28話【ところでこの対ヒドラ用の創造物は、どうしましょう】
ヒドラの血の臭いと昨日の暴れっぷりから周囲の魔物たちは逃げたようで、辺りは静寂に包まれている。
流石に、疲れていたからと言っても血の臭いが充満する場所で寝付くのは難しく、結界を張りながら瞑想による魔力回復に努めていた。
「魔力は、7割回復ってところかしら。それにしても……やり過ぎたわ」
対ヒドラ用ギロチンなど考えなしに創造してしまい、どうすればいいか、私は悩む。
ヒドラの体幅は20メートルほどあり、ギロチンはソレを優に超す30メートル幅はある。
そして、地面まで深々と突き刺さっているために長さは分からないが、目に見える範囲では高さ15メートルはあるだろう。
「100メートルクラスの巨人が現れて、その手斧でヒドラを倒したって嘘を言ったら信じてくれるかな? いや、無理か……」
はぁ、ひと一人溜息を吐き出し、ヒドラの血を浴びたギロチンを確認する。
「まぁ、創造で生み出したものはあくまでも普通の鉄製だから、バラバラにすればなんとか隠せるかな?」
高度からの落下による質量兵器として利用したが、実際には何の魔力も通っていないタダの金属だ。
「――《ウィンドカッター》!」
とりあえず、ヒドラを倒した方法は、超巨大ギロチンよりも、戦士でも扱うのを苦労しそうな鉄の塊を念動で浮かべてぶつけた、とかの方が信憑性は高いだろう。
なるべく大剣サイズっぽくウィンドカッターで斬り裂き、斬り落とした端材や地面に埋まって掘り起こすのも大変なギロチンの部位は、土と闇魔法の混成である腐食で自然に還す。
鉄さび臭さがヒドラの血の臭いと混ざり、分からなくなる。
「さてと、倒した方法は偽装できても、流石にヒドラの存在は隠蔽できないか……」
この死体を消したところで、大量の血の跡が残っていれば怪しまれる。
「仕方がない。ギロチンで斬り落としたのが分からないように、少し死体に偽装を施すか」
巨大ギロチンから分割した鉄板を闇魔法の《サイコキネシス》で操り、ヒドラの首の根元に繋がる肉を叩き斬り、一本ずつ分割する。
そして、胴体の側面を攻撃手段がバレないように、火魔法で焼いていく。
また、ヒドラが5首だと騒ぎになるので、一番小さい五つ目の首をマジックバッグに収納して、4つ首ヒドラだと言えば、Bランク魔物だと認識してくれるはずだ…………たぶん。
「ふぅ、なんか死体処理も疲れたし匂いが気になる……お風呂入りたい」
私がそんなことを呟いていると、魔力によって強化された聴力が人の足音を捉えた。
「村の方が片付いたのかな?」
「魔女様~、魔女様~」
「うぇ、テト!?」
「魔女様~、帰ってくるのがおぞいのでずぅぅぅっ!」
「ちょ、テト、流石にその状態では抱き付かないで。離れなさい!」
一晩中魔物を斬り伏せていたのか、返り血が完全に固まって赤黒く、所々には臓腑の内容物まで被ったような様子になっている。
流石に、そんな状態のテトに抱き付かれたくない、と思っていると後からくる開拓団の冒険者たちもやってきて、倒れているヒドラの死体を見て、咄嗟に剣を構える。
「大丈夫よ。ちゃんと殺してあるから」
大丈夫であることを説明しながら、テトに《クリーン》の魔法を使う。
ただ、汚れが酷くて、一度では落ちきらないので、何度か魔法で汚れを落としたら、後は村のお風呂で綺麗にしてからもう一度を使おうと考えている。
「なに!? そうなのか? それにしても、どうやってこんな大物のヒドラを倒したんだ?」
聞かれると思っていたので、予め考えておいたもっともらしい説明を口にする。
「目覚めたばかりでこっちを警戒してなかったから、そこに転がっているナマクラ大剣を首に突き刺して地面に縫い付けて、そこからは一晩掛けてじっくり、首と胴体の境を燃やしてたわ。流石に、再生力が高くて疲れた」
「いや、チセの嬢ちゃんの体格じゃあこんな重そうな剣は持てない……うわっ!」
一人の冒険者が実際に鉄板バスタードソードを持ってみるが、よろめく中、その剣の重さが軽くなり宙に浮く。
「闇魔法の《サイコキネシス》よ。これを頭上から加速して首にザクッと、ね」
その後は、首を落としても再生するヒドラに対して、再生しなくなるまで、じっくりと炎で燃やしていたことを説明する。
冒険者たちは、色々と聞きたそうな様子ではあるが、とりあえずそういうことだ、というスタンスで押し通すつもりだ。
「色々と言いたいことはあると思うわ。でも、あまり聞くのはタブーよ」
「まぁ、な。多分、倒し方は別の方法使ったんだろ。冒険者の奥の手は、隠すもんだし。それに俺たちが作った村を守ってくれたことにも感謝する。だけど、ヒドラを単独で討伐したことには正直ちょっと怖いと思う」
それが普通の感覚だろうと納得するが、同時に怖いと思われたことが寂しく思う。
「だよな。ヒドラに向かったその強さが開拓中の俺たちに向かなくて良かったぜ!」
「だよな。ヒドラだって伸しちまうチセの嬢ちゃんに物理的? いや、魔法を使ってお仕置きされたら、流石に怖えよ!」
「だよな。普通に言葉で指示してくれて助かったわ」
そんな感じで開拓団の冒険者たちから笑いが起こり、私も釣られて笑ってしまう。
テトだけは、キョトンとしてままでいるが、黙って私の体にしがみついている。
「それじゃあ、村を救った魔女の私が、開拓村の冒険者のあなたたちに命を救ったお礼をしてもらおうかしら」
ニヤリと意識的に悪そうな笑みを浮かべると、冒険者たちはビクッとする。
「お、おう……そう言われると、チセの嬢ちゃんやテトの嬢ちゃんが頑張らなかったら、やばかったかもな。村の周りの壁とか……」
目を泳がせる冒険者のリーダー格の人物に対して、私は要求を口にする。
「私は、こんな大きなヒドラを持ち帰る術はないし、解体する道具もないから、あなたたちに全部あげる。その代わりヒドラの魔石だけは貰うから、残りは村で好きにすればいいわ」
「いいのか? 討伐証明部位のヒドラの頭部くらいなら、マジックバッグで運べるんじゃないか?」
「もしも、運べて討伐しました。ってギルドに持ち込んでどうなると思う?」
私がそう言うと、私の体を上から下まで眺める冒険者たちは、頷く。
「そりゃ、いくらチセ嬢ちゃんがDランク冒険者って言っても、嬢ちゃんみたいなちんまい子が討伐するわけがない、って思われるよな」
「でしょ? だから、一番価値のある魔石だけ貰って、後は知らぬ存ぜぬ。適当な場所で売り払ってお金にするわ。あなたたちも適当に流れの冒険者が倒したのか、自然死してたから解体した、とか言って売り払えばいいわ」
「だが、流石に他人の成果を横取りする気にはならんぞ」
はぁ、頭が固いなと思ってしまう。
でも、そんな微妙に融通が利かないが、彼らが真面目に開拓事業をやっている姿を見てきたから、こんな提案したのだ。
「どうせ、私はこの後もずっと旅を続けていくわ。その途中で、まだまだランクを上げるだけの成果を得る機会はあるから気にしてないわ」
「それ、相当なトラブルに巻き込まれる、って言ってるようなもんだぞ。それでもなぁ……」
「受け取りなさい! これから結婚して家庭持つんでしょ! 多少はお金持ってないとお嫁さんに愛想尽かされるわよ!」
「「「はい、わかりました!」」」
グダグダと言って折れない冒険者たちに、残った魔力を放出した威圧で言うことを聞かせる。
この開拓事業の間、随分と調きょ……もとい教育できたと思う。
「わかった。解体は引き受ける。残しておいても腐ってアンデッドになったら困るしな。それで素材の使い道に関しては、村長になるガッシュさんに任せようと思う」
自分の意地とプライドではどう足掻いても私には勝てないと気付いたか。
それでも素直に受け取らず、ガッシュさんに丸投げした頑固さに苦笑を浮かべながら、頷く。
「それでもいいわ。それじゃあ、後は任せるから。私とテトは、先に村に帰ってお風呂に入ってくるわ。流石に汚れが気になってね」
特にテトが抱き付いた際の、黒く固まった血やヒドラを焼いた臭いなどである。
「おう、任せろ」
私たちは、冒険者たちに見送られて、ヒドラの死体のある場所から下山して村を目指す。
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