22話【ハイエルフの女王】
柔らかなソファーに身を丸めるようにして眠る私は、部屋の外からの慌ただしい足音に浅い意識のまま周囲の音を耳で拾う。
「エルネア様! なんでこんな客室に居るんですか!? お休みになるなら自室で休んでください!」
「堅いことを言うでない。どうせ、外界より閉じたエルフの国に客人など滅多に来んのだ。来たとしても他の客室を用意すればよかろう。それよりも随分と疲れた様子じゃし、そちらの子も泣いておるようじゃが、どうしたのじゃ?」
どこか聞き覚えのある声に、眠りながら意識がそちらの方に向く。
エルネアさんは、扉の前で話しているのだろう。
そんな開けられた扉の外からは、女の子の嗚咽の声も混じって聞こえ、ソファーから眠気眼を擦りながら起きる。
「大変なのです! こちらに向かっている途中、創造の魔女様が行方不明になりました!」
「なんじゃと!?」
「消えたのは三日前です! 精霊が虚像を作り、いつの間にか攫われておりました! 現在、城の騎士団に捜索要請を出しております!」
「大事な客人であるのに……妾も精霊たちと共に探すのを手伝おう!」
体調はそれなり、魔力も半分まで回復した私は、杖を持って扉の前まで歩いていく。
「どうしたの、エルネアさん?」
「童よ、起きたのか? 森で行方不明者が出たようでのぅ、妾が陣頭指揮に出なくてはならぬかも知れぬ。しばし、この部屋で待っていると良い」
私が扉の外から話している人を覗き込むと、話している相手と目が合った。
「「……あっ」」
驚きで目を見開くアルティアさんとその隣で、魔女様~、魔女様~とえぐえぐと泣いているテトがいた。
「おはよう、テト、アルティアさん」
「ま、魔女様~!」
テトは、泣きながら私の腰に抱きついてきて、そのまま客室の床に尻餅をつく。
ずっと泣きっぱなしなのか、体を構成する水分を流失したために、顔の表面がカサカサにひび割れている。
どれほど私を見つけるまでに泣き続けたのだろうか。
呑気にソファーで眠っていたために、罪悪感を覚える。
「テト、落ち着いて。泣いた分だけお水を飲んで」
「良かったのです! 魔女様、無事で良かったのです!」
なんだか、無事に再会できて良かったという雰囲気になる一方、エルネアさんを見るアルティアさんの表情が険しい。
「まさか――チセ様を連れ去ったのは、エルネア様本人だったのですか!?」
「誤解じゃ。妾は、妖精に攫われた童を保護してここまで連れてきただけじゃ! 決してそのようなことはしておらぬ!」
助けてくれ、と言うように目を向けてくるエルネアさんに、私はアルティアさんに事情を説明する。
気付かずに妖精に攫われて、閉ざされた空間で眠らされて魔力を吸われたこと。
その空間は時間の流れが異なるらしく、現実世界では三日の時間しか経ってないこと。
エルネアさんが現れて、魔力を吸って中級精霊に昇格した妖精たちを叱りつけ、私をここまで連れて保護してくれたことを話す。
「エルネア様は、何か失礼なことはしませんでしたか」
「むしろ、良くしてくれましたわ。ただ、こんな外見だから、小さい子ども扱いだけど」
泣き続けたテトにマジックバッグの中の飲み物を飲ませて宥めながら、アルティアさんにそう答える。
「すみません、エルネア様が一国の主に相当するお方に気安く接してしまい……」
「申し訳ないとは思うが、知らなかったのじゃから仕方が無かろう。そもそもの原因は、勝手に攫った妖精たちじゃろ。しかし、妾の下に来る創造の魔女殿は70を超えていると聞いておったが、幼子の姿で不老になったとは聞いておらんかったわ」
「【空飛ぶ絨毯】のチセ様は、容姿も有名なんですよ」
「2000年以上も生きておるから、そんな細かな情報など覚えるに値せんわ。第一、会えば人柄など大凡分かるわ」
そもそも精霊たちがここまで通したのじゃから、問題なかろうて……と言って、ひらひらと手を振るエルネアさんに、ぐぬぬっといった表情をするアルティアさん。
なんとなく、アルティアさんが苦労人っぽく見えてしまう。
「それでは、改めて童たちに――いや【虚無の荒野】の盟主に自己紹介しようかのう。妾は、エルタール森林国の女王・エルネアじゃ。そして、こっちが――」
「エルネア女王陛下の補佐官を務めさせていただいております、アルティアです」
なんとなく話の前後から予想していたが、やはりエルネアさんは、ハイエルフの女王だったのか。
それにアルティアさんも、女王の補佐官ということは思ったよりも高い地位にいるようだ。
「こちらも改めまして、【虚無の荒野】から来ました魔女のチセです」
「……魔女様を見つけてくれてありがとうなのです。テトなのです」
私とテトが頭を下げると、エルネアさんが満足げに頷く。
「うむ。チセとテト、良い名じゃ。名前を聞いたからには童と呼ぶのは失礼だが、チセ殿と改まって言うのも憚られるのぅ……それに不老者同士で長い付き合いになるかも知れぬ。チセと呼んで良いかのう?」
「構いませんよ、エルネア陛下」
私がそう言うと、ふて腐れたように可愛らしく唇を尖らせる。
「そこは、呼び捨てで良い。……と言っても、性格的に難しかろう。ならば、さん付けのままで構わん」
「いいの?」
「よいよい、妾は堅苦しいのは好かんのじゃ。それに可愛い奴は好きじゃからのぅ」
「……こほん、陛下」
そう言って、私とテトの頭を撫でようと手を伸ばすエルネアさんに、アルティアさんが咳払いをして低い声で呟く。
陛下呼びは嫌いなのか、嫌そうにしながら手を引っ込める。
「全く、小さい頃は可愛かったのに、どうしてこんな風に成長してしまったのかのぅ?」
「くっ、小さい頃の話は、恥ずかしいのでお止めください!」
よよよっと嘘泣きするエルネアさんに対して、顔を赤くして声を荒らげるアルティアさん。
旅の間では見なかったアルティアさんの表情に、エルネアさんとの関係性が見えた気がした。
「とりあえず、この客室はそのまま二人が使うとよい。準備ができたら、改めて会談に移ろうではないか」
そうして、エルフの女王様が部屋から退室し、後には私を離さずに抱きついてくるテトがいる。
「魔女様、居なくならないでほしいのです」
「大丈夫よ。それより、テトが無事で良かったわ」
「テト、頑張ったのです」
話を聞くに、三日三晩掛けてずっと走り続けてここまで来たらしい。
「本当は、すぐに魔女様を探したかったのです。でも、魔女様ならって考えて、ここまで来たのです」
「ええ、頑張ったわね。よく判断を間違えなかったわ」
褒めるとテトは、やっと泣き顔から笑みを浮かべて、そのまま抱きついて眠りに就く。
テトまで二次遭難することを思えば、今回のように確実な方法を選んだテトを褒め、そんなテトを引き留めてくれたアルティアさんに感謝しかない。
そして、エルネアさんが私を早くに見つけてくれなければ、テトとこうして朝早くに再会できなかっただろう。
こうして、感謝しながらも眠りに就いたテトの髪を手櫛で梳きながら、テトが起きるのを待つ。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。