25話【開拓村の女神たちって呼ばれているらしいです】
ボロボロの開拓事業の立て直しができた。
思った以上に大変だったが、とりあえず最初の1週間で持ち直すことができた。
そして、余裕ができたため近くの平原に足を延ばし、薬草を採ったり、山菜や野ウサギなどを捕まえて、食事の彩りを増やしている。
開拓団への支援物資も届いて食材の心配もなくなり、明日から追加の人員が来ることが決まった。
この開拓村に来て1週間――私とテトは、夜には覗き対策の土壁で囲われたお風呂に入ってから休むのだった。
結界も多重に張っているので、見る人はいない。
「ふぅ、いいお湯だったわね」
「なのですね!」
清潔化の《クリーン》で済ませる時はあるが、やはりお風呂に入ると体が温まって気持ちいい。
それに【創造魔法】で作ったシャンプーを使えば、髪に香りが残るので、私もテトも満足している。
吹き抜ける夜風のひんやりとした風を気持ちよく感じながら、川辺から村まで歩いて戻ってくる。
「ただいま、なのです!」
「おう、テトの嬢ちゃん、おかえ……」
私が来てすぐの頃は、支援物資のお酒を禁じていたが、開拓事業に精力的な冒険者たちの働きを見て、一人1杯分くらいのお酒は許可している。
今は、夕餉の後の酒と簡単なゲームに興じている。
それに、代官になる予定のガッシュさんも、以前はピリピリしていた冒険者たちに怯え気味だったが、今は仲良くしている。
「あまり遊びすぎないようにね」
「えっと……そのローブは、チセの嬢ちゃんか?」
「そうよ。誰だと思ったのよ」
確かに普段からフードを被って顔を見られないようにしているが、流石にお風呂上がりだと蒸れるので、フードは被っていない。
「チセの嬢ちゃんは、子どもだと思ったけど、綺麗な顔立ちじゃねぇか」
「そう? 周りに女の子がいないからって私みたいな子どもを口説くのもどうかと思うけど?」
「そんなんじゃねぇよ!」
私の辛辣な言葉に、苦笑いされるが、ガッシュさんは驚きから固まったままだ。
「それじゃあ、明日にはガッシュさんが頼んだ追加の人員が来ると思うからもう寝るわね。お休みなさい」
「お休みなのです!」
そう言って私たちが使っている家に入っていく。
私たちが来てから1週間で、場当たり的だった開拓事業を、ある程度マニュアル化できている。
それに村で暮したい女性の募集に、女冒険者の護衛依頼も出した。
追加の食料も届けられて、私たちの負担も少し楽になるはずだ。
「そうなったら、他の冒険者から色々な話を聞けるかしらね」
例えば、今まで行った面白い依頼や場所などに、魔法使いとしての知識などだ。
最近は、朝早くに起きて食事の準備をして、更に日中も色々な開拓支援をしていたので、夜にはクタクタだ。
「お休みなさい」
「おやすみなのです」
そう言って私は、残った魔力をテトに譲渡して、結界魔法で家の周りを覆ってから眠りに就く。
SIDE:開拓団
「ふぅ、あんな嬢ちゃんがまさかこの開拓村を立て直すとはなぁ」
「なんと言うか、色々自信を無くしますよ」
「あー、あんたは気にすんな。って言うか、お前も一緒になって頑張ってるよな。俺は知ってるぞ」
「ううっ、はいです」
俺は、開拓事業の監督役であるガッシュの背中を叩く。
使い道のない七男貴族なんて、農家の三男か四男並に親から期待されてねぇ。
だから、俺たちは冒険者になった。
こいつの場合は、まぁ色々と学ぶ機会もあったから俺らと比べちゃ頭がいい。
だから、こいつの実家が金を出す開拓事業の監督役になって成功すれば代官か、この村の村長だろう。
ただ、開拓事業ってのは思い通りには進まねぇ。
なんせ一度は滅んだ村だ。
村の周辺の魔物が予想以上に多い。
安全な寝床の確保が難しい。
力自慢の冒険者でも、農業や開拓に関しては、素人が多い。
魔法使いもいるが、今まで魔物を倒すことに魔法を使ってきたやつだから、開拓に向いた魔法がねぇ。
それに不良冒険者が混じって、物資を横領する。
色んな問題が起きて、ピリピリするか、無気力になり始めていた。
このままだと開拓事業が失敗するかと思った矢先、新しい支援者が来た。
『酷い……』
新しい支援者・チセの嬢ちゃんが言った言葉は、確かにその通りだ。
だが、その時は、そんなことを思うほどの余裕はなかった。
それからは、もう思い出すだけでも笑っちまう一方的な蹂躙だった。
寝床がないことを怒りつつ、仲間のテトの嬢ちゃんに家を作らせ――
汚いからと威圧されつつ作った風呂に入れられ――
汚い洗濯物は、全部纏めて魔法で丸洗い――
残った食材でとりあえず腹が膨れる料理を用意してくれる。
他にも色々なことをしてくれた。
壊れた井戸は、チセの嬢ちゃんが魔法で清潔にして、テトの嬢ちゃんが土魔法で直した。
伐採した木材などは、保管できる場所を作ったり、俺たちが木の根を引っこ抜いた場所を魔法で平らに均してくれる。
うっかり狩りで魔物に傷つけられた怪我や作業中の傷などは、放っておけば治ると思って放置していたやつらも風呂で丸裸になるのですぐに見つかり、治療される。
『怪我したら言いなさい。それが私たちの仕事よ。テト、私たちが作ったポーションを持ってきて』
『はい、なのです!』
「うわっ、冷てぇ!」
化膿してジクジクと痛む傷口を風呂で清潔にした後、チセの嬢ちゃんに見つかり、冷たいポーションをぶっかけられた。
普通なら、銀貨2、3枚はするほどの怪我なのだが、ポーション代を受け取らない。
『日当分に含まれているから要らないし、それは私の練習用に作ったやつよ。もしも私に恩返ししたいなら、自分や他の人の作業中の怪我に注意して。怪我しなければ、その分私も楽だから』
そう言うので、チセの嬢ちゃんは凄ぇ頑固な性格だと思う。
頑固で、愛想がねぇ。けど、心配してくれる。
それと一緒に、回復魔法やポーションが使えると言っても無茶や無謀をしたら、どうなるか? と言いながら脅すんだから、怖ぇぇ嬢ちゃんだ。
フードを目深に被って怪しいけど、理性的に、こちらを諭すように言ってくるのが、余計に怖い。
あるやつは言ってたよ。
『――なんだかんだで俺たちのことを気に掛けてくれる、母ちゃんみてぇ』
本人はまだほんの12歳かそこらの嬢ちゃんに母親を投影するのは、どうかと思う。
だが、俺たちの汚れた洗濯物を洗ったり隠していた傷を見て、溜息を吐く様子なんかは、確かにお袋みてぇだ。
そう思うと、なんだか信頼できるような気がしてきた。
ガキの頃は、お袋に尻を叩かれながら、アレしろ、コレしろ、って言われるけど、ソレっぽい。
それと、怒る時の威圧感とか似てて納得した。
そんなチセの嬢ちゃんの登場に、元々自信のないガッシュは、更に自信を無くして酒飲んで泣き上戸になってる。
チセの嬢ちゃんは、あっという間にこの場当たり的な開拓事業を、魔法の力でゴリ押し気味に形を整えたのだ。
もしも国が囲っている宮廷魔術師たちを開拓事業に出してくれたら……その実例が目の前に現れたようなものだ。
だから一度、休憩中に雑談として聞いたことがある。
「チセの嬢ちゃんなら、こんな面倒な開拓作業をパパッと終わらせられるんじゃないか?」
そう言われて、チセの嬢ちゃんは考え込むような仕草を見せる。
そこは否定しないんだな、と表情が引き攣りそうになりながらも言葉を待つ。
そして、返ってきた言葉は――
「できるけど、やらないかな?」
「そりゃどうしてだ?」
「確かに私とテトで村の形を作れると思う。でも、そこに人間としてのプライドはあるの?」
そう言われて、悩む。
ただ与えられただけの村に価値はあるのか?
俺たちは冒険者だから、危険な依頼をこなすし、腕とランクには自信がある。
だが、チセの嬢ちゃんの言う通り、自分たちの手で作らない村を、果たして俺たちは守る気概はあるのだろうか。
きっとすぐに逃げ出す。そして、また居場所が欲しくなったらまたチセの嬢ちゃんに頼むだろう。
「そんな村、また作ってもらえばいいと思って守らないかもな」
「でしょ? だから、私は依頼の範囲で手伝うし、報酬分は働くけど、他の人たちの開拓の仕事は全部取らないわ。それに開拓の時にしていた仕事の延長がその人の村での役割になるだろうから」
「役割?」
「村に必要なのは農夫だけじゃないでしょ? 魔物の駆除をしている冒険者は、狩人なり自警団でしょ? 開拓で木を切る人が木樵であり、切った木を炭に変える炭焼き職人、魔法使いなら文字の読み書きもできるから薬師や先生、火魔法が使えるなら川辺のあそこでお風呂屋さんもいいわね。お酒好きなら村で酒屋になったり、酒を造るには酒樽が必要だから、手先が器用な人なら大工になるかも知れない。頭が良くて誠実な人は、村長さん」
そう言って、チセの嬢ちゃんが朗々と話す内容は、俺たちに具体的な開拓村での生活を想像させてくれた。
「俺が狩人かぁ……」
「じゃあ、お前は酒好きだから、酒蔵で酒造りだな」
「味見って言って盗み飲みできるな! それならお前らちゃんと酒の材料の麦育てろよな」
「俺、昔弱いけどテイマーの適性があるって言われたんだ。俺にできる仕事はあるかな?」
「なら、家畜を育ててもいいし、養蜂家ってのもあるよな!」
「ガッシュさん、村長頑張ってくださいな!」
今まで色んな所を旅した冒険者が集まってるから、冒険者から色んな職業への転職の話題に広がる。
ただ辛い開拓事業だったのに、一気に視界が広がった気がする。
「ありがとう。チセの嬢ちゃん」
「さぁ、休憩はお終いよ。夕飯はちゃんと作っておくから怪我しないようにね」
そう言って、口元はほんの少し上がるチセの嬢ちゃんは、フードに隠れた瞳から優しげな雰囲気を感じることができた。
そして、夜にはチセの嬢ちゃんがコップ1杯の酒を解禁してくれたお陰で多少の楽しみが戻ってきた。
「それにしてもチセの嬢ちゃん様々だぜ」
「だな。あれだけダメそうだった開拓事業が立て直せたんだからな。俺らの天使だ!」
「天使って言うには愛想はねぇだろ!」
「ちげぇねぇ。じゃあ、女神様ってか! 俺たちの手が届かないような良い女」
「いいな、それ! ただ、ちと年齢たりねぇな。あと五年後だ!」
「「「がははははっ――」」」
そんな感じで馬鹿笑いしていると、夜遅くにチセとテトの嬢ちゃんが風呂から帰ってくる。
そこにはほかほかと体が温まったのか気持ち良さそうに目を細めたテトちゃんとその隣に黒髪の凄く顔立ちの整った美少女が並んでいた。
チセの嬢ちゃんは、切れ長の目が湯上がりの夜風で気持ち良さそうに細められている。
妙に大人びた12歳の少女だと思ったが、これは将来確実に美人になると思わせる顔立ちだった。
一緒に飲んでいたガッシュなど、一応貴族だから美人揃いの貴族令嬢に見慣れていると思うのだが、呆けてしまってる。
「それじゃあ、お休みなさい」
「おやすみなのです!」
そう言って、彼女たちに割り振られた小屋に入っていく。
「マジモンの女神様みてぇだな」
「俺たちにとっては、幸運の女神様だな」
そんなことを言い、開拓団たちは、チセの嬢ちゃんに感謝の念を送る。
後年の開拓村は、近くの森林から取れる木材を加工する木工が特産の村となり、ある物が売れ始めた。
「これは、開拓する時に訪れた開拓村の女神様の横顔だよ」
お守りとして木のプレートに女の子の横顔が彫られ、その裏には少女が開拓の際に語った重要な言葉が彫られたものが縁起物として売られ、多くの開拓者たちの間で広がっていった。
こうして魔女のチセの初めての称号は、【開拓村の女神】となったが、当人は知ることはなかった。
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