19話【近しき者の死と新たに生まれ育つ命】
ダンジョンの孤島階層が誕生した後、経過観察をしつつ、魚が住みやすい岩礁を作ったり、更に海底を深く掘り下げたりして、多様な水棲生物が暮らせるように環境を調整と安定をさせていく。
第一階層の南国島の階層がある程度安定した後、第二階層には、魔力生産と低レベル住人向けの弱い魔物を出現させて狩猟階層を構築した。
「とりあえず、塩の自給自足はできる状態になったし、第二階層は魔力生産に特化させて世界樹を植えて魔物を自動供給させましょう」
「それと魔女様とテトの隠れ家みたいな場所も欲しいのです!」
「それなら私は、こぢんまりとした場所がいいかしらね。第三階層は、温泉と座敷でのんびりしたい」
旅館の離れの和室と、温泉なんかいいかも……と思いながらダンジョンコアのある第三階層には、狭い範囲で個人的な隠れ家を作り、その周りを世界樹で植えていく。
開放されたダンジョンには、住人たちも入れるが、小国にも匹敵する土地に点在する各々の集落からわざわざやってくるほど、このダンジョンに旨味はない。
精々、塩や砂糖を作るためか珍しい南国果物を採取し、海の海産物を獲るために足を運ぶか、第二階層で弱い魔物を倒して狩りの訓練をさせるために数日泊まりでくるくらいだ。
そして、ダンジョンという突発的な事はあったが、暮らしのことは各種族の代表たちに任せている。
私はテトと共に、【創造の魔女の森】の見回りをして各種族を訪問したり――
研究塔に籠って色々な研究を行なったり――
屋敷でテトと一緒に料理を作ったり、回収した本を読んだり――
時々、セレネが子どもたちを連れ、エルネアさんが交流のためにエルフの同胞と共に、遊びに来たり――
時にベレッタたちにも黙って、【転移魔法】で森の外に出掛けたりなど――気ままに過ごしていた。
そんな穏やかな日々が十年以上続く間にも、私を知る者たちに避けられない出来事が起こった。
大陸西部を巻き込むスタンピードから3年後、冒険者を引退したアルサスさんの訃報が手紙で届いたのだ。
冒険者パーティー【暁の剣】と聖剣【暁天の剣】は、弟子のトニー氏が引き継ぎ、人々のために剣を振るっているそうだ。
セレネの父であるイスチェア王国の先代国王のアルバードも6年前に亡くなったことがセレネからの通信魔導具により伝えられた。
先王が体調が悪化してから亡くなるまで時間があったことからセレネたちは、最期の言葉を交わすことができ、大勢の息子や孫たちに囲まれて安らかに眠ったそうだ。
イスチェア王都では盛大な葬儀が行なわれたそうだ。
また、ガルド獣人国のギュントン公もまた公爵の代替わりを果たした後に、体調を崩して去年、亡くなっている。
私から世界樹の葉から生成したポーションや滋養のある食べ物などを送っていたが、それでも寿命には抗えずに、だが苦しむことなく家族や親しき者たちに看取られて逝ったそうだ。
他にも【創造の魔女の森】で受け入れた高齢者の難民のほとんどが少しずつ亡くなっていき、代わりに彼らが暮らしていた集落には、寄宿舎学校から卒業した人間やハーフ種族の青年たちが暮らし、家庭を持つようになった。
「そういう時期なのかしらねぇ……」
私の年齢も80歳となり、知っている人たちが次々と亡くなる中、それは私たちの身近にも迫っていた。
「魔女様とテト様……お邪魔いたします」
「どうしたの、ヤハド? 深刻な顔をして」
「何かあったのですか? 美味しい物食べて元気出すのです!」
険しい表情をして訪ねてきたヤハドに私とテトがそう尋ねると、この場に来た竜魔族の戦士・ヤハドは、意を決して言葉を口にする。
「……本日、竜魔族の長老が……お亡くなりになりました」
その言葉に私とテトは驚くが、前々からその日が来ることを知っており、静かに受け止める。
竜魔族の長老は、一年ほど前から体調を崩し始め、村に訪問した私も回復魔法やポーションを使っても効果は薄かった。
回復魔法は本人の自己治癒力の促進、ポーションは魔力で薬効を増幅させて身体症状を治療するのが目的だ。
老衰で起こる身体症状の改善は行えるが、根本的な治療にはならず、細胞の老化を止めることはできない。
「長老の年齢は321歳。先日もラミアの薬師殿や侍女殿たちに体を看てもらい処置や薬を受けましたが、竜魔族の寿命で亡くなりました」
竜魔族の長老は、浮遊島の頃から移住した後も竜魔族の最長老として、集落を支えていた。
私たちも長老たちに色々手伝ってもらい、【虚無の荒野】を富ませ、【創造の魔女の森】を作り上げたのだ。
「……惜しい人を亡くしたわね」
「……テトにも、美味しい物くれたりした人なのです」
「魔女様とテト様にそう言ってもらえて、長老も報われるでしょう」
私とテトの言葉に、ヤハドは深々と頭を下げる。
いくら、魔族が頑健な体を持ち、エルフに匹敵する長寿長命だとしても限界はある。
メイド隊や医術に長けたラミアたちならば、適切な処置をしたのだろう。
もし私が治療に関わったとしても、寿命を克服する魔法が使えるわけではないし、命を延ばしたり、若返りのポーションを作れるわけじゃない。
精々、回復魔法を掛け続けて、数日延命できる程度の違いだろう。
この地に移住してきた人々の中で寿命や病気が原因で亡くなった人は、これが初めてではない。
それでも、近しい相手が亡くなったと聞かされて、また一人知っている人が逝ってしまった寂しさを感じる。
「長老の最期は、どうだったの?」
「苦しくなかったのですか? 辛くなかったのですか?」
私とテトが尋ねると、ヤハドは力強い目できっぱりと告げてくる。
「最期は、穏やかな表情で冥府神のロリエル様の許に旅立たれました。長老様は、一族の未来を憂うことなく、後の者たちに安心して託せると申されておりました」
竜魔族の集落では、新しい竜魔族の子たちが順調に生まれて育ち、狭い浮遊島の頃のように食べ物で不安を覚えることは無かったそうだ。
また、閉じた浮遊島から解放され、野原や森、空を自由に駆ける幻獣たちの姿を見ることができたこと。
「長老様は、魔女様やテト様方にとても感謝しておりました」
「そう……最期は穏やかに逝けたのなら良かったわ。葬式には、私たちも参加するわ」
「最後のお別れをしたいのです」
不老の私がヤハドたちにどんな言葉を掛ければいいのか分からず、無難な言葉だけを贈る。
それを受けたヤハドは、感謝の意を込めて深々と頭を下げてくるのだった。
そして翌日、私とテトとベレッタが竜魔族の集落を訪れれば、棺に収められた長老の姿があった。
その周りには、同族の竜魔族や共に浮遊島で暮らしていた天使族の人たち、更に少し離れた場所には、古竜の大爺様たちと共に幻獣やテトの産み出したアースノイドやゴーレム、土精霊たち、関わりのある他種族の代表が見送りに来ていた。
誰も彼もが、長老に見守られ、そして見守ってきた者たちだ。
「魔女様、テト様。最後の言葉を――」
「……ええ」
竜魔族の族長が私たちに最後の言葉を促し、棺の傍まで近づき、亡くなった竜魔族の長老を見下ろす。
「今まで、ありがとうね。次の人生も幸あらんことを。そして、いつか巡る輪廻の先で会いましょう」
「テトたちが、美味しい物を用意して待っているのです!」
私自身が、転生を経験しているのだ。
長老もまた転生し、次の人生が幸せであることを願い、ベレッタはただ頭を下げる。
そして、私たちの挨拶も終わり、長老の棺が閉められ、古竜の大爺様のブレスで火葬されていく。
所々啜り泣く声が聞こえる中、古竜の炎が瞬く間に遺体を灰に変えていく。
私は、その炎が消えるまで黙祷を捧げ、炎が消えて燃え残った灰が緩やかに冷めたのを待って、長老の魔石が掘り起こされる。
竜魔族と天使族の葬儀の風習としては、死者を火葬し、残った魔石を親族たちが取り込み、その力や意志を引き継ぐのだ。
そして葬儀が終われば、悲しい雰囲気を吹き飛ばすための宴会が始まる。
竜魔族の者たちが今日の日のために準備した料理を振る舞い、それを私たちも頂く。
『ママ! こりぇ、おいちぃ!』
大人たちに連れられて、竜魔族と天使族の子どもたちも集まっていた。
その中でおいしいと舌っ足らずな可愛らしい声を上げる満面の笑みの幼児は、手と口元をベタベタに汚している。
『零さないように食べないといけませんよ』
『はーい、ママ!』
ママと呼ばれたメカノイドの女性は、控えめながら慈しむ柔らかな眼差しを幼子に向けながら、汚れた口や手を拭いてあげている。
彼女は、天使族とメカノイドの間に生まれた娘だ。
その容姿は、父親である天使族の男性の顔立ちに似ており、美しかった。
だが、天使族である頭の光輪や羽がなく、種族がメカノイドとなっている。
そんな彼女たちを見つめていると、私たちの視線に気付いたのか、母親となったメカノイドが頭を下げてくる。
『ご主人様、テト様。お久しぶりでございます』
「気にしないで、幸せそうで何よりよ」
彼女は、天使族の夫と暮らすために天使族の集落の駐在員として取り仕切る傍ら、育児を行なっていた。
他にも彼女のように他種族の男性と結婚したメカノイドはいる。
逆に、彼女たちが抜けた代わりに、最初に産まれたメカノイドの子たちの何人かが十代前半の年齢になっており、第三世代メイド隊として現在メイド見習いとして屋敷で働いているのだ。
『この子が育ちましたら、いずれ私の代わりにご主人様にお仕えさせたいと思います』
「まぁ、子どものやりたいことを尊重してあげてね」
キョトンとした表情で私たちを見上げるメカノイドの幼児は、本当に表情がくるくると変わる。
私が創り出した奉仕人形たちは、徐々に感情や魂を獲得して魔族・メカノイドになった。
だが、元々機械的だったメカノイドたちは、表情を作るのは苦手なようで控えめな表情が多い中、そのメカノイドの子として生まれた子たちは、普通の幼児と同じく表情が豊かだ。
新たな世代のメカノイドたちが、どのように成長するのか、楽しみである。
他にも、竜魔族や天使族の子たちも集まっており、皆がそれぞれ命の輝きのような物を発しているように感じる。
「長老……この子たちの未来は、きっと明るいわ」
近しい者たちが亡くなるのは確かに悲しいが、それを吹き飛ばすだけの新たな命が着実に育ってきているのだ。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。