14話【古竜と妖精女王のダンジョン講座】
改めて、古竜の大爺様を加えたお茶会は、ダンジョンマスター初心者の私に対しての講座になった。
「さて、チセとテトは、どんなダンジョンを作りたいのかのぅ?」
『わしら先人の知恵を遠慮無く授けようぞ』
そう言って、何でも聞いてくれ、と言うような期待の籠った眼差しを受ける私は、引き攣った笑みを浮かべながら、何を尋ねるべきか考える。
「えっと……」
「はいなのです! 知りたいことがあるのです!」
質問を悩む私の代わりに、真っ先にテトが手を上げる。
「うむ。テトからの質問か。良いぞ! なんでも聞くが良い!」
『大爺様とエルネアは、どんなダンジョンを作ったのですか?』
その質問に私も確かに、と納得する。
二人がどんなダンジョンを作った傾向を知れば、質問が出来るかもしれない。
テト、ナイス、と思う。
『わしが昔作ったのは、わし自身の住処となる迷宮じゃ。大昔は、わしを討伐しようと人間たちが襲ってきたのでな。面倒になったから撃退するために作ったのじゃ』
「妾が作っているダンジョンは、森では採れない資源を採取するための資源ダンジョンじゃ。それにエルフの戦士たちを育成するための修練場でもあり、森の魔力を生み出すための魔力生産施設でもある。それぞれの階層に役割があって、一概には何とは言えないのぅ」
二人のダンジョンの話を聞くと、古竜の大爺様のダンジョンは一般的に冒険者がイメージするようなダンジョンだった。
そして、私が一番イメージが近いのはエルネアさんと同じ資源ダンジョンである。
「それじゃあ、エルネアさんの言う資源ダンジョンってどうやって作ればいいの?」
そう尋ねれば、エルネアさんは、待ってましたと言わんばかりに胸を張って答えてくれる。
「まずチセとテトよ。資源ダンジョンと言ってもダンジョンが完成すれば、延々と資源が採取できるわけではないのじゃ」
「うん? どういうことなのですか?」
「ほら、設備のランニングコストのことよ」
小首を傾げるテトに私が、階層維持のランニングコストについて口にする。
ダンジョンの設置物には、設置時に必要な素材と魔力の他に、それを維持するために毎日魔力が徴収されるのだ。
「例えばの話――ダンジョンに設置した鉱脈を掘り尽くしたとしよう。だが、それを維持するための魔力が無ければ、鉱脈は元には戻らず枯れたままになる。そして、維持魔力を注ぐことができても、一日では完全に元には戻らぬ」
「つまり、そうした資源を維持できるだけの魔力を生み出す必要があるのね」
私がそう答えると、エルネアさんは満足げに頷く。
「その通りじゃ、そのために多く用いられるのは、自然の環境の一部を再現して、その中から魔力を発生させ、魔力生産に特化した階層を一つ用意するのじゃ」
『わしらの間では、ビオトープ型とも呼ばれる階層になるかのぅ』
エルネアさんの言葉に古竜の大爺様も補足を入れ、私は、ビオトープと口の中で唱える。
「それじゃあ、その、ビオトープ? はどうやったらできるのですか?」
魔力を生産しやすいビオトープ型について、テトが尋ねると、エルネアさんは思案げな顔をする。
「ふむ。自然環境によって様々じゃ。植物主体の階層や動物を繁殖させた環境、魔物主体の環境など様々じゃ。妾は、主に動物を放した森林型を好んでおるが、そこは好みじゃろうな」
『昔は、自身の奉仕者や信奉者をダンジョンに住まわせて、そこに住まう者が発する魔力を集める都市型ダンジョンなどと言っておった』
森林を作り、動物を放すのは、【虚無の荒野】からやってきたことである。
なので、ダンジョンではそれとは違う方法を取りたいとは思うが、人を住まわせたり、魔物を繁殖させたいとは思わない。
「魔物かぁ……完全召喚型だと、逃げ出す危険性があるのよねぇ」
リリエルの大結界やエルネアさんたちから教わった幻影魔法でこの地に魔境の魔物は近づけさせていないが、内側から現れて繁殖したら困るのだ。
なるべく、そうしたリスクは避けたいと思っている。
『魔女殿は、深く考える必要はないじゃろう。世界樹ほど魔力生産能力のある樹木があるのじゃ。それをダンジョンの中に一本立てておけば、ある程度の魔力は補える』
「うむ。そうじゃな。妾たちも新たに授かったダンジョンの階層でチセから貰った世界樹の苗木を育てておるところじゃが、まだ苗木と言っても素晴らしい魔力生産力じゃな」
古竜の大爺様の助言で、魔力生産力に関しては、問題ないようだ。
「そうなると欲しい設備よねぇ……森林はもう以前作ったことあるし……」
「テトは美味しいダンジョンが欲しいのです!」
「テトがこう言っているし、【創造の魔女の森】では内陸だから塩の入手が難しいからね」
【創造の魔女の森】では手に入らない食べ物と塩が手に入る――そんなダンジョンを作りたいのだ。
ダンジョン内に製塩施設を作りたいのと、この地の環境では育たない植物となると、熱帯環境だろうか。
「うむ。それだけ決まっているなら、後は上手くやれば作れるじゃろう」
『そうじゃのう。ダンジョン内に放す海の生き物が必要ならば、わしがひとっ飛びして捕まえてきてやろう!』
エルネアさんも太鼓判を押してくれて、古竜の大爺様もそう言って協力を申し出てくれる。
大体のダンジョンの方針が決まったところで、ついでに二人には、どんなダンジョンタイプがあるのか尋ねてみる。
「とりあえず、私のダンジョン方針は決まったけど、他にどんなダンジョンを知っているの?」
大陸の各地に現れるダンジョンは、主にダンジョンのランダム機能を使い作られたように思うためにあまり参考にならないのだ。
「すまぬのぅ……この時代では、妾以外にダンジョンを作っておる者は知らぬ。むしろ、妾も聞きたいくらいじゃ」
『ならば、魔女殿と妖精女王殿に教えよう』
そんな私の質問にエルネアさんが申し訳なさそうにしつつ、共に古竜の大爺様から色んなタイプのダンジョンについて話を聞く。
迷宮型――これは侵入者の防衛撃退を目的としており、罠や魔物を大量に配置したダンジョンだ。
疑似生物タイプを常に一定数補給する設定をしたり、完全召喚タイプの番いを用意してダンジョン内で繁殖させることで戦力を揃えたりなど、色々らしい。
平原や森林などの階層に、餌となる物を揃え完全召喚タイプの魔物を放てば、繁殖して数が増える。
繁殖から成長までの時間が掛かるデメリットや他の種の魔物や侵入者に倒される可能性があるが、完全召喚された魔物自身が魔力を発することもある。
『迷宮型の利点は、そうしたダンジョン内での闘争を引き起こすことで、魔物の進化を促すことができる』
「面白そうなのです!」
お菓子を食べながら、テトは古竜の大爺様の話に目を輝かせていた。
『うむ。幾度も進化を繰り返し知性を獲得し言葉を解す魔物のダイヤウルフ、レッドドラゴンが誕生した。他にもダンジョンに挑み死んだ者の中から素質のある者をリッチや英霊として使役したり、精霊や悪魔を召喚して階層の管理に当たらせてたなぁ』
「ほぅ……高位の精霊にダンジョンの階層管理を任せるのかぁ……考えたことも無かったが、それは良さそうじゃのぅ」
古竜の大爺様の話の中でためになった内容があったのか、エルネアさんはニヤリと笑う。
あれは、ダンジョン管理の仕事をサボれる、と笑っているのだろう。
だが、私としては、古竜の大爺様が恐ろしい魔物をダンジョン内で誕生させ、それを従わせていたことに驚く。
詳しく話を聞くと、召喚した精霊や悪魔を契約によって縛り、受肉により世界への干渉力を上げて、ダンジョンの管理を任せていたらしい。
古竜の大爺様なら、たとえ契約の穴を突いて襲ってきても返り討ちにできたが、人間にもそれを真似して悪魔を使役していた魔法使いたちがいたそうだ。
だが、悪魔召喚などは、狡猾な悪魔の話術に騙されて不利な契約を結ばされたり、契約を結ぶ前に殺されてしまうことも多々あったそうだ。
今日に伝わる悪魔教団の【悪魔憑き】の外法は、長い時間を掛けて悪魔たちが情報を故意にねじ曲げて、悪魔たちに有利な契約方法になったのではないか、と古竜の大爺様は推察する。
『変わり種としては、瘴気型も存在した。上手く行けば、瘴気の中に放置した骨や死体がアンデッドとなって蘇ったり、未練により死者の残滓がゴーストになる場合もあったが、わしは好かなんだなぁ』
「それは、誰でも好きじゃないんじゃないかしら……」
瘴気型とは、召喚コストの低い完全召喚タイプの魔物を大量発生させて、繁殖と共食いのサイクルを引き起こして、高濃度の瘴気を発生させるダンジョンだ。
瘴気も魔力の一種であるために一定以上溜まると、魔物が誕生するのだ。
そうして、ダンジョンの機能では生み出せない魔物を突然変異的に生み出していたらしい。
また、人間自体にも瘴気は有害であるためにそれ自体が罠の役割も果たしたそうだ。
他にも不浄な環境などを調えることで成立するらしい。
以前、ラリエルの管理領域の廃坑がそのような状況だったのを思い出して、私もそんなダンジョンは作りたくないと思ってしまう。
『魔女殿が作りたいビオトープ型は、反則気味な魔力生産手段の世界樹が使えなければ、本来は、管理の難易度は低く見返りも少ない階層じゃ』
大爺様の言葉に、エルネアさんも同意するように力強く頷いている。
『じゃが、食物連鎖の均衡を上手く保てば階層内に魔物を繁殖させることでそれ相応の魔力を得られるんじゃ。植物を食べる弱き魔物を繁殖させ、数が増えぬように捕食者の魔物を、更にその上位を……とな。そこから魔力を得る』
「植物と魔物からの魔力の上がりを期待するのね。でも、繁殖可能な魔物を用意すると、数が増えすぎてスタンピードにならないかしら?」
『やはり均衡の問題じゃ。魔物たちに適度に間引きを行なわせるんじゃ。それに、上位の魔物は制御するのは難しいが、完全召喚タイプを群れの中のリーダーに据えれば、疑似生命体の方もリーダーの命令で統率の取れた動きをする』
あとは、必要な頭数を超えたら、間引くように命じておけば、自然と間引かれるそうだ。
完全召喚タイプには、自由意志があるために逃げ出す可能性もあるが、一匹だけなら疑似生命体タイプと番って、繁殖する心配はない。
また、魔物と言えど、一体が必要な餌は、間引かれる魔物分だけで足りるので不満も起きないそうだ。
「なるほど……そういう小技もあるのね。それにしても、間引き指定かぁ」
海を含むダンジョン階層に海中生物たちを繁殖させた場合、数が増えすぎる問題も、疑似生命体タイプの捕食者を用意しておけば、環境が激変しないように間引いてくれるだろう。
それに、疑似生命体タイプは、ダンジョンマスターの命令を聞くので色々なことができそうだ。
そうして、ダンジョンの話を聞いていく中で、ふと思ったことを尋ねる。
「そう言えば、初期の設置物が少ないのって何か理由があるの?」
『ダンジョンが発生した際、周囲の物質を取り込み、その魔力や物質の情報から決められるそうじゃ。例えば、その土地にどのような魔物の魔力を感じ取ったか、その土地はどのような変化を辿ったのか、そうした土地の歴史の中で色濃い物が初期の物として現れる』
「なるほど……」
【創造の魔女の森】が草原や森林になったのは、ここ数十年のことでそれ以前は、ずっと不毛の大地だった。
だから、ダンジョンの初期階層の情報には、【荒野】が出たのかと納得する。
『何事も慣れじゃよ。それにダンジョンマスターたちの多くの難題はダンジョンに覚えさせる素材を用意することじゃ。その点、魔女殿の【創造魔法】は容易にそれを解決する』
「もう既に、色んな素材を取り込ませてみたわよ」
「一杯、物を作って、ダンジョンで作れる物が増えていたのです!」
私とテトがそう言うと、古竜の大爺様は愉快そうに忍び笑いを浮かべる。
「妾たちも最初は、手探りで苦労したものじゃ。欲しい設備を作るために、エルフたちを森の外に派遣して素材を取りに行かせたりもしたのぅ」
エルネアさんは、遠い目をしながら、ダンジョン運営の苦難を思い出しているようだ。
そんな私たちの居るところに、銀髪褐色肌のダークエルフの女性が近づいてくる。
「エルネア様、迎えに来ましたよ! 十分、息抜きをしましたね! さぁ、帰りましょう!」
「むっ、アルティアか……ふぅ、仕方が無いのぅ。妾はこれで帰るとしよう」
ベレッタと共に迎えに来たアルティアさんを見たエルネアさんは、渋々とだが大人しく帰って行った。
私が、チラリとベレッタの方を見ると、軽く目を伏せるのでエルネアさんが程よい息抜きができたと判断して呼んだのだろう。
それで来た時、すぐに呼べば、臍を曲げて居座っていたかも知れない。
『妖精女王殿も帰るのなら、わしも帰るとしよう。楽しい時間じゃったぞ』
古竜の大爺様も翼を広げて、自分の寝床である竜魔族たちの集落の方向に飛んでいく。
こうしてダンジョンの知識を深めた私は、いよいよダンジョンの階層作成に着手する。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されました。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。