12話【便宜を図ってもらうために】
孤児院の少年・ダンを神父様に預けた後、私たちは、ギルドに戻る。
「テト、アレを売るけど、いいかしら?」
「テトはもう頭の方を食べたから、後は魔女様が好きにしていいのです~」
ホント、孤児院を救済すると考えてからテトには我慢させてしまっている。
今度埋め合わせしないと、と思いながらギルドの中に入り、受付嬢のいるカウンターに行く。
「こんにちは。少し相談があるのだけれど、いいかしら?」
「はい、なんでしょうか? もしかして、昨日のランドドラゴンの魔石や血を売ってくれる気になりましたか?」
「似たような物かな。個室を用意してもらえる?」
そうして、昨日の受付嬢と買い取りカウンターの職員と共に個室に来た私たちは、テーブルの上にある物を乗せる。
「なぁ!? 大きい魔石! これはランドドラゴン、じゃない!? 更に上位の魔物!?」
「まま、まさか! チセさんたちが倒したんですか!? どこで、そんな魔物が出現していたら大騒ぎになりますよ!」
そうパニックになりかけるギルド職員に対して私は淡々と説明する。
「これは、私の家に伝わる家宝の魔石よ。規模としてはAランクに近い魔物かしら。これをギルドに売却。いえ、譲渡したいからあることに対して、便宜を図ってほしいの」
「な、な、なんですか!? そ、そんな賄賂は、認められませんよ!」
まぁ、一見ランク上げろなどという不法行為を依頼しているようにも見える。
「あなたが言ってたでしょ? ポーションがあれば買い取りたいって。ちょっとした縁で孤児院の子どもと接点ができてね。その子にポーションの調合を教えようかと思うのよ」
「へっ、孤児院? ポーション? ってことは昨日の教会ですか!?」
ギルド職員の二人は、自分では判断できないと悩み始める。
「……いきなりのことで判断できないので、ギルドマスターに報告します」
「ええ、お願いね。できれば、ギルドマスターとも話しがしたいわ」
そう言って、私とテトはその場で待つ。
そして、この個室に一人の男がやってきた。
「お前らか、なにやらおかしなこと始めようってやつらは」
低く響く声と鍛え上げられた体、それに身体強化で魔力を放出して、こちらを威圧してくるので、逆に魔力を全開にして威圧し仕返す。
それはテトも同じで、むしろテトの方が表情を落として全方位に魔力の放出をしていた。
上位者三人の威圧に受付嬢と買い取り職員もガチガチと歯の根が合わないように震わせているので、三人で示し合わせたように威圧を解く。
「わるいな、試すような真似をして。CランクがAランクの魔石を持ってきた、って言うから試させてもらった」
「趣味が悪いわね。それとその魔石は、私の家宝で私がその魔物を討伐したわけじゃないわ」
実際にウォーター・ヒドラの首を落として倒したけど、相手には真偽は分からないだろう。
「それで、便宜を図れって詳しい内容を話してもらえるか?」
「ええ。縁のできた孤児院の救済のために子どもにポーションの調合を教えて自立を促すつもりなの」
「そいつは、酔狂なことだな。そもそも、【調合】には才能が必要だろ」
【調合】の才能とは、ポーションを作る才能ではなく、正確には物に魔力を込める力だ。
魔法使いのように魔力で現象を引き起こすのではなく、薬草という触媒の効果を魔力で高めて、ポーションの形に変える才能だ。
またポーションに魔力を与えるために、ある程度の魔力量も必要となる。
「【調合】が覚えられなかったら孤児院の救済とやらもできんぞ」
「いえ、絶対に覚えるわ」
「……そんなに言うってことは、才能があるやつがいたのか」
そう納得するギルドマスターだが、残念ながら才能があるなしはまだ見てない。
だが最悪、誰一人として適性のある子が居なくても【創造魔法】で【調合】のスキルオーブを作り、こっそりとスキルを付与して、食べ物に【不思議な木の実】を混ぜて魔力量を増やしてやるつもりだ。
「ギルドとしては、できたポーションは誰が作ろうが買い取るつもりだ。ただ、孤児院のために高く買い取れって要求は受けないし、あんたの言う要求ってのは違うんだろう?」
私とテトが威圧し返したからなのか、目の前の引退した元高位冒険者らしきギルドマスターは、こちらを対等な相手のように扱ってくれる。
「私からの要求は、子どもたちの安全よ」
「安全だぁ?」
「そう安全。今までは、子どもたちだけで町の外に薬草採取の依頼に出てた。それが調合してポーションを作れるようになれば、子どもたちの価値は跳ね上がる」
誘拐してポーションを作らせるために監禁することだってあり得る。
または、子どもの本当の親だと言って迎えたり、里親として子どもを引き取ろうとするだろう。
「そうして孤児院から引き離された子どもの安全は守ることができない。だから、ギルドや衛兵たちが連携して子どもたちを守ってほしいの。それに孤児院一つを救済しても意味はない。他の孤児院も救えるような、そんなモデルケースを作りたいの」
「お前……子どもの姿をしたババァとかじゃねぇよな……」
かなり訝しげにこちらを見るが、それは私の容姿と語っている内容の差だろう。
まぁ前世の記憶は欠落しているが、相応の年齢で死んだ場合には、案外ババァも間違ってないかもしれない。
それに今世では魔力量が増え続ければ、老いが遅くなるので、その内年齢と外見のギャップがドンドンと大きくなるだろう。
そして、ギルドマスターが腕を組んで唸り声を上げる。
「子どもたちを守る、って孤児院の子どもたちに常に護衛に貼り付けってことか? 無理だぞ。いつまで続ける気だ」
守る、と言って安直に護衛を口に出すギルドマスターだが、私は首を横に振る。
「そういうことじゃないわ。信頼できる冒険者が先導して、正しい薬草の採取方法を教えるとか、それとなく気に掛けて友好的に話し掛けてくれる。そういう大人の目があれば、馬鹿をする人の抑止力にもなるし、攫われても相手を特定できれば、治安維持の名目で衛兵が救出してくれる」
「確かに、それも守ることになるよな」
「それと、いずれ孤児院から子どもたちが卒業して、調合師として自立するようになった時、薬草需要が高まって町の外の薬草だけじゃ足りなくなる。そうなったら、ダンジョンの1階層か2階層辺りの薬草に手を伸ばさなきゃいけなくなる」
ダンジョンの平原階層でも一般的な薬草は採取でき、またダンジョンだからか再生も早い。
Dランク以上しかダンジョンには入れないが、限定的に1、2階層は子どもたちも入れて大人の指導の下で魔物を退治させて、レベルアップで魔力量を増やすなど、できればいいな、と考えていることも伝える。
「他にも、ギルドとして、孤児院がポーションを作って自立できるようになったからって孤児院への費用を減らさないで欲しいことを領主様に伝えて」
「そりゃどうしてだ? 孤児院が自立したんなら、その金は要らねぇだろ?」
「万が一に、孤児院に伝えた調合技術が途絶えたら? その間、無収入になるわ。それに、孤児院は自立しているって噂を聞いて、遠方からも子どもを捨てに来る人が来たら孤児院はどうなると思う?」
予備資金もないとすぐにパンクしてしまう。
それに、いつかは孤児院の建て直しや増設も必要だろうし、問題を考えたら、本当にお金など際限なく必要になる。
「他にも考え出したら問題が……」
「ま、待て待て! 嬢ちゃんの言いたいことは大体分かった。ってか、そんな未来の心配事に頭を悩ませるってお前、貴族に仕える文官か!」
ありとあらゆる可能性から子どもたちを守る方法を考え始めたら、危うく私と対峙したヒドラのような魔物が襲ってきても逃げられるように地下シェルターを作ろう、などと考えがトリップし始めたところでギルドマスターに止められる。
「とりあえず、話はわかった。ギルドとしても協力するし、領主様にもお前の懸念を伝える」
「ええ、お願いね」
無論、調合を教えるが、それでお金に余裕ができたら子どもたちに料理を教えて屋台やなんかでクッキーを売って商売の基本なんかを教えてもいいだろう。
それか負傷した引退冒険者を招いて冒険者の講習を教えるなど、孤児院を子どもたちの職業訓練施設にして、調合一本だけではなく、複数の技能を教えて自立を促すのがいいかもしれない、などと考える。
「それにしても、お前なんでそんなに孤児を気に掛けるんだ」
「私も親は居ないし、気になったんだから仕方ないわよ」
そう言うと、妙な沈黙がギルドの一室に落ちる。
女神に転生させられて、この世に来たから親というものは居ないし、私の良心からお節介を焼きたくなったのだ。
それに私には、運良く【創造魔法】のスキルがあって生き延びられたのだ。子どもたちには生き延びるための術を与えてもいいと思ってる。
「とりあえず、こっちもその提案をして、教会の神父様と領主様で話を詰めてみる。それに他のギルドとの調整もやる」
「話を聞いてくれてありがとう。その魔石はそのままギルドに譲渡するわ」
「気前が良すぎるだろ。返せって言われても返さないからな」
そうして私たちは、ギルドから出て、遅れてダンジョンに潜った。
今日は、適当に薬草採取、という気分ではないので21階層に行き、20階層に戻ってランドドラゴンに雷を降らせ、テトが手足を切り落として倒した。
ランドドラゴンの魔石と亜竜の皮を一枚手に入れて、ギルドに換金しに戻ると、昼頃にAランク級の魔物の魔石を持ってきたのに、今度はBランクのランドドラゴンの魔石を狩ってきたのかと胡乱な目で見られた。
だが、これからやろうとしていることを考えれば、先立つものが必要なので納品し、小金貨8枚を手に入れて、町に向かう。
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