3話【棄老の村と代替わり】
今日は、通信魔導具によってセレネとギュントン公の三人と定期連絡でこちらの近状を伝えている。
「こっちの状況は、かなり落ち着いているわ」
『お母さん、テトお姉ちゃん。お疲れ様です』
『それにしても物事を合議制で決めるか。また思い切ったことをする』
通信魔導具越しのセレネが私を労い、ギュントン公が呆れた表情で呟いている。
合議制と言っても私は殆ど丸投げ状態でベレッタに任せているのだ。
今はまだ、私とテト、ベレッタが会議に参加して様子を窺っている。
多少ぎこちない部分はあったが、会議の流れは掴めたので、今後は私たちを抜いて、ベレッタの配下のメイド隊の者たちが会議を進めていくことだろう。
後は、会議の回数やそれぞれの種族の意識の問題で少しずつ良くなるかもしれない。
今の私の持つ権限は、セレネやギュントン公との交易、そして子どもたちのために建てた寄宿舎学校の運営くらいだ。
それもいずれは、形だけの権限として実務を別の誰かに委譲したいと考えている。
「そう言う状況だから、難民問題は、一応森の内側で何とかなっているかしらね」
『ふふふっ、分かりました。私も近々夫とともにそちらに訪問したいですね』
『魔族の者たちが落ち着いているなら、問題はない。それより、今の話で出なかったが、受け入れた老人たちはどうなったのじゃ?』
一通りの業務の移行が終わる中、先ほどの報告に上がらなかった人間たちが居る。
難民キャンプから【創造の魔女の森】にやってきた3000人の難民の内訳――約2000人は魔族の一団。孤児やハーフ種族などの子ども300人。
そして、労働力にもならない高齢者700人だ。
「彼らには、合議制に参加させずに村を与えて、魔力を徴収しているわ」
淡々とした物言いをしつつ、老い先短い彼らについて説明する。
私は、そんな老人たちにある契約を持ちかけたのだ。
『――私が【創造魔法】によって産み出した豊かさをあげるわ。その代わり、私の土地で働き、この魔晶石に余剰魔力を籠めて献上しなさい』
様々なことで疲れ果てた老人たちは、唯一差し伸べられた魔女である私の手に縋り、契約を結んだ。
私は契約に則り、彼らにそれぞれ家を与えて一つの村ができ、日々の生活の一部を楽にする魔導具を貸し与え、食料を届けさせている。
また魔晶石に魔力を籠める作業など高が知れているので、野良仕事や家での細々とした内職などをやらせている。
『お主は、昔から平然と嘘を吐く。なにが老人たちから魔力を徴収しているだ。完全な老人たちを救済する慈善事業ではないか』
セレネからは微笑ましそうに見つめられ、そしてギュントン公からは三度呆れた声で指摘されてしまう。
私の隣では、テトがニコニコといい笑みを浮かべ、ベレッタも生温い視線を向けてくる。
既にみんなには私の本心がバレており、ギュントン公からも指摘されたが、抵抗するように視線を逸らして否定する。
「……違うわよ。もしもそのまま見捨てたら、人間の味を覚えた魔物が現れたり、死体がアンデッドになる可能性があるのよ。これは予防措置であり、魔力資源回収のための政策でもあるのよ」
一石二鳥の施策と言うが、味方であるベレッタからその建前を否定されてしまう。
『仮に700人の人間の味を覚えた魔物が現れたとして、通常ならば、その対策予算で冒険者に依頼を出した方が遥かに安上がりです。また、アンデッド発生も同様です。また魔力資源として見るならば、高価な【魔晶石】を預けるよりも、ご主人様が建てた村の土地に世界樹を植えた方が遥かに魔力生成率は高いです』
ベレッタにそう言われてしまい、建前を塞がれたのでふて腐れて顔を完全に背ける。
『全く、そんな建前を並べずとも、ただ救いたい者に手を差し伸べただけじゃろうに……』
「その照れ隠しが魔女様の可愛いところなのです!」
呆れて溜息を吐くギュントン公に対して、テトが明るく言い切り、セレネも同意するように頷いている。
なので、せめてもの弁明はさせて貰いたい。
「助けを求められたら簡単に救う魔女だって思われて、際限なく人が押し寄せられたら困るのよ」
人道的に、そして感情的に、老人たちを助けたいと思っていた。
だが現実的に、膨大な魔力を持つ私にも様々なリソースは限られているのだ。
無制限に人助けすることはできないために、契約という形で老人たちを保護しているのだ。
私がそう言うと、確かにそうだ、とセレネとギュントン公にも納得される。
『でも、実際問題。お母さんを紹介して欲しい、という仲介依頼を出す方は居ないです』
『わしの所でも同じだ。まぁ、距離感を図りかねているのじゃろうなぁ』
「どうして? 普通は、縁を繋ごうとするんじゃない?」
二カ国が滅ぶ大陸西部のスタンピードで出現した骨の巨人を打ち倒し、その後1年掛けてイスチェア王国に押し寄せた難民の救済を手伝ったのだ。
その際、大量の小麦を生み出す【創造魔法】の存在と私たちの名前と共にローバイル王国での一件も合わせて掘り起こされ、【不老】と【創造魔法】の存在が広まった。
それなのに、私の窓口であるセレネとギュントン公に話が来ないと言うのも、不思議に思う。
『客観的にお母さんたちを見れば、特別な力を持ち、強大な竜を使役しているように見えます。また、魔族たちを従えていることからお伽噺の魔王を連想されても可笑しくないですからね』
『それにローバイル王国の一件があるじゃろ? あの一件でお前に不用意に手を出した結果、国王が王位を追われたのだ。地位を追われるなど権力者にとっては悪夢じゃからな』
苦笑いを浮かべるセレネと、ただ淡々と事実を告げてくるギュントン公の話に、納得する。
私に関わると破滅すると思われたから、不用意に手を出さないのだろう。
それは、それでちょっと失礼ではないだろうか……まぁ、静かなのはそれでいいけど。
「むぅ、魔女様は、怖くないのです。強くて、優しくて、可愛いのです!」
「ちょっと、テト。恥ずかしいわよ」
『ふはははっ、そんなことはわしらも知っておるわ。まぁ、ローバイル王国のゼリッチ公爵がギルドの連絡網を使って、恐ろしい存在という印象操作を広めて守ってくれているのだろうな』
互いに過度な接触を抑制するための行動だろう。
だが、それでも世の中には、そうした危険にあえて飛び込む愚か者がいるのだ。
『一応、私たちへの仲介依頼もゼロではないんですけどね』
「それは、ごめんね」
『いえ、お母さんは謝らないでください。我が家が窓口となっているのだから、当然です』
『こちらもそれを承知で、付き合っておるのだ』
二人がそう言ってくれるので、少しだけホッとする。
一応、参考までに私への仲介依頼の内容だが――私たちを自分たちの勢力に取り込もうとする内容だった。
金品、爵位、婚約、土地、奴隷、物品など、人間が想像するだろうあらゆる物で懐柔しようとしてきたそうだが、話を聞いた限り、私の心を動かす物は一切無かった。
逆に、純粋に病気や呪いなどで助けを求める者にとっては、セレネやギュントン公に卸している世界樹の葉やユニコーンの角から作る薬や適任者に任せているので、逆に恩を売れたそうだ。
『大抵の相手はわしらの権力の範囲で退けられるが、それでも何処にでも愚かな相手はいるがな』
「私たちが、森の内側に目を向けて居る間、守られていたのねぇ」
しみじみと呟きつつ、私たちとの交渉の窓口になって密かに守ってくれていたリーベル辺境伯家とギュントン公には感謝である。
二人の権力者が抑えてくれたために、殆どの相手は引いてくれた。
それでも引かない相手もおり、冒険者や傭兵などに依頼して実力行使で接触を図ろうとして、大森林のエルフの国から教えてもらった幻影魔法により辿り着けずに、失敗していくのだ。
「政治的な話は、これで終わりかしらねぇ」
『そうですね。私たちも次代に引き継ぐ時期が来ていますし』
『わしはまだまだ現役のつもりだが、入り婿や娘がうるさくてのぅ。だが、確かに引退時期だろうな』
これを一つの契機に、これから代替わりが始まるだろう。
セレネも夫のヴァイスと共に家督を息子たちに譲り、補佐に回りながら、孫たちを可愛がるつもりらしい。
ギュントン公も、入り婿や娘に後を譲り、一人の好々爺として孫娘を可愛がりつつ、余生を過ごすらしい。
私が今までリーベル辺境伯家とハミル公爵家と交易をしていたのは、私たち個人の縁である。
これからの三家との関わりは、私たちの個人的な付き合いを抜きに行なわれていくことになる。
それとは別で政治的な話は抜きになるが、こうした連絡を時折取り合うようになるだろう。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。