1話【天まで聳える巨木の世界樹】
大陸西部の危機であるスタンピードが発生して1年が経ち、3000人近い難民を受け入れたことで様々な変化があった。
【虚無の荒野】は、【創造の魔女の森】と名前を変え、かつての不毛の土地は少ないながらも、人を育めるだけの土地に成長した。
そして、私は――
「魔女様、結界はどうなのですか?」
「かなり弱まっているわね。あと30年ほどで完全に消えるでしょうね」
私とテトは、女神の張った大結界の境界に来ていた。
森が魔力を産み、人や動物を育み、さらに育てられた人々が更に魔力を生んでいるのだ。
【創造の魔女の森】全域は、平均的に外界よりも魔力濃度が高く、魔力の流出入を阻害する効果は不要である。
辛うじて残る結界には、招かざる者を阻む力が残されているが、それも大森林のエルフたちが使う森の幻影魔法などを少しずつ施していけば、不要となる。
「さて、帰りましょうか」
「はいなのです!」
杖に跨がった私は、その後ろにテトを乗せて、【創造の魔女の森】の上空を飛ぶ。
眼下に広がる様々な木々、その木の間を駆け抜けるは、結界の外からやってきた野生の動物や外部から運びこの土地で繁殖させた生き物たちだ。
そして、眼下に広がる森の切れ間には、河川や泉、平原が点在し、切り開かれた土地には、移住者の村落も目に入る。
また、それとは対照的に森が濃く、他の木々よりも飛び抜けて大きな巨樹が幾本もそそり立っていた。
「本当に、大きく成長したわねぇ」
「幾つもの樹が合体しているのです!」
テトの進化によるエルタール森林国への滞在と、難民たちの保護のためにこの地を二年間ほど離れている間に大きな変化があった。
昔、魔力の生成スポットとして世界樹の苗木を植え、その周囲に植林して林を作った。
当時の世界樹は通常の木々よりも大きく成長し、隣り合う木々を取り込み、世界樹へと変異させて、更に大きく成長する。
また浮遊島にいた幻獣・ラタトスクなどによって、世界樹の洞や地面に隠された世界樹の種が芽吹き、世界樹同士が合体して全長100メートルを超える巨木に変わってたのだ。
「本当に、不思議な成長過程よねぇ……」
「エルフの国の世界樹より小さいけど、凄いのです!」
ハイエルフの女王であるエルネアさんが治めるエルタール森林国の世界樹は、高層ビルのように高くどっしりとしており、その生長の年月を感じさせる。
それに対して、【創造の魔女の森】の世界樹は、世界樹を中心として幾本もの樹木の集合により誕生した巨木だ。
どちらも世界樹には変わりなく、その成長過程をファンタジーに感じてしまう。
「さぁ、あの辺に降りましょう」
「はいなのです!」
一番最初に植え、他の巨木の世界樹よりも一回り大きい【創造の魔女の森】の中心地にある世界樹の枝に着地する。
太く、しっかりとした安定した枝は、私とテトが降り立つくらいではビクともせず、枝に腰掛けて、森から見える景色を眺める。
ただ何をするわけでもなく、テトと共にその景色を眺めるだけだ。
世界樹の天辺付近など、殆どの者が到達することができず、ただ風にそよぐ木の葉の音が響く。
森の空気を吸い、森の全体像を眺めて、穏やかに過ごす。
――クゥゥッ、とテトのお腹の鳴る音に、森の静寂が不意に破られ、ぷっと小さく笑ってしまう。
「ちょっとお腹が空いたのです」
「ええ、そうね。それじゃあ、屋敷に帰りましょうか」
枝の上で立ち上がり、テトと共に再び杖に跨がって、私たちの屋敷に戻る。
『『『――ご主人様、お帰りなさいませ』』』
ベレッタの部下のメカノイドたちが帰ってきた私たちを出迎えてくれる。
「ただいまなのです! 今日のおやつは何なのですか?」
『本日のおやつは、プリンをご用意いたしました。ガウレンのミルクと卵、ハチミツで作り上げました』
『それと、ご主人様。執務室に届けられた各集落からの嘆願書の整理が終わっているそうです』
「ええ、わかったわ。あとで確認するわ」
メイドたちからの挨拶と共に連絡を受け、私たちは、厨房に作り置きされたプリンを沢山持って、屋敷の執務室に辿り着く。
そこには、ベレッタを始めメイド隊が数人と、私たちの役に立ちたいと志願した難民魔族の中から知的労働が得意な者たちが事務員として働いている。
『ご主人様、お帰りなさいませ。なぜ、こちらに? 本日は休みでは?』
「ベレッタ、ただいま。おやつの時間だから、みんなにも持ってきたのよ」
「ただいま、なのです! みんな休憩するのです!」
私がそう言うと、執務室に並べられた机で作業していた魔族事務員たちが期待の籠った目でベレッタを見ている。
『わかりました。ご主人様のご厚意を無下にするわけにも行きませんね。皆様、おやつの休憩をしましょう』
『『『――はい! メイド長!』』』
仕事の手を止めて、おやつやお茶の準備を始める事務員の子たちを微笑ましく眺める。
【創造の魔女の森】では人数が増えたことで爆発的に多くて煩雑な仕事が増えた。
ベレッタや他のメカノイドのメイド隊たちに処理を任せれば、やれないことはなかった。
だが、あまりにも多い仕事に私がストップを掛けたのだ。
ベレッタたちには能力があるからと言って、限界まで仕事をすることを求めていない。
むしろ、魔族・メカノイドに進化したために、人間らしい休みの過ごし方、個人の趣味の楽しみ方を模索して欲しかった。
ベレッタたちの負担を減らすため、私たちの役に立ちたいと願った移住者の要望を叶えるために事務員を雇ったのだ。
『ご主人様、テト様。お茶をお淹れしました』
「ありがとう。それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす、なのです!」
私とテトもプリンを一口食べれば、滑らかだけど濃厚なプリンに目を細める。
ほろ苦いカラメルとバニラの香り付けが美味しく感じる。
少し口の中が甘くなってきたら、紅茶でリセットして、また楽しむ。
「ごちそうさまでした。それで、ベレッタ。嘆願書が届いているみたいだけどいいかしら?」
『こちらでございます』
そう言ってベレッタが差し出してくれたのは、数枚の紙束であり、それに一枚ずつ目を通していく。
人口の増えた【創造の魔女の森】は現在、各種族から代表を出して合議制でこの森での暮らし方を決めて貰っている。
その結果が、一応トップである私の所に回ってくるが、過度に干渉せず今まで通り気ままに過ごさせてもらう予定だ。
「君臨すれども、統治せず……って言うやつかしらねぇ」
ベレッタたちメイド隊が中心となって、各種族の合議制のための土台作りを行なってくれたので、こうして楽できる。
「今回上がってきた報告書は、交易品の品目拡充の話ね」
『はい。クインビーからハチミツを。アラクネからは良質な織物が交易品に加わる予定です』
蜂系魔族のクインビーと蜘蛛系魔族のアラクネは、どちらも女性のみで構築される女系魔族である。
花の蜜や花粉などを集めてハチミツにするクインビーや、樹上に家を作り暮らすアラクネの生活様式的に言えば、自然の多い【創造の魔女の森】は、生活する上では非常に適した場所であった。
蜂系魔族のクインビーは、蜂の魔物であるハニービーを使役しており、花畑から高級なハチミツや蜜蝋を作り出せる。
蜘蛛系魔族のアラクネは、アラクネ自身が生み出す糸や【創造魔法】で創り出した桜の木の魔力に当てられて変異したレッドアイ・スパイダーの変異種――アルビノ・アイから生み出された糸を使った織物を生産している。
艶と光沢のある織物を、天然由来の染料によって染められた物は、【創造の魔女の森】の女性たちの憧れの的であるのだ。
「クインのハチミツは、とっても甘かったのです! 鬼の人たちがハチミツのお酒を造るって言ってたけど、ハチミツが無くなるのは悲しいのです!」
テトの言う鬼の人とは、鬼人族のことだ。
男は筋骨隆々で、女は普通の女性だが、どちらも頭部に角を持つ魔族だ。
男はその体格の良さなどから傭兵業に従事し、女たちは家や集落を守り酒造りを生業としている。
そんな彼女たちが造るハチミツ酒をテトは楽しみにしているようだ。
「ハチミツも確かに良い物よねぇ。あと、アラクネたちの織物もすべすべとしてひんやりとしているからいつまでも撫でたくなる気持ちよさがあるのよねぇ」
すべすべとした肌触りのアラクネたちの織物が私たちに献上された時は、ベレッタたちの手によって、私とテトのパジャマや寝具に作り替えられた。
テトもその肌触りが好きなのか、私のパジャマにしょっちゅう頬ずりをしているのだ。
『高級品の位置付けとして少量だけ交易品に流すだけなので、森の内部への流通は問題はありません。また、ご主人様への献上品として最優先で送られております』
本日のプリンに使った甘味もクインビーたちのハチミツですよ、というベレッタに、私とテトは、ちまちまとプリンの甘さを味わう。
『それと他の種族たちも自分たちも特産品を出して、ご主人様に献上するんだ、と躍起になっております』
「……自分たちの身を削るような無茶はしないように釘を刺しておいて」
クインビーとアラクネは、あくまで自分たちの得意なことからやっているのだ。
他種族が真似をする必要はないので、程々にしてほしいと思う。
8月30日にGCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました』5巻が発売されます。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました7章を毎日投稿したいと思います。
また現在、ガンガンONLINEにて『魔力チートな魔女になりました』のコミカライズが掲載されて、下記のURLから読むことができます。
https://www.ganganonline.com/title/1069
作画の春原シン様の可愛らしいチセとテトのやり取りをお楽しみ下さい。
それでは、引き続きよろしくお願いします。