9話【ギルドの納品風景の一幕】
朝、いつものように抱き締めてくるテトの腕から抜け出して、身支度を調える。
「テト、ギルドに行くから起きなさい」
「はいなのです~」
そうしてノロノロと起き出したテトを連れて、馴染みの食堂で朝食メニューを頼んだ後、ギルドに行く。
数日間ほどダンジョンに通っていたので、今日はあまりガッツリとは働かないつもりだ。
「おはよう。報告いいかしら?」
「あっ、チセさん、テトさん、お帰りなさい。ダンジョンからは今お帰りですか?」
「いえ、昨日の夕方には帰ってきたけど、報告は今日に回したわ」
朝一番の忙しい時間をズラしてきたために少し空いており、余裕を持って受付嬢に報告することができる。
「昨日、ダンジョンの階層は21階層まで到達したわ」
「ほ、ほんとですか!? 二人だけでゲートキーパーのランドドラゴンを!」
「ええ。その証拠として魔石とランドドラゴンの血を見せるから確認をお願い」
驚く受付嬢の前でアイテムボックスから魔石とランドドラゴンの血の入った小瓶を取り出す。
「こ、こちらは、どうされますか? ギルドでは、買い取りをしていますけど……」
売ってほしい、と言うような視線が送られ、私はテトの方を見る。
「テトはどうする?」
「うーん。魔石は残したいのです」
うん、テトが食べるために必要だと思った。
ただ一口では食べられそうもないのである程度、砕いて小さくした物を食べるのだろう。
「そうね。私も趣味でランドドラゴンの血を使いたいから今回は、売却はなしね」
「ああ、魔石で小金貨5枚、血が小金貨3枚が……」
受付嬢の呟きを聞き取ったが、ランドドラゴン1匹倒して80万円相当は中々だ。
「まぁ、気を落とさないでよ。他にも採取系の依頼で使われるものとかは取ってきたから」
「ああ、天使がいる! 依頼主からせっつかれやすい採取系の救いの女神が」
「魔女様は、天使みたいに可愛くて、女神みたいに優しいのです!」
「テト、茶化さないの。それとあなたもちゃんと仕事して!」
私は受付嬢を促して、採取物の買い取りカウンターに案内させ、そこで16階層から20階層までの採取物を取り出していく。
「一応、こっちでも採取依頼のあるやつを中心に集めたけど、他にも有用なやつを取ってきたから換金お願いね。ああ、そっちの薬草は、半分は戻してね。私個人で使いたいから」
「えっと、チセさん、さっきのランドドラゴンの血といい、この不気味な植物といい、何か怪しげな儀式魔法に使うんですか?」
キェェェェッと悲鳴を上げそうな不気味な植物魔物は、採取であり、討伐の必要があるマンドラゴラだ。
他にも数種類の毒々しいキノコや怪しげな色の薬草などをマジックバッグに回収しながら、胡乱げな目で受付嬢に答える。
「そんなことするわけないでしょ? これは、風邪薬と風邪の予防薬の素材よ。調合の練習で作ろうかと思うのよ」
「そ、そうですか。風邪薬……」
まぁ、風邪薬と言ってもあらゆる風邪や病原菌を死滅させて服用者を回復させる総合風邪薬なのだ。
前世では、全ての風邪の症状に対応できる薬が生まれればノーベル賞ものだと言われたが、ファンタジーな異世界では当然のように魔法薬としてあるようだ。
そして、風邪の予防薬とは、ワクチンと言うよりも一定期間身体の免疫機能を高める薬らしい。
中世ファンタジー世界なので、疫病も時折発生する。
疫病は怖いので、完成したらこれを服用しようと思う。
「けれど、薬が作れるならチセさん、ポーション作れますか?」
「ええ、一応基本くらいはね」
「じゃあ、もし作ったらギルドに持ってきてください! 銀貨2枚で買い取ります!」
「いいの? 薬を管理するギルドとかそういうところの許可は必要じゃないの?」
小さな村々ならお目こぼしされたり、自分で使う分には問題無い。
ただ大きな町になると他の人に使わせるポーションは、その土地毎に管理しないと駄目じゃないだろうか。
そう思ってると、理由を説明してくれる。
「ダンジョンがあるのでポーションの需要が多く常に不足してるんです。なので新しい調合師の育成と薬草採取を推奨してるんですけど、中々進まないんですよね」
そういう事情があるのかと納得すると、買い取りカウンターの職員が受付嬢に注意する。
「こら、無駄話してたらダメだぞ」
「す、すみません。それでは、こちらの採取物の買い取り査定をします。少々お待ちください」
そう言って、あることを思い出して、自らの受付業務に戻ろうとする受付嬢を呼び止める。
「ちょっと待って。そう言えば、もう一つあったわ」
「……今度は、なんでしょうか?」
20階層のランドドラゴンを倒し、大量の採取物と不気味な薬草を見せつけられ、次は何が出てくるのか怯えた様子の受付嬢だが、私は構わずに話す。
「ダンジョンで宝箱を見つけてその中から二つ魔導具が出たのよ」
「わぁ、おめでとうございます」
「それの相談で一つは売却したいのよ。【大地の籠手】って魔導具よ」
それを聞いたギルドの酒場にたむろっていた人たちが一斉に振り向き、腰を上げる。
「そ、それは……本当におめでとうございます」
私もチラリと酒場の方を見るが、反応したのはCランクの剣士級の冒険者たちだ。
【大地の籠手】は、持ち手の感じる重量が半分になるだけで、持っている道具の質量は変わらない。
持つ剣の重量が軽くなれば、剣を振るう速さが増して攻撃の手数を増やせる。
もしくは、剣自体の重量を増やして、一撃の攻撃力を増やすことができるのだ。
そんな剣士垂涎の魔導具を実際にマジックバッグから取り出すと、ギルド内にどよめきが走る。
「……売りたいんだけど、幾らになる?」
「え、ええっと……」
受付嬢は助けを求めるように、買い取りカウンターの職員に視線を向ける。
買い取りカウンターの職員は、困ったような苦笑を浮かべてギルドに響くように伝える。
「この手の魔導具は、その時々で値段が変わりますし、またダンジョン産は性能が良いのでかなり高価になるでしょうね。買い取り価格は、最低小金貨2枚前後でしょうか?」
「思ったより安いのね」
前衛の冒険者の攻撃力上昇に繋がる魔導具なのに、と思うと相手は、ニッコリと微笑みながら私の疑問に答えてくれる。
「確かに身に着ければ、剣は軽く感じて前衛剣士の力を高めてくれます。ですが、これは魔剣のような直接的な攻撃力のある魔導具ではなく、補助魔道具なのです。どうかご理解ください」
「なるほどね。じゃあ、オークションとかに出す場合は?」
「そちらでしたら、冒険者以外にも貴族や騎士なども参加するので更に値段は上がるでしょうが、すぐには現金は手に入りませんし、オークションの仲介料なども差し引かれます」
ギルドとしては、売却された魔導具を冒険者やオークションでより高い値段で売って利益を上げているんだろうな、と理解する。
「なら現金の買い取りでよろしくお願いします」
「わかりました。それで、宝箱から出たもう一つの魔導具は、売却されずにご自身で使うのですか?」
【大地の籠手】のインパクトが強すぎて忘れかけていたが、宝箱から出た魔導具のうちの一つは売却し、もう一つについては聞いていない。
「そっちの方が私の本題よ。呪われた装飾品の扱いについて聞きたいのよ」
「呪いの装備ですか……具体的には」
「手に持つと、首に巻き付いて絞殺してくるネックレスよ」
私の言葉に受付嬢がひっと短い悲鳴を上げる。
「直接触らなければ呪いは発動しないし、呪い対策の装備を身に着けていれば弾けるわ。それに今は布に包んで、石の箱で厳重に保管してあるわ」
貴族の誕生日プレゼントの中に忍ばせておけば、呪いの装備で暗殺してくれそうだ、などと思ってしまうが、呪いなど浄化して消し去った方が世のためだろう。
「そうですね。やはり、教会などで浄化してもらえれば、魔導具としての買い取りはできます。ギルドとしても買い取ることはできますが、元がどんな魔導具なのか分からないので買い取り価格は一律銀貨5枚になります」
それと教会のお布施や寄付――いわゆる浄化代の名目――は、小金貨3枚なので、下手したら赤字となる可能性もある。
だが、野良の魔法使いに浄化を頼んで、呪いが解けなかったり、中途半端な呪いが残ったまま痛い目に遭うこともあるそうだ。
「とりあえず、教会に頼んで浄化してもらいたいわね」
「わかりました。それでは、教会関係の施設の地図を用意しますね」
そう言って、私は地図を受け取り、しばらくの間、素材の買い取りなどを待つ。
そして、買い取り価格は、採取依頼の報酬分を含めて、小金貨4枚になり、ちょっとした小金を稼ぐことができた。
採取物は、元々16~20階層の難易度の割に安いので、大部分が売り払った魔導具の値段だが、それでも私たちに取っては十分だ。
まぁ、確保した魔石も売り払えば、大金貨1枚を超えるだろうが、テトが食べるので今は残している。
「その代金は、呪いの装備の浄化代と当面の生活費にするわ」
「わかりました。それでは、依頼達成の処理をするのでカードを出してください」
私とテトは、採取依頼の達成の処理を受ける。
「それにしても凄いですね。1年でCランクまで昇って、依頼の達成率100%なんですね」
「私はできることしかしないだけよ。それにどっちかって言うと事後で処理してくれる採取依頼の方を好んでるからね」
そもそも、依頼を達成するために冒険に出るのではなく、冒険に出た成果から依頼を選び取っているような状態だ。
「それじゃあ、もう行くわ」
「また来るのです! さようならなのです!」
私は、昨日までのダンジョンでの成果を精算してギルドを出る。
その後、教えてもらった地図には、幾つかの教会施設があり、ギルドから一番近い場所に向かった。
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