16話【大森林の案内人】
『ご主人様、お気を付けて行ってらっしゃいませ』
エルフの大森林に向かう日の朝、ベレッタたちメカノイドの全員が集まり、一礼してくれる。
「別にそんなに大仰なことしなくていいわよ。ただ、ちょっと行ってきて盗賊対策を教えてもらうだけだから」
「お土産を期待しててほしいのです~」
私とテトが手を振り、ベレッタたちに見送られる中、【転移魔法】を発動させる。
行き先は、ガルド獣人国の南東部の町だ。
昔、依頼を受けてガルド獣人国を飛び回り、転移先を記憶しているために、テトと共に転移した。
「……【転移魔法】は、魔力の消費量が多いから疲れた」
転移した先の平原でしゃがみ込み、テトが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「魔女様、大丈夫なのですか?」
「少し休めば平気よ」
テトを連れて長距離を移動するのに、30万魔力ほど消費した。
【虚無の荒野】からイスチェア王国の王都までの片道の転移で以前は30万魔力使ったから、消費量的には同じくらいの距離を移動したのだろう。
ただ当時は、【魔晶石】に貯めた魔力を利用してやっとだったが、今は自前の魔力だけで転移できたので成長と言えば、成長である。
「魔女様、テトに寄り掛かってもいいのですよ」
「ありがとう、少し頼らせてもらうわね」
急激な魔力の消費で疲れた私をテトが後ろから抱えられるようにして、その場の景色をぼんやりと眺める。
そして、大分気分が落ち着いたところで、立ち上がる。
「魔女様、もう良いのですか?」
「ええ、大丈夫よ。それより、大森林のエルフたちに会いに行きましょう」
大森林のエルフとは、未開の部族っぽく聞こえるが、れっきとした王国であるのだ。
エルフの上位種のハイエルフが王族を務める国が大森林のどこかにあるらしいのだ。
とは言っても大森林を大々的に切り開いて国を作っている様子もなく、エルフ自体がかなり閉鎖的であるために、その実態は謎に包まれているそうだ。
そんなエルフの案内人に会うために、ギュントン公に指定されたお店に向かう。
「ここ、みたいね」
「お店って感じじゃないのです」
古い宿屋を改装しているのか、看板は掛かっていないが部屋数の多そうな建物である。
どうやら、出稼ぎに出た大森林のエルフたちの安全な滞在場所として作られたらしく、エルフしか居ないらしい。
「大森林、今からワクワクするのです!」
「そうね。早速、案内人を頼みましょう」
建物の中に入れば、良質な木材の香りや薬やハーブの匂いが染みついている様子からここでは調合もやっているのかもしれないと思う。
そんな建物の入り口には、銀髪に褐色肌をしてアイスブルーの瞳をした男装の麗人が待っていた。
その容姿の特徴からダークエルフと思しき女性は、こちらに気付き、安心させるような笑みを浮かべている。
「ようこそ、【創造の魔女】のチセ様。私は、アルティアと言います。エルフの国の外交官のような者です。我々エルタール森林国は、あなたたちを歓迎します」
「魔女のチセに相棒のテトです。こちらこそ、よろしくお願いします」
私のことをどこまで知っているのだろうか、とそう思いながら愛想笑いを浮かべながら握手を返すのだった。
ダークエルフの女性・アルティアさんに応接室に案内された私たちは、早速ギュントン公から預かった紹介状を渡す。
「拝見させていただきます」
そう言って、静かに封筒を開けると、何度も頷いてくれる。
「こちらに届いた情報と齟齬が無いようですね」
「あの、届いた情報とは?」
私がおずおずと尋ねると、アルティアさんが苦笑を浮かべて話してくれる。
「ギュントン公――正確にはガルド獣人国から、チセ様方を紹介したい旨を伝えられたのです。なので、私が出迎えにやってきました」
なんとも曖昧な笑みを浮かべるアルティアさんの言葉に気付く。
この世界の情報伝達速度を考えれば、私は情報が届いてすぐに転移魔法でここに向かったので、普通は相手には情報が届いていないと思う。
だが、大森林のエルフたちは、私たちがこちらに来るよりも早くに、こうしてアルティアさんを配置して出迎えの用意をしてくれている。
「流石は【空飛ぶ絨毯】として一昔前に活躍した冒険者だと感心していますよ。即断即決、まさに風のように速く事を運ぼうとする」
「それでアルティアさん。いえ、エルタール森林国は、私のことをどの程度知っているんですか?」
私たちを褒めて煙に巻こうとしているが、明らかにギュントン公から知らされる前からこちらに対して事前に知って準備していたように思う。
それに、先ほどアルティアさんは私のことを【創造の魔女】と呼んだ。
【創造の魔女】――つまり、創造魔法が使えることを知っているのは、限られた人しか居ないわけだ。
どうやって知り得たのか、誰から知り得たのかを尋ねると、アルティアさんは、微笑みを浮かべたまま淡々と教えてくれる。
「いくつかの筋からの情報ですね。私たちダークエルフのことはどこまでご存じですか?」
「そうね。エルフが光や風、水の精霊が起源とするなら、ダークエルフが闇や火、土の精霊が起源だって話は聞いたことがあるわね」
この世界のエルフとダークエルフは、別に対立している訳ではなく、ただ起源となる精霊の属性が異なるだけで共存しているらしい。
小規模なエルフの集落では、肌の色などで対立する地域はあるらしいが、エルフの大森林ではそのようなことはないらしい。
余談であるが、ダークエルフと同じく火や土、闇の精霊を起源とするドワーフたちは、山や洞窟内に適応した姿だと言われている。
「その通りです。そして我々ダークエルフたちは、非常に情報に長けた精霊魔法を扱えるのです」
そうして彼女の足下の影から黒いトカゲのような精霊が一通の手紙を咥えて現れた。
「影転移ってところかしら。便利ね」
影を触媒に空間を渡り歩く闇精霊の力を借りているために、人間の転移魔法よりも効率がいいようだ。
「トカゲさん、可愛いのですね~」
現れた闇精霊のトカゲにテトが手を出すと、その上に乗っかる愛嬌の良さまである。
私が目に魔力を集中させずとも姿を目視できるということは、実体化できる中級精霊なんだろうか。
「この子は、中級精霊?」
「ええ、そうです。下級精霊の時からですので、かれこれ150年の付き合いになります」
精霊のような霊的存在には、格や階級というものが存在する。
生まれたての精霊には、自我はなくただ本能のようなものが存在するそうだ。
その状態から長い時間と魔力を受けて、実体化できるようになったのが中級精霊。
更に、地方の精霊信仰として崇められるほどに影響力を強めた存在が上級精霊などと区分されるそうだ。
その上に、大精霊や精霊王などが存在すると言われているが、そこまで行くと神話の類いの存在と言える。
「私たちは、こうした精霊の力を借りて、情報を集め伝え、分析し、対象の正体を見極めているのです。お二方の活躍や噂話などから情報を分析しておりました。ですが、もう一つは天空神・レリエル様の使徒である我々の巫女様よりチセ様方について、神託を授かっているのです」
「なるほどね。道理で色々と知られているわけね」
多分、リリエル経由でまだ会ったこともないレリエルに情報が渡ったのだろう。
それをズルいとか、卑怯などとは言わない。
私だって、夢見の神託で知りたいことをリリエルから雑談混じりに教えてもらったりするのだ。
「もちろん、チセ様が使命を授かってこの世界に降りた転生者で、リリエル様の使徒であることは承知しております」
流石に、そこまで使徒の私を美化されると非常に困惑した苦笑を浮かべてしまう。
その隣では、闇精霊のトカゲを掌に載せたテトが、魔女様は凄いのです、と言いたげな良い笑みを浮かべている。
「女王陛下もお二方に大変興味を抱き、いずれエルフの国に招きたいと仰っておりましたので、ギュントン公からの打診は、こちらとしても有り難い話なのです。それではこの後の予定と来訪の目的を詳しく聞いた後、私自らがお二方をエルタール森林国に案内しましょう」
「よろしくお願いします」
「お願いしますなのです!」
とんとん拍子で話が進む中、アルティアさんに私の、と言うよりも【虚無の荒野】としての希望として盗賊や密猟者対策についてのご教示をお願いする。
「現在、【虚無の荒野】は、女神リリエルの結界で守られていますが、いずれ消えます。それまでに侵入者たちへの対策を取りたいと考えています」
「わかりました。本来なら、誰であろうとお伝えすることはできませんが、女王陛下と相談して決めたいと思います。その間、エルタール森林国に滞在していただけたらと思います」
まぁ、そう簡単には教えてはくれないか、と思い、その日は、エルフたちの出先機関であるこの建物の一室に泊まり、明日にもアルティアさんが森林国に案内してくれるそうだ。
私とテトは、まだ日が暮れる前なので町の散策に出かけ、何十年も前に一度来た町を思い出しながら、変化を見比べ楽しむのだった。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。