16話【ついに先輩冒険者に絡まれた。ただし、テトが……】
私が瞑想しながら、他の冒険者たちの様子を観察していると、ギルドの訓練所に数人の冒険者たちがやってくる。
『おい、ここにテトって小麦色の女がいるって話を聞いたが、どいつだ!』
酒焼けしたようなガラガラ声と柄の悪そうな冒険者たちが、テトを指名する。
「新しい挑戦者なのですか? いいのです! 一人ずつどこからでも来るのです!」
「ちげーよ。バーカ! 話の通り頭が緩そうなやつだな」
模擬戦で使っていた木刀を掲げるが、予想と違う人たちに小首を傾げるテト。
そして、そんなテトに用件のある不良冒険者たちは、テトの前で意味不明なことを垂れ流す。
「ギルドに入る前から随分鍛えてるようだな! お前、俺たちのパーティーに入れ。取り分は、お前が1割だ。すぐにランク上げてやるぞ」
どうやらテトをパーティーの勧誘に来たようだ。
ただ、いきなり現れて、一方的なもの言いに周りの冒険者たちもざわめく。
「うーん? 魔女様に聞かないと分からないのです~」
テトとしては判断できないようで、私に丸投げのような発言に、そうだろうなと内心苦笑する。
また、周囲の冒険者たちは、現れた柄の悪い冒険者たちを不快そうに睨み――『ザンス! 不良冒険者が、おめーらなんてお呼びじゃねーんだよ』『いつもの酒場に帰れよ!』『金がねぇなら働け! 腕っ節強いのが自慢ならオーク討伐に行けよ』――と野次まで飛ばしている。
野次の内容から、素行が悪いが、実力だけはある冒険者っぽい。
本来なら下手に関わらないようにするべきなのだろうが、テトのご主人様である私は、逃げるわけにはいかない。
「私の仲間に何か用?」
テトの傍に近寄り、話しかけてきた柄の悪い冒険者たちに話しかける。
「私がテトとパーティーを組んでいる魔女のチセよ。パーティーの勧誘ならお断りよ」
「ガキがしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ! 俺たちは、小麦女に用があるんだ! ガキは、とっととお家に帰んな」
テトとパーティーを組む私のことも知っているのか、見下したような態度を取ってくる。
それにテトのことを小麦女って言うし、確かに綺麗な小麦色の肌だが、段々と馬鹿にされているような気がして腹が立ってくる。
「おい、そこの小麦女! こんなガキに使われる立場でいいのか? 冒険者になったなら、もっと自由に生きようぜ」
「うん? 私は、魔女様が好きなのです。魔女様と一緒に居られればそれでいいのです~」
「魔女だかなんだか知らねぇが、俺たちの言うこと聞けばいいんだよ! そしたら、楽にランク上げやるっつってんだよ!」
脅しのように声を荒らげるやつらだ。
そして、魔力を目に集中させると、相手は瞬間的に声に魔力を乗せて威圧してくることに気付く。
無意識の恐喝なのだろう。
魔力に対抗する手段を学んでいない新人たちにとっては、有無を言わさぬ強制力があるのだろう。
私が黙って考察し、テトも私の傍に控えているのを見て、今まで脅していた相手と同じように私たちも萎縮しているように思ったのだろう。
「よくよく見たら、そっちのガキも悪くねぇ顔してるな。小麦女と一緒に仲間にパーティーに入れてやるよ、ただし二人揃って報酬1割だな! 他にも色んな雑用があるだろうけど、新人育成だから、文句はないよなぁ!」
私の体やテトの胸を舐め回すように見つめる不良冒険者たちからは、人間の悪意による気持ち悪さを感じる。
「お断りよ」
「あん? てめぇ、状況分かってんのか! 女二人で冒険者稼業なんてやっていけると思ってんのか! そこの小麦女と同じで夢見がちな頭の緩い馬鹿か!」
私が怒りを抑え込みながら、きっぱりと断ると相手は腰に吊るした剣を引き抜く。
先程覚えたばかりの魔力放出による威圧の実験台にでもしようか、と考えている間に、テトが私の脇を通り抜けて、不良冒険者のリーダーの顔面を殴りつけていた。
「――魔女様のことを悪く言うなぁぁぁっ!」
武器を引き抜き脅していた不良冒険者たちだが、テトの拳は、その武器ごと叩き折り、全員の顔面にパンチを叩き込んで、一発で地面に沈めていく。
特に地面に倒れたリーダーのザンスと呼ばれた冒険者には、追い打ちで何度も蹴りを入れ始める。
「魔女様の悪口を取り消すのです! 取り消すのです!」
「テト、止めて! もう気絶してる! 追い打ちはダメだよ! 私は、平気だから!」
慌てて私がテトを止め、引き離すと、テトは私の方を見つめて、目元が潤み始め、ボロボロと涙を流し始める。
「うわぁぁぁっ、だって、だって、あいつら、魔女様のこと馬鹿って言ったぁぁぁっ――」
「あー、よしよし。大丈夫だから、大丈夫だよ~」
生まれてそれほど時間が経ってないテトは、どうやらかなり情緒面が幼いようだ。
自分自身に対する悪意は鈍いのに、私に対する悪意は敏感な所は、使役者を守るゴーレムの性質を引き継いでいるのだろうか。
しばらくワンワン泣き続けるテトを宥めつつ、他の冒険者たちにこいつらどうしよう、と視線で訴える。
とりあえず、冒険者なので死んではいないが、一撃で顔面ノックアウトで脳震盪を起こしており、また顔面も赤黒く腫れ上がっている。
そして追い打ちを受けたリーダーのザンスは、顔面だけじゃなくて蹴りで肋骨が何本か折れているのか、苦しそうな呻き声が聞こえる。
「えっと、とりあえず証拠隠滅のために回復魔法を……って、テト」
泣き止んだテトだが、私を馬鹿にした奴らを治療するのは嫌なのか、服を掴んで俯いたままブンブンと首を左右に振る。
「あー、どうしよう。これ……」
正直、近くの冒険者に助けを求めるが困ったような表情を浮かべている。
「ザンスのやつらは、普段から依頼や狩りの獲物を横から奪ったり、酒場で絡んでくるから正直、スッキリしてるけど、テトちゃんがザンスのやつらを瞬殺できるほど強いとは思わなくて、困惑している」
「冒険者同士の揉め事ってどうなるのかな?」
「うーん。ギルドでの仲裁になるけど、チセちゃんとテトちゃんを報酬の1割だけで働かせようとしてたから普通にザンスのやつらの方が批難される」
それに、今まで問題しか起こさなかった不良冒険者と、Cランクパーティーの【風に乗る鷹】を助けた女の子たちだったら、信用度が違うらしい。
「そういうものなの? 私たちはまだ登録したばかりだけど」
「どっちがギルドとして有益かの話だ。もちろん、俺たちは、二人を擁護するぞ」
それを皮切りに他の人たちも私とテトの擁護に回ってくれるようだ。
なんだか、人の温かみを感じて少しホッコリする。
そして――
「おーい! ギルドマスターを呼んできたぞ~」
「……これは、どういう状況だ?」
ギルドマスターと呼ばれた厳つい細身の男性がギルドの訓練所に姿を現わす。
そこで冒険者たちがこの場で起きた出来事をギルマスの男性に説明してくれる。
ただ、その説明には、私とテト寄りの説明だったが、私たちに対する視線が柔らかくなった。
「チセくんにテトくんだな。今回のことで君らを疑っていないし、正当な自衛だと思っている。だが一応、君たちの口から説明してほしい」
立場の弱い女の子だからなのか、見た目とは裏腹な丁寧な口調のギルマスに、私たちの口から語る。
その間、テトはずっと私の胸に顔を埋めて、落ち着いている。
「なるほど。報酬は、二人合わせて1割。納得せずに恐喝で先に剣を抜いたか」
「いいの? 私の話を鵜呑みにして。冒険者としての依頼もまだ受けていないんだけど……」
「冒険者としては、1週間休んだりすることは珍しくない。それに女の子二人だけで森を抜けての長旅の後ならば、まだ依頼を一つも受けずに休むのは、当然だ」
「そう言われると、心が楽になるかな」
私は、少しだけ肩の力を抜いて答える。
「そろそろ調べ物が終わったから明日から少しずつテトと一緒に依頼を受けようと思う」
「そうか、勤勉な冒険者は歓迎だ。だが、野外に出る時は気をつけろ。君らも知っているだろうが、オーク・キングが誕生している」
厳めしいギルマスは、ふと表情を和らげるが、すぐに引き締めて忠告してくれる。
「今日はもう帰りなさい。後のことは大人の私たちが片付けておく」
「お願いします。それと――《エリア・ヒール》《クリーン》」
いつものように模擬戦終わりには、全員に回復魔法と清潔化の魔法を掛けて、一度会釈してからギルドを出て、宿に帰る。
SIDE:冒険者ギルド
「ふぅ、無自覚な強者か。末恐ろしい」
魔女のチセと彼女を守る剣士のテトを見送り、不良冒険者のザンスたちの処遇を決める。
その際、チセたちがこの1週間に行なったことを思い返す。
本人たちは、情報収集のための資料室通いと体を鈍らせないための訓練所での模擬戦だったのだろう。
だが、重要なのは、先程行なわれたような無償の回復魔法だ。
正確には、テトの模擬戦の謝礼という形の回復魔法なのだが、このギルドの訓練所には、冒険者の依頼は受けないが体を鈍らせないための者や怪我をして休業中の冒険者たちが集まったりしていた。
そんな者たちに対して回復魔法を使用した結果、オークキング討伐に向けての回復を待っていた冒険者が早期に戻り、討伐の準備がスムーズに進んだ。
また負傷していた冒険者たちの中には、オークキング討伐という稼ぎ時に間に合ったために、魔女を名乗るチセのことを裏で聖女や幸運の女神などと言う者がいる。
それにオーク以上のタフさの剣士のテトと模擬戦をしたことで、Dランク程度の冒険者たちならば、パーティーで1体ずつオークを安定して狩れるほどに動きが良くなっていた。
逆に、実力に不安があった冒険者たちには、テトの高い膂力に何度も立ち向かうことで、勝てないまでもオークの攻撃を防ぐことはできるという自信を持たせてくれた。
「チセとテト。君らは、ちゃんとギルドに貢献しているんだよ」
当人たちがいない中、ポツリとそう呟くのだった。
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