28話【聖杖・輪廻の錫杖】
レリエルの神託を受けた私たちは、決戦の日までの間、エルタール森林国の王城で戦いの準備を整えていた。
【創造魔法】で用意した【魔晶石】に魔力を補充し、テトの泥団子の繭に魔力を送り込み、【不思議な木の実】を食べて少しでも魔力量を増やす。
ベレッタにも指示を出して、セレネたちを支援するためにシャエルとヤハドたちに食料などを大量に持たせて送り出したほか、古竜の大爺様も魔物の間引きを引き受けてくれたそうだ。
「みんなに助けられている……私も早く加わって一人でも多く助けたい。だから、テト。早く起きて……」
そう言って、今日も魔力を込めようと泥団子の繭に触れようとした瞬間――私は強い眠気に襲われて、そのまま意識が遠退いていく。
…………
……
…
気付けば、リリエルたちと話をする夢見の神託の空間に私は居た。
目の前には、真剣な表情のリリエルが私を見つめていた。
「リリエル。レリエルの神託でスタンピードのことを聞いたわ。私は、それを食い止めに行ってくる」
大勢の人が既に死んでいるだろう、ダンジョンから溢れた魔物によって、村や田畑、人の営みが荒らされているはずだ。
私の言葉に、リリエルがゆっくりと頷く。
『ええ、知っているわ。ありがとう、そして私からもっと早く伝えられれば良かったわ』
「ねぇ、リリエル。一つ聞きたいのだけれど、なんで私に神託をくれなかったの? 私って頼りなかったかしら?」
大勢の人の命が危険に晒されているのを助けるために早く教えてほしかった。
それに対して、リリエルは申し訳なさそうに答える。
『神託を下さなかったと言うよりも、神託を下せなかったのよ。地脈とダンジョンは、互いに強い相互関係があるわ。だから、人為的にスタンピードが起きて地脈への負担を抑えるために私が掛かりっきりになっていたの。ごめんなさい』
地震や地割れ、土砂崩れ、火山の噴火、農地の不作などの連鎖する様々な災害を止めようと力をそちらに向けていたらしい。
「そういう理由なら、仕方が無いわね。ごめんね、相談してくれなくて、少し寂しかっただけだから……」
確かにそういう理由なら仕方がないが、大事なことをリリエル本人から教えられなかったのが、少し寂しかっただけだ。
そんな寂しさを振り払うように敢えて、明るく答える。
「まぁ、私は昔より強くなったから、安心して見ていてちょうだい」
『あなたには、その膨大な魔力と不老の時間がある。だから、どんな問題でも時間を掛けて、確実に乗り越えるから心配はしてないわ』
「ありがとう、リリエル。リリエルに保証してもらえるなら、それだけで心強いよ」
私には、多くの難民とか大陸西部の危機とかは実感がない。
私は、ただ自分の手の届く範囲で困っている人を助けるために動くだけだ。
今も昔も、自分の力量以上の無茶はするつもりはない。
「それにリリエルの妹が困っているなら友人としては助けたい、とも思ったのよ」
そんな私の気持ちが伝わったのか、仕方が無いと言うようにリリエルが苦笑いを浮かべる。
『そう、友人の妹だから引き受ける……ね。本当に、お人好しよ』
大陸西部の危機だというのに私とリリエルは、不思議と戦い前の緊張はなく、和やかな会話を続けることができた。
そして、そろそろ夢見の神託が終わり意識が徐々に覚醒に向かうのを感じながら、リリエルの声を耳にする。
『チセ、もうじきテトも目を覚ますわ。本当はそれを伝えに来たかったの』
「ふふっ、最後に一番嬉しいことを聞けたわ」
…………
……
…
どれくらい眠っていただろうか、テトの泥団子の繭に寄り掛かるようにして【夢見の神託】に誘われていた私は、ゆっくりと目を覚ます。
「……今何時? テトが目覚めるってリリエルは言っていたけど」
強引に【夢見の神託】に誘われて、テトの泥団子の繭に寄り掛かっていたために少し体が痛い。
日暮れなのか外が赤く染まっており、もうじき夜を迎えようとしている。
そんな状態で泥団子の繭を見上げれば、繭の表面に罅が入り、光が僅かに漏れているのが見える。
「テト?」
私、泥団子の繭に触れて魔力を送り込むと、内部の魔力が激しく鼓動を繰り返し、繭のひび割れから溢れる光が強くなり、徐々に罅が大きくなっていく。
そして、ついに――
「魔女様~」
「テト!」
繭を破り、飛び出してくるテトに抱き締められた私は、そのままテトを抱き締め返す。
体を作り替えてる途中で身に着けている物が消滅したのか、全裸のテトが繭から現れ、一年ぶりに聞いたテトの声に嬉しく思う。
「テト、魔女様の温かい魔力を感じていたのです。早く魔女様に会って、強くなったテトが魔女様を守れるのです」
「ええ、そうね。テトの温かくて力強い魔力を感じるわ」
見た目こそ変化はないが、テトの魔力の質が一段と濃くなったように感じる。
鑑定魔法も使いテトの変化を調べれば、魔力量も増大しており、何より種族名が【アースノイド】から【アースノイド・プリンセス】になっていた。
そして、そんな私たちの部屋がノックされ、エルネアさんたちが入室してくる。
「魔力の高まりを感じたが、やはりテトが目覚めておったか」
「おはようなのです~!」
陽気に入室してきたエルネアさんたちに手を振るテトに対して、エルネアさんは苦笑しながらアルティアさんに指示を出す。
「ささっ、テト様。こちらでお着替えをよろしくお願いします」
「おー、魔女様、着替えてくるのです!」
そう言ってアルティアさんに案内されて着替えに向かうテトを見送り、これで心残り無くダンジョンのスタンピード鎮圧に向かうことができる。
「テト、実はあなたが眠っている間、女神レリエルからの神託があったのよ」
「おろ? また女神様からのお願いなのですか?」
着替えを終えたテトのいつもと変わらない様子に嬉しく思う一方、女神レリエルからの神託の内容を噛み砕いて説明すれば、テトは大きく頷く。
「とにかく、魔物を倒せば良いってことなのです!」
「まぁ、そうね」
難しいことは置いておくとして、つまりはそういうことだ。
時々、物事を小難しく考える自分よりも、テトのシンプルな思考が羨ましくなる。
「私たちは、エルネアさんを連れて【虚無の荒野】に戻って、そこで古竜の大爺様の背に乗って現場に向かうわ」
「了解なのです!」
「うむ、それでは参るとしようか」
私たちは、エルネアさんの留守を任されたアルティアさんと盲目で戦えないロロナさんに見送られて、【転移門】で【虚無の荒野】に戻る。
そして、夜中でも私たちが戻ってくるのを待っていたベレッタが恭しく頭を下げて出迎えてくれる。
『ご主人様、テト様、お帰りなさいませ。全ての準備は整えてあります』
「ありがとう、ベレッタ」
「ただいまなのです!」
一年ぶりのテトの帰宅にベレッタは、安心したような微笑みを浮かべるも一瞬だけで、普段の真面目な表情に戻り、エルフの女王であるエルネアさんに向き直る。
『エルタール森林国の女王・エルネア様ですね。ようこそ、いらっしゃいました。いずれ、お礼を申し上げたいと思っておりました』
「こちらこそ、エルタール森林国にとって貴重な物を提供してくれたチセとテトは、既に妾の友じゃ。友のために此度のことは頑張ろうぞ」
『こちらこそ、エルタール森林国から提供された侵入者対策の一部を早速、実行させていただいております』
事務的な説明を始めたベレッタは、私たちの視線に気付き、大爺様の居場所に案内してくれる。
偵察を終えて帰ってきた大爺様は、屋敷の裏手の広場でデッキブラシを持ったメイドたちに体をゴシゴシと洗われている最中であった。
『魔女殿と守護者殿、帰ってきたのじゃな』
「ええ、早速だけど、西の土地で何を見たのか教えてもらえる?」
『うむ、無数のアンデッドの集合体じゃ』
そして、古竜の大爺様の見た物について語られる。
アンデッドの集合体を見たのは、大凡一週間前らしく、それについてエルネアさんが思案げな表情を浮かべる。
「ふむ。アンデッドは基本、自らの力場を持たない者ほど弱体化してゆく。それに日中は大きく消耗するからのぅ。悍ましいけれど時間と共にいずれ消えるじゃろう」
アンデッドは、死者であるために回復せず、基本は何かから力を奪う存在である。
地縛霊などは、縛られる土地があるからこそ、土地の力で回復して人を何度も呪うことができる。
だが、件のアンデッドの集合体は、繋がりのあるダンジョンが崩壊したために、いくら強大な力があろうとも流出する力を押し止められないのだ。
「そうなると、力を維持しようとするために、新たな拠り所を求めるけど……まさか」
『うむ。この【虚無の荒野】を本能的に理解しているのであろうな。ここならば、己の存在を維持できると』
どうやら、アンデッドの集合体は、魔力濃度の高い【虚無の荒野】に辿り着くために、イスチェア王国の国境線の砦を目指しているらしい。
レリエルの未来視の通り進んでいるが、そこに理由がちゃんと存在したようだ。
『アンデッドは、瘴気を振りまく存在じゃ。国内に入り込めば、田畑は枯れ、水が淀むぞ』
「その前に倒す必要があるのね」
やはり、決戦の地は、リーベル辺境伯領の砦前だろう。
だが、ダンジョン内で生贄にされた人々の魔力と時空間を彷徨っていた無数の魂によって構成されたアンデッドだ。
現在のままでは、対抗するのが難しいかもしれない。
「そうなると、対アンデッド用の武器が必要ね。ベレッタ、地脈制御魔導具に立ち寄って対策装備を創るわ」
『畏まりました』
私は、テトとベレッタ、エルネアさんを連れて、地脈制御魔導具の建屋にやってくる。
【虚無の荒野】全域の地脈を管理し、余剰魔力を吸い上げ、必要な場所に再分配する大型魔導具は、この土地の再生の要であると言える。
「ほぉ、これほどの魔導具……よく作れたのぅ」
「運が良かっただけよ。それよりベレッタ、今の魔力残量はどれくらい?」
『現在、200万魔力が蓄えられております』
「なら、それを使って創らせてもらうわ。――《クリエイション》!」
私が創造するのは、新たな杖だ。
アンデッドに有効な《ピュリフィケーション》などの浄化魔法を増幅させるのに特化した杖である。
そして、緑色に染まった制御魔導具の魔石から魔力が抜けて紫色に変わる中、魔力が寄り集まって一つの杖が生まれる。
「できた。――聖杖【輪廻の錫杖】」
黄金の金属で装飾された杖の頭には、同じく黄金の輪っかが無数に掛かっており、杖を振る度に輪っか同士がぶつかり、シャンシャンと涼やかな音色が響く。
「この性能は、まさに神器に相応しいのぅ」
使った魔力残量から見れば、約150万魔力の消費だろう。
以前【創造魔法】で創り上げた武器である【暁天の剣】を遥かに凌ぐ魔力消費だ。
そして、その効果は、光魔法や神聖魔法の増幅率15倍と対アンデッド用に特化させている。
その代わりに、それ以外の魔法の使用はできない代物でもあるのだ。
今回だけの装備と考えると贅沢ではあるが、普段使っている魔杖【飛翠】と切り替えて使えば良い。
「それじゃあ、改めて行きましょう」
聖杖を持ち、なるべく魔力を温存して現地に向かうために古竜の大爺様の背に乗って、私たちは、闇夜に覆われた空を駆けて決戦の場に向かうのだった。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。