9話【住民問題の悲喜こもごも】
前話より羊の幻獣の名称をバロメッツからアリエスに変更しました。
羊の幻獣の元ネタは、ギリシャ神話などで度々登場する金羊毛が取れる羊です。
ただ、羊の具体的な名前を探しだせず、バロメッツの名前を当てておりましたが、あちらは羊のような植物を形成する妖樹の類いで幻獣よりも魔法植物だと判断しました。
変更後のアリエスについては、ギリシャ神話の金羊毛が取れる羊をモチーフにしたおひつじ座から取らせて頂きました。
5巻の書籍版でも、羊の幻獣の名前をアリエスに変更しております。
ご理解のほどを頂けたらと思います。
創造の魔女の森の集落を巡る中である日、私の屋敷に直接、とある種族の代表からの訪問があった。
「魔女様! どうか我らの話を聞いて下され!」
応接間のソファーに居並ぶは、この地に移住してきた人狼の男性のハウルと悪魔族の女性のデヴァルナである。
本来の姿を抑えていない人狼は、人間よりも一回り以上も体格が大きいために人間用のソファーは小さいのか窮屈そうに座り、その隣に座るデヴァルナは、バランスを保ちながらもソファーに座っている。
「どうしたの、急に来て? 何か問題でも?」
「困ったことがあるなら、聞くのです」
私とテトは、二種族の代表の訪問に若干驚きながらも尋ねると、人狼のハウルが代表して口を開く。
「魔女様は、我らをこの地に受け入れて下さり、色々と気を遣って下さいます。ですが、少々我らとの接触の機会が少ないような気がするのです!」
そう言って、語り始めるのは二種族の内心である。
人狼魔族と悪魔族たちは、狩猟や農耕を中心に集落を立ち上げ、竜魔族と天使族と共に多種族とも交流を深めている。
だが、似たような役割の種族では、先住者の方が優先や優遇がされているのではないか、という不安を抱いていること。
「ラミアたちは薬学に、ケンタウロスたちは牧畜や農業、それに幻獣たちのお世話、ミノタウロスと鬼人族たちも魔女様の肝入りのコメなる作物の栽培! 多眼族は、住民トラブルの解消! アウラウネやドライアドたちは森林の管理、アラクネとクインビーたちは、美しき生地と蜂蜜の献上! 様々な活躍を見せております!」
他種族の役割について、力強く語る人狼のハウルに対して、悪魔族のディヴァルナが首を縦に振りながらも、不安そうにしている。
「つまり、私たちのために役立ちたいのね」
「我らにもできる役目をお与えくださいませ!」
個人として資質がある者は、屋敷の事務員として雇ったりしているが、種族としての使命や役目が欲しいのだろう。
「ふぅ、困ったわねぇ……」
私としては、手が掛からない種族だと思っていたが、こんなことを申してくるなんて……
「魔女様、どうするのですか?」
「どうしようか……」
ある意味、唯一性がないと言うことは、代わりはいると言うことだ。
例えば、天使族は空を飛べて、美しい容姿を持つ。
そのために交易の交渉役には欠かせない人材であり、先住民でもあることを考えれば、【創造の魔女の森】全体の利益から考えて追放される可能性は少ない。
だが、代わりがいるような存在ならば、容易に追放される可能性があると考えたのだ。
私自身にはそんなつもりはないが人狼と悪魔族は、安穏と現状に満足してはいつか見切られるという危機感を抱いているのかもしれない。
そういう場合には、大抵は統治者との婚姻によって結び付きを強めたりするのだが、不老の12歳ボディの私が男性を侍らすなど、正直受け入れられない。
ないわー、という気持ちである。
「今まで通りじゃ……納得しないのよね」
「「もちろんです!」」
そう力強く言葉を返されては、困ってしまう。
「こうなれば、魔女様の威光を讃えるための銅像を各地に建てましょう」
「ならば、旅芸人として培った歌の技術で魔女様を讃える詩を作りましょう」
「それは、止めて……」
『『……はい』』
とんでもない事を二人の代表が言い出したので、ジト目で止めるように釘を刺すと、肩を落として項垂れる。
今まで通りに過ごしていい、と言っても納得しないだろうし、ありがた迷惑で銅像や歌なんか作られた日には、恥ずかしさで悶絶する自信がある。
そこで、ふと思い出す。
「そう言えば、自分たちの子どもたちを学校に入れたいって希望していたわよね」
「は、はい。議会で他の種族の代表とも話し合うのですが、どの種族も次代を育てたいという意志は強いみたいでして……」
「なら、教師やってみない?」
『『――はいぃぃぃぃっ!?』』
突然の提案に、二種族の代表が驚いている。
今は、この土地でメカノイドや今までの人生経験の特技を持つ老人たちが先生を務めているが、それは人間の子どもだけである。
各魔族の集落は、各々の集落の大人たちから様々なことを学んでいるが、将来的に魔族の子ども全体のためには、魔族の先生が必要になる。
「だから、二種族とも生きる上で必要な知識や技能を持っているでしょ? そうした技術を伝授する側に立つのはどうかしら?」
「我々が、でございますか?」
「そうよ。各種族の特性に関しては、それぞれの種族が教えるけど、読み書き計算なんかは、種族問わず必要なはずよ」
特に、人狼などは人の世に紛れることが長かったために、読み書き計算などに長けており、また人間社会にも精通している。
万が一に、一人になっても人間社会で生きていけるように、と。
また悪魔族も旅芸人として放浪する中で読み書き計算などの基礎の他にも、種族的に魔法の教養が高い。
「それに、魔族たちが外界に出るようになれば、人との軋轢を無くすために、【人化】や【変化】なんかのスキルを教える必要があるでしょ? そういう必要なことを教えるために、どうかしら? 魔族の学校のための教師をやってみない?」
「「非才なこの身でありますが、謹んでお受けいたします!」」
二人が同時に頭を下げ、私は苦笑いを浮かべる。
そして、詳しい話を一度、持ち帰ると言う二人が退席した後、私はソファーに寄りかかり、深い溜息を吐き出す。
「二種族とも、自己評価が低いのは予想外だったわ」
「人狼さんも悪魔族さんも、みんな凄いのですよ!」
テトがそういう通り、ヤハドやシャエルたちの訓練に参加するような魔族の猛者は、恐ろしいの一言に尽きる。
人狼の代表であるハウルなど、人化した状態ではあまり印象に残らないような青年なのに、一瞬で人狼になる変化の速さからの奇襲。
また人狼状態での独特な歩法で音を立てず、緩急のある動きで対象の死角に入り込んで、その鋭い鉤爪や牙で相手の急所を切り裂く――ただ力を振り回すだけのハグレ魔族の人狼には持てない暗殺術は、ヤハドやシャエルたちにも引けを取らない。
それは悪魔族のデヴァルナもそうである。
背中にあるコウモリのような羽は【変化】スキルで小さくしているが、戦闘の際はそれを本来の大きさに変えて空を羽ばたき、魔法弾を乱射するのだ。
まだまだ出来ることは少ないが、それでも上空からの制圧弾幕は恐ろしくある。
またどの種族でも戦闘では存在感を放つ猛者がいる。
例えば、ケンタウロスの健脚による加速で行なうチャージランスは、瞬間的な攻撃力ならば大型魔物さえも仕留めるのに十分な威力である。
また、鍛え上げられた上半身が剛弓を引き、四脚の馬の下半身が安定感を生み出す――そこから放たれる長距離射撃の命中率も中々である。
ミノタウロスの場合、二メートル近い筋骨隆々な体に全身鎧やタワーシールド、戦斧などの重武装を纏っても軽々と動けるのだ。
その姿は、まさに要塞。
そんなミノタウロスが防御に徹すれば崩すことは容易ではなく、振るう戦斧の風圧だけでも非力な人が倒れるのだ。
「世に隠れていた猛者が集結しちゃった感じよねぇ……」
魔力濃度が低い外界では、燃費の悪い魔族たちは十全に実力を発揮できなかっただろう。
だが、世界樹が放出する魔力の恩恵を受けた魔族たちは、一騎当千の実力を発揮する。
「まぁ、彼らの力が振るわれることが、この先ないことを願いましょう」
その後、訪問した二種族は、それぞれ教育に携わることになる。
また、教育から発展して人狼たちは、自らが教えることを更に深く、詳しく知るために学者になる者や知識を集めるのが好きな者に図書館の司書の立場に就く者が多く居た。
悪魔族たちは、迫害による放浪生活の中で日銭を稼ぐための技術から大衆芸術など創り出す創作者たちが生まれていく。
また、高い魔法の素質から魔法の教師や研究者も数多く生まれ、多くの魔法使いを育てることになるのだった。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。