12話【流れゆく日常】
イスチェア王国とガルド獣人国との交易が始まったが、国同士を繋ぐような街道もない。
また、魔境を横断する必要があるために交易には、最初はイスチェア王国のダリルの町とガルド獣人国のウィルの町にそれぞれ春から秋に掛けて月に1回、こちらから出向く形式となった。
「グリフォンやペガサスたちの移動力なら、それほど問題はないでしょう。天使族や竜魔族、メカノイドたちも外界を見る機会が必要よね」
「でも、危なくないのですか?」
『それに、こちらが相手側に訪れるということは、こちらが下手に出ているようにみえるのですが……』
テトとベレッタの心配はもっともだ。
だが、むしろ交易団に魔境を越えて来てもらう方が色々とリスクが高い。
「テトとベレッタは気付いてると思うけど、最近、魔境の魔物の強さが上がってるのよ」
「倒した魔物の魔石が前よりも美味しくなってるのです!」
『確かに、以前は平均Dランクだった魔物がC-ランクまで上がっております』
「私の予想だけど、地脈が活性化している影響じゃないかと思っているわ」
地表部分の魔力濃度は、昔から変わっていない。
だが、外界にも通る地脈が再生され活性化したことで、周辺の魔境も活性化して魔物の進化が促されているのかもしれない。
両方の国が少しでも交易の回数を増やすために、魔境の開拓を行ない、交易の中継地点を作ろうとしている。
だが、少人数の集団が通り抜けるのと、魔物が住まう森を切り開くのでは訳が違うのだ。
魔物の遭遇頻度は高く、この先【虚無の荒野】の再生が進めば、魔物の強さが更に上がる可能性が高い。
また地脈の活性化のせいか、切り開いた傍から魔境の植物がその穴を埋めるように木々が成長するので並の開拓者たちでは、遅々として進まないそうだ。
『わかりました。交易に関しては、そのように調整します』
「うん、お願いね。交易の途中で魔物に襲われて亡くなる人が出るのは、寝覚めが悪いからね」
「それにみんななら大爺様の鱗を持っているから心配ないのです!」
天使族や竜魔族たちは、古竜の大爺様の生え替わった鱗のペンダントを持っているので、そのペンダントに残る魔力の残り香が魔物避けの力を発揮しているそうだ。
そうして【虚無の荒野】を取り巻く周囲は徐々に変わっていくが、私の日常はあまり変わらぬ日々が流れていく。
四季折々の食べ物を育て上げ、森の変化を楽しみ、幻獣たちの成長を見守り、森や大地の恵みの一部を受け取る。
「おー! 大爺様がまた飛んでいるのです!」
「今度は、何処に行くのかしらね」
上空を見上げると、またどこかに出かける古竜の大爺様が通り過ぎるのを見る。
大爺様が飛び立つことで周囲の地域に竜が居ることを知らしめ、抑止力になっている。
ただ、ああして色んな場所に出かける様子に羨ましく思うが、屋敷にずっと居るとベレッタたちが嬉しそうにしているので、まぁ良いかとも思ってしまう。
そして、【虚無の荒野】に私がずっと居るためか、幻獣たちが私たちに遊んでほしそうに甘えてくる。
「ほら、ボールよ。取ってきなさい!」
「いくのです!」
『『『ワフッ、ハハハッ……』』』
今日は妖精犬クーシー二匹とフェンリル一匹がやってきて、ボール遊びに興じる。
私が放物線を描いて投げたボールをテトと一緒に追い掛けるのだ。
妖精犬のクーシーたちには、様々な犬種の子たちがいて可愛らしい。
今日来た子は、テトに少し雰囲気が似たレトリーバー系の子と、体毛が白、茶、黒が混じって尻尾をピンと立てて機嫌良さそうに振るビーグル系の子が来ていた。
また別の日には、ケットシーやアルミラージ、ラタトスクなどの小型の幻獣たちが私の周りに集まるので、ついつい餌付けをしてしまう。
肉球が柔らかいケットシーや鼻先をプスプス言わせるアルミラージ、頬袋一杯に木の実を詰め込むラタトスクの姿に日々癒やされる。
幻獣たちも季節の変わり目には換毛期があり、古い毛をブラシで梳けば、スポスポと毛が抜けるのだ。
因みに、集まった抜け毛は、綺麗に洗浄してフェルト生地にして保存している。
屋敷の近くでメカノイドや作業用のクレイゴーレムたちに任せていた畑なども、【虚無の荒野】にいることで私が関わる時間が増えた。
「魔女様! 美味しそうなトマトやスイカなのです! 後で冷やして食べるのです!」
「ええ、そうね。湧き水で冷やしてみんなに持っていきましょう」
地殻変動の際に無数に湧いた水源の一つが近くにあり、その周りを土魔法で整備して、東屋が建てられている。
湧き出した冷たい湧き水に野菜を浸しておけば、キンキンに冷えて美味しいのだ。
そして、夕方には屋敷の厨房でテトと料理をするのだ。
屋敷で働く料理当番のメカノイドたちが、少し悲しそうな目をしてくるが、私もたまには料理をしないと腕が鈍ってしまいそうなのだ。
そうして私たちの日常は、変わらず過ぎていく。
「魔女様、今度どこかに出かけないですか? また魔石食べに行きたいのです!」
「そうね。次は、ガルド獣人国の更に南側の国や【虚無の荒野】の西の小国群の横断とか? それとも北のムバド帝国なんかも行き先の候補よね」
「大爺様の背中に乗せて貰えば、何処にでも行けるのです!」
「それなら、大陸の外だって、どこだって行けるわね!」
私たちは、この【虚無の荒野】で次に旅する場所を相談する。
だが、目的や切っ掛けがないと長期間出かける機会がなく、たまに転移魔法を使って日帰りで薬を売り歩き、本屋や工房などで買い物をしに行くくらいの日常が過ぎていく。
交易にも同行して、セレネたちの子どもや旦那であるリーベル辺境伯家の面々やギュントン公の家族とも会うことができた。
時には、私たち抜きで交易が成立するかも試したりして日々を過ごす。
二つの国を通して交易した物品は――
――生え替わったユニコーンや鹿の幻獣エイクスの角、カーバンクルの額から抜け落ちた宝石。
――幻獣たちの抜け毛から作られた竜魔族や天使族たちの工芸品。
――牛の幻獣ガウレンのミルクから作られたチーズ。
――幻獣バロメッツの金羊毛。
――世界樹の落ちた枝や葉っぱを加工した生薬。
――【虚無の荒野】周辺で倒した魔物の素材の余りなど。
特に、幻獣系の素材などは、大陸南東部にあるエルフの大森林と物品の一部が競合するために、流出量を制限して価格を下落しないように配慮する。
これらの希少性の高い物を流す代わりに、こちらが購入している物は、塩や鉄などの金属、生活道具や美術品、お酒。食用家畜としてのニワトリやガチョウ、豚。
そして魔族たちが食べるための魔石などである。
交易に参加した魔族たちにも利益を分配しているが、それでも私の下にあるお金の一部は、2国の五大神教会に寄付をする。
余談であるが、竜魔族たちは、金属資源の乏しい浮遊島で暮らしていたために、今までの価値観から配られたお金を大事に貯めたり、自らの金属の所持量を示すために、銀貨に穴を開けて紐を通した首飾りにするなどが若者たちの流行となっていたりする。
8月31日に、GCノベルズ様より『魔力チートな魔女になりました3巻が発売されました。
それに合わせてWeb版の魔力チートな魔女になりました6章を毎日投稿したいと思います。
『魔力チートな魔女になりました』は、コミカライズが決定しました。
作画は春原シン様、掲載はガンガン・オンラインの予定となっております。