17話【エルフの大森林~浅層から中層~】
一泊した私とテトは、翌朝にはアルティアさんの用意した馬車に乗り、エルフの大森林に向かっていた。
「馬車に乗るなんて、なんか久しぶりねぇ」
「どこかに行く時は、魔女様の杖や空飛ぶ絨毯が多かったのです!」
杖や絨毯に乗って移動するのは、バイクや自転車のような気軽な移動手段として使っているので、維持や管理を考えなくてはいけない馬車は、どうしても敬遠してきたのだ。
「【空飛ぶ絨毯】のお二人には、移動が遅く感じると思いますが、辛抱してください」
馬車の窓から見える景色を眺めながら過ごしていると、共に馬車に乗ったアルティアさんが申し訳なさそうにしている。
「いえ、杖や絨毯に乗って空を飛ぶ移動方法を編み出す前は、殆ど徒歩でしたので、逆に新鮮なんです」
「魔女様と初めて乗った馬車には、色んな人が一緒に乗ってたのです~」
「きゃっ!? テト、膝枕する時は一言言ってよね」
そうして、アルティアさんの前で、私の太ももに頭を乗せてくるテトに、仕方が無いという風に小言を言う。
そんな私たちのやり取りにアルティアさんがクスクスと楽しそうに上品に笑っている。
「不老の魔女で使徒だと巫女様から聞いておりましたが、思った以上に普通の可愛らしい方だ、と思いまして……」
ごめんなさい、と笑いが止まらないアルティアさんから馬車の外に視線を逸らし、三角帽子の鍔を掴んで目元を隠す。
ただ、私の膝の上に頭を載せているテトからは表情が丸わかりなのか、魔女様恥ずかしがってるのです、と小声で言われた。
「そんなに、おかしいかしら?」
少しふて腐れるようにそう呟くと、アルティアさんが笑うのを止めて真剣な表情でこちらを見る。
「女王陛下に謁見を求める方々は、多かれ少なかれ腹に一物を抱えた者たちが多いので、とても穏やかな気質の人を案内するのは、本当に久しぶりなのです」
不老であり、様々な財産や権力を持ち、エルフの中でも更に希少なハイエルフの女王に会いたい人物は、何かしらの目的を持っている。
豊富な魔力を持つハイエルフの魔法を得たい者だったり――
秘匿され続けたエルフの大森林の全貌を暴こうとする者だったり――
ハイエルフという希少な存在を奴隷として手に入れたい者だったり――
ハイエルフの不老の秘密を探ろうとする者だったり――
大森林の土地や資源、幻獣たち、そこに住まうエルフたちを手に入れるためだったり――
様々な欲望がハイエルフの女王には、向けられてきたそうだ。
「私は、ハイエルフの女王様じゃなくて、大森林の侵入者対策が目的だからね」
「ですが……チセ様方は、どちらかと言えば女王陛下と似た立場の方になります」
「そうね。そうかもしれないわ」
エルフの大森林の形は、ある意味【虚無の荒野】の未来の可能性の一つだと思う。
限られた窓口で外界との交流を重ね、外部からの干渉を撥ね除けながら、森を護りながら暮らしていく。
確かに、今の私たちと近いけれど――
「【虚無の荒野】が世界の魔力生産を担っているけれど、いずれこの世界に十分な魔力が満ちた時は、森は切り開かれてもいいと思っているわ」
「何故そう思っていらっしゃるんですか?」
驚きの表情を浮かべるアルティアさんに、自分の考えを告げていく。
「森の全部を切り開くわけじゃないわ。ほんの一部よ。確かに私たちの今のあり方は、自然保護主義者のようにも見えるけれど、人間や文化の発展を否定しているわけじゃないのよ」
「魔女様は、いつも本を読んで楽しそうなのです!」
テトの言うとおり、私は本が好きだし、文化の発展には本や活字は必要不可欠だ。
それに自然と文化は、調和できると思っている。
無秩序な自然の破壊は好まないが、いずれ【虚無の荒野】の森林は切り開かれて、開かれた土地にあの森と共存できる人々が活動することを願うのだ。
「テトは、幻獣さんがどこでも好きなところで暮らしていける時がくれば、いいと思っているのです」
「そうね。【虚無の荒野】よりももっと広い世界で生きる世の中になればいいわね」
テトの言葉には、私も確かにそう思う。
今は、個体数が少なくなり希少なために密猟が起きているが、いずれ個体数が増えて大陸中に広がって一般化すれば、幻獣たちを密猟する者も減り、グリフォンやペガサスの背に乗る竜魔族や、ケットシーを連れた弟子のユイシアのように幻獣たちとの共存する光景が一般化した世界になるかもしれない。
無論、数を増やして生息域を広げる中で、病死や事故死、人や魔物による殺傷など様々な要因で亡くなる幻獣たちが現れるだろう。
だが、それは幻獣たちが繁殖していくために必要なリスクなのかもしれない、とも思ってしまう。
「チセ様方は現実的な方だと思っていましたが、存外ロマンチストなのですね」
「だって、そっちの方が素敵じゃない? みんなが楽しげに暮らす様子や町中に自然と紛れる幻獣たちがいる光景」
そんな私たちの言葉を、幼い子どもを見るような優しげな目のアルティアさん。
確かにエルフに比べたら、子どもかもしれないが、辛いことが多くある不老の長い人生には、こうした夢や希望が無ければ、何の面白みもない人生になってしまう。
そうしてアルティアさんと話している間にも馬車は、大森林の入り口まで辿り着いたようだ。
「ここから先は、最初の集落に辿り着いた後、馬車を降りて徒歩で次の集落に向かいます。大丈夫ですか?」
「森歩きには慣れているわ」
「【身体強化】していれば、平気なのです!」
馬車から降りた私たちは、エルフの集落を見回す。
森の中にある集落は、住人がエルフとダークエルフしか居ないが、これと言って普通の集落である。
ただ世界樹の魔力で活性化した森に集落が呑み込まれないように村の周囲に、金属製の杭が打ち込まれており、集落の内外を区切っているようだ。
そして、馬車から降りたアルティアさんに対しての集落のエルフの人々の態度になんとなく見覚えがある。
「みんなが魔女様にする時と同じ反応をするのです」
「もしかして、アルティアさんって、結構エルフの国で高い地位の人?」
「私は、所詮女王陛下の小間使いのような者ですよ」
そう言って、村に馬車を置き、村長に挨拶をする。
ここがエルフの国の玄関口であり、ここから森林の中を渡り歩き、女王の居る首都を目指すようだ。
「ここまでは冒険者でもエルフたちの許可があれば入ることができるんです。こちらが次の集落に向かう道になります」
アルティアさんの案内で森の獣道を歩けば、エルフの大森林を肌で味わうことができる。
「手入れの行き届いた森なんですね」
きちんと間引きされているのか、森に十分に光が当たり、木々が立派である。
時折木々の間を駆け抜ける動物たちを目にして和やかになり、ひんやりと冷たい空気を吸い、目が覚める気持ちになる。
「森の集落の周辺は、村の人々のお陰でこうして立派な森を維持できていますけど、少し獣道から外れれば、管理されていない原生林が広がっています」
原生林の方は魔境と化しており、様々な魔物が住み着いていて、非常に危険なのだそうだ。
だが、私たちが今歩く安全な獣道には、エルフたちの監視の目があるために、侵入者たちは原生林側から侵入して魔物の被害に遭うのだそうだ。
「なるほど……国土の殆どが魔物の生息域になっていて侵入経路を限定しているのね」
「場所も少ないなら、見張る人が少なくて済むのです!」
エルフの国は、魔物の生息域の大森林を点と点を繋ぐように形成された国家なのだろう。
「一応エルフの大森林に面している国家で、ガルド獣人国とローバイル王国、それからガルド獣人国より南方のサンフィールド皇国から入ることができるんです」
そう言えば、教会の魔法書には古い時代の大陸地図が載っていたが、その当時はサンフィールド皇国という国名はなかったな、と思い出す。
「そのサンフィールド皇国ってどんな国なのかしら? 一応、書物や文献とかで多少は知っているけれど……」
「南方の海に面しているサンフィールド皇国は、大らかな気風の国土で人間、亜人種、魔族も受け入れる人種の坩堝のような国なんですよ」
大陸有数のダンジョンを保有し、陸路と海路が発達しており、国営の闘技場では日夜剣闘士たちが戦い、国民が観戦に来るような国らしい。
「面白そうな国ね。いつかは行ってみたいわね」
「テトもそのケントーシ、なのですか? やってみたいのです!」
エルフの大森林と外部とを繋ぐ人材であるためにアルティアさんの話は、中々に面白かった。
闘技場ではどんな種類の戦いがあるとか、今一押しの花形剣闘士は誰だとか。
真面目な方だと思っていたが、結構、流行などに熱中しやすい人なんだと少しアルティアさんの人となりが分かった。
「すみません。こんな話を聞かせてしまって」
「いえ、面白かったですよ。素人の私だとどういう視点から見ればいいのか分からないので、参考になります」
「テトもますます興味が湧いたのです!」
「……ありがとうございます」
ダークエルフの褐色の肌がほんの少し血色が良くなったような気がしたが、そのまま他愛のない話をしながらアルティアさんと言葉を交わした。
そして、森に入って数時間が経ち、大森林の集落同士を繋ぐ獣道の途中にある野営地に辿り着く。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。