29話【国境線砦の防衛戦】
Side:国境線上の砦
テトが目覚めた時より時は遡る。
国境線の砦には、一時魔物の襲来が途絶え、不気味な静けさが続いていた。
「ここが正念場だ! 我らが引けば、多くの民が傷つく! だが、命を投げ捨てろとは言わぬ! 自分が死ねば他の仲間の負担が増えるのだ! だから死ぬな! これは命令である!」
リーベル辺境伯であるヴァイスが自ら戦陣に立ち、騎士や冒険者たちを奮い立たせる一方、後方には妻であるリーベル辺境伯夫人のセレネがこれからの戦闘で運ばれてくる負傷者の治療の準備を整えていた。
古竜の大爺様が砦の前に残してきた匂いが様々な魔物に忌避感を覚えさせ、大爺様が大量の魔物を間引いたために、適度に魔物たちが分散した。
そのために、スタンピードによる侵攻という意味では既に終わっているが、古竜の大爺様の匂いを意に介さず突き進む存在がいた。
それが今までの魔物の襲撃とは異なり、眼孔が真っ赤な光を宿すスケルトンの集団であった。
『カエル、カエル、イエニ、カエル――!』
ただ生前の情念だけで動き、自らの存在を維持するために魔力の多い土地を目指して歩き続ける亡者の総数は分からない。
更に、そんなスケルトンの集団の奥には、小山のように骨の集合体がうぞうぞと動いて見え、その周囲にはガス状に飛び交う怨念集合体――フィアー・ガイストの存在が目視できる。
今までと様相の変わった魔物の襲撃に多くの人々が顔色を悪くする中、戦闘が始まる。
「――精霊よ!」
僅かな声を共に精霊魔法を発動させたエルフのラフィリアは、無数の風の矢を放ち、スケルトンの肋骨の隙間を縫って、胸部の核の魔石を破壊していく。
「はぁぁぁぁっ!」
高い膂力で大槍を振り回し、スケルトンの骨を次々に粉砕していく竜魔族のヤハド。
「これでも喰らえ! ――《ダウンフォース》!」
スケルトンに対して、吹き下ろしの風を起こし歩みを遅くすることで、騎士たちが息つく暇を与える天使族のシャエル。
そして――
「ったく、ジジイが張り切るもんじゃねぇなぁ! はっ!」
「師匠、早く帰りたいって言ってましたもんね」
聖剣を片手に魔物の群れの中を切り込んでいく老剣士のアルサスと師の背中を守るために付いていく弟子のトニー。
特に、アンデッドに有効な【光刃生成】の能力を持つ【暁天の剣】は、僅かでもアンデッドに掠れば、スケルトンの体が力を失ったようにバラバラに崩れ落ちる。
また騎士たちもスケルトンの集団を近寄らせないように、集団陣形を整えて確実に対処していく。
後方に控えた魔法使いたちも奥に控えるスケルトンたちを粉砕するために、魔力の続く限り魔法を放っていく。
そんなスケルトンは、ただ生者と魔力を目指して突き進んでいる。
途中、スケルトンの魔石目当てで脇から襲ってきた別の生きた魔物がいたが、すぐにスケルトンの飽和攻撃により身動きが取れなくなり、逆に魔力と生命力を吸われて息絶えた。
「スケルトンは――《ドレイン》を使ってくるぞ!」
「交代して休め! 奪われた魔力と体力をポーションで回復しろ!」
「傷を受けた者は後方で治療だ! 決して死ぬな!」
そして、長丁場の戦いでは魔力消費の激しい魔族である天使族や竜魔族たちも、この日のために対策は取ってある。
「ぷはっ! 魔女たちの作ったマナポーションで少しは楽になったけど、やっぱりまだ辛い」
「だが、今日が踏ん張り所だ。ここを耐えれば、大爺様や魔女殿が来てくださる」
チセや調合を行なうメイドたちが作り上げたマナポーションを呷るように飲みながら、足りない魔力を補給する。
まだ日中であるためにスケルトンたちは弱い。
だが、これが夜になった時には、日中の弱体化が失われてより恐ろしい集団に一変する。
夜までになるべく多く倒すために、それぞれが全力を尽くしていく。
そして昼を過ぎた頃には、ただのスケルトンの数が大分減った。
その分、遠くに見える巨大な骨の集合体からは、新たなスケルトンが追加されるなど、地獄のような状況が続く。
中には、スケルトンから進化したナイトやウィザードといった上位種なども現れ始め、強者たちが積極的に倒していく。
砦の中では、前線の人を助けるために負傷者の治療と難民たちによる食事の準備が行なわれており、交代で休憩や食事を行ないながら、なんとか耐えている。
だが、相手は疲労も恐れもせずに無尽蔵に湧き出してくるアンデッドだ。
徐々に疲弊する騎士の中で日暮れに近づくに釣れて、アンデッドたちが力を徐々に力を取り戻す時間帯に差し掛かる。
『『『オォォォォォォッ――』』』
唸るような低い声が平原の各所から上がり、スケルトンたちの攻勢の勢いが増していく。
「チッ、日暮れの戦闘は厄介だな!」
光輝く聖剣を振るうアルサスも迫る夜と共に強さを増すスケルトンの集団を相手するのに手間取っている。
『全軍、砦に撤退! 朝まで籠城だ!』
プォォォン――と撤退のラッパが鳴り響き、日暮れ前に平原に出ていた冒険者たちが、砦の中に入っていく。
「俺たちが最後の殿を務める!」
『『『ゴォォォォッ――!』』』
アルサスたちが殿を務めようとする中、彼らとスケルトンの集団との間の地面から何かが現れる。
「なっ!? なんだ、こいつら!」
「これは、魔女殿のゴーレムか!? 待て! 彼らは敵ではない!」
地面から現れる無数のクレイゴーレムに警戒したアルサスと弟子のトニー、エルフのラフィリアだが、咄嗟に竜魔族のヤハドがアルサスたちを止める。
『ゴッ、ゴッ!』
「まさか、砦に行けと言っているのか? すまない!」
「なんだかわかんねぇが、行くぞ!」
大量のクレイゴーレムたちが夕暮れと共に壁のように並び、ハンドサインで撤退の殿を引き受けてくれる。
そんな柔らかな泥土の体を持つゴーレムたちは、押し寄せるスケルトンを受け止める。
泥の中に沈んでいくスケルトンの体は、泥の体を通過した時、クレイゴーレムたちの体内で核の魔石を抜き取られて、通り抜けた時に骨だけが排出されていく。
また泥土の質量のある拳がスケルトンをバラバラに粉砕し、魔石を強引に引き抜き、更に力を増していく。
実は、日中も平原の地面に潜み、スケルトンたちの足場を泥濘ませて動きを鈍らせるほか、倒したスケルトンの魔石を取り込み、再復活を防ぎ続けてくれたのだ。
そして、取り込んだ魔石で密かに力を付けたクレイゴーレムたちがこうして体を張って夜間に戦ってくれるのだ。
それでもクレイゴーレムの体を乗り越えたスケルトンが砦の壁に取り付き拳を叩き付ける。
スケルトンの攻撃では砦の壁はびくともしないが、後から押し寄せたスケルトンが、前のスケルトンを踏み台にし、更に後のスケルトンが踏み台にして、徐々に高さを稼ぎ砦の壁を乗り越えようとしてくる。
『火を持ってこい! 煮えたぎった油を掛けてやる』
『セレネリール様が昼の間に聖別した聖水も掛けてやれ! 絶対に砦を越えさせるな!』
『上から槍で叩き落とせ、絶対に耐えるんだ』
砦の上部から槍や魔法、アンデッドに有効な聖水を降らせ、砦を越えさせないように奮闘する。
砦の壁の向こうには、5万を超す難民。更にその向こうには祖国があるのだ。
全員が死力を尽くして戦い、なんとか防ぐ。
そして、日が完全に暮れた時、更なる絶望が砦の者たちを襲う。
『――オォォォォォォッ!』
日中、ずっと遠くに見えていた骨の集合体が、ゆっくりと体を起こすように立ち上がったのだ。
月明かりを背に、眼孔に真っ赤な光を灯した骨の巨人は、ゆっくりと砦に向かって歩き出している。
骨の巨人の背は、砦の高さを超えて、砦の縁に手が届くほどだ。
「ラフィリア、トニー、あれをやる。後は頼んだ」
「……わかったわ。後は任せなさい」
「師匠……」
アルサスは、砦の上部に出て上段の構えを取り、聖剣に魔力を込めていく。
徐々に聖剣が光り輝き、完全に日が沈んだ暗闇の中で明るい光を周囲に放っている。
「はぁぁぁぁぁっ――《光輝刃》!」
聖剣に込められた魔力が瞬間的に解放され、極大の光刃を生み出させる。
聖剣を振り落とすと、空に伸びる光刃が立ち上がった骨の巨人を切り裂き、その後ろに広がる大地に大きな亀裂を残す。
「はぁはぁ……これで、どうだ?」
これこそが聖剣【暁天の剣】を手に入れたアルサスが手にした奥の手の一つだ。
魔法使いほどの魔力量がないアルサスは、【暁天の剣】に自らの余剰魔力を蓄えることで必要な時に自身の力を超える光刃を生み出すことができるようになった。
その蓄えられた魔力で作り出した極大の光刃は、大型の魔物を一刀の下に焼き切り、空を飛ぶ魔物を打ち落とし、大群を横薙ぎで切り捨てる。
その力があるからこそ、老齢にしてAランク冒険者として力は衰えていないのだ。
そんな一撃で骨の巨人に大きな痛手を与えたが――
「嘘だろ。ったく……」
確かに極大の光刃は、骨の巨人の右肩から股下までを切り裂き、体がバランスを取れずに傾く。
だが、核となる魔石を破壊できなかったために、バラバラに地面に落ちた骨が再集合して再び手足の形を作る。
極大の光刃で切り裂かれた周囲の骨は再生されないが、それでも一回りほど小さくなったが、ほぼ無傷に等しい骨の巨人は、再び砦に向かって歩き出してくる。
『アルサス殿! もう一度できないのですか!』
「ダメだ……これが俺の奥の手だ」
不壊の聖剣であるが、無理やりに限界を超えた力を使ったために、一時的にナマクラ並の性能まで切れ味を落とし、剣が頼りなさげに仄かに輝いている。
また、そんな聖剣の恩恵の【身体能力増強】も途切れたために、アルサスの体に一気に疲労が押し寄せてくる。
「クソッ……同じ屈辱を味わいたくないからやってきたのに、すまねぇ」
若い頃、ダンジョンのスタンピードでかつての得物だった魔剣が断ち切られた時の苦い記憶を思い出すアルサスは、思うように動かない体で骨の巨人に目を向ける。
近づく骨の巨人に向けて、砦から無数の魔法が放たれるが、表面の骨がポロポロと崩れるだけで、アルサスの一撃ほど有効打に至っていない。
それどころか立ち上がった骨の巨人が大きく腕を振り上げて、振り下ろすと自らの体の一部を切り離して砦に投げてくる。
まるで投石機のように振るわれる骨の塊が砦の上部にぶつかり、そこからスケルトンが立ち上がる。
阿鼻叫喚の状況に陥る中、限界まで力を絞り尽くした老剣士がふと空を見上げると、頭上に大きな影が過ぎり――
「いい物が見れたのです! 早速、真似するのです!」
そう言って、上空からの声が聞こえ魔力の高まりが感じた直後、アルサスの放った極大の光刃と似た黄土色に輝く刃を掲げた人影が頭上から落ちてくる。
『――オォォォォォォッ!』
そのまま輝く刃を持つ人影が骨の巨人を斬り付けると、苦悶の声が上がる。
彼らが待ち望んでいた最大の援軍が駆けつけたのだ。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。