10話【レリエルからの贈り物】
【創造の魔女の森】が移住者を受け入れて半年ほど経ち、大分落ち着いていた。
そんなある日の夜、テトと共に眠りに就いた私は、あの夢見の神託の空間に呼び寄せられたのだ。
「ここは、リリエルとレリエル?」
この場に呼ばれた私とテトは、周囲を見回すと、二人の女神がいた。
私を転生させ、使徒に任命したリリエルと、大陸の危機を知らせてくれた天空神のレリエルだった。
『チセ、お疲れ様。ようやく一段落着いたようね』
「リリエル、ありがとう。私は何もやってないわ。みんなのお陰でね」
きっと今まで見守ってくれていたのだろう。
【創造の魔女の森】の集落の運営などは、それぞれの種族の代表が行い、細かなことはベレッタたちに投げている。
私は、テトと一緒に今まで通り気ままに過ごさせて貰っているだけだ。
「それで、どうしたの? また何か問題でもあったの?」
「また強い魔物が現れたのですか? なら、テトたちに任せるのです!」
そう言って、腕を曲げてプニッとした腕の力こぶを見せるテト。
こんな柔らかい腕のどこにあんな怪力があるのか分からないが、とりあえず、テトの腕をぷにぷに触るとくすぐったさに身を捩る。
「違うわ。今回は、レリエルからのお礼よ」
『遅くなってごめんね。今更だけど、スタンピードを鎮めてくれたお礼を持ってきたんだ』
「別にいいんだけど……」
ラリエルからは廃坑奥に生成された浮遊石や希少な魔法金属を貰い、ルリエルからは浮遊島とそこに住まう幻獣たちを丸々移住してもらった。
レリエルからは、今度は何を与えられるのか、若干怖くもある。
『ボクが渡すのは――ダンジョンだよ』
「ダンジョンかぁ……」
時空間も司る女神らしい贈り物だが、遠い目をしながらも呟く。
以前、地脈の制御魔導具を使って、わざと一カ所に地脈の魔力を集中させることで、人為的にダンジョンなどを作れる可能性をベレッタと話し合った。
だがその際に、その後のスタンピード発生などのリスクを話し合い、却下したのだ。
『あー、その顔は要らないって顔してる。でも、溜まった地脈から魔力を放出するためのダンジョンとボクの言うダンジョンは、そもそも根本的に違うんだよ!』
そういうレリエルが説明するのは、昔のダンジョンと今のダンジョンの違いだ。
今の世界のダンジョンは、一箇所に溜まりすぎた魔力を世界に発散させるために魔力散布装置とステータス導入後の人間を鍛える修練場のような働きをしている。
溜まった魔力を魔物や宝物に変換し、倒した魔物からドロップした魔石や宝物を運び出させて、魔力を消費させる。
そうした餌で人々を釣り、魔物を倒させてレベルを上げて魔力量や今の環境への適応力を高めさせる。
そして、魔力が溜まりすぎたら、スタンピードによる魔物の強制排出によって魔力を拡散させているのだ。
人々は、スタンピードを起こさせないようにダンジョンに潜り、魔力を発散させる。
これが今の世のダンジョンであるが、昔は違うようだ。
『ボクが渡すダンジョンは、古いタイプのダンジョンなんだけど、ダンジョンの制作者たちが魔力を籠めて、自由にダンジョンをカスタマイズできるんだよ!』
『懐かしいわよねぇ。私たちがまだ生まれ立ての神々で、世界管理の練習のためにダンジョンを作ったこと』
そう言って、古いダンジョンについてリリエルとレリエルが懐かしみ始める。
『あの頃は潤沢に魔力を振るえたから、色んなダンジョン作って人間たちに試練を与えてたよねぇ。ボクたちが作った神器とかをダンジョンに置いて持ち帰った人間が英雄とかって呼ばれたりして……』
『ダンジョンに挑んだ人間の中で資質がある者を、英霊や天使に取り立てたりしたわ』
古代魔法文明よりも更に昔の時代の話だろうか。
人間たちを鍛える修練場としての側面は変わらないが、神々の世界の運営シミュレーションツールという側面もあったようだ。
更にその当時は、神々の他にも一定以上の魔力を持つ古竜や幻獣、精霊や悪魔、魔法使いたちも自由にダンジョンを作れたそうだ。
現在残る遺跡などには、ダンジョンマスターを失った古いタイプのダンジョンが残っていたりするらしい。
『一応、古いタイプのダンジョンは、世界の運営学習を目的としている一種の小さなビオトープだから、スタンピードは発生しないんだよ。ダンジョン内の環境を整えて魔物を産み出せば、魔物が発する魔力でダンジョンを維持させ続けられるんだよねぇ』
『昔に私がチセに与えた荒野再生のための知識は、ダンジョン運営にも応用できるはずよ』
他にも蓄えられた魔力や設置した土地から汲み上げられる魔力の範囲内でしか自由にできないけど、ダンジョンが多くの魔力を生み出すことで、更に多くのことができるようになる、とレリエルが補足する。
「組み方を考えれば、色々なダンジョンが作れそうね」
「魔女様、楽しみなのですね!」
それを聞くと、色々な考えが思い浮かぶ。
例えば、倒しやすい魔物を配置すれば、【創造の魔女の森】の住人たちの訓練施設としての需要がある。
他にも、階層全体に魔力生産力の高い世界樹などを植えて、魔力生産のみに特化したダンジョンを作り出せそうである。
または倒した魔物から魔石が手に入るならば、魔石を取り込む魔族たちの魔石需要も満たすことができる。
それに、ダンジョンの階層に海岸や海などを作れば、内陸のこの地では手に入りづらい塩や海藻、魚介類なども自給自足することができる。
いや、そもそも階層自体を熱帯環境にすれば、サトウキビやコーヒー、カカオなどの植物を栽培できる。
私がダンジョンについて想像を膨らませていると、リリエルが呆れた声を掛けてくる。
『チセ。チセへの贈り物なのに考えることは、住人たちのためなのね』
「うっ……もちろん、自分たちのための階層とかも考えるわ。でも、本当に、貰っていいの?」
『もちろんだよ! スタンピードを解決してくれたエルネアの方にも大森林に生み出したダンジョンの階層を増やしてあげたんだ。あの国は昔からそうしてダンジョンを運用して様々な資源を享受しているんだから』
エルネアたちのダンジョンは、2000年掛けてレリエルを助け、信仰し続けたために全15階層のダンジョンまで成長しているらしい。
私たちの所に作ってくれるダンジョンは、まだ3階層だけだが、同じように成長させることもできるそうだ。
「どうしよう……3階層だけって作りたい物が多すぎるわ」
「魔女様! テトは、美味しい物を一杯食べたいのです!」
たった3階層である。
今から何を作ろうか迷ってしまう中、リリエルとレリエルが微笑ましそうに告げてくる。
『さぁ、チセ。そろそろ目覚める時間よ』
そう促された私たちは、自然と意識が遠くなる。
………………
…………
……
夢見の神託から目を覚ました私は、テトと一緒にベッドで目覚め、互いに目が合う。
そして、ガバッと勢いよく二人でベッドから抜け出して着替えた直後、ベレッタが部屋にやってくる。
『ご主人様、緊急のご連絡です。【創造の魔女の森】にダンジョンが出現しました!』
「ええ、分かっているわ。レリエルからの贈り物よ!」
「これからダンジョンを作るのです!」
私とテトは、そのままダンジョンのある場所に向かう。
場所は、【創造の魔女の森】の中央西寄りの場所だ。
中央の巨大な世界樹を挟んだ屋敷の反対側であり、そちらの方に杖に乗って飛んでいけば、ダンジョンの出現を察知した古竜の大爺様が上空に留まっていた。
「大爺様、おはようございます!」
「おはようなのです!」
『おお、魔女殿に守護者殿か。懐かしい物の気配を感じてみれば、古いダンジョンが出来ているではないか』
そう言って古竜の大爺様が見下ろす先には、白亜の建物が建っていた。
今まで見てきたダンジョンは、出現した大岩の中に入り口があるのに対して、神殿のような神々しさがあった。
「女神様からの贈り物なのです! あそこで、一杯美味しい魔石や食べ物を作るのです!」
テトが大きく声を上げると、古竜の大爺様は、愉快そうに笑い声を上げる。
『はははっ! そうかそうか、楽しみにしておるぞ。何か困ったことがあれば、わしに尋ねると良い。昔取った杵柄で、ダンジョンの作り方について色々と助言することができよう』
「大爺様もダンジョンを作ったことあったの?」
『うむ。なにぶん若い時は、巣にして財宝を溜め込み、わしに挑んできた者たちを暇潰しで返り討ちにしておったわ』
今でこそ落ち着いた大爺様でも、若い頃は随分ヤンチャしてたんだなぁ、と思ってしまう。
あと、一万年近く生きる大爺様の若い時が想像できなかったりする。
『懐かしき物を見せてもらった。それでは、わしは帰るとする』
「ええ、私たちは、ダンジョンを色々と弄ってみるわ。困ったことがあれば、尋ねるわ」
「完成を楽しみにしてほしいのです!」
そうして、古竜の大爺様は、竜魔族たちのいる元・浮遊島の洞窟に戻っていき、私とテトもダンジョンの建物の前に降り立ち、中に入っていく。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。