8話【酪農と輸送のケンタウロス】
【創造の魔女の森】の北部――荒野時代から植林の対象地域から外れていた場所には、長い時間を掛けて自然と草が根付き、草原地帯になっている。
地殻変動の誘発などで起伏のある草原には、幻獣たちと共に併走する半人半馬の魔族・ケンタウロスたちが居た。
「おーい! そっちに行ったぞー!」
「了解したー!」
放牧された幻獣たちに併走するケンタウロスたちが互いに声を掛けている。
山羊の幻獣のヘイズルーンからは、山羊の乳を搾ることができる。
北欧神話のヘイズルーンの乳からは蜜酒を垂れ流すと言われるが、この世界のヘイズルーンは質のいいミルクをいつでも出すことができるのだ。
金色の羊毛を纏う羊の幻獣のアリエスからは、黄金の羊毛を刈ることができる。
一角獣の幻獣のユニコーンは、処女しか世話をすることができないが、生え替わった角には毒や不浄などを浄化する力を持つ。
鹿の幻獣のエイクスは、年に一度生え替わる角が活力を与える強壮剤となり、また細かく砕いて大地に蒔けば緑を育てる肥料となる。
そんな幻獣たちと共に広い平原を駆けて、餌場となる草地に向かい、時に森に入り草木の新芽を食べ、そして寝床に帰って行く。
そんな幻獣たちを管理するのではなく、寄り添うような形で共存しているのだ。
また、彼らの集落では、幻獣以外にも一般の家畜を育て、馬鍬を牽いて畑を耕すケンタウロスたちの姿も見られる。
「こんにちは、調子はどうかしら?」
「様子を見に来たのです!」
杖に二人乗りする私とテトは、建設途中のケンタウロスの集落に降り立ち、ケンタウロスの代表・ケインさんに声を掛ける。
「魔女様、テト様! お気遣いありがとうございます! 見ての通り、集落は建設中ですよ!」
ケンタウロスたちが荷車を引いて建材を運び、彼らの体の大きさに合わせた住居を建てている。
四足歩行のケンタウロスたちが階段を上るのは難しいために、建てられている住居の殆どが平屋住居である。
小柄な私が彼らの住居を見上げれば、通常の平屋よりも一回り以上も大きく、サイズ感的にやっぱり人間と違うなぁと思ってしまう。
このような住居問題は、各種族毎に異なり、それぞれに特徴があるので面白くある。
「ぜひ、我が家で作ったヘイズルーンのチーズと乳酒でも食べて休んで下さい」
「ありがとう。ヘイズルーンのチーズは美味しくて好きなのよね」
「テトは、乳酒も好きなのです!」
私たちは、主に色気より食気の方が強いために、ケンタウロスのケインさんが、ヘイズルーンの乳から作られるチーズと乳酒を用意してくれる。
乳酒と言っても酒精はごく僅かにしか含まれていないために、子どもが飲んでも平気な飲み物である。
私とテトは濃厚なチーズを摘まみ、乳酸菌飲料を思わせるほんのり甘い乳酒を飲み、一息吐く。
「それでケンタウロスたちの中で困ったことはないかしら」
「色々と話して欲しいのです!」
各集落を回り、それぞれの魔族たちから話を聞く私たちは、ケンタウロスたちの要望を聞き出そうとする。
「そうですね。こうして安住の地を手に入れられて喜ばしいです。農業や牧畜、それに安心して魔境で狩りに出掛けられます」
安定した生活を手に入れたためにケンタウロスの戦士たちの半数は、交代で魔境へ狩りに出掛けている。
【創造の魔女の森】北部は、交流のないムバド帝国に近く、また結界外はうっすらと森が広がっているが、魔境と言うほど森も広がっていないために、わざわざ南部の魔境まで狩りに出ているのだ。
そのために魔物狩りをする様々な種族たちが南部に集まって元々あった狩猟村が多種族が入り交じる村に変わり、ある意味でこの土地で一番種族格差のない場所となっている。
そんな北部の草原を住居にするケンタウロスたちは、この土地の南北を縦断して、南の狩り場まで出向けるのは、その健脚ゆえであろう。
「魔境は、一応魔物が出てきて危ないから気をつけてね」
「危なくなったら、すぐに逃げるのです!」
私とテトが心配の声を掛けるとケインさんは、苦笑を浮かべ、そして、言い辛そうな表情をすると、ふっと諦めたように溜息を吐いて、言葉を漏らす。
「――この土地はズルいですよ。私らの力を発揮出来ないんですから」
「うん? どういうこと?」
乾いた笑みを浮かべるケインさんは、胸の内を話してくれる。
「私たちケンタウロスは、人にはない健脚であらゆる場所に素早く向かうことができる自信があります。ですが、この土地では、人を乗せて空を飛ぶグリフォンやペガサスが交易を担い、【マジックバッグ】と【転移門】の組み合わせでこの土地のあらゆる場所に様々な荷物を一瞬で届けることができるんですから」
この脚を発揮する機会がない、と自身の馬脚を軽く叩くケインさん。
確かに、ケンタウロスたちの移動よりも、幻獣のグリフォンやペガサスの飛翔の方が早く、【転移門】ならば更に早い。
だが――
「今は各集落の立ち上げで【転移門】を頻繁に利用しているけど、いずれは緊急時に限っての利用に制限していくつもりよ」
「そうなのですか?」
「それに幻獣さんたちは、背中に数十人も人は乗せられないし、マジックバッグも沢山の物は入らないのです!」
幻獣のグリフォンやペガサスたちが背中に乗せられるのは精々2、3人だ。
更に私やテトの持つような特別製のマジックバッグでも無い限り、その容量は精々50キロもないのだ。
そのために商人たちがマジックバッグの中には、壊れやすい物や少量でも高価な物などを入れて運んでいるのだ。
「それに【創造の魔女の森】は今、私を中心に縦での繋がりは強いけど、魔族同士の横の繋がりが薄いからね。互いの集落を行き来する時、沢山運べるケンタウロスの力は、必要だと思うのよ」
今は、天使族たちが各集落に向けての手紙の配達なども行なっているが、それもいずれケンタウロスたちの仕事と統合されるだろう。
ケンタウロスたちには、重い荷物を沢山、一度に運べる安定性があるのだ。
「今すぐにってわけじゃないけど、もう少し落ち着いたら各集落との繋がりを考えて人や物の輸送とかを考えてもいいかもね」
私の話を聞いて、じっくりと言葉を噛み締めるケインさん。
「魔女様、テト様。私たちが浅はかでした。どうか、お許しを」
「別に謝ることじゃないわよ。まだ各集落を結ぶ道すらできてないから、焦らなくてもいいってことよ」
「ケンタウロスさんたちのチーズと乳酒は、とても美味しいのです! おかわりが欲しいのです!」
自身の発言に後悔するケインさんに私がそう慰めると、テトは空いたお皿を差し出して笑顔で言っている。
こういうタイミングで言えるテトに苦笑いをしてしまうが、牛の幻獣であるガウレンの乳から作るチーズとはまた違った風味と、他には無い乳酒は、ケンタウロスたちの特技とも言える。
この地に増えた人々がそれぞれ作り出す物を他の集落にやり取りするために、いずれは彼らの健脚が役立つ日が来るだろう。
それまでは、農業や酪農などの腕を磨き、日々を過ごして欲しいと思う。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。