24話【泥団子の繭】
和やかな会談が進み、細かな交易品目の確認と流通量の確認を行なった。
元々、【虚無の荒野】の人口で消費できない素材の一部を流通させていたために、エルタール森林国としては、大きな影響はないと判断された。
他にも幻獣たちのお見合いによる繁殖促進政策、互いの土地に居ない幻獣が増えた場合の移住計画なども大枠を決定し、【世界樹の種】などの贈り物の返礼としてエルタール森林国の書物や民芸品も貰った。
「妾の国の書物、図鑑、技術書、魔法書、学術書じゃ。まぁ、国としては最先端の研究は公表しておらぬゆえ型落ちの本ばかりじゃが、持って帰るがよい」
「いいの!?」
私は思わず声を上げて早速、一冊の本を手に取り、読む。
エルフの魔法書は、人間の使う魔法書とは異なり精霊魔法の扱い方が殆どであるが、この魔法書の通りに上手く精霊と交信できれば、人間でも精霊魔法が扱えるそうだ。
他にも精霊石を加工して作られる装飾品の技術書やエルフの大森林で採取される素材から作られる各種魔法薬など、普通の国では手に入れることのできない価値ある物が山のように運ばれてくる。
「本当に貰っていいの!?」
「よいよい。チセが欲しがる物などこれくらいしか思いつかぬのじゃ、喜んでくれて何よりじゃ」
「ありがとう!」
「魔女様、すごく嬉しそうなのです」
思わずテンションが上がって、本をその場でパラパラと流し読みする。
私には少し重くて大きい本ばかりだが、それを膝の上に載せて読む。
そんなはしゃぐ姿をエルネアさんたちに微笑ましげに見られたことに気付いた私は、少し恥ずかしくなって読みかけの本を閉じて、小さく咳払いする。
「んんっ……後で大事に読ませてもらうわ」
「ふふふっ、チセの方は喜んでくれたようじゃな。妾たちは、他に仕事があるのでこれで失礼する。チセたちはゆっくりと休むと良い」
必要なら使用人を連れて町に繰り出すことも構わぬ、とエルネアさんが言って、去っていく。
飄々とした人物ではあるが、ハイエルフの女王の立場は伊達ではなく多忙なんだろう。
こうしてエルタール森林国との会談が終わり、昨日使わせてもらった客室に戻り、本の続きを読むことができた。
「魔女様~、本は楽しいのですか?」
「ええ、楽しいし、面白い。自分の知らないことを識るのは嬉しいわ」
ソファーに腰掛けて本を読む私は現在、魔石への付与魔法や魔導具作りの本を読んでいる。
一般的に流通している技術書よりも数段高度な内容であるが、私の魔力量ならば試行錯誤が多くできることだろう。
そんな中、ふと精霊石という単語が本の中に出てきて、私を見つめて嬉しそうにしているテトを見る。
「そういえば、これテトにあげようと思ってたんだ」
「魔女様、何かくれるのですか?」
私は、マジックバッグから小粒な精霊石を取り出し、テトに見せる。
「妖精たちからお礼に貰った特別な魔石があるの。テト、いる?」
「欲しいのです!」
そうして土属性の精霊石を指で摘まんだテトは、軽く宙に放り投げて口を大きく開けて呑み込む。
ごくん、とそのまま呑み込んだ瞬間に、テトが大きく目を見開き、大きな衝撃が走ったように体を仰け反らす。
「――っ!? テト!」
特別な魔石とは言え、ただ純度が濃い魔石程度に考えていたが、テトの異変に慌てて手を伸ばそうとする。
テトは膝を抱えるようにして体を丸め、脚部の一部が泥土に戻り、そこから湧き出す泥土によって体の周りが包まれていき、部屋の真ん中に大きな泥団子のような物が誕生した。
「……何これ」
美しく磨かれたような泥団子の中にテトの魔力の鼓動のようなものを感じる。
いったい何が起こったのか分からないが、テトに異変が起きたのは確かだ。
下手に泥団子を壊してテトを助け出すわけにもいかず、どうすることもできない。
こんな時に頼れるのは、ベレッタや古竜の大爺様。そしてハイエルフの女王であるエルネアさんだ。
「誰か! テトが! テトが……」
慌てて近くのエルフの使用人に頼み、エルネアさんたちに連絡を取るが、仕事中のエルネアさんたちがすぐに駆けつけてくれるわけでもない。
待っている間、私はどうすることもできずに、ただテトの泥団子を守らなくてはという思いから部屋に強固な結界を張り、その中で膝を抱えていた。
そして二時間後に、仕事を切り上げて戻ってきたエルネアさんたちがやってきた。
「チセよ。テトの体に異変があったと聞いたが……これは……」
「エルネアさん、特別なだけの魔石だと思って精霊石をテトに食べさせたの! そしたら、こんな風に!」
テトがいない心細さに、こんなことになるなら精霊石など渡さなければ良かった、と泣きそうになる。
それに対して、エルネアさんは真剣な表情で答えてくれる。
「おそらく、肉体の再構成を行なっておるんじゃろう」
「肉体の、再構成?」
ゴーレムの核である魔石をこれまで強化してきたが、異なる性質の精霊石を取り込んだことでそれに最適化するために肉体を作り替えているらしい。
ゴーレムの魔族の進化は見たことがないが、魔族種たちは時折、何かの切っ掛けで大幅に能力や姿の進化を見せることがあるそうだ。
メカノイドであるベレッタも多くのメイドたちを率いる立場としてメカノイド・オリジンへと進化し、初期に創造した者たちもハイエンドと能力を高める進化をしていた。
「これは、言わばサナギの状態じゃ。見守るしかなかろう」
「それじゃあ、テトは無事なの?」
「元々レリエルより、自我を失った精霊を取り込んだと聞いておる。精霊石との相性が良かったのじゃろう。悪い結果にはなることはないと思う」
「良かった……」
私は、その場でへなへなと座り込んでしまうが、エルネアさんの表情はあまり優れない。
「今まで大量の魔石を取り込んできたんじゃろ。それを整理して肉体の進化が終わるまで、どれだけの時間掛かるか分からぬ」
一日なのか、一週間なのか、一ヶ月、一年、いや百年だってあり得るかもしれない。
だけど――
「時間なんて関係ないわ。テトが目を覚ますまで待つだけよ。幸い、私は不老の魔女だからね」
そう笑って答えると、エルネアさんがやっと笑みを浮かべてくれる。
「ならば、この部屋を自由に使うと良い。大事なテトを不用意に動かすわけにもいかぬからのぅ」
「ありがとう……とりあえずこの部屋に【転移門】を置かせてもらうわね」
「妾も面白き友人が傍におることを嬉しく思うぞ」
突然始まったテトの変化に驚き、困惑し、それでも泥団子の繭から出てくる日を私は待つことにした。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。