26話【成長する大地】
浄化の舞が終われば子どもや新婚夫婦は、早々に家に帰っていったが、大多数の住人たちは、篝火に薪を継ぎ足しながら夜明けまで楽しく飲み明かしていた。
夜であるために派手には騒がないが、それでも篝火の炎と住人たちの話し声に惹かれて、遅れて現れる人魂も居た。
そして、夜明けの太陽と共に殆どの人魂が空に溶けるように昇っていき、遅れて現れた人魂も自然の自浄作用により、少しずつ魂が纏う魔力を零しながら浄化されていく。
「ふぅ……終わったわね。ふわぁっ……」
「終わったのですねぇ」
私とテトは、一緒に一枚の毛布を纏いながら夜明けの日射しを眩しそうに見つめる。
一晩中、テトと寄り添い合って篝火や人魂を見つめて過ごし、無事にお祭りが終わったことを喜ぶ。
『ご主人様、テト様。一晩中この場所で過ごしておりましたので、お体が冷えております。お風呂は既に用意しておりますので、ゆっくりと温まりお休み下さい』
「ええ、そうするわ」
「それじゃあ、行くのです!」
浄化の舞で魔力をほぼ使い切り、その状態で一晩中過ごしてたのだ。
身体強化や寒さ軽減の結界魔法や温度操作などの魔法は控えてテトにくっついて過ごしていた。
一晩中起きていたが魔力は約3割しか回復していないために、やはり睡眠状態が一番魔力を回復するな、と思っている。
そして、テトと一緒に温かいお風呂に入り、手先がじんわりと温まったところで眠気が襲ってくる。
「魔女様、眠いのですか?」
「ん~、大丈夫よ。大丈夫」
眠い目を擦りながら、着替えてテトと一緒にベッドに潜り込めば、すぐに夢の世界に旅立つ事ができる。
…………
……
…
「ん? ここは? 夢見の神託ね」
私が気がつくと夢見の神託の空間に居た。
隣にはテトも並んでおり、そして視線の先にはテーブルの席に着くリリエルとベッドに腰を掛けて待っているロリエルが居た。
以前会った時は、眠そうで気力のなさげなロリエルだったが、今は少しだけ気力のような物があるような気がする……でも、やっぱり眠そうな目をしている。
『チセ、テト、お疲れ様。素敵な舞だったわ』
『んっ……亜空間に呑まれていた魂がスムーズに帰ってきた。また少し私の力も戻ってきた』
リリエルが労い、ロリエルが冬至祭による成果を告げてくる。
「それは良かったわ。でも、来年以降は、私じゃなくて他の人に浄化を任せると思うけど、それでいい?」
ベレッタたちやシャエル、ラフィリアたちに後押しされたのだ。
私は、この冬が終われば、また気ままな旅に出るだろう。
【転移門】があるとは言え、常に【創造の魔女の森】に居ない人間よりも居る人間に任せれるべきだろう。
そして、リリエルたちの言葉は――
『やっとチセが旅立つ決意をしたわね。この十年ほど、それとなく自由に過ごしていいって言っていたのに、全然気付かないんだから』
「ご、ごめん」
『魂の浄化に関しては、多少効率は落ちるけど、複数人でやれば問題無い。それに集まる魂も自然の力で浄化されるから、あの森が清らかなら平気……』
複数人ということは、儀式魔法のような形態に調整すれば、今の住人たちでも浄化することはできるとロリエルからお墨付きを貰った。
そして――
『チセ、テト。魂が纏っていた魔力が零れていたでしょ? あれが大地に染み渡って地脈が活性化しているのよ』
「えっと……それでどうなるの? 地脈が活性化すると、魔物やダンジョン、魔力災害とかが起こるわよね」
正確には、地脈の魔力が淀むとそこから様々な問題が発生するのだ。
『いえ、あの土地は【地脈制御魔導具】で流れを管理しているからそうした魔力災害は起きないと思うわ。ただ、活性化した地脈に合わせて、成長するのよ』
「成長するって、森の木とか大きくなるのですか? それだったら、嬉しいのです!」
『いえ、森の植物たちも成長するんだけど……私の庇護下にある土地だからね。成長するのよ……大地が』
「大地が……」
大地が成長するとは何だろうか?
一瞬スケールが大き過ぎて思考が停止してしまうが、それをロリエルが補足する。
『リリ姉様は、地母神――豊穣の権能も持つけど、大地の女神でもある。だから、土地も広がる』
「えっと……土地の隆起とか地殻変動とか、その類い?」
『いえ、文字通り、大地が成長するのよ』
創造神がこの世界を創り出してから今まで、星の魔力によって世界は覆われていた。
その星の魔力を使って、神々は時に大地や鉱脈、水などの物質を生み出し、星自体が一回りも二回りも大きくなってきた。
『この2000年は、魔力の大量消失で星の成長は停滞していたけど、局所的な魔力濃度の高まりと私の権能との組み合わせで、大地――【創造の魔女の森】が広がるのよ』
「ちなみに、どのくらい広がるの?」
『【創造の魔女の森】とその周辺の魔境の面積の1%ほどかしらね』
「ああ、なんだ……それくらいか」
【創造の魔女の森】は、小国にも匹敵する土地ではあるが、1%ほど土地が増えるなど、大したことはない、と思ってしまう。
だが、ふとして気付き、錆びたようにギギギッとリリエルたちを見る。
「ねぇ、それって今回だけのことなの? それとも毎年お祭りで導く魂たちの魔力で成長するの?」
『毎年……ね。ああ、もちろん、永遠じゃないわ。いずれは亜空間から導かれる魂の数も減れば、その魔力での地脈の活性化も収まると思うわ』
『あと100年くらいは、1%ずつ土地が増えていくかもね』
リリエルが目を若干逸らしながらそう答え、ロリエルが結論を口にする。
100年で1%と言うことは、最低100%。
長期的な観点から見れば、土地面積が数倍にも広がることになる。
それだけの土地と言うと、もはや小国ではなく中規模国家並みの土地面積となるだろう。
だが、人魂の魔力が残されたと言っても地脈を活性化させ、大地を増やすほどだろうか。
「【創造の魔女の森】には、世界樹を沢山植えているし、私だって余った魔力を空気中に放出して魔力濃度を高めているけど、それじゃあ、大地は成長しないの?」
私の疑問を隣で聞いているテトは、小難しい話に既に首を傾げてちんぷんかんぷんな様子だ。
そんな私の疑問にロリエルが答えてくれる。
『思いが密接に絡んだ魔力が正しく解放されれば、人や家、土地の活性化になる。人はそれを守護や加護、祝福と言う。間違った解放のされ方をすれば、呪いになる』
中々に重い話ではあるが、若干納得のいく部分でもある。
「なるほど……それじゃあ、導かれた魂たちからの祝福がリリエルの管理下にある土地で指向性を得て土地の成長って形になっているのね」
『その通り。ただ単純に世界樹を多く植えて魔力だけ生み出してただけじゃ指向性は持たない。意志ある者が魔力に指向性を持たせたから加護になる。でも、もし世界樹に精霊とかが憑けば、同じように加護を与えることができる』
なるほど、と魔力について納得できることが多くある。
『それじゃあ、世界の知識の一端を教えたから、対価を頂戴』
『こら、ロリエル!』
そして、一頻り魔力の性質について語ったロリエルがそう言うと、リリエルに怒られているが、私は苦笑いを浮かべて手を前に突き出す。
「これでいいかしら? ――《クリエイション》! 和菓子の詰め合わせ!」
「あっ、テトも欲しいのです!」
夢見の神託でも発動する【創造魔法】を使って、沢山の和菓子を山ほど作り出し、その中の一つをテトが手に取り、パクリと口にする。
ロリエルは、テトに奪われないように慌てて、和菓子の一つに手を伸ばし、同じように小さな口で頬張る。
これだけあれば、しばらく保ちそうではある。生身の人間がこれを食べれば確実に太りそうに思うが、まぁ女神なら大丈夫だろう。
そう考えると、お菓子の詰め合わせを頬張るロリエルは、握り拳に親指を立てて、グッド、と言うように良い笑みを浮かべており、リリエルに呆れられている。
『全く、ロリエルはちゃっかりしている。まぁ、それにそろそろ時間だから、お開きにしましょう。チセたちの新たな旅を楽しみにしているわ』
「ええ、とは言っても旅前には準備や挨拶回りも必要だけどね」
「魔女様とテトが色々な物を見てくるのです!」
そうして、その日の夢見の神託は遠退き、目覚めれば冬至祭の後から丸一日眠り、お腹が空いているのに気付くのだった。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。









