19話【閉ざされた泉】
Side:ダークエルフの案内人・アルティア
「魔女様~、魔女様~」
「チセ様! 返事を! 返事をしてください!」
今にも泣きそうな声を張り上げるテト様に胸が痛むのを感じながら、私は自身の失敗に苦い思いをする。
折角、これからエルタール森林国で不老の魔女のチセ様たちを持て成そうと首都に案内している最中に、チセ様が行方不明になったのだ。
それも私とテト様の前後に挟まれた状態で歩いていたにも拘わらず、突然、霧の中から姿を消したのである。
私たちは、エルタール森林国までの道から外れないようにチセ様を探すために声を掛けるが返事はなく、精霊たちに妨害されて探知もできない。
「そうだ! 魔女様は、【転移門】を持っているのです! 魔女様の持っている【転移門】と繋がっているのです!」
そう言ってテト様は、自身のマジックバッグからチセ様が持つという対になる【転移門】をその場で取り出す。
【創造魔法】の使い手であるチセ様は、ハイエルフの女王陛下が知り得る2000年以上前に失伝した魔導具を生み出せる。
その【転移門】もその内の一つとして、テト様に与えていたようだ。
「これで魔女様のところに……おろ?」
四角い門形の魔導具は、別の空間に繋がることなく、ただテト様を素通りさせている。
「大変申し上げにくいのですが、この大森林の中心は、エルタール森林国の首都と世界樹を守るために、天空神のレリエル様のお力が強く働いております。そのために、空間系の魔法は防がれているのです」
レリエル様は、風の神であると同時に時空間を司る女神であるために、内外より転移や情報伝達などの空間に関わる魔法を阻害されているのだ。
それにより、この大森林が守られてきたが、その制限はエルフに取っても例外ではなく制限なく動けるのは、女神の使徒である巫女様に認められた騎士たちか、女王陛下など一部の者たちだけだ。
そのせいで、チセ様と合流できなくなっているのだ。
「魔女様~、魔女様~!」
泣きそうになりながら、チセ様を探そうと声を上げて、当てもなく探し始めるテト様の手を取り、この状態で一番の最善策を実行する。
「テト様! 今テト様が探しに行けば、二次被害に遭われてしまいます! それは、チセ様も望まないはずです! ですから、私たちの目的は安全にチセ様を見つけるために、速やかにエルフの首都に移動し、エルフの騎士たちに捜索を依頼することです!」
エルフの騎士たちは、レリエル様の使徒である巫女様の祝福が掛かった装備を身に着けているために、レリエル様や精霊たちの制限や妨害に掛からずにこの大森林を捜索できるはずだ。
「うう、魔女様、魔女様~」
一気に幼子のようになったテト様の手を掴み、闇精霊に頼んで《影転移》の連続で、エルタール森林国の首都に向かってもらった。
幸い、巫女様の祝福の掛かった護符を持っている私は、《影転移》を制限が掛からずに使える。
だが、一度の使用での移動距離は、精々1キロである。
それでも【身体強化】で足場の悪い森の中を走るより安全で早い。
二人同時の移動は、要人の安全な避難の時の必須事項だが、ここまで連続の《影転移》を使ったのは初めてで、急激に魔力が減るのを感じる。
それでも、エルフが使う高品質なマナポーションを飲みながら、闇精霊に魔力を渡して《影転移》を続ける。
途中、魔力切れで休憩を余儀なくされた私だが、何故かテト様に協力してくれた実体化した中級の土精霊たちのお陰で、テト様に背負われながら迷うこと無く真っ直ぐにエルタール森林国の首都に進めた。
魔力が回復したら《影転移》、休憩と寝ている間はテト様の背に背負われて大森林深部を三日三晩掛けて駆け抜けたのだった。
Side:チセ
「野営なんて、いつぶりかしらね」
即断即決、即行動が売りの【空飛ぶ絨毯】として活動していた時は、町から町への移動に一日も掛からずにしていたために、野営をすることは少なかった。
また、【転移門】を創造するようになってからは、【虚無の荒野】の屋敷まで帰ることができたために、こうして野営するのは久しぶりである。
「ふぅ、私の転移魔法やテトとベレッタに持たせた転移門や通信魔導具は、ダメみたいね。そういう土地の影響かしら」
魔物から逃げていた私は、開けた泉の畔までやってきた。
その後、【転移門】や通信魔導具でテトやベレッタとの合流を計ろうとしたが、ことごとく失敗したために、こうして泉の畔で膝を抱えて救助を待っているのだ。
「アルティアさんとテトに挟まれて移動していたのに、私だけ遭難したって、何か作為的な物を感じるわね」
もしも前の人に付いていく場合、私の後を付いてきたテトも一緒に遭難するはずだ。
それに、目の前を進んでいたアルティアさんの姿が掻き消えたということは、何かしらの超常的な力によって私だけ連れ出されたか……
「うーん。なにか超常的な力に巻き込まれたとは決まったわけじゃない。もう少しこの辺りを探りましょう」
とりあえずの安全地帯を確保できたために、泉の周囲を探索し始める。
流石にエルフの大森林の木々を傷つけるのは躊躇われたために、マジックバッグに入れておいた魔晶石を地面に置いていく。
「一歩、二歩、三歩……十歩――このくらいの距離でいいかしらね」
今まで魔力を溜めてストックしてきた【魔晶石】は、魔力のサブタンクとして扱えるが、地面に置いておけば、その魔力を感知しての目印になる。
そうして、一定間隔で【魔晶石】を地面に置きながら泉から東側を真っ直ぐに探索していくと、あることが分かった。
「う、ううん? この場所は――」
歩き始めて気付いたのは、森を抜けてすぐに見覚えのある泉の反対側に辿り着いたことだ。
地面には、目印として置いた【魔晶石】まであるのだ。
「――まさか、ループしている?」
今度は泉の北側を探索すると南側に辿り着き、様々な方法で歩き確かめるが、どうやらここはループした閉ざされた空間のようだ。
「困ったわね。閉鎖空間に閉じ込められた」
地面がダメなら空を――と思い、飛翔魔法で上空に飛ぶが、見えない結界のような何かに阻まれて、それよりも上空に行くことができなかった。
「転移魔法も使えず、この場所から出られない。困ったわねぇ……」
テトは心配しているだろうか、案内をしてくれたアルティアさんに迷惑を掛けてしまった、などの気持ちが湧き起こる。
「とりあえず、この空間を破壊できないかしら?」
エルフの森林を荒らすことになるために、地上ではなく上空で阻まれた結界のような壁に向けて魔法を放つ。
「――《ウィンド・カッター》!」
杖を上空に向けて魔法を唱える。
先ほどもセイバー・タイガーを倒した時に使った魔法だったが、魔法が成立することなく、魔力が霧散する。
「っ!? ――《ウィンド・カッター》《ウィンド・カッター》《ウィンド・カッター》!」
同じ魔法を何度もイメージして発動しようとするが、その度に発動せずに、空しく声だけが響く。
「ふぅ、落ち着け。さっきまで《フライ》の魔法は使えたんだ。――《ライト》」
光球を産み出す魔法を使ってみると、こちらは問題なく使える。
「使えない魔法は、ここから脱出するための転移や通信、それとこの空間を破壊できるだけの攻撃魔法なのかしらねぇ……」
自身の魔法を妨害され続け疲れた私は、泉の畔に膝を抱えるようにして座り込む。
「これは、テトたちの救助が来るのを待つしかないのかしらねぇ……」
抵抗するのも諦めた私は、ふと強い眠気に苛まれる。
その眠気に抗うことなく、そのまま下草の生える泉の畔で横になれば、静かすぎる森の音が聞こえる。
防寒効果の付与されているローブを身に着けているために寒さはなく、むしろ、泉の畔の温かな日差しと涼しげな空気、泉から流れる水音と森の葉音の自然音が心地よくて眠りを誘う。
ぼんやりと、そう言えば眠る時にテトが隣に居ないのは、いつぶりだろうか、などと思いながらテトの代わりに杖を抱きかかえるようにして、意識を手放す。
その時、近くで子どもたちのような可愛らしい笑い声が聞こえた気がした。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。