21話【エルタール森林国】
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。
エルフの女性に連れられて町の大きな建物を目指して歩いていく中、町の様子に唖然としていた私は、ハッと正気に戻りエルフの女性に尋ねる。
「さっきの移動は《影転移》? ここがエルフの国なの? 私はどうやって妖精たちに長く眠らされてたの? それにさっき貰った精霊石って、具体的に魔石と何が違うの?」
色々と聞きたいことが湧き出し、感情のままに一気に尋ねると、微笑ましそうに私を見つめられる。
「うむ? 魔法使いの子は知識欲が旺盛じゃのぅ。ういやつ、ういやつ」
そう言って、魔女の三角帽子を取り上げられ、頭をわしゃわしゃと雑に撫でられる。
「ちょ、ちょっと!」
手を伸ばして帽子を取り返した私は、頭を撫でられ髪の毛を乱されないように帽子のツバを掴んで身構える。
そんな私の反応が楽しいのか、満足そうにエルフの女性は笑っていた。
「そう怒るでない。ここは、正真正銘エルフの首都じゃ……」
「そうなの? でも、空が……」
水も空気も澄んでおり、光も降り注いでいる。
だが、町の天井を見上げれば空はなく屋内であることが分かる。
そんな町中を歩きながら、エルフの女性は説明してくれる。
「童は物知りじゃのう。確かに影転移じゃが、人を運べる影転移は凄いのじゃ」
アルティアさんは影転移で手紙などの小物くらいしか運べないと言ったが、目の前のエルフの女性は、ダークエルフでもないのに闇精霊を使役して人も運べる規模の転移魔法を使ってみせたのだ。
もしかしたら、エルタール森林国の重鎮なのかもしれない。
「それとここの具体的な場所は言えぬが、妾たちが祀る天空神のレリエル様のお力なのじゃ。先ほどの閉ざされた泉も、本来は精霊たちが身を隠し休めるために、森の各所に女神様がお作りになった場所なのじゃ……」
「なるほど、女神レリエルの力ね。それを妖精たちが利用してたのねぇ」
加えて、女神レリエルは風の神であると共に時空間の権能も持つために、先ほどのループする空間やここのように閉じた亜空間を作り出すことも可能なのかもしれないと納得する。
「その通りじゃ。どのように長く眠らされていたかと言えば、妖精たちの魔法じゃのぅ」
「魔法って、私は結構防御に力を入れてたんだけど……」
結界魔法を張る他にも、魔力量が多いために並の精神魔法などは効かないはずである。
魔力を消費した後なら分からなくもないが、泉に辿り着いた時はほぼ万全に近い状態だったはずだ。
「童の魔力は人にしては多いようじゃが、精霊を甘く見るでないぞ。妾たちエルフが精霊魔法を扱っているが、あくまでも精霊は力を借りる隣人であり、支配しているわけではない。そもそも中級間近の下級とは言えど、自然の化身じゃ。準備もなく人が敵うはずもなかろうて」
特に精霊たちのテリトリーでは、精霊たちの魔力が辺りに充満しているために、防ぎようがない、と言われた。
「実体化ができぬ下級精霊の妖精だろうとも自分たちの領域ならば、水の音、木々の擦れる音、柔らかな日差し、風運ぶ花の香りを触媒に人をどのようにでも扱うことができるのじゃ」
中級間近の妖精たちの強さはどれくらいだったのだろうか。
古竜の大爺様の魔力量が大凡300万。
かつて不完全で召喚された大悪魔が魔力量10万だった。
実体化できる中級間近の妖精たちの強さを魔力量10万から20万と仮定して6体居たので、魔力量を合算すれば、私の魔力量を軽く上回っていたかもしれない。
「それにのぅ、結界魔法は物理的に遮断するが音や光は防げぬし、防御魔法は害意や悪意、敵意に反応するが、好意には反応が鈍いんじゃよ」
「好意って、仲間とはぐれたし、強制的に眠らされて、魔力を大量に吸われたんだけど……」
そのせいで、結界魔法や身体強化などの魔法が途切れており、一歩間違えれば危険な状態だった。
本来なら怒るべき状況だったのだろうが、急な展開で理解が追いつかず、私の代わりに目の前のエルフの女性が怒ってくれたために、私自身が逆に怒るのを止めてしまった。
改めて思い返すと、危ない状況ではあったと思う。
「ここからは妾の推論じゃが、あの妖精たちは、童の魔力を好いてあの泉に招いたと思うのじゃ」
「私を泉に招いたって……」
「きっとじゃが、童の身を危険に晒すつもりは無かったし、守っておったのじゃろうな。ただ、癒やしの眠りに誘ったのは、純然たる好意のようじゃがな」
エルフの女性曰く、少し疲れている好みの相手に癒やしを施し、様々なお世話をしていたのだろうと。
その代償に、ちょっぴり魔力を貰って帰すつもりが、あまりに魔力の質が好みでズルズルと……らしい。
確かに何日も大森林を歩きっぱなしで少し疲れていたかもしれない。
だが、改めて状況を解説されると、怒るとか怒らないとか以前に、精霊や妖精というのは根本的に人とは違う存在なのだと思い知らされる。
「好意で亜空間に一ヶ月も眠らされていたのね……本当に起こしてくれてありがとう」
「うむ、納得したかのう? 次に精霊石じゃが、基本は魔石と変わらぬ」
「例えば、魔導具化する時は、どうなるの?」
魔石に魔法文字などを刻んだり、付与魔法でなんらかの効果を付与する場合――
または細かく砕いて、魔法薬に混ぜたり、魔法武器の製造の際に混ぜ込んだりなどする場合の違いについて知りたい。
「精霊石は、一定までの大きさにしかならず、あとは密度の濃さによって格が決まるのじゃ。じゃから、アクセサリーや指輪などの普段身に着ける装飾品の宝石代わりに付けて単純な付与魔法でも込めてやれば効果は絶大じゃ」
例えば、同じ大きさの魔石と精霊石では、魔石はEランク相当の魔力であり、精霊石には最低でもBランク以上の魔力を持っている。
そのために、身に着けるのに邪魔にならず、高い効果を得られるのだ。
「欠点としては、精霊石は大きな物では存在できないから、複雑かつ大規模な魔導具には向かんのぅ……」
例えば、【虚無の荒野】の地脈を制御する制御魔導具に使われている魔石は、推定Sランクの昆虫魔物たちの母体であるマザーから手に入れた大型魔石を使っている。
同規模の魔力量を持つ精霊石が仮に存在した場合、同じだけの効果を付与しようとすれば魔力量は足りているが、複雑な魔法文字や効果などを刻むための容量が少ないために、そうした点では魔石との差別化になるそうだ。
「まぁ、そのようなSランク級の魔物など、百年に一度現れるかどうかじゃ。童が生きているうちに現れることなどほぼ無いじゃろうから覚える必要はないぞ」
「あ、あはははっ、そうよね……」
私は、乾いた笑いを発しながら……一度遭遇して倒したことがあるとは言えずに黙り込む。
そうして、先を歩くエルフの女性を追い掛けながら、改めて精霊石という新たな素材が手に入ったと内心喜ぶ。
そして、エルフの女性と共に向かった先は、高く聳える巨木の建築物――ではなく、その奥に見える白亜の城だった。
「ほれ、こっちじゃ、こっちに来るが良い」
「あの……本当にここに入って良いの? もしかして、お城の偉い人?」
妖精を捕まえ、人を運べるほどの闇精霊と契約してるということは、相当な魔法使い……いや、精霊術士なのだろう。
もしかしたら、エルフの国で働く宮廷魔術師のような立場の人なのかもしれないと思った。
そうして、更に女性に付いていくと、お城の中の人たちが、恭しく頭を下げてくる。
「お帰りなさいませ、エルネア様」
「もう夜も遅いのじゃ。皆、早くに休んで明日の仕事に備えるのじゃ」
扇子をひらひらを動かしながら、堅苦しい挨拶など不要、などと言っている。
それらに、苦笑を浮かべながら受け入れるお城の使用人たちの様子を見ると、エルフの女性――エルネアさんは、使用人たちに対しても気楽に接しているのかもしれない。
「うむ。ここじゃ、ここじゃ、ここに泊まるが良い」
「ありがとうございます……」
客室の一つに案内された私は、部屋に入るとその豪華さに驚く。
私の屋敷の寝室よりも数倍は広く、明らかに高価そうな家具や調度品などが見られる。
そんな寝室に唖然とする中、案内した当の本人であるエルネアさんは、ソファーにもたれかかるようにだらしなく座り、指先を動かして呼び出した影の中からワイングラスと酒瓶を取り出す。
「ふむ。森の見回りを終えた後の一杯は格別じゃのぅ」
「あの……保護してくれたのはありがたいけど、なんで居るの?」
「それは、保護者として幼子を広い寝室に放り出せぬからのぅ。幸い、ベッドは二人で寝ても十分なくらい広いから心配はない」
そう言われて、確かにそうなのだろうが……
「多分エルネアさんは、このお城で偉い立場の人だと思っているわ。だから、さっきの使用人さんたちに任せた方がいいんじゃないの?」
「エルネアさん……なんとも久しい響きじゃのぅ……」
お酒を飲みながら、嬉しそうに私の呼び方が気に入ったのか何度も繰り返す姿に、半目で見ると、私の視線に気付いて咳払いする。
「こほん……まぁ、童の言うことも一理あるが、ただ単に、妾が童のことを気に入ったのじゃ……」
「そう言ってもらえるのは有り難いけど、私は、童って言われるような歳じゃないわよ」
「うむうむ。幼子はいつでも背伸びをしたいものじゃな。それに妾としては、お主が何歳だろうと可愛い童なのじゃよ」
そう言い、手招きされて、隣のソファーに腰を下ろす。
可愛いのぅ、可愛いのぅと幼い子ども扱いで撫でられるために、テトとはまた違った構い方に少し戸惑いを覚えながら、夕食を食べていなかったことに気付く。
「お腹空いたわね」
「むぅ? それは失念しておった。童の食事を用意させねばな」
「いいわよ。ちゃんと、料理は持ってきてあるから」
そう言って、マジックバッグから取り出したのは、小さな箱である。
ランチボックスと名付けた箱には、【虚無の荒野】の保管庫に使われている時間停止の機能を持ち、作りたての食事を保存しておくことができるのだ。
「お主、それは魔導具じゃのぅ」
「知ってるの?」
「うむ、立場上は、多くの魔導具を見ることがあるが、食事の保存のみに特化した魔導具か……どこのダンジョンで出たのじゃ?」
「……さぁ? 貰い物だから分からないわ。便利だから使ってるけど、一緒に食べる?」
私は、目をそらしながらランチボックスの中から二人分の食事を取り出す。
元々は、テトとの旅用であるが、ここにはテトが居ないのでエルネアさんに振る舞うことにしたのだ。
「私のところのメイドたちが作ってくれた食事よ」
今回開けたランチボックスの内容は、カレーライスと付け合わせのサラダだ。
カレーのスパイスの香りが食欲をそそられる。
今回の具材は、オークの肉を使ったポークカレーのようだ。
「中々に食欲のそそられる匂いがするのぅ……じゃが、茶色いとろみのあるスープが掛かった米かのぅ。なんとも懐かしい物を……」
「懐かしいって、食べたことがあるのね」
【虚無の荒野】では、元々私たちが使う分だけ【創造魔法】で創り出していたが、住民増加によるお米の需要と相まって、創造した種籾から少量であるが栽培をしている。
「うむ、これほどドロドロではないが、もう少し緩いスパイススープを米に掛けて食べたのぅ。試作品と言っておったが、この料理とは米の種類も違うようじゃの」
「多分前に見たのは、長粒品種のお米じゃない? これは短粒品種のお米で粘り気が強いのよ」
「そうか……童の厚意を無下にするわけにもいかぬ、頂くとしよう」
エルネアさんが恐る恐るカレーに手を付ける。
カレーの複雑なスパイスの味をじっくりと炒められたタマネギの甘みと肉の脂が包み込み、次の一口が止まらない。
大人でありたいが、子ども舌である私にとっては、食べやすい辛さ二段階目と言ったところだが、カレー初心者のエルネアさんにとっても非常に食べやすいらしく食が進んでいる。
上品に食べるが、時折付け合わせのサラダやお酒を口にして黙々と食べていく。
小さな子ども扱いされる私だったが、少しだけしてやったり、という気分になりながらベレッタたちの作ってくれたカレーを食べる。
「うむ。美味だった。昔食べた物よりも遥かに美味しい料理だった」
「お粗末様です」
食器を片付け、部屋の備え付けのお風呂に入って身を清めようとするとエルネアさんも入ってきて美しい肢体を私の前に惜しげも無く晒している。
「な、なんで入ってくるの!?」
「幼子一人を入らせるわけにはいかぬじゃろう? それに同性同士なのじゃ、恥ずかしがることなどないじゃろ?」
「一人でお風呂に入れない歳でもないし! それに同性同士だけど、ビックリするじゃない……」
「よいではないか、よいではないか」
そう言って風呂場に居座り、体を洗い始めるエルネアさんをジト目で見るが、幸いにしてこのお風呂場は二人入っても十分に広かった。
そして、体を洗うエルネアさんの姿を横目で見れば、形のいい大きな胸と成長の止まった自身の薄い胸を見下ろして少し悲しい気持ちになる。
「童よ。いずれ妾のような胸に成長する。希望はあるのじゃ」
「え、ええ……」
励ましてくれるエルネアさんの言葉に相槌を打つが、不老の私はこれ以上胸が大きくならないということを言えずに、少し罪悪感を覚える。
その後、眠る時間となるのだが、妖精によって長く眠らされた私には眠気が中々訪れない。
その一方でお酒の入ったエルネアさんは、早々にベッドで眠りに就く。
私は窓からのエルフの国の夜景を眺め、私たちの旅の目的地であるが、やはり本来の方法でやってきたわけではないことに居心地の悪さを感じる。
「……テト、どうしているかしら」
妖精に攫われて、亜空間で一ヶ月も眠らされながら魔力を吸い上げられていたのだが、その実感がまるでなく、怒りの感情も湧かない。
ただ私が居なくなった後、テトがどんな風に過ごしていたのか心配しつつ、私に今できることはないのでソファーで横になるように眠るのだった。
それでも柔らかく沈み、広いソファーは小柄な私には十分な広さであった。