17話【妖精女王の視察】
その日、屋敷の執務室でベレッタから纏められた書類に目を通している。
一応、この地で一番偉い立場に居るために、こうした事務作業をする必要があるが、いずれはベレッタか、他の誰かに丸投げしてテトと一緒にまた旅に出たいと思いながら、書類に判子を押していく。
――ぺったん、ぺったん、ぺったん。
「私の胸も、ぺったんこ……空しいわね」
判子を押す擬音で、ふと自分の慎ましい胸が頭を過ぎり呟いて、空しさを感じる。
本当に、大人に変身する魔法を開発して子どもっぽい見た目を何とかしたい、と思いながらも書類仕事を続ける。
とは言っても【創造魔法】で創り出したスキルオーブで手に入れた【速読】や【並列思考】のスキルを使えば、常人の数倍のペースで処理できるので、すぐに終わる。
「よし……お仕事も終わったし、確か今日の予定はエルネアさんが視察に来るのよね」
書類仕事は朝食後の僅かな時間で終わるために、普段なら残りの午前中や午後は自由に過ごしているが、今日はエルタール森林国の女王であるエルネアさんが視察にやってくる。
幻獣たちの相互繁殖計画のための視察は建前で、本音は堅苦しい王城から逃げ出して息抜きする為だろう。
いつ頃来るだろうか、と確認の終わった書類を片付けながら思っていると、屋敷の廊下が騒がしくなり、そちらに顔を向けた直後、バーンと扉が開かれる。
「チセよ! 約束通り、森の視察に来たのじゃ! さぁ、妾たちを案内するがいい!」
「ダメなのです! 魔女様は、お仕事中なのです!」
「エルネア様! ここは王城じゃありません! 人様の屋敷ですから自由に振る舞わないで下さい!」
執務室の扉を開けて中に入ってくるのは、ハイエルフの女王のエルネアさんだ。
そんな彼女をテトと補佐官であるダークエルフのアルティアさんが止めようとしながら執務室に入室し、アルティアさんが申し訳なさそうにこちらに頭を下げている。
更に後ろには、エルネアさんの暴挙を止められなかったメイド隊のメカノイドの子たちが恐縮している。
「まぁ、エルネアさん相手なら仕方が無いわよ。実力で止められるわけないし……」
「うむ。今日は、チセの育てた森を堪能するかのぅ。さぁ、案内を頼むぞ」
流石、人に命令するのが慣れているハイエルフの女王だ。
淀みない命令に素直に従ってしまいそうになるが――
「それでも来るのが早いわよ。一応、事前に予定は合わせているけど、通信魔導具で一報入れて欲しかったわ」
「世界樹が数多に生える地をじっくりと視察できるのじゃ! 楽しみ過ぎて、早く目が覚めてしまった!」
「子どもか……」
私がジト目を向けてツッコミを入れるが、当のエルネアさん自身は楽しそうに私を見ている。
これで2000歳を超える不老のエルフの女王なのだから、精神的に若々しい。
あるいは、長い年月を生きると細かな時間や予定には頓着しなくなるのだろうか。
「まぁ、ちょうど仕事が終わったし、早速だけど私とテトがエルネアさんたちを案内するわ」
「魔女様とテトが頑張って育てた森を紹介するのです!」
早速私たちは、エルネアさんたちを連れて屋敷の外に出る。
すると、幻獣のグリフォンが一頭、庭先に現れる。
「ほぉ、妾たちの出迎えはグリフォンかのぅ。中々立派な子じゃのぅ! ほれ、愛いやつ、愛いやつ」
そう言って、エルネアさんがグリフォンに手を伸ばし、首筋を掻くように撫でれば、グリフォンは気持ち良さそうに目を細めている。
「一応、小国程度の土地って言っても徒歩でなんて回りきれないからね。空を飛べる幻獣の子にお願いしてもらったのよ」
「テトたちは、魔女様の杖に乗って移動するのです!」
「アルティアも連れて行かねばならぬし、最近は自分自身で飛ぶことが多かったからのぅ、何かに乗るなど久しい」
そう言って目を輝かせるエルネアさんは、膝を曲げて座ったグリフォンの背に乗り、その後ろにアルティアさんが恐る恐る跨がっていく。
「それじゃあ、いくわよ。――《フライ》!」
そして、杖に乗った私とテトがふわりと浮かび上がると、その後を追ってエルネアさんたちを乗せたグリフォンも羽ばたき、地上でベレッタたちが見送っている。
「ふむ。こう改めてチセの森を見ると、まだまだ若いのぅ」
「そりゃ、まだできて100年も経ってないからね」
「でも、魔女様とテトの自慢の森なのです!」
エルネアさんの治めるエルタール森林国にある大森林は、樹齢数百年を超す木々が生え、地上に日の光が遮られた陰樹の森が大部分を占めていた。
対するこの土地は、まだ森自体が若いために草原や伸び伸びと成長する陽樹の森となっている。
特に私やベレッタたちメイド隊、テトの眷属のアースノイドやクレイゴーレムたちによって管理された森は、自生する果樹や山菜、キノコなどが採れる里山のような様相になっているのだ。
他にも広い湿地帯は、そのままでは足を踏み入れることが困難であるために、私とテトがコツコツと敷いた木道を歩き、湿地帯でしか育たない薬草や草花を眺めた。
そうして、様々な幻獣たちの住処を見回りつつ、伸び伸びと過ごせるためにエルネアさんも楽しそうにしている。
森の中で時折見ることができる幻獣のケットシーやクーシー、ラタトスク、カーバンクル、アルミラージなどの小型の幻獣の他に――
集落の人々と関わりを持ち、労働力や畜産物を分け与えるガウレンやヘイズルーン、アリエス、ユニコーンなど――。
他に人と関わらず、この地と魔境を行き来し、魔境の魔物を狩れるだけの強さを持つフェンリルやグリフォン、ペガサス、大鷲のアクイラ。
その他にも、それぞれが暮らしやすい環境を守護することに特化した幻獣たちと会っていく。
「環境や幻獣たちの健康状況も大きな問題はない。さらに、土地の魔力濃度も年々増加傾向にある。幻獣の繁殖先としても問題ないのぅ」
「むしろ、私たちの大森林は、高ランクの魔物も防衛に使っているので実際に幻獣たちの保護区面積は小さいですからねぇ」
一通りの視察を終えたエルネアさんとアルティアさんが感心したように話し合っていた。
「満足頂けたかしら?」
「うむ! やはり妾たちの交流相手としても相応しい! 今後は、担当する部署に投げて魔族慣れした者たちで実際に交流が始まるじゃろうな!」
私たちの場合は、ベレッタのメイド隊や【創造の魔女の森】の住人の中から――
エルネアさんの場合は、エルタール森林国の交易を担当している人たちから――【転移門】を通じて相互に交流を深め、幻獣の繁殖を進めていくだろう。
特にエルフの大森林に面する一国である南部のサンフィールド皇国は魔族も暮らす多種族国家であるために、そこの担当者の中からこちらの担当者を選ぶようだ。
「さて、視察が楽しすぎて、少し食事の時間が遅れてしまったのぅ」
「そう言えば、テトもお腹空いたのです~」
エルネアさんが空を見上げれば、太陽は中天を通り過ぎ、やや昼過ぎの時間となっている。
その指摘にテトのお腹が鳴り、空腹を訴えてくる。
「チセの所は、お茶とお菓子が美味しいから食事のもてなしも期待しておるぞ。特に、前に食べたカレーは、美味であった。次も米料理を頼むぞ」
「エルネア様、はしたないですよ!」
遠慮無く期待して米料理を要望するエルネアさんにアルティアさんが窘めるが、それも構わずに愉快そうに笑っている。
「うーん。お昼かぁ……エルネアさんが満足するものは何かしら?」
「とりあえず、お家に帰って考えるのです!」
帰る時間すら惜しいために私は、エルネアさんたちの乗っていたグリフォンにお礼を言って、【転移魔法】で屋敷まで戻ってくる。
そして、屋敷の厨房に入り、私が料理を作ることになった。
「うーん。お米のストックは、保存庫にあるけど、長々と作る時間は無いわよね」
保存庫は、冷蔵庫とは異なり内部に入れた食材を時間停止して保存できるのだ。
そのために、大量に作られた料理が大鍋ごと入っている中でカレーと並び、鍋で作り置きされた料理を見つけた。
「あっ、これなら……」
「あー、テトもそれ好きなのです!」
「じゃあ、これを少しアレンジしましょうか」
保存庫から見つけた食材を取り出し、早速料理を作り始める。
まずは、フライパンにバターを入れて温め、そこに摺り下ろしたニンニクを入れていく。
ニンニクをバターで炒め、香りが立ってきたら白米を入れて炒め、塩こしょう、彩りのドライパセリを振りかけてバターライスを作る。
その一方で別のフライパンでは、牛乳やこしょうを入れた溶き卵を焼いて半熟オムレツを作り、バターライスの載ったお皿にオムレツを載せて付け合わせのサラダやスープと共に、エルネアさんたちのところに運んでいく。
「先ほどから食欲をそそるニンニクとバターの香りがしておったが、これがチセの料理か? ライスの上にオムレツが載っただけとは……」
エルネアさんは残念そうな表情を浮かべ、アルティアさんも困ったように私と半熟オムレツが載ったお皿を見比べているので、私は小さく笑ってしまう。
「これは目で楽しむ料理でまだ未完成なのよ。この半熟オムレツに包丁を入れると――」
バターライスの山に乗っかった半熟オムレツを包丁で切ると、半熟ふわとろオムライスができあがる。
その様子に、おおっと二人が目の前で変化していく料理を見つめ、テトがスプーンを片手に食べるのを今か今かと待ち構えていた。
「チセよ! これで完成なのか!?」
「まだよ。この上に、ハッシュドビーフを掛けて、彩りの生クリームとドライパセリを振りかければ――オムハヤシライスの完成よ」
目の前で徐々に変化して完成形に変わったオムハヤシライスにエルネアさんが目を輝かせる。
そして、全員分のオムハヤシライスが完成したところで、いただきますと食前の挨拶をして食べ始める。
「んんっ!? これは新たな発見じゃな! ビーフシチューやハッシュドビーフは、特段珍しい料理ではないが、こうしてオムレツとライスと合わせるとこのようになるのじゃな! 非常に美味であるぞ!」
エルネアさんは、オムレツとバターライスをハッシュドビーフのルーに浸けて美味しそうに食べていく。
アルティアさんも口に含んだ瞬間に目を見開き、そして黙々と食べていく。
最後にテトは――
「魔女様、おかわりなのです!」
「あー、バターライスはないから普通のハヤシライスになるけど、いい?」
「大丈夫なのです!」
テトはおかわりとして二杯目は、普通のハヤシライスとして食べ、デザートまで平らげる。
「チセよ、美味であった。それと、ちょっと個人的な頼みがあってのぅ」
ハヤシライスとデザートを食べて食休みをしたエルネアさんがアルティアさんに連れられて、エルタール森林国に戻ろうとする時、そう言葉を口にする。
「個人的なお願いってなに?」
「ほれ、前に贈り物でくれたであろう? お酒をちょっとばかり融通して欲しいのじゃ」
「エルネア様!」
勝手なことを言うエルネアさんにアルティアさんも怒るが、私は仕方が無いと笑う。
「――《クリエイション》! 名酒!」
苦笑いをした私は、【創造魔法】で酒瓶を数十本と生み出す。
今回生み出したのは、前回ほどの熟成期間を経たお酒ではなく、程よい年数で更に種類だけは豊富に創り出す。
赤、白、淡いロゼワイン、様々な果実の果実酒、ウィスキーやブランデーなどの蒸留酒、そしてエルネアさんの好んでくれたお米のお酒である純米大吟醸などだ。
「おおっ! 異世界の名酒じゃな――『はい、アルティアさん。管理よろしくね』」
そんな生み出した酒瓶に手を伸ばそうとするエルネアさんを遮り、全部アルティアさんに渡す。
「エルネアさんへのご褒美に使ってね」
「チセ様……ありがとうございます。これを餌にエルネア様にはビシバシと政務に励んで貰います!」
そんなお酒の管理を請け負ったアルティアさんの生き生きとした表情に、エルネアさんが愕然としたような表情を浮かべる。
「魔女様~、テトもあのお酒飲んでみたいのです~!」
「それじゃあ、また生み出しておくから、テトも好きに飲むといいわ」
「何故じゃ! なぜ妾には厳しく、テトにはそんなに甘い! 妾も甘やかして欲しい!」
「エルネア様は、立派な女王で大人です。チセ様に甘えてはなりませんよ」
そんなワガママを言い出すエルネアさんをアルティアさんが連れて行き、エルタール森林国に帰って行くエルネアさんたちを私たちは見送る。
そしてふと、エルネアさんが私に甘えるように気安い態度なのは、もしかしたら同じ不老者としての遠慮の無さや今までの責任ある立場からの反動なのかもしれない……などと思ってしまうのだった。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。