18話【強襲は、唐突に】
ここ二週間、私とテトは、薬草採取の依頼を受け続けた。
その結果、Fランクに上がり、Eランクの討伐依頼も受けられるようになった。
装備面は、私は変わらず、杖にフード付きローブ姿に採取用のナイフという姿であるが、テトは少し変わった。
動きやすい服装の上からは、革の胸当ての防具を装備し、蹴りを想定しての脛当てを追加して一端の女剣士らしさが増した。
そして、日々の余剰魔力で創造した魔晶石の数は50個となり、魔晶石に少しずつ魔力を補充しているので、外部魔力量は5万になった。
ただ、私たちは、まだ討伐依頼を受けることができずにいた。
「ふぅ、目の前に魔物の居る森があるのに、立ち入りを制限されるなんてね。別の町に行こうかな」
現在、ダリルの町では、北の森はオークキングとオークの大量発生の出現のためにEランク以下は立ち入り禁止となっている。
また、風鷹の面々を含む冒険者たちがオークの集落を殲滅する依頼の邪魔になるかもしれないので、下級冒険者の立ち入りを制限した。
「まぁ、順調にいけば、そろそろ討伐が終わるころかしら? テト、そろそろ帰ろうか」
「はい、魔女様!」
いつものように薬草を採取して、マジックバッグに片付け、西の門に向かう。
いつものように冒険者の列に並び、町に入ろうとした時、森の方から低い咆哮のような叫び声が聞こえた。
「テト、気をつけて!」
「はい、魔女様!」
テトは、すぐさま剣を引き抜き警戒する。
町に入るための列に並んでいた旅人や商人たちも何事かと警戒する中、森から10人の赤黒い肌をした人型の魔物が全力で駆けてくる。
「オーガだ! 逃げろ!」
人食い鬼の魔物として有名なオーガが突然現れたために、人々が狂乱状態になり、いち早く町に入ろうと押し寄せる。
「落ち着け! ゆっくりとだ! ゆっくりと町の中に入れ!」
人々を誘導するよりも全力で走る10体のオーガの方が到着は早そうだ。
「くそぅ、なんでCランクの魔物が10体も現れるんだよ! 誰か、冒険者ギルドから冒険者を呼べ!」
「今は、オークキング討伐で人はいねぇよ!」
「それでも呼んで城壁の上から追い払ってもらえ!」
「死ぬ気で人々を守れ! 応援も呼べ!」
また、町を守る門番たちも震えながら、次々と指示を出し、城門から現れる。
「このままじゃ町の外の人たちが蹂躙される……テト、何体相手にできる?」
「うーん? 分からないのです! でもやるのです!」
「まぁ、当たってみるしかないわね! いくわよ!」
初見の魔物であるが、ダンジョンで戦ったボスのストーンゴーレムほど圧力は感じない。
大きさもそうだが、強さだってそれより下だろう。
テトが剣と盾を掲げてオーガの一団の先頭に斬り掛かる一方、私は、飛翔の魔法を唱える。
「勝利条件は、町の前に到達する前にオーガ10体を倒す。もしくは、避難が終わるまでの時間稼ぎってところかな。――《フライ》《ウィンド・カッター》!」
以前は、地上から数メートル浮く程度だったが、今は、より高さと安定感が増した。
俯瞰視点からテトが相手にするオーガとは別の個体に向けて風刃の魔法を放つ。
だが、オークすら両断する魔法は、オーガの強靱な肉体によって防がれ、薄皮一枚の傷に留まる。
「なるほど、身体強化かぁ」
体内の魔力を体に纏わせることで防御力を高めているようだ。
ストーン・ゴーレムの方が個体としては格上だろうが、ダンジョンボスはドロップによって素材を得られるために、遺体の損傷具合を気にする必要は無かったので高威力の魔法を放っていた。
それに対して地上に存在する魔物は、ギルドの魔物図鑑によると、様々な部位が素材として有効だ。
「うーん。下手に攻撃を続けても素材が傷つくだけだけど、だからって高威力の火魔法はなぁ……」
倒すだけならできるだろうが、素材を痛めず倒すには、少し工夫が必要なようだ。
それに――
「はぁぁっ!」
テトの剣とオーガの棍棒が打ち合うが、テトの武器の方が壊れてしまう。
「ああー! 魔女様から貰った剣が――!」
そのままテトがオーガの棍棒によって殴られ、地面を十メートルほど転がる。
町の外に並んでいた人から悲鳴が上がる。
「いったーい! もう、許さないのですよ!」
だが、何事も無かったかのように立ち上がるテトは、猛烈な勢いでオーガに肉弾戦を挑む。
ゴーレムの膂力と魔力総量の多さによって身体強化の強度はテトの方が数段高く、一撃でオーガの腕を砕き、足を踏み抜き、胸部を陥没させる。
『ガァァァァァッ――』
そんなテトを狙って3体のオーガが殺到し、手数を捌きつつもオーガの足をローキックで叩き折り、一体ずつ機動力を削いでいる。
ただ殴り返されて吹き飛ばされ、服や防具がボロボロになっていくが、それでも構わずに殴り掛かっていく。
「テトの戦い方って、ほとんど狂戦士みたいね。さて、私は――」
テトをすり抜けてこちらを迫るオーガたちにウィンドカッターを連発してもオーガの体を血塗れにして怒りを買うだけだろう。
ならば――
「魔晶石の魔力を利用して――《ハーディング》! シュート!」
【原初魔法】で魔晶石を打ち出し、魔晶石を基点として【硬化】を発動させる。
超々硬度の結晶体が高速で飛んでいき、それに気付いたオーガが棍棒を掲げて打ち返そうとする。
だが、高速で飛翔する硬い結晶体は、棍棒を削り、貫通して、オーガの頭部に深々と突き刺さる。
どうやら、オーガの頭部に潜り込んだ時に、硬化のための魔力が切れて、魔晶石が衝撃の余波で砕けたようだ。
「うーん。魔晶石自体を攻撃に転用した実験は、概ね成功かな?」
同じ速度で小石をぶつけることはできるが、オーガの身体強化の魔力に阻まれて小石が砕けてしまうだろう。
なので、魔晶石自体を硬くし、魔晶石の魔力でオーガの身体強化を中和して貫通する物理魔法だ。
「魔法名は――《ハードシュート》でいいかな」
再び、魔晶石に込めた魔力を原初魔法で【硬化】を発動し、私自身の魔力で高速で撃ち出す。
それにより超々硬度を持った魔晶石が小石のときと同じように飛翔して、オーガの頭部に突き刺さり、脳を破壊する。
「うん。とりあえず、頭部以外の素材は綺麗に残るし、残りも仕留めよう」
打ち出された破壊の礫がオーガの脳を一発で破壊していく。
そして、瞬く間にオーガの死体が地面に倒れ伏し、残った1体が慌てて反転して森に逃げていくが、それを逃さず狙撃して倒す。
「テト、そっちは終わった?」
「はい、魔女様! 今終わったのです!」
テトが相手をしたオーガは、3体だ。
そして、4体目のオーガの顔面に拳がめり込み、4体目を倒す。
怪我はないが、何度も殴られたり、爪で引っ掻かれたので、安物の服や防具はボロボロで辛うじてブラや布キレが体を隠している。
「テト。私の予備のマントを羽織って。それと、衛兵さん? ちょっと冒険者ギルドから人を呼んでくれますか? この事態を説明したいので」
「えっ、あっ……はい!」
我先に町に逃げようとしていた人たちは、足を止めて、私たちを見る。
その視線から逃れるように、フードを目深に被り、視線を遮り、自身のステータスを見る。
チセ(転生者/魔女)
Lv44
体力420/500
魔力2420/4021
レベルが7つ上がり、魔力量も4000の大台に乗った。
町に来た時が2800だが、約一ヶ月の町の滞在の間でも不思議な木の実で魔力量を増やし、オーガ10体を倒してレベルが7つも上がった。
ただ、あの数でこのレベル上昇量には首を傾げるが、きっと配下のテトが倒したオーガの経験値が私に流れたのだと思う。
そうして考えている間に、町からギルドの関係者たちが集まり、続いてオーガたちが現れた北の森からオーク・キング討伐のために出ていた冒険者たちが戻ってくる。
「なんだこれは? だれがオーガを倒したんだ?」
「おい、北からこっちに逃げてきたオーガが全員死んでるぞ!」
「こんな死に方は見たことないぞ。頭を一撃で破壊されている」
「こっちの死体は、殴り倒されてるぞ! どうやったらこんな風に倒せる!?」
その後、集まった冒険者たちやギルドの関係者たちによって話が整理された。
まず、オークキングを中心とするオークの集落の破壊は完了したとのことだ。
ただ、オークの集落ができたことによって、そのオークを食料とするオーガの一団も近くの洞窟に住み着いていたらしい。
討伐隊にはオーガも倒せる実力者もいたが、放置すべきか討伐すべきか意見が分かれた。
オーク・キングはBランクの魔物であり300体近いオークの集落も危険だ。
一方、オーガ10体の一団は、オーガ単体でCランクであり、協調性がないので各個撃破すれば問題ないと判断。
逆に、オーガとの戦闘でオークの集落に警戒されると厄介だと判断して、後回しにした。
その結果、皮肉にもオーガの一団が先に町に強襲を仕掛け、それに気付いた冒険者たちはオーク討伐を終えた直後にオーガを追って慌てて戻ってきたということらしい。
「そして、町に到着する手前で私とテトによってオーガが撃破された、と」
「その、助かった。けど、本当にどうやって倒したんだ。あのオーガたちを」
その経緯を説明すると風鷹の面々は、表情が引き攣っている。
オーガは、冒険者が着る革鎧にも使われるほど強靱な皮膚を持ち、更に身体強化による強化と相まって、攻防ともに人間より優れた存在として恐れられている。
一般的に倒す方法は、失血死狙いか、傷を徐々に切り開いて致命傷を与える方法だ。
より上位の冒険者なら一撃で両断できるが、今回の死体は異常だ。
頭に太い槍でも突き刺したかのように一撃で倒された綺麗なオーガの死体と、打撃で殺されたオーガの死体がある。
「テトは、本気で殴っただけですよ。私の方は簡単に言えば、魔晶石に貯めた魔力を使って、高速で飛ばして頭を撃ち抜いただけかな?」
「魔晶石を撃ち出す!? ……何かを飛ばした、って報告はあるけど、魔晶石を撃ち出すとは、凄い威力だな」
「魔晶石の魔力を硬化に回したからね。それでオーガの身体強化を中和しつつ一点突破して、
魔力が切れたら射出の衝撃で砕けちゃう使い捨ての物理魔法――切り札ってやつかな」
私の報告に、切り札をオーガ6体に使ったと考え、風鷹のリーダーのライルさんが表情を引き攣らせる。
「逃げ遅れた人たちのために、そんな貴重なものを……。それに、いったいどのくらいの魔力が入るやつだったんだ?」
「だいたい1000。それが6個だね」
そう言って、溜息を吐いてみせると、ライルさんが小声で呟く。
一発小金貨5枚の攻撃魔法……確かに切り札だけど、割に合わない。と。
オーガ1体を討伐の報酬として小金貨2枚、革などの素材売却額を加味しても、トントンか赤字である。
魔法使いにとって何度も使い回せる貴重な魔力タンクの魔晶石を、使い捨ての高威力魔法に変えたことに戸惑っているのかもしれない。
一般的には勿体ないのかも知れないが、私にとっては【創造魔法】で得られる魔晶石はタダ同然だ。
私は、世間一般で高価な魔晶石よりも、人命の方が大事だと思っている。
そうしてオークキング討伐やオーガ襲撃の後始末を終え、私とテトは冒険者ギルドのギルドマスターに呼ばれた。
読んでいただきありがとうございます。
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