25話【大陸西部の危機】
『そうですか……そのようなことが』
「ええ、時々は【虚無の荒野】には帰ってくるけど、テトの傍に居たいから……」
『ご主人様の願いを叶えるのが我らメイド隊でございます。どうぞ、テト様のお傍に居てください』
一度【転移門】で【虚無の荒野】に帰還した私は、ベレッタたちにテトの状況とエルタール森林国との会談の結果を伝え、エルタール森林国の客室に戻ってきた。
「テト、おはよう。――《チャージ》」
何が正しいか分からないが、泥団子の繭から発せられるテトの魔力の鼓動を感じ、そこに私の魔力も注ぐと嬉しそうに鼓動が早まる。
その魔力のやり取りがテトが問題ない証のように感じている。
そんな私は、エルタール森林国の書物を読み進め、【虚無の荒野】の侵入者対策を用意しながら、テトが目覚めるのを待つ。
エルネアさんたちから教えてもらった対策をベレッタに伝え、洗練化させてから設置してもらうのだ。
「ベレッタたちに任せれば、効率よく配置してくれるわよね」
高度な演算能力を持つベレッタたちならば、侵入者対策を隙間なく作り上げてくれるはずだ。
それにサンプルとして対策用の魔導具の設計図と必要素材を送れば、道具作りを趣味とするメカノイドたちが作り上げてくれる。
そして、引き籠もってばかりでは精神衛生上良くないとエルネアさんが政務の合間を縫って、エルタール森林国の首都や村々、森の中に私を連れ出してくれる。
また、時折通信魔導具でセレネやギュントン公とも話をするが、エルタール森林国への滞在が今も続いていく。
そうした日々が一年ほど過ぎたある日のお茶会でエルネアさんとアルティアさん、ロロナさんと共に過ごしていた時――
「テト様が早く目覚めるといいですね」
「そうね。進化が始まって一年ね……」
ベレッタたちが上位のメカノイドに進化した時は、どのように行なわれたのか尋ねたが、大抵は休んでいる時だったりするので、これほど明確な進化の予兆は無かったらしい。
今は、テトが無事に泥団子の繭から出てくるのを見守るだけの中で、盲目のエルフの巫女であるロロナさんが見えないはずの目を見開き、豹変した。
『――くそっ! あいつら、ボクの領域でやりやがった!』
「ロロナさん!?」
普段穏やかに微笑むエルフの女性が、急に荒い言葉を使い、北西の方向を遠視するように顔を向けている。
ロロナさんの一人称すら変化し声もダブって聞こえるために、自分の頭がおかしくなったのではないかと疑う。
「むぅ、その状態は女神レリエルかのぅ?」
「レリエル……まさか、神託?」
「はい。ロロナの神託は、女神様の意識をその身に降ろし、言葉を代弁する憑依という形で行なわれます」
神託とは、時に女神の姿を幻視したり、声を聞いたり、このように意識を憑依させて代弁させる。または、私のように夢の中での邂逅など受け手の状態により様々な方法で神託を下される。
ロロナさん自身は盲目のために神託を受けても、それを解決するだけの力はない。
そのために、ロロナさんの体を介して、エルネアさんたち実力のあるエルフの人たちが行動しているのだそうだ。
『ハイエルフの女王、リリエル姉様の使徒。どうか、ボクに力を貸してほしい』
「なんじゃ急に出てきて、とりあえず訳を話すのじゃ」
焦って声をあげる憑依したレリエルに対して、エルネアさんは、冷静に話を聞き出そうとしている。
『西の人間たちが他国への謀略のためにダンジョンのスタンピードを強引に引き起こしたんだ! いずれ数十万を超える魔物がダンジョンから溢れ出してくる!』
「ダンジョンのスタンピードを引き起こすって正気なの?」
世の中には、禁じ手などと呼ばれる絶対にやってはいけない反則行為がある。
その一つがダンジョンのスタンピードだ。
通常、地脈上に誕生するダンジョンは、地脈から吹き出す魔力をダンジョンの素材や魔石という形に変えて、緩やかに地上に魔力を拡散させていく。
だが、地脈の魔力の溜まり具合や周期によって魔物が大量に産み出されて強制的に魔力を拡散させるスタンピードと呼ばれる現象が起こる。
「全く、愚かじゃのぅ。数万、数十万単位の魔物を人が制御できるはずが無かろう」
『町では対処できない規模のスタンピードを鎮圧する名目で他国を侵略するつもりだったみたいだけど、今は彼らの想定を上回る規模でダンジョンの魔物が溢れて方々に広がっているんだ』
気を利かせてくれたアルティアさんが大陸北西部の地図を取り出すと、ペンを取ったレリエルは地図に魔物の動きを書き込む。
『このダンジョン都市が人為的にスタンピードを引き起こされたんだ。そして、ダンジョンの力から離れて野生に帰る魔物も居れば、流れに乗って人を襲う魔物もいる』
スタンピードが起こった場所は、大陸西部の二国と北方のムバド帝国の国境線が交わる地点の自由都市で、その土地を巡って争いが続いていた。
そして、今回のスタンピードで自由都市のダンジョンから溢れた魔物が方々に進んでいるのだ。
「昔からあの辺りの西方諸国は、互いに領土争いを繰り返していましたけど、これは……」
――スタンピードを引き起こした西側の敵国ドルーグ公国。
――南西方向にある五大神教会を国教として法王を頂点とするパルマ教国。
――北に向かい、ムバド帝国の領土を現在も進行中。
――東のクリスタ王国を蹂躙しながら、大陸中央のイスチェア王国の国境線に向かっているとのことらしい。
レリエルの神託で示された魔物の進路にアルティアさんが溜息を吐く。
そんな中、ふとスタンピードに関して疑問が湧き起こる。
「そもそも、どうやってスタンピードを引き起こしたの?」
ダンジョンのスタンピードは、魔力の飽和による現象である。
そのためにスタンピードを引き起こすには、どこからか大量の魔力を引き込む必要があるのだ。
『忌々しいことに、ダンジョン内で人間を生贄に捧げて魔力を捻出したんだ』
生贄は、それほど効率のいい対価ではないのだ。
一人の人間が一生涯に生み出せる魔力は――魔力量✕寿命の日数で試算できる。
生贄は、無理矢理に魔力を捻出させて寿命を縮めるために短期では膨大な魔力を得られるが、本来一人の人間から得られる魔力より大幅に減る。
それでも大勢の人間をダンジョンに密かに運び入れて、生贄にしていたと言うのだ。
『それだけじゃない。生贄の怨嗟の声と魔力に便乗して、転生できずに時空間を漂う人間たちの魂までダンジョンに取り込まれて魔物になったんだ』
「……転生できない人の魂?」
あまりに突飛な単語に思わず首を傾げる。
エルネアさんたちもレリエルの言う言葉に危機感を覚えているようだが、具体的に何が起こったのか詳しい話を視線で訴えてきている。
『確か前に、姉様の使徒の所には塔を落としたよね。【時空漂流物】』
「え、ええ……2000年前の魔法実験で時空間に呑み込まれた建物でしょう?」
『その通りだ。でも、呑み込まれたのは物だけじゃないのは分かってるよね』
「なるほどのぅ……それでこの世界から外れた人の魂かのぅ」
納得するエルネアさんに、レリエルはその通りだと頷く。
冥府神ロリエルが眠りに就いたのは、2000年前の魔法文明の暴走により世界中の魔力が大量消失し、その環境に適応できなくて大勢の人が死んだためだと聞いた。
だがそれと同時に、一度に大量の魂が時空間に呑み込まれて消失したことも原因の一つであると語られる。
『時空間を司るボクにとってダンジョンの亜空間と世界の外側は近い場所だからね。今回の事を切っ掛けに大量の未練を持つ魂がダンジョンに流入して、魔力と結び付いてアンデッドの魔物になった。このスタンピードの収束にどうか手を貸してほしい』
元々は、地脈に溜まった魔力対策と人々がレベルを上げるための修練場のような位置付けとしてダンジョンが存在する。
それを荒らされて、止められなかったことを悔しそうにするロロナさんに憑依したレリエル。
「して、猶予はいかほどかのぅ?」
『手は尽くしたけど、猶予はあと二週間。未来予知によれば、ダンジョンから現れる強大な魔物が東に向かって移動するはずだ。それを倒すのに力を貸してほしい』
ダンジョンは、上層付近の魔物から順番に徐々に深い階層の強い魔物たちが現れていくのだ。
そのために、ある程度人々が逃げ出す猶予があったのかも知れないが、それでも全く準備のない状況で始まったスタンピードだ。
それに既に地図上に描かれた状況では、どうあっても人の生存領域が縮小して魔境に変わっている。
「して、チセはどうするのじゃ?」
「私は……」
チラリ、とテトの泥団子の繭を見る。
テトを放置して向かうことはできないが、無辜の人々が傷つくことを知って見過ごすことはできない。
「わかったわ。すぐに【虚無の荒野】に戻って対策を取るわ」
「仕方がないのぅ……エルタール森林国としては、人は出せぬが救援物資として魔法薬を送り届けるとしようかのぅ。それとチセに付き合って妾も前線に出る」
『ありがとう……本当に君たちに頼れて良かったよ』
そう言って微笑むレリエルの気配が消えると、ロロナさんの体が崩れ落ちるように力が抜けるので私とエルネアさんが支える。
「さて、チセよ」
「ええ、すぐに現場に向かうわ」
「たわけが……これは魔物との戦争じゃ。魔物を迎え撃つのに準備が必要なのじゃ。今は、ダンジョンから先に出た浅い階層の魔物程度ならば砦や町の兵たちで対処できる。妾たちの本命は、ダンジョン最深部から出てきた魔物じゃ! それまで英気を養い準備するのじゃ!」
厳しく諭された私は、ダンジョン都市アパネミスでのスタンピードを思い出す。
先輩冒険者でありAランク冒険者のアルサスさんに待つことの大事さ、力の配分を考えるように諭されたのを思い出す。
「……分かったわ。もう大丈夫よ」
「それにチセよ。先ほどテトの繭の方を見て、選んだじゃろ? 選ぶくらいならギリギリまで呼び掛けて両方掴むが良い! テトと共に戦場に向かうことを!」
「ふふっ……なにそれ、励ましてくれているの?」
エルネアさんの言葉に私は思わず笑ってしまったが、そんな私の反応にニヤリとした笑みを浮かべている。
「妾の勘じゃ……テトなら間に合うとな。なんせ、チセの守護者じゃぞ。守護者不在でチセを戦場になど立たせられぬではないか」
それもそうだ、と思いながら私たちは、慌ただしい二週間を過ごすのだった。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。