6話【農業のミノタウロスと酒造りの鬼人族】
この地に移住して来た者たちは、集落を作ってる。
そんな集落での食料に関しては、結界外の魔境まで魔物の狩りに出掛けたり、広大な森から山菜やキノコ、果物などの恵みを頂き、川や湖から魚を獲り、家畜の鶏を育て、幻獣のミルクなどを頂いている。
また、安定した食料生産として田畑を作っているが、そこからの収穫には時間が掛かる。
「……魔女様、うちらは何を作ればいいだ?」
そんな中、農耕が得意だと自負するミノタウロスの代表・モーフが、私の屋敷にやってきてそう尋ねてくる。
体格のいいミノタウロスが立ち上がると私が見上げなければならないので、その場に腰を下ろしてもらい、話を聞くことにした。
「必要な作物を育てれば良いんじゃないかしら?」
「小麦に、大麦、お豆、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、ピーマン、ナス、アスパラ、カボチャ、キャベツ、カブ、トマト、トウモロコシ、ブロッコリー……他にも色々あるのです!」
私から特に指示する物はなく、テトは農作物の名前を次々と口にしていく。
「……種はベレッタ様から一通り頂いて、必要な野菜はもう作付けしただ。他の野菜も時期が来れば順番に植えていく」
では、何を悩む必要があるのだろうか、と私が首を傾げると、元々寡黙なミノタウロスのモーフは、ゆっくりと時間を掛けて言葉を選んでいく。
「……こうして安住の地を得た。だから、今までやったことのない新しい物を作りたいだ」
「ああ、そういうことね」
折角の新天地で落ち着いて農業ができるのだ。
ならば、今まで見たこともない物を作りたいのだろう。
「うーん。それじゃあ、これなんてどうかしら――《クリエイション》!」
私は、【創造魔法】でとある穀物を生み出す。
「……それは、小麦だか?」
「いいえ、お米って言って、水田で育つ穀物よ」
「モチモチして美味しいのです! それに、それで作ったお酒は美味しいのです~!」
この屋敷では、私の【創造魔法】で創り出したお米や、メイド隊の栽培品目の中にお米があるので少量だけ収穫されている。
そのために、私やテトは、ごはんやお米を使った料理が食べられるが、あまり普及していないのだ。
ここはぜひ、前世の食事再現と普及のためにお願いしようと思う。
「魔女様、このお米の食べ方を教えて頂いても、よいだか」
「ええ、それじゃあ、調理に少し時間を貰うわね。色んなお米を使った料理を用意しないとね」
「テトもお料理、手伝うのです!」
ミノタウロスのモーフのお願いに、私とテトがそう答えると、驚かれてしまう。
「ブ、ブモッ! まさか、魔女様自らがお作りになるのですか!?」
「そうよ。最近、料理をやってなかったからね。たまには作らないと腕が鈍っちゃうわ」
「テトは、久しぶりにカレーライスを食べたいのです!」
ミノタウロスのモーフに、配給の食糧を持ち帰らせて、私たちは早速厨房に籠って料理作りを始める。
とは言っても、私とテト二人だけだとそれほど種類は多く作れないので、今日の食事当番のメイド隊の子たちに手伝ってもらい、私たちの夕食代わりにする。
早速、研いたお米を水に浸しお鍋をコンロの火に掛ければ、白米が炊き上がる。
「まずは、定番のおにぎりよね。具は……なしの塩結びにしましょう」
「魔女様、葉っぱを取ってきたのです!」
テトは、ノリの代わりに巻くシソの葉を取りに行く。
梅干しなんかを具に入れたいが初心者にはハードルが高いので、諦めた。
本当はノリやシャケ、オカカとか、マグロの佃煮なんかの魚介類を使いたいなぁと思いながら、私の小さな手で塩結びを握っていく。
「あー、おにぎりの具を考えてたら、海産物が欲しくなるわね」
「魔女様、【創造魔法】で作れば良いのです」
「私は、自分が食べるために欲しいんじゃなくて、みんなに食べてもらうために、継続的に欲しいのよ」
遥か遠い朧気な前世の食事をみんなに振る舞いたいのだ。
だが実際問題、内陸には海がないので海産物は手に入らないのだ。
そうこうしている内に、次は、お米料理のチーズリゾット、チキンライス、チャーハン、パエリア、テトのリクエストのカレーライスを作っていく。
パエリア作りに関しても、実は河川や沼地にザリガニや淡水貝がいるので、少量だけなら採れたりする。
「サンプルとしてはこんなところかしらね。他にも、作り置きしてあるお団子やお餅、お煎餅は【創造魔法】で作り出して揃えれば大体良いかしらね」
あとは、お米料理のレシピを纏めたりして紹介しないと……
そう考えていると約束の時間になったのか、一度配給の食糧を置いてきたミノタウロスの男性が、一人の男を連れてやってきた。
「ガハハハッ! なんだか魔女様が料理振る舞ってくれる、って聞いて付いて来ちまった」
「ブモッ……魔女様、申し訳ないだ……」
「モーフにガスタもいらっしゃい。まぁ、お米の試食会だから、好きに食べていって」
「最後には、テトが大事にしているお米のお酒も用意するのです!」
私が【創造魔法】で作り置きした日本酒の酒樽も抱えたテトがやってきた。
そしてミノタウロスのモーフが、早速私の小さな手で握ったおにぎりを手に取り、食べてみる。
「ブモッ……不思議な食感だ……それに噛んでいると甘くなる」
「だが、小せぇし、俺はもっとガツンと食いたいなぁ」
寡黙なミノタウロスのモーフは静かにおにぎりを味わい、鬼人族のガスタは、足りないと大口を開けて、2、3個一気に食べる。
「おにぎりのアレンジで中に具を入れたりするけど、今回はこれね」
メカノイドの子たちが長年地道に研究し続けてきた味噌と醤油を取り出し、それをおにぎりに塗って、網の上で焼いていく。
味噌や醤油が焼ける香ばしい香りに、二人の食欲が刺激されたのか、更に焼きおにぎりに手を伸ばす。
他にもモーフは、少量の料理を少しずつ味わい、ガスタは、とにかくガッツリ系の料理を選んで食べていく。
「お米は、とっても美味しいのです!」
そして、テトはカレーライスを山盛りにして食べており、その刺激的な香りに二人もカレーにがっつく。
その後、焼き餅やお団子を食べたり、油で揚げた揚げ餅やお煎餅のカリカリポリポリとした食感を楽しんでいる。
「こいつは、酒のつまみに良いかもしれんな。塩味が効いてて旨い」
「……モチモチとした不思議な食感……こちらも同じお米だか?」
「それは、お餅って言って、餅米って品種のお米を蒸して臼と杵で潰したものね。他にも粉状にした物をお湯で練って成形したものもあるわ」
ご飯に用いられるお米を粉末状にした上新粉にお湯を入れて練ったのがお団子、餅米を粉末にしたのが餅粉、水に浸して抽出したデンプン質が白玉粉など、米粉一つとっても細かく分類できる。
他にもローバイル王国の港街で流通していたお米は、パエリアなどに向いた長粒種系のお米であった。
だが、美味しそうに米料理を食べる二人に、そうしたお米の知識を今伝えるのは無粋だと思い口を閉じる。
ガスタは塩気の強い揚げ餅や煎餅を好み、モーフは甘味を好むようだ。
そして最後に――
「樽を開けるのです!」
「おっ、待ってました!」
「ブモッ……いいんだろうか?」
盛大にお米の料理を食べたミノタウロスのモーフは、今更ながらに若干戸惑いながら、ガスタと共に日本酒を飲む。
「お酒は、美味しいのです~」
「こっく、こっく……ぷはぁ! うめぇ! これが米で作った酒かぁ! よし、うちのカカァたちに作らせるぞ!」
鬼人族の男性は、その身体能力の高さを生かし傭兵稼業などで出稼ぎし、女性は隠れ里や家を守り、農業や酒造りに従事している。
蜂系魔族のクインビーたちが作るハチミツからハチミツ酒を造るのも彼女たちが行なっている。
そして、日本酒を飲んだモーフは――
「ブモッ……麦で作ったエールや、ブドウから作ったワインとも違う。水のように透明なのに深い味わい……」
感動したのか、目元を潤ませて、味わうように飲んでいる。
そして、お酒を飲み終えると、床に膝を付き、深々と頭を下げてくる。
「魔女様が作って下さった米料理、しかと味わいましただ。我らが一族の新たな農作物に、お米を加えさせていただきます」
「おう! うちでも作らすけど、米が余ったら、持ってこい! 全部酒に作り替えさせるぜ、ガハハハッ!」
「そしたら、テトがお酒を飲みたいのです!」
ミノタウロスのモーフの決意に、テトとガスタの酔っ払いの声が入り、なんとも締まらない感じになった。
その後、ミノタウロスと鬼人族の集落……更に、古竜の大爺様が日本酒を美味しそうに飲んでいたことがあったために、竜魔族の三種族がお米作りを始め、メカノイドたちのアドバイスを受けて、数年後にはお米とお酒が私たちのところに届けられるようになった。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。