2話【魔女の寄宿舎学校】
【創造の魔女の森】にやってきた難民たちには、色んな種類の人間たちがいた。
一つは、元々同一のコミュニティーを形成していた魔族集団だ。
そうした人たちは元々人間社会には居場所がなく、隠れ里のような形で暮らしたり、キャラバンを組んで移動しながら安住の地を探す集団もいた。
今回のことで【創造の魔女の森】に定住して、生活様式の近い種族と共に集落を作り、生活を営んでいる。
その一方、頼るべき集団もなく、帰る場所もない人たちもいた。
ある程度の年齢に達している子たちは、労働力として方々に引き取られた。
そして労働力になり得ないと判断されて引き取り手の居なかった孤児や差別対象とされたハーフ種族、逃げる途中で捨てられた奴隷が多い。
そのために、そうした子たちに治療と教育ができる施設として、【創造魔法】でいくつかの建物群を建てた。
「――《クリエイション》 寄宿舎!」
私が創造した場所は、時空を漂流して現れた塔を再建した研究塔の近くの土地を切り開き、子どもたちを集めて共同生活をさせている。
寄宿舎には、食堂と300人近い子どもたちが暮らせるような四人部屋がある。
「魔女様? こっちの大きな建物がみんなのお家なら、あっちの大きな建物は何なのですか?」
「そっちは、勉強する校舎よ。ダンジョン都市の孤児院でも調合施設と分けていたでしょ?」
寄宿舎に面した建物には、広々とした教室が並ぶ学舎も【創造魔法】で建てた。
今の学舎には、孤児やハーフ種族、元奴隷の未成年が多く、成人した人々の中で知識や技術を持っている元奴隷や高齢者たちが指導員の先生を引き受けてくれた。
また、私の【創造魔法】では建物としての箱だけで中には何もないので、ベレッタたちが必要な物資や施設などを用意している。
「魔女様? ここでは何を教えるのですか?」
「基本的には、読み書き計算よ。それと希望者や適性ごとに鍛冶や木工、調合とかを教える予定よ」
とは言っても、具体的な技術指導には、指導員の先生と相談しながら決めている最中である。
今は、手が空いたメイド隊の者の中から、絵本の読み聞かせを始めとして段階的に学習の基本である読み書き計算を教えている。
またテトの眷属のアースノイドやゴーレムたちも子どもたちの休憩時間などに一緒に用意した遊具などで体を動かして遊んでいる。
「あっ、魔女様だー! おーい!」「魔女様、テトお姉ちゃん、こんにちは!」「美味しいご飯と暖かいお布団、ありがとう!」「テトお姉ちゃん! また一緒に遊んでね!」
学び舎にやってきた私たちに子どもたちが、次々に挨拶やお礼を言いに近づいてくる。
そんな子どもたちの周りには、小型の幻獣であるクーシーやケットシーたちが集まり、一緒に遊んでいたようだ。
もちろん、幻獣たちはただ遊んでいるだけではなく、子どもたちの生活を見守りつつも色々と導いているようだ。
まぁ、ちょっとした触れ合いで子どもたちが放つ魔力を吸収したりしているが、楽しく遊び相手をしている。
そんな集まった子どもの一人が、私にお願いしてくる。
「魔女様! 俺に魔法を教えてくれ!」
「あー、ズルい! 私も、私も!」「僕も魔女様みたいに魔法使えるようになりたい!」「私はテトちゃんみたいに土を動かしたい!」
一人の子どもがそう言ったのを皮切りに、子どもたちが口々に声を上げる。
突然のことで驚いた私は、戸惑ってしまう。
魔法を容易に教えることはできないが、頭ごなしにダメとも言えない。
それに子どもたちから純粋な尊敬の念が込められた目を向けられると断れなくなってしまう。
「うっ……そ、そうね。それじゃあ、魔力を使った遊びを考えましょうか」
「テトたちも一緒に遊ぶのです!」
私は、子どもたちに遊びの中での【魔力制御】と【魔力感知】を教えることにする。
「まずは、魔力を感じ取るところから始めましょうか。全員で手を繋いで輪を作りましょう」
私たちの周りに集まっていた子たちを集めて、30人ほどで手を繋ぐ。
子ども達と手を繋いだ私の反対側には、テトも手を繋いで準備万端である。
「手に意識を集中して、みんなにゆっくりと魔力を流すわよ」
膨大な魔力を持つ私が、子どもたちに魔力を流していく。
一気に掌を伝って温かい魔力が流されたのに子どもたちが驚く中、子どもたちに流された魔力は反対側にいるテトに次々と取り込まれていく。
子どもたちは、体に流れる魔力を無事に感じ取れたようだ。
「ビックリした? 次は、魔力でリズムを刻みましょう」
――タン、タン、タン。タタ、タン、タン。
魔力をただ流すのではなく、子どもの歌遊びのようにリズムを刻みながら魔力を流し、子どもたちは、それに合わせて声を上げる。
『『『――タン、タン、タン。タタ、タン、タン!』』』
「正解よ。それじゃあ、次は、もう少し難しくするわ」
――ターン、ターン、タタタッタン!
『『『――ターン、ターン、タタタッタン!』』』
色んなリズムで魔力を感じさせる遊びを続けると次第に子どもたちは遊び方を覚え、今度は自分で魔力を多少操ることができるようになる。
ただ、子ども相応に弱い魔力量のために、二人一組で手を繋いで魔力のリズムを当て合う、という遊びになった。
それが、この場に居ない子どもたちにも伝わり、遊びの中で魔力の感知と魔力制御が鍛えられていく。
更に――
「それじゃあ、ちょっとした遊びよ。見てて――《マナボール》」
私は人差し指に、可視化された小さな魔力の塊を産み出す。
軽く指先を振ると放物線を描くように飛んでいき、それを見た幻獣のケットシーの一匹がぴょんと飛びつき、パクッと食べてしまう。
「この小さな魔力の塊は、幻獣たちのおやつなのよ。だから、こうして――取ってこーい」
再び産み出した小さな魔力の塊を飛ばすと、今度はクーシーが駆け出してパクッと食べてしまう。
「わぁぁっ、すごーい!」「ワンちゃんとネコちゃんが食べた!」「面白い! 僕たちもやりたい!」
そういう子どもたちは、うんうんと唸りながら、魔力の小さな塊を産み出そうと唸り声を上げる。
この《マナボール》の魔法は、元々は教会の魔法である純魔力の衝撃波を放つ《マナブラスト》を即興で改良した攻撃性のない魔力球だ。
外部から魔力を摂取する幻獣にとっては、この魔力球はおやつである。
そして、テトは――
「魔女様……テトも食べてみたいのです」
「はいはい。――《マナボール》」
「んっ~、魔女様の魔力は美味しいのです!」
いつもは《チャージ》による魔力補充を行なっているが、変わった摂取方法が良かったのか、美味しそうに目を細める。
そして、子どもたちに遊びを通じた魔法技能を教え、夕方になれば、子どもたちのお世話のために手伝ってくれる魔族の人たちが寄宿舎に帰していく。
子どもたちも難民キャンプで魔族の人たちと共に暮らしていたために、安心して頼っている。
「魔女様、今日は楽しかったのです!」
「ええ、そうね。あの子たちの笑顔が曇らないように、ちゃんと巣立つまで見守りましょう」
「大丈夫なのです! みんな、良く食べて、よく寝て、元気に過ごしているのです!」
難民キャンプで怯えや虚ろな表情をしていた子どもたちが幻獣たちと笑顔で駆け回っている姿を見れば、引き取って良かったと思う。
そして、三ヶ月後――学舎が動き始めた。
子どもの年齢がバラバラであるために、年齢ごとのクラス分けではなく、学習項目の習熟度による昇級制度に決めた。
最低限、読み書き計算は必須として将来に向けての選択として農業や木工、調合、戦闘などの選択授業なども用意している。
その後、ある日ベレッタから各集落から纏められた嘆願書が上がってきた。
『ご主人様、実はいくつかの魔族集落から要望がありました』
「要望? 何かしら?」
『自分たちの子たちも学び舎に通わせて欲しいことと、ご主人様から魔法を教えて欲しい、と言う要望が多数あります』
立派な学び舎になり、その学習内容が徐々に人伝いに伝わった結果、魔族の集落からそうした要望が上がるようになった。
だが、その情報には誤りがある。
「個人的な心情としては、通わせてあげたいけど、あの学び舎では魔法は教えていないわよね」
『どうやら、ご主人様が教えた遊びには、魔法の基礎訓練にもなるのでそこから魔法を教わっていると勘違いしたようです』
そう言われると、確かに遊びながらの魔法の訓練である。
「子どもたちに魔力を使った遊び方を教えただけで、学び舎には魔法の授業はないことを伝えた上で、学び舎に通いたい意志がある人には前向きに対処しましょう。それと子どもたちを一緒に学ばせた時の問題点を洗い出せる?」
『種族毎の体力や能力差でしょうか? 急な参加では、学習現場も混乱することになるでしょう』
「そうよねぇ。だからって魔族の子たちのために教室を開くと、今の先生側の負担も大きいわよね」
私とベレッタ、それに他の指導員と色々と話し合いを行なった。
私としては、あの学び舎は、子どもたちが自立するまでの一過性の物だと思っている。
だが、魔族の親の中にも自分たちの子どもを通わせたいと願う者も出始めているのだ。
「継続的な教育ができるように、体制を変えなきゃなぁ……」
その後、魔族の子どもたちには、各集落に小さな学習塾のような施設を建てて、学び舎と同じカリキュラムで読み書き計算を学ばせる。
選択授業に関しては、各種族が得意なことを学ばせる一方、他の授業に興味のある一部の子には、学ぶ機会を与えることにしている。
また、各集落の学習塾に集まった魔族の子どもたちと交流し、そこで学び舎の子どもたちと同じように魔力を扱った遊びを教える。
魔族の学習塾はそのまま定着し、数年後には学び舎の子どもたちが卒業していった。
ある子は、職人や技術者として自立を果たし――
またある子は、冒険者として生活を始め――
他にも、竜魔族や天使族が幻獣たちに乗って行なう交易に関わり、【ウィッチ商会】の前身となる店舗の経営をすることとなったり――
【創造の魔女の森】の外に出ずに、学び舎で出会った魔族の異性と恋人になって、この地に留まる子――
そして、この地に留まり、人間の集落で学習塾の教師となる子がいた。
子どもたちの自立のために建てた学び舎は、子どもたちの卒業と共に役目を終えた。
だが、そこに残った寄宿舎の建物は、人も魔族も関係なく学びを欲する子どもたちが集まり、作り替えられた結果――数百年後には、世界でも有数の名門大学校になるのは余談であった。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。