20話【妖精の取り替え子】
「これ、童よ。起きよ、起きるのじゃ」
「ん、んっ……」
揺り起こされた私は、寝ぼけ眼で私を揺り起こす人物を見上げる。
「……あなたは誰?」
「それは妾の台詞じゃ。妾の精霊に呼ばれてここに来てみれば、お主、なぜここにおる。どうやってここに来たのじゃ?」
「なぜ? どうやって?……」
抗いがたい眠気に誘われたのが昼間だったが、辺りの様子から日がとっぷりと暮れた夜のようだ。
あまりに寝過ぎたために、少し頭が回らないのか、気怠さを感じる。
「森の中を歩いていたら、はぐれて気付いたらここに辿り着いたの。それでここから出られなくて、眠くなって……寝て……それで」
「はぁ、童よ。妖精に攫われてきたのじゃな。魔力も殆ど妖精たちに吸われておるではないか」
これは、起きる気力も思考力もなくなるのも当然じゃ、などと呟いている。
妖精……たしか、精霊の一種の呼び方だろうか、などと回らない頭で知識を呼び起こす。
精霊にも様々な種類がおり、アルティアさんの使役するような生き物を模した精霊の他にも人に近い姿を取る者を妖精などと言われているそうだ。
「私、やっぱり攫われたのね」
「そうじゃのう。中級精霊に上がる間近の妖精たちが、手っ取り早く成長するためにお主から魔力を吸い上げるため、攫ったのじゃろうな。人里では、妖精の取り替え子などと呼ばれておるそうじゃのぅ」
見たところ、魔法使いの家の子かのう? などとローブや地面に落ちた三角帽子を見て、そう呟いている。
「辺りを探した時、妖精なんて見なかったけど……」
「魔法使いの子ならば、霊体が見えるのも不思議ではないか。確かに人は目に魔力を集めて、見えざるものを見ることができる。じゃが見られる側とて、見られたくないならば隠れることもできよう。特に自然を司る精霊にとっては造作もないことじゃ」
幼い子どもに言い聞かせるような言葉に、確かにその通りだと納得して、ふふっと笑ってしまう。
それに魔力を吸われていることを指摘されて気付いたが、残り魔力量が1万とかなり少なくなっている。
だが、吐き気などの症状がないことから魔力枯渇にならないギリギリのラインまで吸っているのだろう。
そのせいか、周囲に張った結界や【身体強化】の魔法も途切れており、無防備な状態に晒されていることに気付き、途端に心細くなる。
いくらAランク冒険者で膨大な魔力量を持っていようと、体は12歳の少女の物なのだ。
気怠さの残る体を起こして見上げると、少しだけ女性の顔がハッキリとする。
黄金を思わせる濃い金髪に青い瞳、抜けるような白い肌に、蠱惑的な肢体を藍色のナイトドレスに包まれており、スリットから覗く生足が艶めかしい。
森にいるには不釣り合いな恰好だが、その美しさに同性の私でも目が冴える程の衝撃を与えてくる。
「エルフ……」
「ん? そうじゃ、妾はエルフじゃ。珍しいかのう?」
「いえ、そうじゃないけれど……」
なによりその尖った耳はエルフのそれであるが、目の前の人物は見知ったエルフたちよりも一線を画す美しさを持っている。
「まぁ、妾のことはどうでも良いが、童を攫ったこやつのことはどうするのじゃ?」
そう言ってエルフの女性が手に持つ扇子をパチンと軽く閉じると、夜の闇の中からぼんやりと光が浮かび上がり、何人かの妖精が風により囚われた状態で現れた。
「勝手に童を攫い、魔力を吸い上げていた妖精たちじゃ。お陰で、中級精霊に昇格できたようじゃが、精霊の隣人である妾は罰を与えなければならんのう。して、被害者の童よ、どのような罰を与えるのじゃ?」
美人が怒ると迫力があると言うが、目の前のエルフの女性が加虐的に口元を歪めるだけで目の前の囚われた妖精たちは、怯えるように涙目になっている。
「罰って言われても、あんまり被害を受けた感じがしないから、注意くらいでいいんじゃないかしら。とは言えできれば、一言言ってほしかったかな」
エルフの女性が妖精たちを捕らえたために吸われていた魔力が回復に転じ徐々に思考が鮮明になってくる。
それに私が誰かに魔力を分け与える行為は、テトを始め、【虚無の荒野】の幻獣たちや魔導具に対して魔力補充などを行なってきたために、それほど咎める行為のように思えなかった。
「だから、あんまり重い罰は与えないでほしいかな? 私の精神衛生的に……」
「幼き子が精神衛生的などと難しい言葉を使いよる。被害者が減刑を望むならば、妾が重い罰を与えられぬではないか」
つまらなそうに唇を尖らせたエルフの女性は、溜息を吐いて数瞬だけ考え込み罰を決めた。
「妖精たちよ。この童から吸い上げた魔力の対価として、精霊石を与えよ。それが罰じゃ」
エルフの女性に扇子を向けられて命じられた精霊たちは、渋々といった様子で自身の胸の前で手を組み、力を凝縮させていき、一つの宝石を産み出す。
「これは……魔石でもないし、魔晶石でもない。でも、凄い力を感じる」
小さな宝石だが、きっとBランクの魔石並の魔力を感じる。
それを六属性が一個ずつ渡された。
「妖精たちよ! このような幼き童からどれほど多くの魔力を吸い上げたのじゃ!」
それを見たエルフの女性は、体から魔力を怒りの炎のように揺らめかせて発している。
「連れ去って外の時間で何日経っておる! ここの時間で何日捕らえておったのじゃ! 全員の精霊としての格が上がっておったから不審に思ったが、この童がこれから先の未来で得るはずの魔力まで吸い上げおったのか!? 森への侵入者でもない幼子になんという無体を働くのじゃ!」
激怒するエルフの女性が怒りに任せて魔力を放出するのを見て、私は慌てて止めに入る。
「待って! 待って! 私は大丈夫だから!」
自分の体には、何の異変もないし、問題ないことを伝えると、申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「そんな訳があるものか。精霊石とはのぉ、精霊が産み出す数十倍の密度を持つ特別な魔石の呼び名なのじゃ」
つまり、それだけの特殊な魔石を産み出すために、私からどれだけの魔力を抜かれたのか目の前のエルフの女性は心配しているのだ。
「それ全部で2000万は、お主の魔力を抜かれておるのじゃぞ。童の魔力量の元は知らぬが、それほどの魔力を抜かれれば、魔力の器が壊れて一生魔法が使えなくなるのじゃぞ!」
魔力枯渇状態になると様々な身体的な不調が起きる。
その状態で更に無理矢理に、魔法を使おうと魔力を捻出すると魔力の前借りによって寿命が縮んだり、体内の魔力の経路が破壊され、二度と魔法が使えない体になったり、最悪は命の危険まであるのだ。
だが、交易を始めてからの十年で更に【不思議な木の実】で魔力量を70万まで伸ばしているのだ。
その上、私の魔力回復速度を考えるなら、一ヶ月分の魔力である。
「つまり、私は長くここで寝てたの?」
「そういうことになるのぅ……」
妖精たちを見ると、ゆっくりとだが首を縦に振っている。
その間の食事や排泄などの世話をされたんだろうか、恥ずかしさで家に帰りたい、とさえ思った。
「じゃが安心するのじゃ! ここは女神レリエル様の力が及ぶ空間じゃ。中と外の時間が異なるために、外の時間はそれほど経ってはおらんはずじゃ」
それはなんて、精神と時の部屋だろうか。
不老の私には、修練場としては持ってこいではあるが、常人が使えばただ徒に寿命を短くするだけではないかと頭痛を堪える。
「やはり不調なのじゃな! ならば、更に罰を考えなければならぬのぉ!」
「本当に待って、長く寝てたことに気付いただけだから大丈夫よ。私の魔力は、感じられる? ちゃんと回復しているわ。それに妖精たちも気を使ってくれたのか、魔力枯渇になる手前で吸うのは止めてくれたみたいだから」
そうよね、と捕まった妖精たちに尋ねると、全員コクンコクンと全力で首を縦に振っている。
「じゃが、それにしても人間の魔法使いから吸い上げられる魔力量とこやつらが精霊石を創り出すのに使う魔力が合わない気がするが……」
「それは、この辺りを探索する時に、目印で地面に置いた【魔晶石】の魔力量も含まれているんじゃないかしら。私が今まで貯めた魔力をストックしていたからそれかも!」
私を一般の魔法使いの子どもと勘違いしているが、訂正するために私の魔力量は70万超えです、などと言っても信じてもらえないと思ったために適当な理由をでっち上げて納得させる。
そうなのか? などと訝しげに思いながらも納得してくれる。
「わかった。じゃが、妖精たちよ、次はない」
そう言って、エルフの女性が妖精たちを解放するとすぐに逃げるように去っていく。
「それで、童よ。とりあえず妾のところで一夜を明かすか?」
「……よろしくお願いします。テトと……一緒に居た子がいるので、彼女と合流したいです」
「うむ! 妾に任せるといい! では、付いて参れ!」
暗い夜の中で立ち上がった私は、謎の絶世の美女エルフの手を取り立ち上がり、そのままエルフの女性の呼び出した大きな影の中に飛び込むと、泉とは別の景色を目にしたのだ。
そこは、夜なのに光精霊のお陰で明るく照らされた白亜の町並みが広がっていた。
更に、水路には清浄な水が流れ、遠くにエルフの集落でみた樹木の家を何十倍にも大きくした建物が建ち、その奥に町並みに合せた白亜の城が建っていた。
「妾たちの国――エルタール森林国にようこそじゃ、童よ。近々、大事な客人が来る予定で少し妾は離れるかもしれぬが、お主を丁重に持て成し、はぐれた仲間の下に返すと誓おうぞ」
思いがけず、目的地に到着した私は、エルフの女性に手を引かれながら町中を歩いていくのだった。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。