15話【そして再び旅に出よう】
イスチェア王国とガルド獣人国との間で交易を始めて、10年が経った。
春から秋に掛けて幻獣のグリフォンとペガサスに乗って珍しい物を持ってくる魔族のお隣さん、と周囲で認知され始め、近年では両方の国からの要望で少しずつ交易での取引の規模を拡大していた。
それでも私たちの日々は変わらず、今日は屋敷の裏手の畑で秋に向けた野菜の苗を植えていた。
『ご主人様、今月もまた侵入者の報告が上がっております』
この10年で私たちの交易が周知されると共に、【虚無の荒野】を目指して魔境を抜けようとする人たちが現れ始めた。
「竜の戦士たちの強さを見た武闘家や戦士が武者修行のために目指したり、希少な素材を直接買い付けに来る商人、果ては珍しい魔族や幻獣欲しさの人攫いや密猟者、盗賊ね」
「テトもこの前捕まえたのです!」
道なき魔境を少人数態勢で突破しようとするのだ。
最近では、【虚無の荒野】の魔力濃度の上昇と地脈の活性化により周辺の魔物が強くなっており、半端な強さの者は魔境を横断することができずに、魔境で遭難するか、魔物に襲われるかだ。
また、北方のムバド帝国側からも噂が広まり、冒険者に扮した国の兵士たちも時折見かけるようになった。
「あんまり魔境で死なれるのは、よろしくないんだけどねぇ」
死者が多い場所――特に未練が多い死体はアンデッドになったり、瘴気が留まりやすく、思わぬ魔物が突発的に出現する原因になる。
なので可能な範囲で魔境に不適切な人間を見つけたなら捕縛して、両国の町に送り届けたり、魔境の境界付近に放逐しているのだ。
「魔女様? 捕まえた人は、魔女様が裁かなくていいのですか?」
「うん? 裁くのも面倒だし、裁く基準も定まっていないからね。できる人に押しつけた方がいいわよ」
一応、【虚無の荒野】にも法律のようなものは存在する。
ただ、その選定基準が【浮遊島】に居た古竜の大爺様や天使族や竜魔族の長老たちによって裁かれていたものだ。
個人の財産のような物が少ない浮遊島では、賠償能力が乏しいために、お説教から始まり、世間一般では罪なものが罪ではなかったりする。
そのために、法律やルール作りをベレッタたちと行なっている最中である。
因みに、竜魔族と天使族の刑罰で一番重いのが、【魔石抜き】という刑罰だ。
その魔族の心臓辺りにある魔石を抉り取り、被害者が貰うという中々に血生臭い処刑方法の一種だ。
だが、魔族の魔石とは重要な器官であり、葬式の際には、火葬で残った魔石を親族が分割して体内に取り込み、故人の力の一部を継承する物であり、浮遊島では数少ない個人財産の一種だ。
もしかしたら、そうした魔石の継承が、多くの魔族たちが血生臭い種族だと差別される一因になっているのではないかと思う。
まぁ、それは置いておいて――
「それより問題は、魔境を突破してやってきた人たちよねぇ」
『そうですね。罪も犯していませんし、むしろこちらに友好的な側面がありますからね』
「みんな優しい人たちなのですよ~。この前も模擬戦して楽しかったのです~」
そう言って、私と一緒に野菜の苗を植えているテトが思い出して楽しげな笑みを浮かべる。
魔境の周辺は、魔力の影響で植物の成長が早いために、開拓が難しい。
また、リリエルたちの張った大結界は年々強度が落ちているが、こちらから招かなければ人は入れず、悪意を隠して招かれたとしても弾かれる。
そんな状況で結界の外側にテントを張り始める踏破者たちと天使族や竜魔族たちが結界外で交流を始めているのだ。
「私が思っている以上に、みんなが外界との交流をするペースが速いわよねぇ」
『ご主人様に会わせてほしいという要求は受け入れませんが、外界の武闘家や戦士との鍛錬、知識人である魔法使いからの話などは、多くの住民の娯楽と化している面もあります』
もっとゆっくりと時間を掛けて少しずつ交流していくつもりなのに、僅か10年で個人間での交流が始まるのだ。
「一応、リリエルの結界で、悪意や危険物は持ち込まれないけど、いずれ結界は消えるわ。持ち込まれないように防衛を強化することと、容易に貴重品を流出されないように詐欺や契約に注意をしないといけないわねぇ」
みんな閉鎖的な浮遊島で暮らしていた純朴な人たちだ。
そんな人たちが騙されるのは忍びないし、何より騙された結果、我が子のように大事に見守っていた古竜の大爺様が激怒でもすれば、非常に危険である。
「でも、今の段階で集まっている人たちは、Bランク以上の実力者で少数だけなのが助かっているわよね」
強い人ほど、互いに争った時の被害が大きいために下手に問題を起こしたりしないのだ。
無論、強くとも人格者ではなかったり、危険人物はいるが、そうした人は結界に弾かれるために、比較的和やかに外部からの人の来訪を受け入れられている。
「まぁ、とりあえず、しばらく様子を見ましょうか」
そう言って、その日は野菜の苗を植えて、水を遣り、メイド隊が用意してくれたお菓子を食べて過ごした。
そして、翌月に盗賊や密猟者の相談をするために、交易団の人たちにリーベル辺境伯夫人のセレネとギュントン公にある物を渡してきてもらった。
「あーあー、マイクテスト、マイクテスト。声は聞こえているかしら?」
「聞こえているのですか?」
二人に届けた物は、水晶型の通信魔導具だ。
保存した映像などを再生する魔導具などは古くからあるが、リアルタイムでの通信技術は難しく、音声などに雑音などが入る物が殆どだが、【創造魔法】で創り出した魔導具は、それよりも数段上の性能を有している。
水晶が取り込んだ映像を対応する別の水晶が偶像として投影するために、光と風魔法、さらにタイムラグを無くし鮮明な音声を届けるために若干の空間魔法も付与されている。
そんな通信魔導具の前に私とテトが横並びに並んで、繋がるのを待つ。
『まいくてす? なんだその呪文は? まいくてす、まいくてす。そちらの声は通じているぞ。それにしてもこんな高性能な通信の魔導具をポンと送りつけるな。気前が良すぎるんじゃないか?』
『まいくてす、まいくてす……まぁ、チセお母さんですからね』
通信魔導具に映し出される顔は、この10年で大分お年を召したギュントン公と変わらず若々しいセレネが映し出される。
マイクテスト、は異世界人には通じない内容のためか、ギュントン公とセレネが呪文か何かと勘違いして、真似ているのを見て、少しおかしくて笑ってしまう。
そんな私を不思議そうに見るギュントン公に、軽く咳払いする。
そして今日は、二人に【虚無の荒野】の侵入者について相談することにした。
「最近多くなっている盗賊や密猟者は、なんとかならないかしらねぇ。まだ魔境を突破する人が少ないけど、いずれ大勢の人が通れる道ができれば、踏破される可能性もあるわ」
「でも、冒険者たちと手合わせするのも楽しいから、中々に難しいのです!」
私たちが管理している土地はあくまでリリエルたちの張った大結界の内側の【虚無の荒野】で、その外側に広がる魔境は誰の土地でもない。
そもそも魔境に入る人たちは、【虚無の荒野】を目指す冒険者や武道家、招かれざる客の盗賊、密猟者以外にも、地元の冒険者や狩人、木樵たちが森の資源を集めに入ってくる。
盗賊や密猟者はなんとかしたいが、本来の利用者である狩人や木樵たちの利用を制限することはできないし、来訪者も迎えて交流したい。
そうした私たちの希望に、セレネは困ったように眉を下げている。
『こちらでも、森の境界線に目を光らせているが、捕まえるのは難しいぞ』
「イスチェア王国やガルド獣人国だけじゃなくて、北方のムバド帝国側からも人が来ようとしているみたいなのよねぇ」
『私たちの方も警戒はしているんですが、中々それだけに人員を割けないのです』
冒険者や狩人、木樵などの人たちも入ってくるために盗賊や密猟者と見分けるのは難しいようだ。
『それに、お主らが奴らを殺さないから手間が増えるのであろう。奴らめ、殺さないと分かれば、あえて人を送り届けさせたところを狙って捕まえに掛かっておったぞ』
「ギュントン公、それは初耳よ」
思わぬ情報に、傍に控えているベレッタを見れば、首を横に振っている。
きっと、送り届けた天使族か竜魔族の人たちが報告してなかったのかもしれない。
『まぁ、狙っていた盗賊たちもたった一人の魔族に負けていたがな』
『チセお母さんたちの所の人たちは強いですからねぇ。我が家の騎士たちとも手合わせしてくれますが、良い刺激になってます』
「そう、教えてくれてありがとう」
【虚無の荒野】から出てきたところで狙われるとなると、今回は問題なく撃退できたが、いずれは捕まってしまう可能性もある。
「なんとかならないかしらね……」
『チセお母さんなら、土地を壁で囲うこともできるのでは?』
「それをやると自然環境が崩れるのよねぇ」
『それなら、長年盗賊や密猟者とやり合っている者に相談するのが良いのではないか?』
私が頭を悩ませていると、ギュントン公がそう提案してくれる。
「長年やり合っている者?」
「誰なのですか?」
『大森林のエルフたちだ。彼のエルフたちは、世界樹と幻獣たちを守るために、長年盗賊や人攫いたちとやり合っている。完璧とは言わないが、良き相談相手になってくれるかもしれんぞ』
なるほど、と感心する私だが、肝心の大森林のエルフたちとの繋がりを持ってはいないのだ。
『若い頃は何度か外交官として大森林のエルフたちと会ったりもした。面会の仲介を買って出よう。多少は顔が利くはずだ』
「ありがとう。でも、エルフの大森林かぁ、楽しそうね」
【虚無の荒野】の木々は、魔力の影響で成長著しいが、それでも精々樹齢50年ほどの木々である。
優に1万年を超す世界樹を中心に形成される大森林には、非常に興味がある。
「お願いできるかしら?」
『大森林との窓口の者への紹介状を後日、用意して送り届けよう』
ギュントン公の計らいで少しは、盗賊対策に希望が見えてきた。
その後もこの地域の周辺での出来事をセレネとギュントン公と話す一方、頭の中では、久しぶりの旅の準備もしないといけないことを考えると、久々にワクワクする。
そして三ヶ月後に、ギュントン公から大森林のエルフたちの都合が付いたことと紹介状が届き、私はテトを連れて久しぶりの旅に出るのだった。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。