27話【見送った者たちからの贈り物】
冬至祭も無事に終わり、春に再び旅に出ることを決意した私は、冬の間に関わりのある人たちに挨拶回りをする。
親しかったギュントン公が亡くなり、代替わりした現・ハミル公爵家は、事務的な連絡を入れ、【創造の魔女の森】に遊びに来たエルタール森林国のハイエルフの女王であるエルネアさんにも伝えると羨ましがられた。
そして、最後にセレネたちに会いに、リーベル辺境伯の屋敷に訪問し、気ままな旅に出ることを伝える。
「そう、ですか。お母さんたちに気軽に会えないのは寂しいですが、旅を楽しんで下さいね」
少し寂しそうに呟き、私が贈った守護の指輪を指先で撫でるセレネに微笑みを浮かべる。
「私たちには【転移門】があるのよ。もっと気軽に帰ってくるし、セレネが困った時は必ず駆け付けるわよ」
「いつでも頼って欲しいのです!」
私とテトがそう言うと、セレネは可笑しそうにクスクスと笑う。
「確かにそうですね。でも寂しくもあるんですけど、楽しみでもあるんですよ。昔から、お母さんたちが旅先でどんな活躍をするのか、それを聞くのいつも楽しみにしていたんですよ」
「それは、ちょっと恥ずかしいわね」
悪戯っぽく笑うセレネは、私たちがガルド獣人国でAランク冒険者として依頼を頻繁に受けていた時の話を聞き集めていたのだろう。
もう40年以上も前の話を持ち出されて、私は気恥ずかしさを感じてしまう。
「だけど、気ままな旅をするには、逆にAランク冒険者ってのが枷になりそうなのよね」
「あんまり偉い人と会うの、テトも好きじゃないのです!」
各地を旅するのにAランク冒険者の肩書きは、社会的な信用が有り過ぎる。
だが、行く先々で準貴族の待遇で対応されると、旅先の空気感を肌で感じられず、ただのお客様になってしまう。
思えば、私たちの事を知らなかったドワーフのアリムちゃんの居た廃坑の町やランクを隠して共同生活していたローバイル王都でのユイシアとの共同生活は、気楽な日々だったように思う。
そんな私とテトの贅沢な悩みに、セレネが近くの使用人からある物を持ってこさせる。
「実は、いずれチセお母さんたちが旅に出る時のために、預かっていた物があるんです」
そういって、セレネが差し出してきたのは、金色のギルドカードだった。
「セレネ、これは?」
「見たこともないカードなのです!」
「それは、お母さんとテトお姉ちゃんの新しいギルドカードです。さぁ、魔力を通して登録して下さい」
そう言われて、私とテトがそれぞれのギルドカードを手に取り、魔力を通すと、そこにはSランクの文字が浮かび上がる。
「えっと……冒険者ギルドでもないのにこんなカード用意していいの? 偽造カードじゃなくて、本物?」
私がそのカードの表裏を確かめながら尋ねるとセレネは、クスクスと小さく笑う。
「お母さんが心配しているのは分かるけど、それは本物の冒険者ギルドに認定されたギルドカードですよ。そもそも私は今、前リーベル辺境伯夫人ではなく、五大神教会所属の聖女。兼、冒険者ギルドの臨時治癒師としてこのカードを渡しました」
息子たちに爵位を譲ったセレネは現在、治癒師として教会や冒険者ギルドで働いている。
そのために、貴族夫人と言うよりもギルドの臨時職員の立場にいるようだ。
「お母さんたち。12年前のスタンピードの鎮圧とその後の難民救済を手伝ったのに、報酬とか受け取ってませんよね」
そんなギルドの臨時職員でもあるセレネがニッコリと微笑むが、その笑顔の妙な圧力があり、私はぎこちなく頷く。
「色々と状況が落ち着かないし、引き受けた難民たちを受け入れるために引き籠もっていたからねぇ」
「魔女様と一緒に、ギルドに薬草を売りに行くこともなくなったのです!」
【創造の魔女の森】で集まった薬草やポーションなどは、交易品として運んでいたためにますます冒険者ギルドに足を運ぶこともなかったのだ。
唯一あるとすれば、【転移魔法】で好みのお茶や本、絵画や食器などの美術品を買いに行く時だ。
その時もその町にある冒険者ギルドから預けたお金を引き出すことはあるが、そんな神出鬼没な私たちを捉えることは難しいようだ。
「でも、Sランクのカードなんてこんなに簡単に渡していいの? と言うか、こんなカードを持ってたら余計に旅をしづらくなるじゃない」
「大丈夫ですよ。そのカードを擦るとランクを偽装することができるんです」
私とテトは、セレネの言われたとおり、ギルドカードを擦るとSランクの文字が消えてカードの色も徐々に変わり、Cランクという当たり障りのないランクとカードの色に変わる。
「おー、ホントに変わったのです!」
「いいのかしら? これってランクの偽装じゃないの?」
私が胡乱げな目で新しいギルドカードを見つめるが、セレネは自慢げに説明する。
「大丈夫ですよ。ギルドカードは本物ですし、ステータスを隠すこと自体も認められているので、ランクを隠すこともその一環として認められているんですよ」
ギルドカードによるランクの上方偽装は認められていないだけで、高ランク実力者がランクを隠す下方偽装は、しがらみを無くすために認められているそうだ。
「一応、ギルドの臨時職員としてSランクの特権について話しておきますね」
冒険者ギルドのSランクとは、各国の冒険者ギルドの統括であるグランドマスターと同等の発言権があり、待遇も望めば準王族クラスの扱いを受けることができるそうだ。
依頼を受ける際には、Cランク以下の依頼は今まで通り受付カウンターで依頼を受注できるが、高いランク依頼に関しては、各ギルドマスターにSランクであることを明かして、そこから依頼を受けた方が面倒が少ないとアドバイスを受ける。
ちなみに、この偽装カードには、高ランク者が低ランクに偽装した印や模様などが隠し彫りされているために、ギルドで一定の立場がある人間が見れば一目で分かるそうだ。
「確かに、ギルドマスターから直接依頼を受ければ、下手に目立たずに高ランク依頼も受けられるわね。でも、よくSランクカードを用意できたわよね」
私は、セレネからの説明を受けて、ようやく素直に受け取る気になれたが、それでもやはりSランクカードの存在は気になる。
「それは、お父様やギュントン公。それにアルサス様が冒険者ギルドに掛け合ったことで用意されたんですよ」
セレネの父である先王アルバード陛下、ガルド獣人国のハミル公爵のギュントン公、Aランクパーティー【暁の剣】のリーダーのアルサスさん。
三人とも私と関わりを持ち、そして三人とも既に老齢で亡くなっている。
「王族や公爵、そして冒険者ギルドでも一目置くアルサス様たちの推薦を受け、またスタンピード鎮圧の活躍とその後の難民救済を無報酬で行なった事。また、チセお母さんの持つ【創造魔法】と【不老】の特異性を考え、どの国も手出しできないようにSランクを与えることが決まったそうです」
とは言っても、Sランクに推薦した者たちが既に亡くなっており、送り主自体がその結果を知らないのだ。
「はぁ……ギュントン公も亡くなる前まで連絡を取り合っていたんだから、一言くらい教えてくれても良かったのに……」
「魔女様がビックリするのを楽しみにしていたのかも知れないのです!」
テトの言葉に、私は苦笑いを浮かべてしまう。
お礼を言いたいのに、お礼を言う相手が既に亡くなっているのだ。
「はぁ、旅の最初の目的は、お墓参りになりそうね」
でも、それが嫌だとは思わない自分がいる。
「魔女様、その後はどこに向かうのですか?」
「うーん? そうね。その先は――手持ちの旅行記でも読みながらフラフラしましょうか」
「ふふっ、それじゃあ、是非お母さんたちの旅先の活躍が届くのを楽しみにしていますね」
セレネにそう言われる私は、そんなに活躍するようなトラブルには巻き込まれるつもりはない、と思いつつお茶に口を付けるのだった。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。









