32話【難民キャンプの救済】
「チセお母さん……やると決めたらとことん早いですね」
「だが、良いのではないか? セレネの義母君たちが助力してくれるなら、これほど心強いことはない。何より、最も頭を悩ませそうな人々を引き受けてくださるのだ」
砦の会議室に乗り込んだ私たちは、セレネとその夫であるリーベル辺境伯のヴァイスに自分たちの考えを話した。
この砦に集まった難民5万人が生活を送れるように助けることに二人は賛同してくれる。
「治安悪化も考えられるから早急に対処したい。王宮でも難民の受け入れに関して議論されているらしく、イスチェア王国では段階的に2万人までは受け入れる予定だ」
日々、大陸西部の状況が伝わってくる中、スタンピードを引き起こされたダンジョンを中心に、西部の二カ国は滅び、北方のムバド帝国と南方のパルク教国の領土が魔物たちに呑み込まれて縮小した。
国の跡地には、生き残った町々はあるが、それだけでは国家の体を保てないためにいずれは、近隣の国に取り込まれることになるだろう。
帰るべき家や国が滅んでいるために難民たちには、新天地で生活してもらうことになるだろう。
それでも各都市・各村々での受け入れ限界がある。
それに他国に頼りたいが、ここはあくまでも滅んだ国が接する国境線の一部であり他の国々も同様に難民問題を対処しているだろう。
「そうなると、残り3万人の処遇ね。私は【創造魔法】で急場の食べ物を創り出すわ」
「テトは、ゴーレムたちと一緒に、土地を切り開いて農地を作るのです!」
生きるのに必要な食べ物を私が創り出し、農地を作ることで難民たちに仕事を与えてトラブルを減らす予定だ。
「私たちは、冒険者やチセのところの義勇兵と一緒に、魔物を狩って食肉を用意するわ」
私、テト、ラフィリアの言葉にセレネたちが聞いてくれる中、アルサスさんは別方面のアプローチを提案してくれる。
「俺は、冒険者ギルドに顔が利くし、元仲間の聖職者がいるんだ。そいつのところと連携して上手く難民をギルドや各地の孤児院に振り分けられないか聞いてみる」
かつて、パウロ神父が管理していたダンジョン都市の教会と孤児院は、アルサスさんの元パーティーメンバーだった聖職者の男性が引き継ぎ、運営して孤児院の規模を拡大させている。
最初は私が教えた調合と製紙技術だけだったが今では、木工や鍛冶、建築などの職人も招き入れて職業訓練施設として充実しているそうだ。
「そうですね。私も教会の聖女として認定されていますから、枢機卿にご連絡を取って難民の受け入れなどについて相談したいと思います」
リーベル辺境伯夫人兼聖女のセレネと孤児救済の発生地であるアパネミスの教会責任者からの連名での働き掛けならば、きっといい方向に動くだろう。
だけど、今のままだと色々と問題が多い。
「難民5万人のまま無差別に分けて新天地へ、ってわけにはいかないわねぇ。適性や家族関係、元の住んでいた状況などを纏めないとならないな」
5万人の難民をいくつかのグループに分けておく必要もあるだろう。
「そうなると、文官も派遣してもらわないとな。他に必要なのは、病人に対する対応か」
「スタンピードの山場が終わりましたし、私が治療に当たろうと思います」
リーベル辺境伯夫婦であるヴァイスとセレネがそう言う。
ゆくゆくは難民に聞き取り調査などを行ない、グループ分けすることになり、早速行動を開始する。
「――《クリエイション》小麦!」
非効率的な【創造魔法】は、人の手が加わった物を産み出すほどに消費魔力が増える。
パンより小麦粉、小麦粉より小麦の方が同じ魔力消費でも多くの数を産み出せるために、麻袋に翳した手から沢山の小麦を産み出し続ける。
「奇跡じゃ……恵みの聖人様だ」「いや、恵みの聖女様だ、ありがたや……」「黒い聖女様……黒聖女様だ」
かつて同じように無から小麦を産み出し貧しい人々に分け与えた聖人の逸話が存在したが、それに準えた行ないからそう連想したらしい。
「黒聖女かぁ……また懐かしい呼び方を……」
崇めてくる難民たちに対して、小さく苦笑を浮かべながらぼやく。
最初は、黒目黒髪の不気味な少女と西部地域の難民たちに見られていた。
だが、私が【創造魔法】で小麦を産み出す様子を隠すことなく広く見せつけたことで、すぐに多くの難民が私を目にして、聖人、聖女などと言って崇め始めた。
そんな小麦が運び出されて、砦の中にある魔導具の石臼で延々と小麦粉にした物を、難民の女性たちがパンを捏ねて難民のために焼いていく。
「まぁ、これで少しは黒髪や黒目に対する偏見や差別が減れば良いわね」
あまり目立つことは好きではないが、私が先頭に立って人々の意識を変えないと、と思いながらギリギリまで魔力を使った後、難民の女性たちに混じって挽き立ての小麦粉を捏ねてパンを作る。
ちなみに余談であるが、巨大な骨の巨人を倒した光景を目撃した難民たちは、漫然と光の柱が消し去ったようにしか見えず、私の行ないだと認知されずに女神の奇跡だと認識されたようだ。
また、セレネは病気の難民の治療のために難民たちの間を訪問しているので、癒やしの聖女や緑の聖女とセレネも崇められていた。
そうなってくると、聖女が二人居ることになり紛らわしいので、テトが呼んでいる『魔女様』の呼び名を使って、【小麦の魔女】とか【恵みの魔女】。最終的には本質を突いた【創造の魔女】の呼び方が定着した。
「テトも魔女様に負けないように頑張るのですよ~」
『『『――ゴー!』』』
【虚無の荒野】のクレイゴーレムたちを連れて滅んだ国の土地に出向いたテトは、土魔法でその土地を開拓し、農地を作り上げていく。
黒い魔剣を大地に突き刺すと共に地面が鳴動し、下草が枯れて地面に呑み込まれて、畑の畝が出来上がる。
そこに植物の種子を体内に溜め込んでいたクレイゴーレムたちが種の入った泥団子を埋めていき、難民たちにこの畑を管理させる。
テトの魔力が浸透した畑は、通常よりも作物の成長が早く、収穫期間の短い野菜は僅か一ヶ月程度で採れるようになり新鮮な野菜を多少供給できるようになった。
そしてラフィリアやシャエルとヤハドたちは、難民キャンプ周辺の安全確保と食肉確保を兼任した魔物狩りに出かけていく。
そんな生活が続く中、各国からの連絡がこの砦に届いてくる。
「チセお母さん! ギュントン公の掛け合いでガルド獣人国で亜人系の難民を1万人まで! それと大森林のエルフの方々が、エルフの難民2000人を受け入れてくれるそうです」
大陸に根を張る五大神教会を経由しても孤児院での子どもの受け入れの他にも、ドワーフ主体の鉱山国家がドワーフを中心に5000人、竜人主体の国家が竜人を中心に2000人を引き受ける話が来た。
また、元々家財を持ってきた人や他国に親戚の居る人たちは、そのお金や伝手を使って難民キャンプを出て新しい生活を始めた。
冒険者や騎士、魔法使い、職人などのなんらかの技能を持つ人は、各国にあるギルドに訪れてそこでの仕事を引き受けて新しい生活を始めているそうだ。
そうした難民たちを送り出し続け、イスチェア王国が手配した馬車に乗って次々と新天地へと旅立ち、難民キャンプの規模が徐々に小さくなっていく。
それに伴い雇われた冒険者たちも徐々にその数を減らし、代わりに国やリーベル辺境伯家の騎士が砦で魔物の警戒に当たっている。
テトが作った畑の周りにも難民の一部が家を建てて村を作り、リーベル辺境伯家がその土地をテトから買い上げる形でイスチェア王国の国土に加わったりもした。
「難民キャンプは、少しずつ小さくなってきたわねぇ」
「そうなのです。でも、ダメだった人も居たのです」
季節が冬になり、難民キャンプでの慣れない生活と冬の寒さが祟って、そのまま亡くなった人も大勢居た。
難民キャンプの外れには、そうした人たちを弔った墓場が建てられた。
他にも今の生活からいち早く抜け出すために、自らを商人に売って奴隷になって家族のためにお金を工面する場面に出くわしたり、難民による犯罪で罪人となった者が難民キャンプから追放されて鉱山奴隷として送られる者も少なからず居た。
「――でも、生まれた子どもも居たわ」
スタンピードが始まる前から妊娠していた女性たちは、不安を抱えながら難民キャンプでの出産を行なうこととなった。そのような女性が無事に出産できるように手伝ったこともあった。
そんな無垢な赤ん坊たちの姿を見れば、この子たちのために安定した生活ができるようにしよう、という気になる。
そうして少しずつ難民たちを支えて送り出したが、他国に出稼ぎしている間に国が滅んだり、他の難民キャンプに逃げていた家族が合流したりして、人数は増減した。
それでも一年後には難民キャンプの人数は、3000人まで減らすことができた。
残った3000人の難民は、誰にも何処にも受け入れられず、また何処にも行くことができない人々だった。
「小麦のお姉ちゃん、おはよう!」
「魔女様、先日は薬を頂きありがとうございます」
「創造の魔女様、我々は、これからどのように生きれば良いのでしょうか?」
この一年、私やテトたちが助けるために懸命に働いたことが通じたのか、難民たちは私たちに心を開いてくれた。
そんな難民キャンプに残った人たちと面会して、【虚無の荒野】に移住しないか私は、打診をしていく。
様々な種族や特徴を持ち、一般社会では許容されにくい魔族の人々とその家族。
年老いて逃げる際に置いていかれた老人や元奴隷、病人。
町のスラム街から追い出された様々な種族の子どもたち。
既存の種族コミュニティーに入れなかったハーフ種族の子たち。
他にもシャエルやヤハドに惚れ込んだ人たちも集まっている。
移住を提案している難民の内訳は、人間が400人程度であり、その他獣人300人、亜人のエルフとドワーフがそれぞれ100人、竜人が50人だ。
特に難民の内訳には、人間と獣人、エルフ、ドワーフ、竜人などのハーフ種族も含まれている。
獣人や亜人同士で子を成したならばどちらかの親の種族になるが、人間との間の子どもだとハーフ種族になるのだ。
そのために、純血主義者や寿命の差、種族固有の能力差などで差別される歴史を持っている。
これでもハーフ種族は、ガルド獣人国が多く受け入れてくれたが、それでも受け入れにあぶれてしまう人も多く居た。
残りの魔族の内訳は――
悪魔族や鬼人族、多眼族(三ツ目魔族)などの亜人系魔族。
人狼、半人半馬のケンタウロス、半人半蛇のラミア、牛頭の魔族ミノタウロスなどの獣系魔族。
蜂人や蜘蛛人などの蟲の特徴を持ち、同じく【人化】によってある程度身体サイズをコントロールできる蟲系魔族。
体の一部に植物や花を咲かせているドライアドやアルラウネのような植物系魔族など……。
特にラミアや蟲系、植物系魔族は、女系種族という女しかいない種族特性を持っていることから外部から男を攫って子孫を維持してきた歴史があり、人々に敬遠されていた。
ミノタウロスは、男性は竜魔族と同じ頭部が牛の特徴を持つが、女性は普通の牛系獣人に近い容姿を持っている。
その他にも分類の難しく少数の魔族たちが移住を受け入れてくれた。
そうして、最後まで受け入れ先の無かった彼らを私たちが受け入れるために、【虚無の荒野】ではベレッタや【転移門】で帰宅を果たしたシャエルやヤハドたちに集落を作ってもらった。
私も難民の数が減って、【創造魔法】で食料を創り出す量が減って、魔力リソースに余裕ができたので、集落作りに加わる。
一部、まだ人間同士で暮らすのが苦手とする魔族たちは、一足先に【虚無の荒野】に移住して、それぞれが適した土地で住処を作り始めている。
そして、ついに――
「本日を以って、難民キャンプを解散する! 皆、よく耐えてくれた!」
『『『オォォォォォッ――!』』』
リーベル辺境伯の宣言と共に難民キャンプが解散された。
本来なら、最後まで面倒を見ることもできないために、行き場のない難民には、多少の荷物は持たせて、放逐されるだろう。
だが、私が行き場のない魔族を含める難民たちを引き受けたことで皆表情を明るく次の場所に旅立つことができる。
「それじゃあ、みんなはこっちに来てね!」
古竜の大爺様が逃げ遅れた難民を回収した時に【転移門】を使ったために、【虚無の荒野】への移住者は次々と【転移門】を潜っていく。
五つの【転移門】の先にはそれぞれの集落が用意されており、難民キャンプでの共同生活で魔族への苦手意識が弱まり、各集落で人間たちと共同生活が行なわれていくだろう。
そして、【虚無の荒野】の屋敷では――
「「「お帰りなさいませ、ご主人様! テト様!」」」
「ただいま、みんな元気にやっているかしら?」
「ただいまー、なのです!」
屋敷に帰ってくると私たちを出迎えてくれるのは、難民キャンプにいた子どもたちである。
ベレッタたちメイド隊が作り上げたメイド服や執事服に身を包んだ様々な子どもたちは、私たちの屋敷で働いているのだ。
『私たちメカノイドたちを各集落の管理維持のために振り分けるとお屋敷でのご主人様のお世話が十分にできません。そのために、引き取った子どもたちを使用人として教育したいと思います』
魔族たちの受け入れについてベレッタと相談した際に、そのように提案されたのだ。
そのため、ベレッタを筆頭に50人のメカノイドが屋敷で働き、30人のメカノイドが各村落の管理などに回る。
そして、残りの20人についてだが――
『それとメイドの一人が天使族の男性と夫婦になり、それを皮切りに20組の夫婦が誕生し、現在彼女らが……妊娠しております』
「……はぃ?」
「おー、赤ちゃんが生まれるのですか! おめでとうなのです!」
予想外の言葉に、唖然としてしまう。
エルフの大森林での暮らしで1年ほど過ごし、難民救済のために1年間砦に詰めていたために、住民たちにそのような変化があるとは思わずに驚いた。
機能的にはメカノイドたちにも妊娠機能があるために、子どもを作ることができる。
だが、いざその話を聞くと非常に驚き、後からじわじわと嬉しさが湧いてくる。
「そう……元は私の【創造魔法】で創り出した奉仕人形が魔族化した子たちだけど……良かったわ」
『ある意味、ご主人様は彼女たちの母とも言えますので、もうじき祖母という立場になるのでしょうか?』
「魔女様は、お婆ちゃんになったのですか!」
「ふふっ、セレネに子どもたちが居るからもう前からお婆ちゃんよ。いえ、年齢的には曾お婆ちゃんでもいいわね」
体は12歳のままだが、年齢はもう70を超えているのだ。
そんなことに三人で小さく笑い、ベレッタは逸れた話を戻す。
『生まれる子どもたちには、ゆくゆくは母子共にご主人様のお世話を行ないますが、妊娠中に不足する労働力を確保する意味も込めて、子どもたちを雇い、教育のノウハウを蓄積したいと思います』
そんなベレッタの提案を受けて、移住してきた難民の中から屋敷で働きたい子を募集したら、私への恩返しを希望する人が多数出た。
また移住者が増えたことで一気に、【虚無の荒野】への貨幣制度の浸透なども促進させてるなど、細々としたことはあったが、私にできることを十分できたと思う。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。