30話【骨巨人の浄化】
Side:魔女
「どうやら、間に合ったみたいね」
古竜の大爺様の背に乗って、国境線の砦に辿り着いた私たちは、眼下の様子を見下ろす。
砦の上部から伸びる光の剣が、骨の巨人を切り裂く様子がありありと見えた。
その他は、流石に暗闇で細かな様子を見ることはできないが、それでもギリギリで間に合ったことだけは確かだ。
「おー、凄いのです。ああいう攻撃もできるのですか」
そう呟いたテトは、自身の掌を泥土に戻し、体内に収納していた黒い魔剣を引き抜く。
「テト……その剣って……」
「魔女様から貰った剣なのです! テトが寝ている間にちょっと変わっていたのです!」
泥団子の繭の中で作り替えられていたのは、テトの体だけではなくテトが持っていた魔剣もそうなのだろう。
魔鋼製の剣は一回り大きくなり、剣の柄には黄色い精霊石が埋め込まれていた。
「いい物が見れたのです! 早速、真似するのです!」
「あっ、テト!?」
古竜の大爺様が戦場の真上を通過すると共に、古竜の大爺様の背から飛び降りたテトは、新たに変異した魔剣を高く掲げたまま自由落下を始める。
「エルネアさん、テトが! 飛び降りた!?」
「落ち着くのじゃ、よく見よ。精霊の力を獲得して空を飛んでおるわ」
半透明な黄色い四枚の羽が背中から生まれたテトは、空を滑空するように落ちていく。
そして、そのまま魔力を溜めた魔剣でスケルトンの体を切りつけていく。
魔剣によって増幅された魔法が、巨大な刃となって骨の巨人を襲い、頭上から左腕を切り飛ばす。
「あれは……土魔法の【分解】?」
「そのようじゃのぅ……実に単純だが、恐ろしい力じゃ」
【分解】とは、対象の結合をバラバラにしてしまう魔法である。
通常は、人や魔物などの魔力を持つ存在に対しては、魔力によって抵抗されてしまうために、主な使われ方は硬くなった地面や鉱物、有機物などを細かく砕いたりするのに使われる。
テト自身も、体内に取り込んだ有機物を分解して良質な土を作り出していた。
その延長としての【分解】なのだろうが、対象を防御無視で切り裂く力は、恐ろしくもある。
「妾は、テトと共に足止めに向かうかのぅ。雑兵はチセに任せたぞ」
「そうね。テトの【分解】は、霊体には効いてないみたいだから、私がフィアー・ガイストをやるわ」
エルネアさんもテトと同じように古竜の大爺様の背から飛び降り、妖精の羽を背中から生み出して空を飛ぶ。
「さて、やるかのぅ。――《精霊よ、穿て》」
テトが腕を消し飛ばしたことで、骨の巨人の狙いが砦からテトに向き、残った腕を伸ばしていた。
そんな腕に向かってエルネアさんが扇子を広げて煽るように軽く振るえば、闇精霊の重圧により骨が砕かれる。
それだけではなく、火が、水が、風が、土が、光が――六属性全ての精霊が骨の巨人を取り囲み、波状攻撃を繰り広げる。
「流石、ハイエルフの女王ね。私も負けていられないわ」
空中で静止した古竜の大爺様の背の上にいる私は、【輪廻の錫杖】を両手で構えた。
そんな私目掛けて、集まってくる怨念集合体のフィアー・ガイストたちが辿り着く前に、錫杖を振るい、杖頭の輪っかがぶつかって涼やかな音色が響く。
「――《ピュリフィケーション》!」
以前、【虚無の荒野】に埋没していた遺跡で遭遇したフィアー・ガイストを倒すのに、5万魔力を使ったが、今回も同程度の魔力を杖に込めた。
魔法の増幅器である【輪廻の錫杖】の効果と合せて、迫るフィアー・ガイストたちが断末魔の声を上げる間もなく浄化の波動に呑み込まれ、その余波で砦に投げられたスケルトンが崩れて倒れる。
「【輪廻の錫杖】の効果は、思った以上の性能ね。事前に創っておいて良かったわ」
敵の情報を調べず、神託が下された直後から戦場に飛び込んでいたら――
共に戦ってくれるテトやエルネアさん、古竜の大爺様たちが居なかったら――
情報を得て、対策となる【輪廻の錫杖】を用意していなかったら――
それらの前提でこの戦場に立っていたら、きっと苦戦は免れられなかっただろう。
【輪廻の錫杖】で大地に振りまかれた瘴気すら浄化して、色取り取りの魔力が夜風に吹かれるのが見える中、残ったのは当初の半分程度になった骨の巨人だけである。
『ふむ。残るは、あの骨の巨人だけじゃな』
私を背に乗せた古竜の大爺様が一度大空を旋回して、眼下の骨の巨人を見据える。
砦からの極大の光刃とテトの【分解】の斬撃を受けて、エルネアさんの精霊魔法で動きを止めている。
攻撃を受けて徐々に減る体の骨を補うために、平原にいるスケルトンたちが骨の巨人に寄り集まり、失った骨を補おうとしている。
『オォォォォォォッ――!』
そして有効打を与えるテトとエルネアさんを煩わしそうに片手で振り払いつつ、上空で次の浄化魔法を使おうと準備している私に向けて、骨の塊を投げようとするが――
「魔女様の邪魔は、させないのです!」
「妾を無視するとは、いい度胸じゃのぅ」
テトとエルネアさんが骨の巨人の攻撃を妨害し、更に攻撃を加えていく。
「さぁ、これで終わりよ。――《ピュリフィケーション》!」
空中に投げた【魔晶石】から魔力を引き出して浄化魔法を使う。
この二週間で溜めた500万の魔力を【輪廻の錫杖】によって増幅した浄化の波動は、空を貫くほどの光の柱となって、骨の巨人の体を包み込む。
また、浄化の余波が平原にも広がり、平原に居たスケルトンも同じように崩れて消えていく。
『――お、おおおっ、おぉぉぉぉぉっ!』
浮遊島の大規模転移のために鍛え上げた魔力制御は、この程度の魔力の運用なら難なく扱うことができる。
浄化の波動を受けた骨の巨人の体がガラガラと崩れ落ち、その中に囚われた無数の人間の魂が光の柱に沿うように天に昇っていく景色を見ることができた。
そして、しばらく魔法を維持すれば、完全に崩れた骨の山の中に、巨大な魔石を見つけることができ、私を背に乗せた古竜の大爺様がその傍に降り立つ。
「これが核の魔石なのね」
崩壊したらしいダンジョンコアと融合したのか、Sランク魔物級に大きな魔石を見つけた。
私の背よりも大きいのではないか、と思うほどの魔石に触れてマジックバッグに仕舞うとテトとエルネアさんも空中から降りてきた。
「魔女様~!」
「きゃっ、テト!?」
空を飛んでいたテトは、滑るように空から降りてきて、そのまま真っ直ぐに私に抱きついてくる。
「テトは、ずっと魔女様と並びたかったのです! これでいつでも魔女様と並んで戦えるのです!」
「テト……」
飛翔魔法を使う私は、時折一人で先行することが多い。
また、テトならばその場を任せられる信頼があった。
だが、テト本人としては空を飛び駆けていく私に追いつき、共に並んで戦えるように空を飛びたいと願い、妖精の羽を手に入れたのかもしれない。
「なんじゃ、思ったより呆気なかったのぅ。これなら妾は不要であったかもしれぬのぅ」
「テト一人だと、魔女様を守り切れなかったかもしれないのです。だから、エルネアさん、ありがとうなのです!」
テトがお礼を言うと満足そうに笑みを浮かべたエルネアさんが、そのまま私とテトを纏めて抱き寄せてくる。
「本当にお主らは可愛いのぅ……」
「ちょ、苦しい……」
「くすぐったいのです~」
突然抱き締められた苦しさに藻掻く私と身を捩りながら笑うテトに、エルネアさんが頬ずりしてくる。
そんな私たちの様子を古竜の大爺様が微笑ましそうに眺めていると、砦の方から光魔法を灯した一団が私たちのもとに駆けてくる。
「――チセお母さん、テトお姉ちゃん!」
砦から骨の巨人と戦う光景を見ていた人たちがやってくる。
その中には、砦の責任者であるリーベル辺境伯本人に、その妻であるセレネ。また私たちが送り出した天使族のシャエルと竜魔族のヤハドたちも居る。
「「チセ(魔女)! テト(守護者)!」」
そして、シャエルと共に並ぶエルフの女性が互いに私を呼んだことで、顔を見合わせている。
「シャエル、お疲れ様。それとラフィリアは久しぶりね」
エルフだから老化が緩やかで最後にあった時と殆ど変わらないラフィリアを見て、安心感を覚える。
そして、その後ろから若い男性に肩を借りて歩いてくる老人からの親しみの籠った視線に少し首を傾げるが、降り立った古竜の大爺様の言葉に誰だか気付く。
『アルサスよ。随分と消耗しているようじゃのぅ。あの光の剣の代償か?』
「偉大な古竜様の前で情けない姿を見せてすまんな。ちょっとばかり疲れちまっただけだ。それと嬢ちゃん、久しぶりだなぁ」
老剣士の困ったような笑い方とその腰に刺した剣から誰だか、理解した。
「アルサスさんも、本当に久しぶりね」
「ああ、久しぶりだ。ホント、全然変わってねぇなぁ。俺なんてもう頭白くなってるぞ」
白髪の目立つ自身の髪を撫で付けるアルサスさん。
なんだか、思わぬ顔ぶれの集合に懐かしく思うが、懐かしんでばかりもいられない。
『最も脅威であった魔物が倒されたことだ。いつまでもワシがここに居ては人間たちが安心できんだろうから、先に帰るとしよう』
「ならば、妾もレリエルへの義理も果たしたことじゃ。古竜殿と共に夜空を楽しみながら先に帰るとしようぞ」
そう言うエルネアさんは、古竜の大爺様の背に乗りそのまま飛び立ってしまう。
結局、自分のことは名乗らずに、全部の戦果を私とテトに押しつけるようにして、【虚無の荒野】まで戻っていく。
「エルネアさん、自由だったわね」
「魔女様? テトたちは、どうするのですか?」
私たちには、この砦にシャエルたち仲間がいるために、帰る時は彼女たちと一緒だ。
そして、セレネに促された私たちは、砦の一室に案内される。
「……まだ終わっていないのよね」
巨大な骨の巨人は討伐したが、西から吹く風に乗って瘴気の香りが微かに漂ってくる。
これから先は、スタンピードの起った大陸西部は、魔物の領域となり、大地がどのように変化するのか分からない。
――樹木が生い茂り国の跡を覆い尽くすのか。
――魔物が蔓延り自然を食らいつくし荒野の風が国の跡を風化させるのか。
広がった瘴気は、いずれ時間を掛けて自然の力で浄化されるか、瘴気を基に周囲の魔力を取り込んで強大な魔物が誕生するか。
これからどうなるか分からないが、大陸北西部の危機は抑えられたということだろう。
そう思いながら、案内される砦の中に入っていくのだった。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。