27話【決戦までのそれぞれの二週間・後編】
Side:古竜の大爺様
『レリエル様には世話になったし、魔女殿に助力するために、偵察がてら魔物の間引きを頑張るかのぅ』
魔女殿が女神レリエル様の神託を受け、西のダンジョンから大規模なスタンピードが発生したことを伝えてきた。
浮遊島を空に上げるために力を使ってくださった天空神のレリエル様へのご恩に報いるためにもワシは先んじて、西を目指せば、魔物の侵入を食い止める最前線である砦を眼下に据える。
『一度、砦の前にでも対の【転移門】を置いておくとするかのぅ……』
既に集まった難民たちが山ほどいる中、砦が見える位置に着陸して、対となる【転移門】を5つほど並べていく。
出立前に侍女殿が【転移門】で間違って元の場所に戻らないように一方通行に設定した物を綺麗に並べていくと、砦の方から騎士と思しき人間たちが馬に乗ってやってくる。
『ふむ。人とかち合うとは面倒じゃ……さっさと魔物の間引きに行くとするかのぅ』
この場から離れようと翼を羽ばたかせた時、ワシの耳に風が届く。
「待って! 私たちは、あなたの敵ではないわ!」
その声に羽ばたくのを弱めて首だけを人間の集団に振り向かせれば、エルフの少女が一団の中にいた。
大きな声を伝えてくるエルフの少女だが、対照的に人間たちの間には緊張が走る。
魔物と間違われて矢でも向けられたら敵わないと思ったが、ここに置いた【転移門】について少し説明でもした方が良いかと思い、人間たちを見下ろす。
『――ワシは、緑青の古竜。古より生きる古竜じゃ』
「「「――しゃ、しゃべった!? 声が!」」」
ワシからの念話を受けて、人間たちが動揺するが、一際強いエルフと人間の一人は、こちらを真っ直ぐに見上げている。
「私は、ラフィリア! 冒険者よ!」
『では、エルフの冒険者殿。ワシは、盟友の頼みと女神への恩返しのために、此度の大陸西部の危機に駆けつけた! ワシはワシで魔物の間引きを行なおう!』
「それなら! 私たちと協力しない?」
協力……魔女殿や守護者殿のように強い者ならともかく、古竜のワシにとって人間と足並みを揃えることは、効率を落とすことになる。
『そなたらには、ワシが避難を誘導し、その門――【転移門】より現れる者たちの保護を頼みたい』
指先で先ほど平原に置いた【転移門】を指差せば、何人かの騎士は、見覚えがあるような表情を浮かべる。
きっと【虚無の荒野】にやってきたことがある魔女殿の義娘の騎士たちなのだろう。
そうして、再び飛び立とうとする中、ワシに声を掛けてくる老剣士がいた。
「あんた一人で人間を誘導させるのは、パニックになるんじゃないのか!」
『むっ……』
エルフの少女の隣に立つ老剣士の男に指摘されたワシは、唸り声を上げてしまう。
大爺様と慕われる時間が長いために、人々にはワシが脅威であることを忘れかけておったわ。
「俺やここの騎士の何人かが同行すれば、誘導の説得力が増すだろ!」
『……つまり、連れていけと言うのか』
「端的に言えば、そうだ!」
古竜のワシに物怖じしないとは、中々に肝が据わった老剣士だ。
『良かろう、ならばワシの背に乗るが良い。五人までなら同行を許そう!』
「感謝する!」
そして、子どものように明るい表情を見せる老剣士アルサスと青い顔をしたその弟子と三人の騎士をワシの背に乗せて、西へと飛び立ち、眼下の様子を見下ろす。
『ふむ。小さな村は数の暴力で抵抗できなかったようじゃの。じゃが、取り残された者もおるようじゃ』
「緑青の古竜様、分かるんですか?」
『ただの【魔力感知】じゃよ。大きな町に逃げ込んだ人々は、籠城して余裕があるじゃろう。儂らは取りこぼされた者たちを救おうぞ』
そうした小さな村や森の中の洞窟に隠れる人々を見つけて、【転移門】で砦の前まで送り届ける。
時折、魔物に囲まれて苦戦している籠城する都市を助けるために、魔物の間引きを行なう。
「俺たちを地上に降ろしてくれ! 町の人たちを説得する!」
『ならば、ワシが町の外の魔物を間引くとしよう』
アルサスという男の提案に乗り、背に乗る者たちを町の城壁外に降ろしていく。
町の外で戦っている者たちを安心させるための説得をアルサスたちに任せたワシは、魔物を間引くために、平地に降り立つ。
『魔物たちよ、悪く思うな……』
ワシはその一言を念話で呟き、翼の羽ばたきと共に魔力を込めれば、地面を暴風が駆け抜ける。
平原の魔物たちが錐揉みするように宙へと巻き上げられて、そして地面に落ちた時、魔物の死体が積み上がっている。
流石に森にいる魔物たちを倒すために森ごと吹き飛ばすわけにはいかないが、開けた場所の魔物たちの間引きは軽く行える。
ついでに、ワシが引き起こした暴風は、周囲にワシの匂いを残すために、しばらくは魔物避けにはなるじゃろう。
ワシが魔物を間引き終える間、アルサスたちが人々を説得したために、混乱はある程度抑えられた。
これで、この町の者たちも一息吐けるだろう。
『人間たちよ。籠城で食料が足りないであろう。この魔物の死体を使い、腹を満たすが良い。アルサスよ、行くぞ』
「了解した」
魔物の間引きを終えたワシらは、空に飛び立ち、助けを求める人々を探して西に進んでいく。
街道を走る人間や森の中に隠れ住む魔族たちを見つけては【転移門】で避難させ、籠城する町には、周囲の魔物を間引き、ワシの匂いを振りまくことで一時の猶予を得られるだろう。
そうしたことを何度も続けていくと、奇妙なことに気付く。
『アルサスよ。なぜ、取り残された者に魔族が多いのだ?』
森で隠れる者たちや村に取り残された人たちは、弱者と呼べる者たちの他に、魔族の比率が多かった。
そのことを尋ねるとアルサスは、困ったような声色で話してくれる。
「大陸西部では、魔族に対しての差別が強いんだ」
『なぜ、魔族は差別されるのだ?』
「大昔に西部地域で大悪魔が召喚されたせいで国が一つ滅んだ。でも、被害はそれだけじゃないと言われている」
大悪魔は、自らを魔王と名乗り多くの悪魔を呼び出して人間を奴隷として扱った。
その結果、大悪魔が倒されるまでの間に、多くの悪魔たちの血を引く人間――悪魔族が誕生したとアルサスは語る。
「そういう訳で大陸西部地域では、悪魔族を筆頭とした魔族差別が強い。だから、大きな町に入れなくて国境を目指したり、小さな村で隠れていたんじゃないのか?」
『世知辛いのだな……』
それに魔族たちは、魔力濃度が濃い地域に好んで暮らす。
だが、そうした場所は魔物も好むためにスタンピードの魔物たちが押し寄せて、彼らの住む場所を追いやってしまったのかも知れない。
そうして人々を助けつつスタンピードの発生源に近づくほどに、無事な町や生きている人は殆ど居らず、魔物の領域と化していた。
「こりゃひでぇ……」
『ダンジョンの法則から解き放たれた魔物同士が争い、力を付けておるのぅ』
既にダンジョンから解き放たれた魔物同士が食い合い、殺し合い、上位種に進化している個体も居た。
東の砦に魔物が到達するまでに数は減っても、それを補うだけの脅威に育つだろう。
そして、肝心の発生源のダンジョンでは――
「なんだ、ありゃ……」
『なんという濃い瘴気じゃ……』
生贄の魔力の他に、魔法文明の暴走で時空間に呑み込まれた人の怨念がダンジョンから今にも溢れ出しそうになっている。
『スタンピードの影響で国が滅んだか……悲しきかな』
これほど町や田畑を破壊され、瘴気で大地が汚染されては、国の再建も難しいだろう。
さらに溢れる魔物は、方々にも広がっている。
人の生存領域が減ることに大して興味もないが、このスタンピードの被害がどれほどになるのか想像も付かない。
そんな中、ダンジョンの発生源を見下ろしていると、変化が起きる。
『むっ、ダンジョンが崩壊……いや、亜空間から魔物が這い出してきておる』
頭の怨霊集合体――フィアー・ガイストが空間の亀裂からガスのように吹き出し、ダンジョンを隔てる亜空間を突き破って大量の人骨が溢れてくる。
『なんと悍ましい……あのような物は見たことがない』
「アレは流石に無理だな。俺たちだけじゃ倒せない……」
ダンジョンの力で生み出された数万のスケルトンが現れ、その奥から無数の人骨を寄せ集めて作った骨の巨人が現れた。
流石にアレと一対一で戦うのは、勝てると言い切れぬ。
地面に引きずり下ろされれば、蟻に群がられるが如くスケルトンによって圧殺されてしまう。
一歩の歩みで周囲に瘴気が広がり、魔物の領域を創り出しながら東に向かって進み始めている。
ワシらは、この情報を持ち帰るために、魔物を間引きながら東の砦に帰還するのだった。
Side:シャエル
魔女の命令で砦に物資を届けた私たちは、そのまま砦の防衛を手伝う。
私たちが到着するよりも二日早く砦の近くまでやってきた大爺様は、平原に魔女の用意した【転移門】を置いて、砦の人間たちを背に乗せて偵察に向かったのだ。
その後、大爺様に助けられた人間たちが【転移門】から現れ保護されていく中、私たちは、砦に近づく魔物を退治していた。
「全く、次から次へと……いつ終わるんだ」
「かつて無い規模のスタンピードだからね。油断しちゃダメよ」
「ふん、私を侮るなよ、エルフよ」
空を飛び、上空から見つけた魔物を風魔法で倒していく私の隣には、背中にケットシーたちのような半透明な妖精の羽を魔法で作り出したエルフの女が付いてくる。
「私には、ちゃんとラフィリアって名前があるのよ」
「ふん、私には関係ない。それより、近づいてきた魔物を倒すぞ」
「了解よ――」
精霊魔法という奴だろうか、ほんの少し魔力を分け与えるだけで、エルフの女の弓に風の矢が生まれ、それが魔物たちに降り注いでいく。
魔女たちが使う杖の代わりに、精霊たちによって増幅された力が魔物を一撃で滅ぼす様に、この女強いと思ってしまう。
そして、一時間ほど駆けて平原に現れた魔物を私たち二人で殲滅し、砦の方から魔物回収のために荷車を引く冒険者たちが現れた。
後は、彼らに任せて私たちは、砦で休む。
「どうよ? 私は、これでも結構鍛えているんだからね」
「そんなのは知らない。……もう砦に帰って交代するぞ。私はここでは長時間戦えないんだ」
エルフの女の強さに今の私よりも強い、と素直に思い、その悔しさを悟られないように砦に向かって飛んでいく。
そんな私の後を追うように妖精の羽を羽ばたかせて付いてくるエルフの女と共に砦を越えて、ヤハドたちのいるテントに向かっていく。
その際――
『おお、天使様、天使様は見捨てていないのだ』『女神様が天使様を遣わしてくださった』『ありがたや、ありがたや……』
国から逃げてきた人たちに祈りを捧げられ、不満そうに唇を尖らせる。
こういう風に崇められる可能性があるから私たちの先祖である女神の使徒の夫婦は、隠れるように住んでいたんだろう、と改めて実感する。
そして、そんな難民キャンプには、大きな町々に入れずにここまで避難してきた5万人以上の人たちが過ごしている。
その外周を囲うように私たちや騎士や冒険者たちのテントが張られ、私たちのテントの傍には、明らかに難民キャンプから距離の取られた場所がある。
「おーい、ヤハド、ここに居るか?」
「うむ。魔物の退治は終えてきたのか? それとよく来たなラフィリア殿、大した持て成しはできないがゆっくりするといい」
「ありがとう、お邪魔するわ」
私に付いてきたエルフの女は、ごく自然に私たちのテントで寛ぐ。
なんなんだ、この女は……と半目を向けるが、その前にヤハドに今日のことを報告しなきゃならない。
「魔物の退治をしてきたが、日に日に魔物が増えている」
「某らがここに辿り着いて、既に十日だ。女神の神託によれば、本命の魔物たちがここに辿り着いてもおかしくはないが、ここには十分な戦力が集まっているから早々には落ちない」
集まった冒険者の他にも逃げてきた人の中で戦える者も義勇兵として、スタンピードの魔物を退治するために集団で動いている。
それに、私たちが敬愛する古竜の大爺様も魔物を間引いており、そろそろ帰ってくる予定だろう。
「だが、魔女殿は間に合うのだろうか」
ヤハドがポツリと呟く不安には、魔女と守護者に頼りたい気持ちがあるのだろう。
「あの二人は、来ない方がいいだろ。むしろ、私たちが大暴れして、来る必要を無くす!」
「そうだな。魔女殿と守護者殿に頼りたい気持ちはあるが、本来お二人は守られるべき存在だ。某が弱気になっていたようだ」
そこに、テントの外が騒がしくなり、天使族の一人が報告に来る。
「ヤハドさん、シャエルさん! 大爺様が帰ってきたようです!」
「そうか」
私たちがテントの外に出ると、連れていた人間を地面に下ろした大爺様は、避難のために使った【転移門】を回収して、【虚無の荒野】に帰っていく。
きっと、魔女や守護者たちを連れてくるために、帰っていったのだろう。
同様にテントから大爺様の姿を見上げる人たちは、私たちと同じように崇めている。
『あのドラゴン様が私たちをここまで連れてきてくださったんだ』『ドラゴン様が居なければ、魔物に襲われて死んでいた』『見捨てられ、置き去りにされた私たちも拾い上げてくれた』
そんな古竜の大爺様を讃える声に、私は、自分のことのように嬉しくなり自慢するように胸を張る。
「きっとアルサスが帰ってきたのね。西で何を見たのか聞きに行きましょう」
「分かっている! いくぞ、ヤハド!」
「うむ。敵を知り、対策を練るとしようか」
砦の責任者の下に集まった者たちの前で、帰還したアルサスや騎士たちが見た物が皆に伝わる。
そして、その三日後――ついに魔物の本体がこの国境線の砦に辿り着いたのである。
――『ゴー』
さらに、【虚無の荒野】から大移動してきたクレイゴーレムたちも砦の前の大地に潜み、決戦の時を待つのをまだ誰も知らない。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。