18話【亡国の跡地と知識と文化の回収】
ダンジョンの1階層である孤島階層が完成したが、もうしばらく外部から招いた生物や島の中心に植えた世界樹を安定させるために時間を置かなければならない。
それでも製塩や南国の果樹などを採る分には問題ないので、開放したダンジョンに労働力のある集落から人が集まり、協力して塩を作り、果物を採取している。
ただ、製塩職人ではない素人でもあるので生産量はそれほど多くはない。
なので、無理に製塩による自給自足を目指すよりも、万が一に外部からの供給が途絶えた時の保険として小規模にやってもらうことにした。
第二階層の作成は、森林ベースにした訓練階層を予定しているが、それはまた今度作ることにした。
ダンジョン内で発生した魔力は、ダンジョンコアに溜められ、余剰分はそのまま外界に放出される予定だ。
そして、現在――
「魔女様、もうじき見えるのです!」
「ええ、そうね。滅んだ王都が……」
私は、テトを連れて久しぶりに【創造の魔女の森】の外に出掛けていた。
杖に跨がり、西へと向かった先は、スタンピードが起きた旧クリスタ王国の領土の上空を飛んでいた。
「もうじき、二年かぁ……随分魔境化が進んでいるわねぇ……」
ダンジョンのスタンピードで放出された魔物には、スケルトンの大群より前に通常の魔物が大量発生した。
それが国を荒らしながら方々に広がり、二年の歳月を経て、それぞれが住み心地のいい場所に居着いたのだ。
「草木もどんどんと生い茂っているのです!」
今は、国の町々を結ぶ街道の石畳も隙間に入り込んだ雑草がボウボウに生えてしまい、整備された街道はガタガタになり、辛うじて名残を残すだけである。
「本当に魔力に後押しされた人の文化や文明は簡単に消えるのね」
そんな朽ちていく国の名残を感じながら、滅亡した旧クリスタ王国の王都に訪れる。
高い外壁は所々に崩れており、町中には屋根や壁が崩れ落ちた建物が無数にある。
まだ国として成立していた頃は、さぞ見応えがあっただろう白亜の城も今では色褪せて見える。
「魔女様、この町には魔物が住み着いているみたいなのです! 倒すのですか?」
「別に依頼で魔物退治に来たわけじゃないし、放っておきましょう」
王都に住み着く鳥系魔物が民家に植えられ野生化した果樹を啄み、崩れた家屋の壁から屋内に侵入して寝床にした猫系魔物が子どもたちを引き連れてネズミ狩りを教えている。
昔は王都の排水を一挙に引き受けていた下水路には、綺麗な水が流れて、そこに生える苔や草をスライムたちが取り込んで食べる。
大通りを走る狼系魔物たちが逃げる野ウサギに飛び掛かる。
そうした王都の外縁部には平和とも思える生態系が広がる中、王都の中心地に近づく程に魔物の脅威は強くなる。
そして王城の手前の広間には、牛よりも大きく獅子の胴体に翼を持ち、蛇の尻尾を揺らめかせて悠然と眠るAランク魔物――キングキマイラが眠っていた。
王都など魔力的なパワースポットとなり得る場所であるために、人の支配が及ばなければ、上位の魔物の寝床となる。
そんな上位の魔物を中心に、この旧王都では、魔物の生態系が構築されつつあるのだ。
「亡命した王侯貴族が国を取り戻そうと躍起になってるみたいだけど、無理でしょうね……」
スタンピードから逃げる時に持ち出した家財で冒険者を雇い、町の奪還などを計画している者もいるらしいが、ここまでボロボロにされた王都から魔物を排除して建て直すなど、途方もない歳月が掛かる。
だが、持ち出せなかった家財は滅んだ王都に残されており、それを狙って冒険者たちが魔物の領域となった旧クリスタ王国領を横断して、ここまで遠征に来ることがあるのだ。
もしも王城の宝物庫に侵入したければ、キングキマイラの縄張りに近づかなければならず、王都を奪還するならば、Aランク魔物を倒さなければならない。
「魔女様……王城のお宝は良いのですか?」
「うーん? キングキマイラを倒せないわけじゃないけど……私たちはここへお宝を根こそぎ手に入れに来たわけじゃないからね」
王城以外にも貴族の邸宅や商家の店舗、各家庭に残されたお金など、探せばそれなりの金品がこの旧王都に残されているはずだ。
多くの冒険者たちは、そうした金銀財宝を求めて、危険を冒してここまでやってくるのだ。
私たちが彼らが狙う金品を先んじて集めるのは興醒めだろう。
なので、あまりそうした如何にもなお宝ではなく、朽ちてはいけない文化的に価値ある物を回収しに来たのだ。
「えっと……あそこが目的の図書館みたいね」
「おー、大きいのです!」
キングキマイラのいる中心地からやや外れた場所にある図書館の前に降り立てば、そこを住処とする魔物たちが襲ってくる。
私は、《ウィンド・カッター》の魔法で、テトが魔剣で打ち倒していく。
その後、流れ作業で魔物の死体をマジックバッグに詰めて、開けっぱなしの図書館に入っていく。
「虫除けとか獣避けはされていても二年も経っていれば、そりゃ崩れるわよね」
開けっぱなしの図書館の入り口近くにある本は、羊皮紙でできた本である。
「――《サイコキネシス》」
念動力の魔法で近くの本を浮かせるが、虫食いや日焼けなどでボロボロになっている。
公開されている本の中には、他国でも写本されて広がっている物もあるだろうが、それでも勿体ない、と溜息を吐きながら、図書館の奥へと進んでいく。
「おー、魔女様。この奥の本たちは綺麗なのです!」
「やっぱり、希少価値の高い本は、状態保存の魔法が掛けられているわね」
国にとっての貴重な魔法書や研究、歴史書、様々な資料、技術書、参考文献、禁書の類いなど……一般人には公開されていない本や歴史的に貴重な原本は、図書館の奥の魔法が使われた部屋に安置されていた。
魔物などによる災害があるこの世界では希少な書物は、写本として複数箇所に分散して保管する他に、魔法による保存と保護を行なっているのだ。
特に貴重なのは、現代の人々には読めず今なお解読が待たれる古代魔法文明に関する書物や資料だ。
私には、転生する時にリリエルが持たせてくれた翻訳能力により、例え現代人が読めない本の内容でも、問題無く読むことができた。
「さて図書館の本は、こんなところかしらね。次の所に行きましょう」
「はーいなのです!」
私たちは、手分けして王都の建物から様々な書物を回収して回る。
人が大切に思う書物は様々である。
――子ども向けの絵本。
――マニア向けの希少な古書、歴史書、学術書。
――演劇の戯曲集や画集、風刺画の冊子。
――流行の小説。
――魔法一門に伝わる魔法書や研究記録。
――表には出せず、ひっそりと囲われていた禁書。
図書館以外にも見て回った建物に残された保存状態のいい本には、その持ち主の思いがなんとなくわかる。
他者にとっては無価値な物でも、当人たちにとっては大事な本であるために、それらには状態保存の魔法が掛けられており、私たちが回収を続ける。
ただ、途中トラブルもあり――
「うーん? 魔女様~、本棚の高いところに絵本や小説があったのです~」
「そんな所に、絵本?」
子ども向けの絵本は、大抵は子どもの手が届く場所にある。
なのに、高い所に置かれていたと言うことは、邪魔になって仕舞われたのか、と思いながら振り返り、テトの持っている本を見て驚いてしまう。
「おー、女の人の裸の絵本なのです~」
「テ、テト! な、なんて物見ているの!?」
「ん? 変わった絵本なのです!」
「テト、見ちゃダメよ!」
テトの見つけた本は、春画や官能小説に分類される本だった。
テト自身は、何の本なのかイマイチわかっていなかったために、私がテトから受け取り、チラリと中を見ると、中々に濃厚な内容だった。
「うわっ、結構きわどい……それに魔導写真機と転写を使った写真集なんかもあるじゃない……うわぁ……高級娼婦の絵姿……」
テトから取り上げた本を私も流し読みする中で、前世から数えて半世紀以上ぶりにエロ本を見て、ビックリしつつもガッツリと見てしまった。
「魔女様、お顔が真っ赤なのです! 大丈夫なのですか?」
「ごほんっ! こうした本も一応文化よね。文化に貴賤はないのだから、回収しましょう」
少し顔が紅潮する私の心配をするテトを誤魔化すように咳払いして、春画や官能小説もマジックバッグに収納して旧クリスタ王国の王都跡地で書物回収を行なった。
そうして、王都跡地の建物から粗方の書物を回収していると気になる本を見つけた。
「これは――旅行記?」
個人が記した旅や冒険の記録や旅先の国が作ったガイドブックのような本が何冊か見つかる。
古今東西の様々な旅先の本を集めていることから、この屋敷の持ち主は旅好きだったようだ。
「――五大神教会の総本山の大神殿、ムバド帝国北端の白銀山脈の景色、放棄された廃墟都市の歩き方、ダンジョン都市、各地の美味しい郷土料理、歴史の積み重ねがある各国の王都情景……」
「どこも一度は行ってみたいのです!」
本をパラパラと流し読みする私の手元をテトが覗き込んでくる。
「いずれ、行きたいわねぇ」
「でも、魔女様は自由なのです! このまま旅に行っても良いのです」
「いきなり旅に出ると、ベレッタたちが心配するし、今日は帰りましょう」
テトの提案は魅力的ではあるが、【創造の魔女の森】の盟主であるために、おいそれとは長旅には出掛けられない。
私は、見つけた旅行本をマジックバッグに仕舞い、今日はこの廃墟となった旧クリスタ王国の王都から帰る。
後日、スタンピード発生地点だったダンジョン都市の崩壊具合を上空から確かめて、更に西にある旧ドルーグ公国の王都跡地まで足を伸ばしたが――
「うわっ……多くの人の恨みを買いすぎたのね。瘴気が発生してアンデッドの町になっているわね」
「すっごーく、嫌な感じなのです!」
ダンジョン内への生贄を命じてスタンピードを誘発した元凶である旧ドルーグ公国の王都跡地には、陽を遮るほど濃厚な瘴気が集まっていた。
生贄にされた人々の恨み辛みを呼び水に、スタンピードで故郷を失い、命を亡くした者たちの負の感情が籠った瘴気がこの地に集まり、アンデッドの町となっている。
スタンピードで生まれたブラック・スケルトンの生き残りが、日を遮る瘴気の下で巡回し、町を手入れし、入り込んだ生き物を殺している。
あまりの瘴気に土地自体が呪われ、雑草すら枯れておかしな植物が疎らに生えている。
「流石に、この中に突入して本を回収しようとは思わないわね。今回は諦めましょう」
「早く帰っておやつを食べるのです」
聖職者たちによる浄化魔法の儀式か、それとも自然の自浄作用か……この地を覆う瘴気の雲が晴れるのは、十年後か、百年後か……その時に再び、本を探しに来ようと思い、転移魔法で【創造の魔女の森】まで帰る。
その後も何度か滅んだ国の土地を見て回れば、魔力の影響から魔物たちが活性化していたり、突然出現したらしき時空漂流物の遺跡や新たに産まれたダンジョンなどを見つけたが、場所だけ記録してそのほとんどを放置する。
いずれ冒険と浪漫とお宝を求める冒険者たちに託すつもりでいるが、あまりに探索がされなければ、その時は私とテトが頂いてしまおうか、などと頭の片隅にでも残しておくつもりである。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。