31話【魔族差別の一端】
砦に迫っていた骨の巨人を浄化し、案内された砦の一室でテトと一緒にベッドで横になる。
「こうしてテトと同じベッドで寝るの、久しぶりね」
「テトはずっと魔女様に抱きつきたかったのです」
「私もテトが居なくて寂しかったわ」
1年ぶりにテトの腕に抱き締められる安心感とレリエルの神託が下されてからの慌ただしさが一段落した安心感から私は、すぐに眠気に襲われる。
「明日も、やらなきゃいけないことが多いわね」
「魔女様、今は休むのです」
そうして私とテトは、砦の一室で眠りに就く。
…………
……
…
そして気がつけば、夢見の神託の黒い空間に私とテトが居り、目の前には四人の女神たちが勢揃いしていた。
――快活な笑みを浮かべる太陽神のラリエル。
――穏やかな微笑みを絶やさない海母神ルリエル。
――こちらを尊敬するような眼差しを向ける天空神レリエル。
――そして、私を転生させ使徒にした地母神のリリエルが泣きそうな笑みを浮かべていた。
『チセ、ありがとう。本当にありがとう』
「骨の巨人の討伐のこと? 私だけじゃなくてテトやエルネアさんのお陰よ」
「みんなで頑張ったのです!」
私とテトはそう答えるが、リリエルは首を静かに横に振る。
『違うわ。骨の巨人たちを浄化したことで、古代魔法文明の人々の魂が輪廻に戻ることができたのよ。ほんの一部だけだけど、魂が輪廻に戻ったことで、妹のロリエルの力が少し戻ったのよ』
2000年前の古代魔法文明の暴走で大勢の人が時空間に呑み込まれて亡くなったことで力を衰えさせた冥府神のロリエルに、死者の魂が戻ったことで力が取り戻せたようだ。
『まだ長い時間ローちゃんは起きていられないけど、これで姉妹全員が揃うことができたの。ありがとう、チセちゃん、テトちゃん』
『ボクからも色々とありがとう! 君たちには、浮遊島の件とか今回の大陸西部の危機を助けてくれて! これでボクの時空間の権能とロリエルの冥府の権能を合わせて、少しずつ時空間に呑み込まれた人々の魂を導けるよ!』
おっとりとした美人のルリエルと元気な少女然としたレリエルの言葉に、本当に良かったと思う。
『そうだな。ロリエルが起きれば、あたしらの信者の中から良さそうな魂の持ち主を死後に天使や英霊にして世界の管理の手伝いをしてもらうこともできるからな!』
2000年前の魔法文明の暴走による魔力枯渇は、リリエルたちの手足となって働く天使や英霊たちも数を減らしたらしく、ようやく補充ができると喜んでいる。
だが、それはラリエルがサボりたいだけではないだろうか……などと思い、実際に真面目なリリエルからジト目で見られていた。
今回の人為的なスタンピードの発生で多くの被害が出たが、それとは別に救われた側面があったのだな、と思う。
『本当にありがとう、チセ。でも、時々は休んでね』
「ええ、私は無茶せず、自分のできる範囲のことをやるのが信条だからね」
そう言って、女神たちに見守られる私たちは、夢見の神託を終えて、砦の一室で目を覚ますのだ。
…………
……
…
砦の一室で目覚めた私たちは、リリエルたちからの感謝の言葉を噛み締めながらゆっくりと目を覚まし、砦の状況を見るために出歩く。
骨の巨人を討伐して一夜明け、義勇兵としてこの場に来たシャエルたちの居場所を探している間、砦で保護されていた難民たちを見つけて、冷や水を浴びせられたような気分になる。
「彼らは、難民ね。本当はまだ何も終わってないのね」
「みんな元気がないのです。お腹空いているのです」
間近で難民たちの間を歩くと、彼らの表情がよく分かる。
皆が魔物に怯え、逃げるのに疲れて、虚ろな表情をしている。
冒険者時代に何度も見た光景が延々と続き、それが5万人も集まっているのだ。
「はぁ……この鬱屈とした光景を見せられるとなんとかしたいわねぇ」
「テトもどんより暗いのは好きじゃないのです」
鍛えられた魔法技能は、私に一種の超常的な感覚をもたらす。
所々から漂う難民たちが発する魔力による死の気配は、人によっては死臭と称したり、瘴気や呪いの源などと言うのかも知れない。
「何もかもが不十分ね」
砦に送られる物資は、スタンピードで発生した魔物を防いでくれる砦の騎士や冒険者たちが最優先に割り当てられるのだ。
そのために、難民への炊き出しは最低限であることが予想できる。
天空神のレリエルに魔物の討伐を頼まれたが、その後の処理までやらなければ、本当の意味で終わったことにはならないのだ。
そんな難民たちを救う手立てを考えながらシャエルたちの居場所を探す中、甲高い子どもの悲鳴が聞こえる。
「止めて、お婆ちゃんのパンを返して!」
「死に損ないのババァに喰わすなんて勿体ねぇ! 俺たちが代わりに貰ってやる!」
配給されたパンを子どもから奪う青年を見つける。
周囲に居る人たちは、そんな行動に眉を顰めるが、巻き込まれたくないために傍観を続けている。
一切れのパンを子どもから取り上げる程に無慈悲な行ないに、私の手に自然と力が籠る。
「返してよ! お婆ちゃんのパンを!」
「ああ、うるせぇ!」
「きゃっ!?」
一切れのパンを取り返そうと青年たちに纏わり付く少女は、軽く振り払われて地面に倒れる。
そんな女の子を《サイコキネシス》の魔法で優しく受け止めるが、振り払われた拍子に外れたフードの下が露わになる。
短く切り揃えられた黒髪と捻れた角の魔族の少女に、周囲の難民たちがざわつく。
「てめぇ、悪魔だったのか! よくも汚ぇ手で触りやがって! 呪われたらどうする!」
「それに、コイツ、黒髪だぞ! 追い返せ! 人間の居場所に出てくるな!」
「ひっ!?」
魔族の少女は、一変して周囲の雰囲気が変わったことに灰色の瞳を怯えさせる。
見るのも不快なやり取りを止めるために私たちは、この騒動に介入する。
「あなたたち、何をやっているの」
僅かに声に魔力を乗せれば、魔族の少女に向けられていた意識をこちらに向けさせる。
「あん? なんだ、この悪魔の仲間か?」
「仲間とか関係なく、他者からの略奪行為は見過ごせないだけよ」
「あまり騒がしくすると、騎士さんたちに怒られるのですよ!」
「チッ……お前も黒髪風情のくせに……」
難民キャンプを見回る騎士たちのことを挙げれば、彼らに楯突くことは得策じゃないと気付いた男たちは、舌打ちして捨て台詞を吐いたままパンを持ったまま去っていく。
「魔女様の髪は、綺麗なのに見る目ないのです」
「あんな人たちに貶されたところで大して傷つかないわよ。それより、あなた大丈夫?」
私がしゃがんで女の子に手を差し伸べると女の子は、私を呆然と見つめてくる。
「……ご、ごめんなさい!」
そして、慌ててフードを被り直して立ち上がる魔族の少女は、先ほどの騒動で周囲からの視線の居心地が悪そうにしている。
「また絡まれたら危ないから、あなたのお祖母さんのところに送るわ」
「テトたち、こう見えても強いのです!」
安心させるようにそう話すと魔族の女の子は、迷うような素振りを見せるが、こくりと頷く。
そして、彼女のテントに向かう途中、何故このようなことが起きたのか話を聞いた。
「その……私たちが悪いの……大昔に居た悪魔の血を引いているから。それに悪魔と同じ黒髪だから」
ビクビクと自信なさげな魔族の少女から聞き出した言葉に、大凡の状況を把握する。
大陸西部は魔族差別の強い地域であるが、それと同時に大悪魔を想起させる黒い色が不吉とされているらしい。
そのために彼女たちは、難民キャンプでも更に立地の悪い場所に追いやられていたらしい。
「ここまで送ってくれてありがとう、お姉ちゃんたち」
「ええ、良いわ。それよりも――」
《クリエイション》と小さく呟き、手を叩く一瞬のうちにパンを一本創り出し、女の子に手渡す。
少し柔らかめのフランスパンといった感じだが、甘いサツマイモやクルミ、ドライフルーツなどが練り込まれた物で先ほど奪われたパンよりも上等な物である。
「それを持って帰ってお婆ちゃんと一緒に食べなさい」
「それは美味しいからきっと好きになるのです!」
「ありがとう、お姉ちゃんたち!」
ずっと怯え気味だった女の子は、笑い慣れていないのかぎこちない笑みを浮かべながらテントに駆けていく。
そして、走っていく先で、探していたシャエルたちが女の子に親しげに挨拶していた。
「あっ、天使のお姉ちゃんだ」
「おっ、悪魔族のナイアか。美味そうなパンを抱えているけど、配給されたのか?」
「あのね! あそこのお姉ちゃんが助けてくれて、パンもくれたの!」
悪魔族の女の子が私たちを指差すとシャエルは私たちに気付いた。
「魔女に守護者? なんだ、どうしてここに居るんだ?」
「シャエルたちを探しに来たのよ」
「どんな風に過ごしているのか聞きに来たのです!」
私がそう言うとシャエルは、魔族の女の子に帰るように促して、自分たちのテントに案内してくれる。
「全く、二人には変なところを見られたなぁ。まぁ、適当に寛いでくれ」
ベレッタが持たせたのだろう、難民たちが使うテントよりも頑丈な遊牧民が使うようなゲルに似たテントに案内される。
またそのテントの周りには、他の難民キャンプから少し距離を取るような形でテント村が形成されていた。
「ヤハドは、グリフォンに乗って魔物が来ないか見回りしてる。後は、仲良くなった冒険者たちがここに飯食いに来るくらいだ」
「そうなの……さっきの女の子と知り合いみたいだけど、いつ知り合ったの?」
私が尋ねると、少し言い辛そうにするシャエルは、諦めたように溜息を吐き語り始める。
「私らのテントの周りに集まった縁だよ。魔族やその家族、他にも古竜の大爺様が助けた見放された側の人間たちだよ」
「見放された側の人間?」
既に難しい話になっているのでテトは、マジックバッグから取り出した食べ物を食べながらシャエルの話を聞いている。
「そうさ。本来なら、同じ人間たちに見捨てられ、見放された人間たちだ。それを古竜の大爺様が【転移門】で砦まで送ってくれたけど、そんな彼らを人間たちが受け入れなかったんだ」
元々は、籠城していた大きな町に入れなかったり、追い出された魔族や逃げる時に足手纏いになると判断された老人や奴隷、病人、他にも保護者不在の孤児、髪や瞳が黒いだけで差別された人、白い目で見られる軽犯罪者たちが集まっているのだ。
「大爺様が助けたのに、人間に見捨てられて配給の飯も食べられずに飢え死にするのも寝覚めが悪いからな。私とヤハドたちが持ち込んだ食料や薬を分けているけど、それでも足りないんだよ」
「そうだったのね」
語るシャエルの表情には、やるせなさが窺える。
今回のスタンピードは、ただ魔物を倒しただけでは終わらない。
彼らの今後の生活が安定しなければ、真の意味で助けたことにはならないのだ。
「魔女様、あの子が虐められないようにしたいのです」
「……私も魔族差別をなんとかしたいけど、こればかりは難しいわね」
人に受け入れやすい下地がある天使族や竜魔族と違い、過去から続く差別意識を変えるのは難しい。
こればかりは、何十年、何百年と時間を掛けて差別意識を消していくしかないだろう。
「なぁ、魔女。あいつら全員、【虚無の荒野】で引き取ることはできないのか?」
真剣なシャエルの言葉に私は、思案する。
できるか、できないか、と言えば、十分に受け入れる余裕はある。
だが――
「受け入れることはできるわ。でも、助けるのは、魔族や見放された側の人間だけ?」
「そうだ。他の難民たちは、私たちを天使様だーとか、ヤハドを竜の遣いだとかって崇めるくせに、ナイアたちに辛く当たるんだ! 助ける必要ないだろ!」
私とテトは、頬を膨らませて不満げに怒るシャエルの話に耳を傾ける。
「確かにシャエルの感情は理解できるわ。私も子どもからパンを奪う人は気に入らないわよね」
「だろ!」
「でも、それをやると今度は私たちが差別する側になるわ。だから、私は全員に幸せになってもらいたいの」
「魔女様は、どっちの人の状況も悲しんで助けたいと思っているのです」
黙って聞いていたテトの言う通り私は、5万人もの難民全員を助けたいのだ。
そんな私の視線を受けたシャエルは、反論しようとするが言葉を詰まらせて、ガシガシと頭を乱暴に掻く。
「……ホント、何も関わりの無い赤の他人を全員助けたいなんて、お人好し過ぎるだろ。……それで、どうするつもりだ?」
シャエルの言葉には、呆れが含んでいるが決して私がやりたいことを否定しているわけではない。
「難民たちが新しい生活を送れるまで【創造魔法】で食料を創り出すわ」
「それじゃあ、テトは、畑を作るのです! 食べたら働いて、また食べるのです!」
「そうね。無駄に元気のある人を働かせれば、多少の争いは減るわ」
私とテトの言葉に、シャエルはそんな単純なと呆れている。
「そもそも悠長じゃないのか? 難民生活に耐えられずに毎日ここでは人が死んでいるんだ。ちょっと離れた場所には、埋葬された難民の墓場もある」
餓死や過労、持病や怪我の悪化、寿命など様々な原因で亡くなる人が後を絶たない。
それに関しては私もどうしようもないと眉を下げる。
「もちろん、そうした弱った人を助けるつもりよ。でも私たちの【創造魔法】は万能かもしれないけど、全能じゃない。必ず取りこぼしが生まれるわ」
女神たちだって、強大な権能を持つが全ての人を救えないのだ。
私たちができるのは、少しでも多くの人の健やかな暮らしを手助けすることくらいだ。
「私たちは、取りこぼさないように地味にやっていくしかないの。もし取りこぼした人が居たら、他の人が拾い上げるのを信じるしかないわ」
私がやろうとしていることは、全てを一発で解決するような賢い選択ではないかもしれない。
早さを求めれば軋轢が生まれるかも知れない。
だから、ただ愚直に一歩ずつやっていく。
「魔女殿! 某も魔女殿の意見に賛成である!」
「ヤハド。それにお前たち、聞いていたのか!?」
私たちの話をテントの前で聞いていたのだろう。
テントに入ってくるヤハドやその後ろにいるアルサスさんとラフィリアを見て驚く。
身内のテントだから安心していたために、魔力感知を忘れていた。
「相変わらずチセたちがお人好しってのが知れて嬉しいな。俺たちも手を貸そう」
「そうよ、水臭いわね。これでもAランク冒険者二人よ。下手な相手より頼りになるわ」
協力を申し出てくれるアルサスさんとラフィリアの話に嬉しく思うが、5万人の難民を助けるためには、私たちが勝手に動くのではなくて、セレネたちリーベル辺境伯家の協力も必要不可欠になる。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。