16話【魔女様メダルと密かに守られる魔女の森】
『ご主人様。多くの住人を受け入れた現在、この土地への貢献の高い者への褒美を用意した方が良いのではないでしょうか?』
「ご褒美、なのですか?」
この土地の在り方について話す中でベレッタにそう提案されて、テトが小首を傾げている。
「まぁ、信賞必罰は必要よねぇ」
現在、移住してきた住人たちが暮らす上での法律やルールなどをベレッタたちを中心にして作っている。
その一方で、何かしらの成果を上げた人に対する褒美などは特に決まっていないのだ。
「まぁ、一応私が名目上のトップだから私から褒美を出す必要があるのは分かるけど……何を出す?」
「テトは、魔女様と一緒に居られるのがご褒美なのです!」
『それは、よい褒美だと思います。ぜひ、私にもその褒美を』
「いや、ちょっと待って! 私を褒美にしないでちょうだい!」
テトとベレッタが本気か冗談か分からないやり取りをしているが、正直に言えば、この【創造の魔女の森】には、一般的な褒美はないのだ。
王侯貴族のような身分制度がないために、私をトップとして、他の各集落や種族の代表が上に立ち、その他全員がほぼ平等なのだ。
唯一、古竜の大爺様が別枠で存在しているが、天使族や竜魔族たちからの扱いは、竜神様である。
なので、明確な身分や地位を与えたり、特定の土地を割譲することはないのだ。
では、この土地での貢献度に対してお金を褒美に出しても良いが、困ったことに【創造の魔女の森】はまだ貨幣を使う場所が少ないのだ。
そのために、現段階で金銭の褒美は少し、状況に合わないのである。
「それじゃあ、魔女様が直接みんなを褒めてあげると、みんな嬉しくなるのです!」
「テト様。それだと、ご主人様が不在の時に対応することができません」
「そもそも、私に褒められたり、認められたりするのがそんなにご褒美になるのかしら?」
いずれまたテトと共にのんびり旅に出たい私は、私が不在では渡せない褒美などを用意するつもりもない。
そして、私とテトとベレッタの三人がうんうんと唸りながら考えた結果――
「メダルで良いんじゃないかしら?」
「魔女様? お金じゃなくて、メダルなのですか?」
私がぽつりと呟くのに対して、テトが小首を傾げる。
「ええ、成果を上げた人に貴金属製のメダルを配るのよ。今はまだ何の効果もないけど、いずれは貨幣が浸透した段階で、メダル一枚で金貨何枚と交換とかレートを決めておけば良いんじゃないかしら?」
それにメダル自体も貴金属としての価値が担保されていれば、受け取った側が【創造の魔女の森】を見放してもそれを外に持ち出して売れば、ある程度の現金が手に入るかもしれない。
まぁ、一種のローカル通貨のような物だ。
私がそう意見を口にすると、静かに耳を傾けていたベレッタは、何度も頷いている。
『なるほど、メダルという物を収集させることで住民同士の競争心を煽り、更にご主人様に貢献できるように仕向けるのですね。流石です……』
「いや、そこまで考えていないんだけど……とりあえず、何枚かメダルを作ってみましょう。――《クリエイション》!」
私は、【創造魔法】で住人たちへの報奨となるメダルを創り出した。
前世の地球のメダルを参考にして、オリハルコン、アダマンタイト、ミスリルの三種類を用意した。
それぞれが希少な魔法金属であり、生み出された無地のメダルの光沢が美しい。
「わぁっ! 綺麗で美味しそうなのです!」
「テトは、そういう感想なのね」
三種類の魔法金属のメダルを美味しそうだと言うテトの感想に苦笑いを浮かべる一方、ベレッタは、三種類の金属を手に取る。
「このメダルの素体に、デザインを彫り込めば完成ですね。魔法金属の純度は、100%と素晴らしく、これなら褒美としては問題ないでしょう」
あとは、メダルの大きさは金属の重さや価値、創造時の魔力消費量から考えて、デザインやサイズを考えなければならない。
例えば、最硬・最重量のアダマンタイトは、比重が大きいために、穴空きメダルにしてメダルの直径を揃えるなどの工夫をしなければならない。
そうして後日、三種類のメダルには、デフォルメされた私の横顔が刻印された『魔女のオリハルコンメダル』と『世界樹のミスリルメダル』、穴の回りをぐるっと巡る『古竜の大爺様のアダマンタイト穴空きメダル』の三種類が完成した。
裏面には、女神リリエルが彫り込まれており、穴あきメダルには女神の翼が穴を包み込むようなデザインになっている。
ちなみに、私の横顔が刻印されることに抵抗したが、テトとベレッタたちその他大勢の賛成多数により可決された。
私が盟主なのに、解せない……
Side:エルフのラフィリア
【創造の魔女の森】の周囲には女神の大結界が張られており、その外周を囲む魔境には、エルタール森林国から教わった妨害魔法が設置され、他者がこの地に入ることを拒んでいる。
そんな迷いの森と化した魔境を進む一団がいた。
「お前たち! まだ噂の不老の魔女がいる森には辿り着かないのか!?」
「まだ誰も入り込んでいない土地! 誰かに先を越される前に、早く見つけ出しなさい!」
二人の男は、幾人もの男たちに守られながら【創造の魔女の森】を目指していた。
一人は、魔物のスタンピードによって滅んだクリスタ王国のとある都市で冒険者ギルドに勤めていた元ギルドマスター。
そしてもう一人は、スタンピードを引き起こし、そして同じく滅んだドルーグ公国の五大神教会の司祭である。
どちらも国が滅んだことでそれぞれの町の冒険者ギルドや教会を取り纏めとしての地盤や地位、名誉も失ったのだ。
唯一、スタンピードの発生で守るべき住人たちを導くことなく、財産と子飼いの冒険者や傭兵、聖職者たちを連れて逃げ出すことができた。
そんな彼らは、住人たちを守ることなく逃げ出したことで冒険者ギルドや教会のそれぞれの組織からの評価は地に落ちている。
新たな町に配属されることはなく、精々田舎の冒険者ギルドの一般職員か、教会のないような村々を巡回する牧師などに追いやられる可能性が高い。
そこで似た立場の二人は互いに協力し合い、新たな地盤を求めて【創造の魔女の森】を目指していた。
もしも【創造の魔女の森】に冒険者ギルドを立ち上げることができれば、リーベル辺境伯領やガルド獣人国で流通されている幻獣の素材や世界樹の枝葉などの希少な素材を自身が取り扱うことができる。
また司祭の方は、【虚無の荒野】という不毛な土地が緑豊かな森林に蘇ったことから聖地として認定し、五大神教会の布教をすることで自身の新たな地盤とすることを目論んでいる。
更に、スタンピードの鎮圧に参加した天使族や数多のアンデッドを浄化した錫杖とそれを持って現れた【恵みの聖女】や【黒聖女】と呼ばれる者たちを教会の権力を背景に上手く利用することができれば、自身は更に上の立場に上がることができるだろう。
二人の男は、そんな野心を胸に抱き、そして迷いの森を進んでいた。
そんな一団を離れた距離から見つめる者たちも存在するのだ。
『グルルルルルルッ――』
「はいはい、落ち着きなさい。シャエルたちがもうじき来るから、それまでは監視を続けましょう」
一団を見つめるのは、エルフの冒険者であるラフィリアである。
傍にいる幻獣のフェンリルが勝手なことを言う侵入者の一団に飛び掛かりそうになるのを宥めながら、監視を続ける。
彼らは目撃者もいないからと大声でチセや彼女の育てた土地に寄生する計画を聞かされたラフィリアは、げんなりとしつつも追跡を続ける。
そしてしばらくして、ラフィリアの風精霊が増援が来るのを感じ取り、動き始める。
「貴様ら! この地に何の用だ!」
「おおっ、天使様! どうか、この哀れな我らをお救いくださいませ!」
シャエルたち天使族が上空から現れたことで男たちは、さも救いを求める哀れな存在であるかのように地面に膝を突き、声を張り上げる。
「我らは故郷の国を失い取り戻そうと奮起しました! ですが、魔物の力は強く奪い返すことができませんでした! なにとぞ、神の遣いである天使様やこの地にいらっしゃる聖女様にお力添えを頂けないでしょうか!」
良く響く声に感情を乗せて、自身がどんなに努力し、報われず、それでも国を取り返したいと願うような人物像を演出するのだ。
説法を唱える司祭でなければ、劇団員か詐欺師に向いているのではないか、とラフィリアが思いながら、フェンリルたちと共に彼らの後方に姿を現す。
「シャエル、騙されちゃダメよ。そいつら、滅んだ国を取り戻すとか調子のいいこと言ってるけど、チセの森に寄生することが目的よ」
「ふん。大方、そんなところだろうと思っていたさ。生憎と、私たちも魔女も忙しいんだ。余所の事情に首を突っ込むほど余裕がないんだと……帰った、帰った」
シャエルが、追い払うように手の甲を相手に向けて振るう。
実際チセたちは、受け入れた難民たちの暮らしが安定するように方々の集落に訪れて、色々と相談に乗ったりしているのだ。
そんな状況で滅んだ国を再び興そうなどという酔狂なことをする必要もない。
「俺たちは、未開の土地に冒険者ギルドを立ち上げるために来たんだ! 未開の人間にとってギルドカードは身分証明になる! ぜひ、ギルドを建てるべきだ!」
今度は、冒険者ギルドの男が声を上げ、冒険者ギルドの利便性を説いてこの土地に入ろうとするが――
「元ギルドマスター程度の人間に任される案件じゃないわよ。大方、勝手にギルドを建ててそのままマスターの地位に居座ろうって魂胆ね。じゃなきゃ、もっと立場の高いグランドマスターや冒険者ギルドの総本部が動くはずよ」
「き、きさま! 田舎者のエルフがこの俺を馬鹿にするな!」
元ギルドマスターの男の言葉に鼻で笑うと、男は顔を真っ赤にして激昂し、それに合わせて男の従える冒険者たちが武器を抜いたために、私は弓を引き絞り、精霊魔法で生み出した風の矢で男たちの武器を弾き飛ばしていく。
「私はこう見えてもAランク冒険者なのよ。なんの実力もない元ギルドマスター程度でどうにかなる相手じゃないわよ」
「Aランクのエルフの弓使い……【暁の剣】の……」
相手は、こちらの正体を知って、その場にへたり込む。
この男は高位の冒険者ではなく、元Cランク程度の引退冒険者またはギルド職員からギルドマスターになったような人間であるために、こちらのランクを開示したことで及び腰になっている。
「ならば、五大神教会はどうですか! この未開の土地に入り込んだ魔族共を排除し、五大神教会が教義を布教し、女神様の威光を広めようではありませんか!」
自身の憐れみと亡国の再興で興味を引くことに失敗し、冒険者ギルドの利便性を説くのにも失敗して、最後には、五大神教会の布教を理由に魔族の浄化を掲げて押し入ろうとする。
だが――
「私たちの同胞たちを排除するだと!? それが女神様の威光を広げるだと! この土地の教会管理者の私に喧嘩を売っているのか!」
シャエルの頭上の天使の光輪が強く輝き、白い翼も輝きを発する。
だが、その光は美しさや神々しさよりも、男たちに恐れを与える威圧となっている。
「この土地には、魔女や古竜の大爺様を通じて女神様方の威光があまねく行き渡っているわ!」
そして、怒りのままシャエルが槍先を掲げ、振り下ろすと、その槍先から光の収束光線が伸び、男達の足下の地面を焼き切ってしまう。
チセは、女神リリエルの使徒だと言うし、あの土地にはちゃんと立派な教会が建っているのだ。
まぁ、様々な人種たちが集まる土地であるために女神信仰、精霊信仰、竜信仰などが入り交じる。
チセ当人も助けられた人々から信仰対象にされており、魔女信仰となっている。
チセ自身は恥ずかしそうにしているが、信仰を止めさせずに諦めた表情で自由にさせているために、割となんでもありな自由な空気感が生まれている。
テト辺りは、『魔女様しんこー、なのです!』とか言って、チセに抱き付いていそうだ。
そんな混沌としつつも一定の秩序が生まれているこの土地に、魔族差別の思想を持ち込もうとしているのだ。
それにシャエルが激怒するのは当然であり、私としては呆れ過ぎて物が言えない。
「とりあえず、二度とこの土地に近づかないか、森の養分になるか選びなさい」
「くっ!? 冒険者ギルドと教会を受け入れないことは、社会から孤立することと同義! きっと後悔するのですよ!」
シャエルの威嚇と私の淡々とした脅しに男たちは森の外に向かって逃げ出す。
まぁ、ここまで追い払えば、問題無いだろう、と思いながら降りてきたシャエルと合流する。
「ううっ! ムカつくやつだ! 私たちを未開の野蛮人扱いし! あまつさえ、同胞を手に掛けるように唆すなんて! 八つ裂きにして、本当に森の魔物の撒き餌にしてやりたかった!」
「はいはい、よく我慢できたわよね。帰ったら、美味しいおやつを食べましょう」
「……アップルパイが食べたい」
苛立っていたシャエルは、イライラを解消するために傍に居た幻獣のフェンリルの体をモフモフし始め、私が宥めるとポツリと食べたい物を口にする。
そんなシャエルに苦笑いを浮かべつつ、長いエルフの人生の中で仲間だった【暁の剣】の魔法使いのレナから教わったアップルパイをシャエルにも振る舞う。
そして、後日――
『こちら、ご主人様がお作りになられた褒章メダルとなります。私が皆様のこの地に関する貢献に対して配布を行なっておりますので、どうぞ』
チセのメイドをしているベレッタさんから私とシャエルは、一枚のメダルを渡された。
世界樹が刻印されたミスリルのメダルは、一般に流通しているミスリル製の硬貨よりも一回り以上も小さいが、それでも大金貨数枚の価値はあるだろう。
そんなものを貰って、どうすればいいか困る私に対して、物の価値があまり分かっていないシャエルは、ミスリル製のメダルを周りに自慢し、更に上のアダマンタイト製とオリハルコン製のメダルがあることに、この土地はやはり規格外で異常なのだと思い知らされる。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。