26話【決戦までのそれぞれの二週間・前編】
Side:ベレッタ
『皆さん、救援物資は持ちましたね』
私の目の前には、グリフォンとペガサスたちを連れた天使族と竜魔族たちが並んでいる。
皆、ご主人様が【創造魔法】で創り上げたマジックバッグに支援物資を入れて、武器を手に取り出立の準備を整えている。
「ああ、いつもの交易と同じだ! 私たちもそのまま適当に魔物を蹴散らしてくる!」
「シャエルよ。大陸西部の危機と言われたが、某らは、外ではあまり長く戦えぬ。無理はするでない」
「わ、分かっているさ!」
ご主人様の指示で整えた救援隊は、天使族のシャエルと竜魔族のヤハドを代表として、戦闘力の高い者を200人揃えた。
だが、魔族たちは、高い身体能力や特殊能力を持つ一方、魔力の回復速度が緩やかである。
燃費の激しい体では、【虚無の荒野】の外のような魔力濃度の低い環境では、長時間は戦えないためにきちんとした休息を言い渡しているのだが、心配である。
『絶対に、ご主人様を悲しませるようなことはしないように』
「分かっている! それじゃあ行ってくる! みんなも守るんだぞ!」
仲間たちに見送られて自前の翼で飛ぶ天使族とグリフォンとペガサスたちに乗る竜魔族たちを見送る。
『侍女殿、心配か?』
そんな私に古竜の大爺様が念話で問い掛けてくるので、静かに頷く。
『……心配はしておりません。ご主人様が居れば、死ななければどうとでもなりますから』
手足を失っていても生きているなら、ご主人様のお力で元通りに治療できる。
それに、送り出した者たちの中にはお目付役として慎重なヤハドを入れたのだ。
『準備は万全です。だからこそ我々は、ご主人様たちの前座を整えなければなりません』
本番は、女神の予言したダンジョン最奥から現れる魔物である。
それまでにご主人様が動きやすいように状況を整えておくのが私たちの役目である。
だが――
『本当ならば、私自らが乗り込んで、この手で全てを終えて、ご主人様のお手を煩わせないようにしたいのですが……』
『ならば、ワシが侍女殿の代理として行くとしようかのぅ』
そう言って、古竜の大爺様は首を空に伸ばし翼を広げる。
『なに、ダンジョンから溢れた魔物を全ては滅ぼせぬが、偵察と間引き、そして人の保護程度ならワシが引き受けよう。ワシの子らの負担も少しくらいは減らせるじゃろう』
『大爺様、よろしくお願いします』
『うむ。魔女殿が帰ってくる前に一度、ここに戻ってくる』
そう言って、【転移門】の入ったマジックバッグを革のベルトで腕に付けた古竜の大爺様が飛び立つ姿を見送り、私も【虚無の荒野】でやるべきことを行なうために屋敷に戻るが――
『ベレッタ様! 大変です!』
『どうしたのですか?』
私の直属の配下であるハイエンド種に進化したメイドの一人が慌てて報告してくる。
『【虚無の荒野】内のクレイゴーレムたちが一斉に西に向かって移動を始めております!』
『なんですって!?』
農業用、作業用、森林監視用に【虚無の荒野】内に放されていたクレイゴーレムたちは、ご主人様……いや、今は進化の最中であるテト様がゴーレムの核と自らの肉体の一部である泥土を使って創り出した言わば眷属のような者たちだ。
『すぐに戻すことは?』
『言うことを聞きません! ですが、暴走している様子も無く、明確な意志の下で動いています!』
『これは、テト様の進化の影響でしょうか……』
私がメカノイド・オリジンとなり、同族の魔族たちを纏める立場となったように、テト様の進化が連鎖してそこに繋がりのあるゴーレムたちに影響を与えているのかもしれない。
『あのゴーレムはテト様の配下です。とりあえず監視のために何人か付けてご主人様に随時報告を上げましょう』
クレイゴーレムの変化などのイレギュラーもありつつも、私たちは、ここに残ってやるべきことを続けるのだった。
Side:セレネ
リーベル辺境伯領に接する国境の砦の前には、無数の難民たちが詰めかけていた。
その中で難民たちに回復魔法を施す女性がいた。
「まさか、このようなことが起こるなんて……」
始まりは、一ヶ月ほど前だ。
西方のダンジョン都市でスタンピードが発生したのだ。
三国に囲まれたダンジョン都市は、常に三つの国が領土の主張を繰り返す係争地であった。
そんなダンジョン都市で、かつて無い規模のスタンピードが発生して、町は魔物に呑み込まれて、街道を魔物たちが進み、大勢の人たちが町から逃げ出したそうだ。
ダンジョンから次々と溢れ出す魔物が村々を襲い、更に難民を増やして、大きな町では籠城を決め込み、町に入れない人たちは、また更に難民となってここまで辿り着いたのだ。
「奥様、難民への配給は終わりました。少し、お休みを」
「ええ、ありがとう。流石に疲れたわ」
難民の保護のためにイスチェア王国内に招き入れ、食事と治療、簡易寝床を与えた。
家財を殆ど持たずに逃げ出した人たちは、徒歩や馬車を使ってここまで逃げ延び、疲弊しきっているが、気力や体力が回復すれば、野盗に落ちる可能性が高い人たちである。
そんな彼らに対して、夫が先頭に立ちリーベル辺境伯の騎士たちが辛うじて治安を守っている状況だ。
砦の中の一室に戻り休んでいると、リーベル辺境伯家の騎士が報告のためにやってきた。
「セレネリール様、王城に向けた報告の返事が返ってきました。国王陛下も至急、こちらに戦力と物資を送ってくださるとのことです」
「有り難いわ。流石、お義兄様ね」
「それと、各地の冒険者ギルドに依頼した冒険者たちがこの地に続々と集まっております。その中でもダンジョン都市・アパネミスよりダンジョンのスタンピード専門家として、Aランクパーティー【暁の剣】のアルサス様とラフィリア様が先ほどお越しになりました」
その言葉を聞いて、少しだけ張り詰めていた気持ちが楽になる。
Aランクパーティー【暁の剣】とは、かつてダンジョン都市の最深部まで攻略したほか、いくつかのダンジョンの攻略と消滅、ダンジョン都市のスタンピードの制圧とダンジョンのスペシャリストだ。
他のメンバーは、結婚や年齢などを機に冒険者を引退しているが、このお二方だけは現役を貫いている。
「Aランク冒険者が二人は、心強いですね。でも……」
昔、チセお母さんのAランク昇格試験の時に見たラフィリアという女性は、長命種族のエルフのために未だ現役なのは分かる。
だが、人間のアルサスという方は、かなりの高齢だったことを思い出し、少し心配になる。
こんな時に、チセお母さんが居れば……と呟く。
一年前にエルフの大森林に旅に出ると言って、旅立ったのだ。
時折、【転移門】で帰ってきているらしいが、エルフの大森林で大事なことをやっているらしく、中々連絡が付かない。
そうした中で発生した他国のスタンピードがこの国にも押し寄せて、チセお母さんとの通信魔導具を屋敷に置いてきたために、連絡を取る手段はない。
そんな憂鬱な気持ちの中、いつまでもチセお母さんに頼ってはダメだ、と思い頭を振って気を引き締める。
「早速、面会しましょう。この国の危機でもありますから」
そうして、筆頭騎士にお願いするとすぐに、【暁の剣】の冒険者の二人と青年の剣士がやってきた。
「初めまして、リーベル辺境伯夫人。俺は、アルサスだ。今日はよろしく頼む」
「私は、ラフィリアよ。よろしくね」
「それとこっちに居るのが、【暁の剣】の後継者でBランク冒険者のトニーだ。共に世話になる」
【暁の剣】のリーダーであるアルサスさんは顔に年齢を感じさせる皺はあるが、よく魔力を鍛えているために肉体は、年齢よりも若々しく覇気を感じる。
エルフのラフィリアさんも昔にAランクの昇格試験で見た時よりも大分頼もしい印象を受ける。
「早速で悪いのだけれど、ここに迫っている魔物たちの討伐をお願いします。それと可能な限り、この砦に向かっている人々の救助をしてほしいわ」
「了解した。指示は、騎士たちに従おう。だが、こっちも老体でなぁ昔ほど長くは戦えないことを了承してくれ」
「ええ、分かりました。それではお願いします」
英雄的な冒険者と顔を合わせた後、彼らの存在が後から来る冒険者たちの士気を維持してくれることを期待し、砦の防衛に当たろうとした時――別の騎士が室内に駆け込んでくる。
「奥様、大変です! 東の山脈からドラゴンが現れました!」
「山脈の向こう側は……まさか、【虚無の荒野】の!?」
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。