飾品の呪いを解いた場所まで案内され、神父様と向かい合うように座る。
「それでは、これの件を済ませましょう」
「はい、それでは始めましょうか」
私は、マジックバッグから孤児院隣のポーション生産と製紙施設の土地と建物の権利書を取り出し、神父様は一冊の装丁が豪華な本と一枚の契約書を取り出す。
長々と書かれているが、細かな内容としては――私が私財を投じて作ったポーション生産と製紙施設を教会に譲渡し、孤児たちの自立支援に役立てる代わりに、そのお礼に教会が保有する魔法書を譲渡する、という内容だ。
私は、軽くその内容を流し読みして、ペンを手に取って私の名前を記入する。
そして、神父様――パウロ……元は貴族か、洗礼名か、とにかく長い名前を神父様は、記入して、契約は完了する。
二ヶ月で孤児院の自立支援のために、冒険者ギルドや領主様も全力で協力してくれた。
なにより今までできなかった自立支援の制度に必要な初期投資を私とテトが寄付。もしくは魔法の力でゴリ押しして完成させた。
そして、私が購入した施設は、教会に譲渡し、貰う一方だった教会からお礼として、教会が主に使う神聖魔法書を受け取ったのだ。
「その魔法書は、この世に女神様が降り立ち、行使した魔法の模倣と言われています。まぁ私が使えるのは、その前半部分ですがね」
「ありがとうございます。大事に読ませてもらいます」
「その本は、五大神教会でも一定の地位がある人しか持つことが許されません。ですが、今回の件でチセ様には、十分にその資格があると言えます。教会の組織に在籍したならば、きっと聖女の称号を得られたでしょうに」
こんなフードを目深に被った怪しい少女の魔女を【聖女】とは、と苦笑を浮かべる。
「私は、魔女なんですけどね」
「いいえ、あなたは紛れもない在野に存在する聖人ですよ」
神父様が穏やかな微笑みを浮かべたが、この件はこれで終わりだ。
「それでは、私は、テトのところに行ってきます。そろそろお昼の時間なので」
「お昼ご飯ですね。楽しみにしています」
私はそう言って、子どもたちのためにお昼ご飯を作る。
実は、無邪気な子どもたちと過ごすのは、個人的に心が癒やされるから好きな時間だ。
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